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[中外時評]「メルケル流」政治の限界 難民危機で瀬戸際に
論説委員 玉利伸吾
ドイツのメルケル首相の政治力に衰えが目立ってきた。高い支持率を背景に金融危機などを巧みに切り抜け、ドイツを「欧州の盟主」に引き上げたが、流入が続く難民の問題で、従来の政治手法が壁に突き当たっている。「反難民」の動きも勢いを増しており、支持率が低下、政権維持も難しくなりつつある。
2009年の金融危機以降に、欧州でのドイツの存在はひときわ大きくなった。ギリシャなど南欧諸国が高失業や銀行の不良債権問題などで緊縮財政を強いられる一方、ドイツはユーロ安などを追い風に巨額の経常黒字を稼ぎ、欧州各国への影響力を強めて、「ドイツが主導する欧州」という構図が出来上がった。
そこで威力を示してきたのがメルケル流の政治運営だ。ドイツが指導力を発揮して単一通貨ユーロの安定など欧州統合を推進するには、国民の支持が欠かせない。ギリシャなど債務国への支援もドイツ議会の承認が必要で、外交と内政のバランスが重要だ。
政権維持が大前提なので、他国の金融危機などには、すぐには対応しない。金融支援なども渋りに渋る。遅れて動き、「最後の救い手」としてゆっくり登場し、借り手に恩を売る。時間をかけるので支援に難色を示す国民も説得できる。絶妙の手綱さばきで、結果的に、ドイツの力が拡大した。くすぶり続けるギリシャ債務問題でも、この手法を自在に使ってきた。
これをリスク社会論で知られる社会学者ウルリッヒ・ベック氏は「メルキアヴェッリ」(メルケル+マキアヴェッリ)の手法と呼ぶ。マキアヴェッリはルネサンス期イタリアの政治思想家で「君主論」「政略論」を書いた。その権謀術数の教えから、メルケル首相は「女帝」の心構えを学んだ、とベック氏はみている。
ユーロ危機を原動力に権力を拡大し、欧州の構図を転換した。原発推進から脱原発へ方針を大転換したように、選挙に勝つためなら、今日は昨日の約束と正反対のことをしてもいい。マキアヴェッリ流で行動することで、欧州でさらに力をつけ、国内で人望も獲得できたのだという(島村賢一訳「ユーロ消滅?」)。
だが、「難民危機」では、勝手が違ったようだ。ドイツには昨年、約110万人の難民が中東やアフリカから流入した。メルケル政権は受け入れに寛容な姿勢をとってきたが、いまや政策転換を求める世論に揺さぶられている。
この問題でも「メルキアヴェッリ」の手法がうかがえる。押し寄せる難民をすぐには制限せず、時間をかけた。世論の動きを見ながら、人道的な措置である点を強調。70%を超える高い支持率を維持し、米誌「タイム」が15年の「今年の人」に選ぶなど世界からも称賛された。
だが、半年で状況は一変する。難民による暴行事件が起きたことなどで排斥デモや政権への批判が強まった。対応が後手に回った首相の責任を問い、辞任を求める声も出るなど支持率は下がり続け、一時40%台にまで低下した。
危機感を強めたメルケル首相は、やはりマキアヴェッリの教えで挽回を図ったようだ。「君主論」には「(君主は)自らが慈悲、信義、誠実、人間性、敬虔(けいけん)の権化であるように見聞されるよう充分な心配りをしなければならない」「運命の変化の命ずるところに従って自らの行動を変更する心構えを持つ必要がある」(佐々木毅訳)とある。
「難民に寛容」という看板は掲げたままで、実際には、出入国審査を厳格化し、国境管理を強化した。さらに、先月、欧州連合(EU)とトルコが協議して、難民の流入ルートの一部をとじた。体面は保ちながら、世論の回復を待っているようだ。
だが、いまのところ状況は厳しい。国民の不満は収まらない。メルケル首相は17年の総選挙で再び信任を得ることをめざしているが、その前哨戦の今年3月の地方選挙で反難民を掲げる民族主義政党が急伸。首相が率いる保守系のキリスト教民主同盟(CDU)が退潮するなど政権の弱体化に歯止めがかからない。
マキアヴェッリによれば、危機は権力の拡大をもたらすが、場合によっては、その崩壊も招く。メルケル首相は難民で労働力不足を補い、新たな成長につなげる戦略を描いているようだが、それには時間がかかる。その前に大前提である国民の支持が崩れれば、再選もなくなる。
瀬戸際に追い込まれた「メルキアヴェッリ」。政策転換に踏み切るのかどうか。戦略を一歩間違えれば、政権だけでなく、欧州全体を危険にさらす事態を招きかねない。
[日経新聞4月3日朝刊P.10]
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