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正念場の認知症研究
(上) 発症前治療に転換
アルツハイマー新薬不発 患者急増、主因は不明
アルツハイマー病に代表される認知症の治療研究に、大きな難題が突きつけられている。原因物質を取り除く新薬候補はいずれも患者で効き目が表れず、相次ぎ不発。発症前から治す必要があると発想を転換する動きが出始めた。国内では認知症を患う人が2025年に約700万人と12年の462万人から急増するとの見通しがある。研究は正念場を迎えている。
米製薬大手メルクは2月、認知症の6〜7割を占めるアルツハイマー病治療薬の一部開発を中止すると発表した。「肯定的な結果が得られる可能性はほぼ無い」との評価を受けた決定だった。
脳の診断難しく
16年11月にも米製薬大手イーライ・リリーが臨床試験(治験)を断念していた。同社の以前の治験では軽症患者で症状の改善をうかがわせる結果が出ていたが、最終段階で十分な効果を示せなかった。大手の相次ぐ開発断念で、研究戦略の見直しが迫られている。
アルツハイマー病は「アミロイドベータ」「タウ」という2つの原因物質が発症に関係するという説が有力だ。発症の10〜20年前からアミロイドベータがたまり始め、次にタウがたまると脳の神経細胞が死滅し、記憶障害や認知機能の低下などが表れるとされる。
開発を中止した2つの新薬候補は、いずれもアミロイドベータを取り除く戦略だった。市販の治療薬は認知機能の低下をやわらげても認知症は治せない。新薬への期待が高かっただけに、失望が広がった。原因物質を無くせば病気の進行を阻めるとの考えには依然こだわりをみせる。
アルツハイマー病は1906年、ドイツのアロイス・アルツハイマー博士が初めて報告した。大手製薬会社がこぞって治療薬の開発に参入したが、ことごとく失敗してきた。ここ100年で医学が進歩して感染症などが治るようになり、アルツハイマー病克服の難しさだけが際立つ。寿命が延びた一方で人類は新たな課題に直面している。
治療薬の開発がなぜこれほどまでに難しいのか。脳は生きている状態では調べにくい。画像診断技術の発達で少しずつ原因物質がみえてきたが、詳しい振る舞いはわからない。物忘れなど老化現象と見誤り、診断も容易ではない。
手探り状態で頼りにしてきたのがアミロイドベータを原因物質とする仮説。新薬開発の失敗が続いても、そう簡単には捨てきれない。
投与の遅れ一因
国立長寿医療研究センターの柳沢勝彦研究所長は「薬を投与する時期が遅いのが失敗の一因だ」と推測する。
これまでの治療薬は認知症になった人を対象にしてきた。認知症を発症した段階で、すでに神経細胞が壊れている。ひとたび壊れ始めると食い止めるのは難しく「進行を完全に抑えることはできない」(日本イーライリリーの中村智実臨床開発医師)という見方だ。
米国立衛生研究所(NIH)やイーライ・リリー、米ハーバード大学などは、認知機能が正常な時からアミロイドベータを取り除く臨床研究にかじをきった。14年から始めた「A4」研究だ。日本からは東大が加わる。
脳内にアミロイドベータがあっても、認知機能は衰えていない人で試す。発症が遅れるかを調べている。
無症状であってもアミロイドベータが見つかったら病気とみなすのは、ヤンセンファーマも同じだ。早いうちに治療しないと効果が出にくいという考えから、塩野義製薬が見つけた成分を用い、16年から産学協同の治験を始めた。
ただ、効果が確認できて予防となると、多くの高齢者が対象になる。「膨大な人数になり、医療費の観点から実用化は現実的ではない」との指摘は多く、新たな難題が立ちはだかる。
一方で別の原因物質を探る動きもある。英アバディーン大学のクロード・ウィシク教授は「従来のアミロイドベータに対する薬剤の効果は小さい。症状にかかわる別の物質のタウに対する治療が必要だ」と強調する。
これとは別に、脳にある免疫細胞「ミクログリア」の暴走が原因との説も取り沙汰され始めた。発症の原因を巡り、学説さえも定まっていない実情が治療の難しさを物語っている。
[日経新聞7月17日朝刊P.9]
(中)困難な診断 安く正確に MRIや血液検査活用
「臨床試験(治験)のために医師から紹介された人でも、大半は基準から外れている」。米製薬大手バイオジェンのマイク・エーラーズ上級副社長は、アルツハイマー病の診断の難しさに苦渋の表情を浮かべる。
北大と日立はMRIを活用した診断法の確立を目指す(北海道大学提供)
同社はアルツハイマー病治療薬を開発中で、日本などで最終段階の治験を進める。症状の軽い人を対象に原因物質とされるアミロイドベータを取り除く薬剤を投与する。
治験参加には、認知機能検査や陽電子放射断層撮影装置(PET)による画像検査をクリアする必要があるが、医師が認知機能のチェックや問診などをして基準に当てはまると判断しても、実際は8割が不適合だった。
患者と日々向き合う湘南鎌倉総合病院の川田純也・神経内科部長は「認知症は症状が軽いと、熟練医師でも判断が難しい例が多い。医療機関によってばらつきがある」と嘆く。アルツハイマー病に代表される認知症は、問診に加え認知機能や画像、脳の血流を評価する検査をもとに医師が判断する。ただ、特に早期の場合、うつなど他の病気との区別や認知症の種類の見極めは困難という。
このため、臨床現場は精度が高く、安価な診断法の確立を求める。根治が難しい認知病は早期発見が重要だからだ。こうした声に応えようと北海道大学と日立製作所は昨年11月、磁気共鳴画像装置(MRI)を使ってアルツハイマー病を診断する技術の開発を始めた。
アルツハイマー病の脳に特有の鉄の沈着状態と、脳の萎縮具合を高精度に解析し、病気の兆候を早期につかめるようにする。実際のアルツハイマー病やその前段階である軽度認知障害の最大50人を対象に、MRIから判定できるか確かめる研究も3月に始動させた。
2年後までに早期発見できる診断技術を開発し2024年には製品化する予定だ。北大の工藤與亮・診療教授は「クラウドや人工知能(AI)の力を借り、どの病院でとった画像でも医師が迷わずに判定できるようにしたい」と将来図を描く。
安価で健康診断にも使われる血液検査によって早期診断できれば、非常に役立つ。国立長寿医療研究センターと島津製作所はアミロイドベータの蓄積の有無で、血中の量が変化するたんぱく質を調べる手法に挑む。ノーベル賞を受賞した同社の田中耕一氏の質量分析法を応用した。約60例を対象にした研究では9割以上の精度があった。人数を増やして検証中だ。
アミロイドベータが蓄積し始めてから症状が出るまで約20年かかるとされる。国立長寿研の柳沢勝彦研究所長は「この検出法は、世界的に難航する治療薬や予防薬開発の効率を高めることに貢献する」と強調する。2年以内の実用化を目指す。
アミロイドはたまっているが症状は出ていない人に薬剤を投与する国際臨床研究に参加する東京大学の岩坪威教授も「超早期診断にはバイオマーカーが不可欠だ」と話す。
現在、治験の最終段階にあるアルツハイマー病の新薬候補の多くは、軽度認知障害や軽い認知症を対象とするのがほとんどだ。新薬が実用化されたとしても、確実な早期診断ができなければ宝の持ち腐れに終わりかねない。精度が高く安価な診断方法の確立は、認知症克服に向けた試金石だ。
[日経新聞7月24日朝刊P.11]
(下) 疫学調査で予防に活路 生活習慣改善、リスク抑制
「朝食では野菜を食べますか」「新聞は読みますか」。7月下旬、福岡市に隣接する福岡県久山町。健診に訪れた高齢の町民に医師らが問いかけていた。健診では、採血や検尿だけでなく、一日の運動量や食事の内容など生活習慣も聞き取る。九州大学が取り組む大規模な疫学研究の様子だ。
福岡県久山町での健診の様子(二宮利治教授提供)
認知機能の低下も調べる。65歳以上の町民については磁気共鳴画像装置(MRI)で脳を診る。
久山町は住民の年齢構成や職業、生活環境が全国平均に近い。モデルケースとみて、九大は1961年から生活習慣と病気の関係を調べてきた。高血圧や糖尿病の人は脳血管障害を起こして認知症を発症するリスクが高まることを突き止めた。
2016年からは青森県弘前市や東京都荒川区など7カ所でも始めた。1万人以上の高齢者からデータを集め、認知症を防ぐ生活習慣や体質、遺伝子などを調べる。リーダーを務める二宮利治教授は「あらゆる可能性を洗い出して予防法を確立したい」と意気込む。
団塊世代がすべて75歳以上となる25年には、認知症患者は700万人に増加すると厚生労働省は試算する。しかし昨年末以降、新薬の開発中止が相次いだ。認知症の大半を占めるアルツハイマー病の新薬開発の成功率は0.5%以下とされる。
治療研究の行き詰まりを背景に、地味な存在の疫学研究に注目が集まり始めた。認知症のリスクを下げることで発症を予防したり、遅らせたりする可能性が見えてきたからだ。「新薬だけで認知症を予防できるのか」。7月下旬、千葉市で開かれた日本神経科学大会で、国立長寿医療研究センターの桜井孝もの忘れセンター長は指摘した。
認知症のリスク要因は数多く「いろいろな組み合わせを試みて効果を確かめることが現実的」と桜井センター長は話す。効果を確かめるうえで疫学研究が役に立つ。
疫学はデータが多くなるほど様々な分析がやりやすくなり、信頼性も増す。大学や医療機関がそれぞれ進めている調査の情報を統合する動きも始まった。桜美林大学の老年学総合研究所を中心に、長寿や老化に関する12の疫学研究プロジェクトの情報を共有する。集まる患者のデータは2万人を超す。桜美林大の鈴木隆雄所長は「様々なデータを分析することで認知症の実態がわかるのでは」と期待する。
国内外の研究で認知症を防ぐ特定の要因はないとわかってきた。フィンランドでは、軽い物忘れがみられるなど認知症予備軍の高齢者を対象に食事や運動の指導、認知機能の強化訓練などを実施。参加したグループは認知機能が改善して発症リスクが低下する可能性がわかった。万全ではないが、ある程度発症を抑えられるという。同様の研究はスウェーデンなどでも実施されている。
疫学研究で因果関係を明らかにするのは簡単ではない。長期間、多くの患者の生活習慣を管理して追跡調査する必要がある。しかし、日本では長期間研究助成を得るのはほぼ不可能だ。
生活習慣の改善は新薬開発につながるわけではなく、製薬会社は疫学研究に手を出しにくい。海外では国が主導して進めているが、日本では医療機関や大学が細々と続けている研究が多い。国がより積極的に関与しないと現状は変わらない。
藤井寛子が担当しました。
[日経新聞7月31日朝刊P.9]
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