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進行性難病ALS、改善例に注目した研究進む
ALSの症状が改善したキム・チェリーさん(5月)
By AMY DOCKSER MARCUS
2016 年 6 月 15 日 10:45 JST
米デューク大学の筋萎縮性側索硬化症(ALS)クリニックを長らく率いるリチャード・ベッドラック氏は、これまでに2000人を超える患者の治療を行ってきた。ALSは筋肉を動かす能力が徐々に失われる難病で、病状は時間とともに悪化し、通常は発症から2〜5年で死に至る。
現在ベッドラック氏が注目しているのは、通常とは異なり、症状が改善しているように見える患者だ。少ないとはいえ(同氏がこれまでに確認したのは23例)、1年以上にわたり筋肉を動かす能力を取り戻している患者もいる。一部は改善の要因として栄養補助食品や実験的治療を挙げているが、確実なことは分かっていないという。
ベッドラック氏は、ALSの症状が改善する「ALSリバーサル」について研究し、大多数の患者との違いがあればそれを究明することが、ALSの新たな理解、さらには治療法につながるかもしれないと考えている。
AIDSを発症しない人
医学的な公算に反しているようにみえる人々の研究はALSに限らない。2014年に始まった「レジリエンス・プロジェクト」では、疾患を引き起こすはずの遺伝子突然変異を持ちながらそうなっていない人を見つけるため、健康な人のゲノムを検査している。
国際HIVコントローラーズ・コンソーシアムなどの機関は10年にわたり、いわゆる「エリートコントローラー」を追跡調査してきた。エリートコントローラーとは、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染しながら、抗レトロウイルス薬を使っていないのにHIVが増殖せず、AIDS発症に至っていない人を指す。このコンソーシアムなどの研究により、コントローラーに関係した遺伝子シグネチャーの特定が進み、実験的治療の試験が進められている。
ラゴン研究所のディレクター、ブルース・ウォーカー氏は「当初、HIVは途方もないブラックボックスだった」と語る。「難しいのは、どうやって他の人をエリートコントローラーにするかだ」という。
ベッドラック氏は同じことをALSでしようとしている。
患者1万人超の1%未満
同氏を含む研究者は今年、ALSの治療実験に参加した患者1万人超のデータベースに基づく論文を神経学会誌「ニューロロジー」で発表した。
それによると、症状に大きな改善がみられ、1年以上にわたって機能改善がみられた患者(ALSリバーサル)はデータベース全体の1%未満だった。
論文執筆者の1人でマサチューセッツ総合病院(MGH)ALSクリニックのディレクター、メリット・クドコウィッツ氏は、そうした患者はたとえ数が少ないとしても、「研究の価値があると思う」と述べた。
ベッドラック氏は、いくつかの理論でALSリバーサルを説明できるかもしれないと話す。患者は実際にはALSではなく、同様の症状を持つ未知の症候群だったのではないか。ALSとの戦いを助ける遺伝形質があったのかもしれない。ALSの進行につながっていた環境要因が取り除かれた可能性もある。通常とは違う治療法を試して成功したとも考えられる。
ALSリバーサルの再現
ベッドラック氏はこの現象を研究するため、2つのプログラムを実行している。1つめのプログラムでは確認されたALSリバーサルの例を収集することだ。ソーシャルメディアの情報などを基に患者と連絡を取り、治療記録を閲覧し、担当医から話を聞く。この夏には血液サンプルを集め、全ゲノムシーケンスや通常と違う抗体の検査をする予定だ。
アイダホ州ボイシに住むキム・チェリーさん(68)は11年にALSだと診断された。病状が最も深刻だったのは12年だが、その後に劇的に改善した。これまでに、高圧酸素タンクやグルテンフリーダイエットなど、さまざまな方法を試してきた。症状の改善はいくつかの要素が組み合わさった結果かもしれないと考えている。妻は「ALSは謎だ」と話す。
特別な治療が絡んでいるとみられる場合、ベッドラック氏の2つめのプログラムではALSリバーサル患者の療法を取り入れることで改善を試みる。工作機械オペレーターだったマイケル・マクダフさん(64)の経験に基づいた最初の試みには、患者16人が登録し、さらに34人の参加が見込まれている。
数年前から症状の改善が見られるマイケル・マクダフさん
マクダフさんは10年に初めて腕が弱っていることに気づき、ALSと診断された。13年春には自力で服を着ることも食べることもできなくなっていた。話すのも難しく、食事用のチューブもつけた。子ども5人がお別れに駆けつけた。
マクダフさんは友人の勧めで大豆に含まれるプロテイン「ルナシン」のサプリや、健康に良いとされる穀物を摂取し始めた。3カ月後に改善がみられた。現在は再び飲み込むことができるようになり、体重も増えた。腕の力は今も弱いが、短い距離は歩ける。治ってはいないものの、「生活の質は上がった」という。
ルナシンを試している患者は、医療データを収集・分析するペイシャンツライクミー社に各種データと身体機能の月次スコアを報告する予定だ。ALSリバーサルの可能性について、同社の共同創業者で会長のジェイミー・ヘイウッド氏は「(改善の)逸話は至る所にある。だが治療について本当に決断を下そうとするなら、より正確かつ強力なデータが必要だ」と話す。
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父親が作った人工膵臓を携帯して学校に通うアンドリュー・カラブリースくん(左) PHOTO:SANDY HUFFAKER FOR THE WALL STREET JOURNAL
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KATE LINEBAUGH
2016 年 5 月 10 日 18:13 JST
米カリフォルニア州サンディエゴ地区の小学校に通う3年生のアンドリュー・カラブリースくんは、校内のどこへ行くにもバックパックを持っていく。中身は教科書だけでない。人工膵臓(すいぞう)も入っている。
人工膵臓は随分前から1型糖尿病の「聖杯」となるテクノロジーと考えられてきた。しかし、アンドリューくんの人工膵臓は医療機器会社が製造したものではなく、規制当局の承認も受けていない。
父親のジェーソン(41)さんが組み立てたものだ。
ジェーソンさんはソフトウエア技術者で、ネットで公開された指示書を基に旧型のインスリンポンプを改造し、体内の血糖値レベルに応じて自動的にホルモンが投与されるようにした。自作の人工膵臓を学校に携帯させる上で、息子の主治医の許可は得ている。
こうした例はカラブリースさん一家だけではない。米国では50人を超える人たちが自身や子供のために自分ではんだ付けを行い、機械に手を加え、ソフトウエアを書いてそうしたデバイスを作っている。人工膵臓は「クローズドループシステム」とも呼ばれ、長年研究が進められてきたが、リアルタイムで血液中のブドウ糖値を測定するセンサー技術の向上で実現が可能になった。
米食品医薬品局(FDA)はこうしたデバイスの承認を優先事項としており、数社が開発に取り組んでいる。しかし、商業開発と規制当局からの認可取得には何年もかかるため、それを待ちきれない、技術に精通した一部の人たちが自作を始めている。
ジェーソン・カラブリースさんが息子のために作った人工膵臓 PHOTO: SANDY HUFFAKER FOR THE WALL STREET JOURNAL
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ジェーソンさんは当初、自作装置の安全性を懸念していた。2カ月かけてデバイスを製作し、テストには数週間を費やした。最初は息子に週末と夜だけ試させた。だが十分機能することが分かってからは、それを息子に使用させないことは無責任だと感じるようになったという。
「糖尿病はどのみち危険だ。インスリンは危ない。自分たちがしていることはむしろ事態を改善し、リスクを低下させていると思う」。ジェーソンさんはこう話す。
FDAは医療機器を製造・販売する企業の規制を行っているが、医師や患者が医療機器をどう使用するかを管理する権限はない。つまり、改造したインスリンポンプを販売したり、流通させたりしない限り、FDAには改造を阻止する法的手段はない。
米国の1型糖尿病患者は100万人を超える。糖尿病は、糖分をエネルギーに変えるホルモンであるインスリンが膵臓から分泌されなくなる自己免疫疾患。血糖値、つまり血液中のブドウ糖値が上がりすぎると腎不全などの長期的な合併症を引き起こしかねず、ブドウ糖値が下がりすぎると発作や昏睡状態に陥る危険がある。人工膵臓は、皮下センサーが生成する血糖値データを5分ごとに処理することで、アルゴリズムによってインスリンの投与量を最適化しようとするものだ。
医療機器大手メドトロニックは、3月にインスリンポンプと持続血糖測定器(CGM)を組み合わせた「670G」の試験を終え、6月に規制当局に許可を申請する予定。また、医療品・日用品大手ジョンソン・エンド・ジョンソンは年内に臨床試験を開始する計画だ。メドトロニックは約2年前、人工膵臓に先駆けて市場投入する中間製品についてFDA当局者に説明を行った。その会議について詳しく知る関係者によると、それに対しFDA当局者は審査期間を短縮する意向を示したという。
登校前に父親と共に血糖値を確認するアンドリューくん PHOTO: SANDY HUFFAKER FOR THE WALL STREET JOURNAL
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メドトロニックの糖尿病部門最高医療責任者を務めるフランシーン・カウフマン博士は「生物学は室温を管理するように簡単にはいかない」と話す。自作の取り組みは人工膵臓への関心を示す証拠だとしつつも、商用デバイスを市場投入するのとは訳が違うと指摘。カウフマン博士はメドトロニックがFDAに提出する資料は10万ページを超えるとみており、2017年には認可が下りることを期待している。
ジェーソンさんが参考にした自作プロジェクト「OpenAPS」は、ワシントン州シアトル在住の1型糖尿病を患うダナ・ルイスさん(27)が始めた。ルイスさんは2014年12月に自ら実験を行う形で人工膵臓システムを使用し始めた。それについてツイッターで数カ月つぶやいたところ、同システムを求める人から問い合わせが寄せられた。
このプロジェクトの唯一の制約は、使用者が自分でシステムを組み立てなければならないことだ。ルイスさんやその他の使用者はアドバイスはするが、障害対応は各自の責任だ。3月に1型糖尿病と診断された1歳の娘を持つサンフランシスコ・ベイエリアの心臓病専門医の男性も、組み立てに必要なソフトウエアのプログラミングについて自ら学んでいる。
システムの製作には、旧型のインスリンポンプ、インスリンポンプとの通信に使用するUSBメモリー、USBメモリーに接続するCGM、コンピューターマザーボード、バッテリーパックが必要だ(インスリンポンプは細い皮下チューブを通してホルモンを投与するポケベルサイズのコンピューター)。これは、糖尿病患者の介護を行う人たちが立ち上げた、遠隔地から血糖値を監視できるソフトウエアを開発する別のオープンプロジェクトから派生している。
自作の人工膵臓のサイズはさまざまで、アンドリューくんは以前には小さな靴箱サイズのシステムを携帯していたが、今のものはヘッドホンケースほどの大きさまで小型化された。
スタンフォード大学の小児分泌学者で、メドトロニックをはじめとする人工膵臓システム開発企業の臨床試験を行うブルース・バッキンガム博士は、OpenAPSは「明らかにコンピュータープログラミングの専門知識をある程度持つ人向けだ」とした上で、「それには何とかしたいという人々の切実な思いが表れている」と話す。
FDAはOpenAPSについてコメントを避けたが、メーカーと協力して人工膵臓の認可作業に取り組んでいると述べた。
サラ・ハワードさん(49)は、昨年ルイスさんと会ってからOpenAPSに興味を持つようになった。ハワードさん自身と二人の息子のうち一人は1型糖尿病を患っている。「まず気になったのは、合法なのかということ。違法なことはしたくなかった」とハワードさんは話す。
ハワードさんによると、彼女の夫が妻と11歳の息子のためにシステムを組み立ててくれた。今では基準範囲内の血糖値で毎朝目覚めることができ、夜中に起きて息子の血糖値を確認する必要もなくなったという。
しかし、必ずしも順風満帆というわけではない。ハワードさんの息子がデバイスを使用するのは夜だけだ。以前学校に持っていったところ、ポンプが作動しないことがあった。「毎日いつでも機能するというわけではない」とハワードさん。
ジェーソンさんも同意見で、「治療にはならない」と話す。食事に合わせたインスリンの投与は今も手作業で行っている。また、ポンプの故障やチューブの閉塞(へいそく)といった現在のテクノロジーにある問題も依然つきまとう。
とはいえ、ジェーソンさんはアルゴリズムの方が規律があると指摘する。「この仕事は人間には向いていない。機械向きなのは間違いない」
学校に行く準備をするアンドリューくん PHOTO: SANDY HUFFAKER FOR THE WALL STREET JOURNAL
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