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[創論]高額薬、医療制度の破綻どう防ぐ
国民や企業の保険料で賄う健康保険の財源に限りがあるなか、科学の進歩で生まれる高額の薬や医療技術にどう向き合うべきか。体重60キログラムの人が1年使うと3500万円かかるがん治療薬「オプジーボ」はそんな議論を喚起した。日本赤十字社医療センター化学療法科の国頭英夫部長と、東京大学大学院薬学系研究科の五十嵐中特任准教授に聞いた。
■投与、公平に年齢で制限 日本赤十字社医療センター部長 国頭英夫氏
――財務省の財政制度等審議会で、小野薬品工業の新型がん治療薬オプジーボがあまりに高額で医療財政が脅かされると強く訴えました。
「良い薬ができたからと喜んでばかりいられるのか。国の債務残高は1000兆円を超え、国家予算は国債に依存し、社会保障費は増え続けている。この状況は危機的でないのかと逆に問いたい」
「従来の抗がん剤はフルコースでやって数十万円。分子標的治療剤と呼ばれる薬剤は年間数百万円かかるが、効くか効かないかの判断が事前にできるので対象患者数は限られる。オプジーボの患者当たり単価はさらに1桁上がって千万円単位。しかも、誰に効くか判断できず、効く人にはどこまで使うべきかわからない。おまけに、見かけは悪くなっているが実は効いているというケースも一定割合あり、結果的に効かない人でも相当長くやってみないと判断がつかない。やっぱりダメだったと分かったときには既に何千万円も費やしていたということになる」
――高齢者に投与しないという制限を提案しています。
「保険財政のお金が足りないのだから、入りを増やすか出る分を削るかしかない。負担をこれ以上増やすのは限界がある。大元の原因は医療の高度化と人口の高齢化だ。薬価は中央社会保険医療協議会(中医協)が決めており、製薬企業が悪いのではない。1つの新薬を創り出すのに平均3000億円かかるという。営利企業はもうからないなら薬を創らなくなり、それでは元も子もない。総量を制限する以外あるのか」
「バイオマーカーと呼ばれる指標を開発して、50%の確率で効きそうな人と10%しか可能性がない人の区別くらいまではできるだろう。だが、死ぬ病気に対して、効く可能性が低いという理由で最初から諦めろと言えるわけがない。『効かない』と極まったところで、医者も患者も泣く泣く諦められるのだ。多くの国では所得で制限されているが、制限するとすれば年齢が一番公平だと思う。理論上はくじ引きや先着順、体重制限もあるが……」
――医療行為の一部を全額自己負担で賄う混合診療は解決につながりませんか。
「何百万円、何千万円という薬代が自己負担になると、ほとんどの人は払いきれなくなる。米国では一流のがん治療を受けると、普通の勤め人の年収の半分が民間保険会社に払う保険料と自己負担でもっていかれるそうだ。肺がん患者が出た家族の7.7%が自己破産するというデータもある。病気は治っても借金苦で破綻する事例が次々と出てくるのを容認できるのか」
――医療制度の問題を放置したツケではありませんか。
「オプジーボは良い薬だ。今まで治らなかった病気が治るかもしれない。ただ、あの薬価が示された時に高すぎると言う関係者がいなかったのが不思議で、どうせ自分のお金ではないという感覚だったのではないか。治療にかかる自己負担を一定以内に抑える『高額療養費制度』ができたのが数十年前。今のような薬の存在は当時考えられもしておらず、例えば交通事故で大けがしたとか骨髄移植の治療を受けるような、一時的な出費対策だったのだろう」
――医療現場の責任は。
「幸いなことに日本では医者が患者に『この治療は30万円です』とか『100万円要りますよ』と告げずに済む。保険という他人のお金を使えるからだ。医者がお金のことを考えるのは卑しいという風潮があり、多くの医者はコストは国が考えるべきだと言っている。その方が患者に対して一生懸命に見えて格好良いのだ。しかし、『お金よりも命』で済ませていた時代はもう終わったのではないだろうか」
――日本では高齢者の発言力が強く社会保障制度を見直しにくくなっています。
「人間はみな死ぬ。我々はいつまで生きる権利があり、いつまで生かされる義務があり、それは何のためなのか。本来はお金に追われず、それを考えておくべきだった」
「私は氷山をそこに発見し、危ないと叫んでいるのであって、発言して個人的なメリットは何もない。製薬会社の株主からも患者団体からも恨まれる。ただこのままいけば、日本は遅かれ早かれギリシャのように財政破綻するだろう。5年後か10年後か、破綻したときにホラと言えば私は楽なのだが、それで犠牲になるのは次の世代だ」
くにとう・ひでお 86年東大医学部卒、国立がんセンター中央病院などを経て14年より現職。杏林大客員教授を兼ねる。54歳。
◇ ◇
■保険適用、費用対効果で 東京大学大学院特任准教授 五十嵐中氏
――高額薬に関する最近の議論をどう見ますか。
「保険者など医療費の支払い側や厚生労働省ではなく、国頭氏のような医療現場から高額薬が国を滅ぼしかねないという声が上がった。発言の中身以上に誰が警鐘を鳴らしたかが重要で、議論の分岐点になると思う」
「今までは財政の懸念が出てきても、医療にお金の話を持ち込むなというある意味、情動的な意見で議論が滞りがちだった。医療といえどもお金のことを考えないとやっていけないという発想になりつつある。最近の高額薬の問題が医療に与えた衝撃は、あたかも幕末の日本に襲来した黒船のようだと感じる」
――薬価制度や医療保険の仕組みのどこが問題ですか。
「オプジーボが浮き彫りにした問題は今までもあった。オプジーボは最初は患者の少ない希少疾病向けに高額で承認され、昨年末、肺がんも適応に加わった。当初の薬価は少ない患者数を前提に計算される。適応拡大で患者数が増えて財政影響が大きくなっても、薬価引き下げは次の改定まで待つというのがルールだった。例外的な改定が議論され始めたが、オプジーボ以前にも希少疾病からの適応拡大で患者数が大きく増える薬の例があったのに制度自体の議論が十分でなかった」
「国民皆保険って何だろうということから考える必要がある。皆保険は本来、皆が公的な保険に入れる状態を指すもので、その保険ですべての承認薬を賄うということまでは意味していない。だが、日本は半世紀にわたって皆保険で原則すべての承認薬をカバーしてきたから、そういうものだと思われている。皆保険システムですべての薬をカバーするのは、世界的にはむしろ例外ともいえる」
――高い医療サービスを受けた場合でも自己負担を一定以内に抑える「高額療養費制度」が保険制度の本来の趣旨をゆがめていませんか。
「多額の自己負担が生じた患者の出費を軽減する仕組みや考え方はどこの国にもある。実はならして計算し直すと日本の医療費に占める患者自己負担の割合はそれほど低くはない。問題は高額療養費制度そのものではなく、全体としてコスト意識が乏しかったことだ」
――目指すべき方向は。
「これまでは老人自己負担の引き上げや保険料の引き上げなど、広く薄く負担を課すことでシステムを維持してきたが、それも限界に来ている。皆のお金を出して運営している保険を維持していくために、給付の仕方にある程度のメリハリをつけることも考えるべきだろう」
「医療費抑制だけを目指すなら一律に価格を削ればいいだろうが、良い薬も悪い薬も同じ扱いでは供給側の意欲を大幅にそぐことになる。高くてもよく効くものと高いのにあまり効かないものは切り分けて考える必要がある。どの薬を保険で賄うかの基準は、くじ引きや価格の高低だけで決めるより、効き目に見合った値段なのかどうかを調べる『費用対効果』で決める方が合理的ではないか」
――製薬企業の戦略にも影響しそうです。
「日本市場だけで活動しているグローバル製薬企業はなく、たいていは『費用対効果』のデータを重んじる国での医薬品開発を経験している。つまり下地はすでにある。データなどを取り扱う体制作りでは外資系企業の方が若干先行しているが、近年は日系企業も力を入れてきた」
――世界的な新薬開発競争は激しく、日本の医療の産業としての魅力が低下すると、製薬企業から軽視される心配はありませんか。
「グローバルな製薬企業が『素通り』する遠因となりうるのは、政策の決定過程の不透明感だ。いったん評価を受けて価格が確定した薬剤に後から新設されたルールが適用されることは、制度の安定性を損ねる可能性もある。日本の保険や薬価算定のルールを透明化することが、何よりも大事だ」
――技術の進歩で将来、画期的な新薬や治療法が次々出てくる可能性があります。
「イノベーションや画期的な技術の適切な評価が必要なのは疑いない。ただ、財政が厳しい時代に入り、小さな変化の積み重ねが大きな画期的進歩を生み出すとしても、すべての改良に『イノベーション』としての評価を与えることは難しい。真の意味でのイノベーションとは何なのかが問われ始めている」
いがらし・あたる 02年東大薬学部卒、15年から現職。薬剤の費用と効果に関する研究多数。医療経済評価総合研究所代表。36歳。
◇ ◇
〈聞き手から〉第2のオプジーボに備えよ
厚生労働省は5日の中医協で、オプジーボの薬価を来年度から緊急で引き下げる検討を始めた。薬価改定は2年に1度で本来なら次は2018年度だが、1つの超高額薬剤をめぐって異例の対応をとることになりそうだ。
だが、オプジーボの薬価が下がればそれで解決というわけではない。従来治らなかった病気に効く薬は今後も期待されるし、たとえば人工知能(AI)が発達すると今は誰も予想しない薬や療法が誕生するかもしれない。第2、第3のオプジーボのような騒動は起こり得る。
医療の可能性が広がっていくのと対照的に、人口の高齢化で日本の国家財政や健康保険は限界に近づいている。国頭、五十嵐両氏は専門や立場が異なるが「お金よりも命だ、で済ませる時代は終わった」と口をそろえた。
だとしたら医療サービスの何を諦めて、何を守るのか。そんな悩ましい問いを突き付けられているのは、皆保険を支える我々一人ひとりなのだろう。
(上杉素直)
[日経新聞10月9日朝刊P.9]
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