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遺伝子操作と生命倫理 どうバランス
人の受精卵に遺伝子操作を加える研究はどこまで認められるのか。遺伝子の改変が容易な「ゲノム編集」技術の進展を受け、世界で議論を呼んでいる。進む生命科学と、生命倫理の問題にどう折り合いをつけるべきか。政府の総合科学技術・イノベーション会議議員の原山優子・生命倫理専門調査会会長と、日本遺伝子細胞治療学会理事長の金田安史・大阪大学教授に聞いた。
■議論続け認識共有を 総合科学技術・イノベーション会議議員 原山優子氏
――ヒトの卵子や受精卵など生殖細胞の遺伝子操作について、世界で議論されています。日本では原山さんが加わる会議が、基礎研究は認めるが、(実際の治療などに使う)臨床応用はすべきでないとする報告書をまとめました。
「政府の総合科学技術・イノベーション会議の生命倫理専門調査会で、昨年夏ごろから話し合ってきた。中国の研究者が昨年、ヒト受精卵に新しいゲノム編集技術を施した実験の論文を出したのがきっかけだ。ゲノム編集のポテンシャルは非常に大きく、遺伝子治療への応用でも脚光を浴びるのは間違いない」
「一方で、受精卵などのゲノムを操作すれば、影響は子や孫の世代以降に及ぶ可能性があり、大きな倫理的課題をはらむ。研究が進むのを待って、議論が周回遅れになってはいけないとの意見が多かった。内閣府が事務局を務め、政府横断的に物事を見られる会議で議論し、方向性を出せたのは意味がある」
「米国ではまず大統領府が、臨床応用を目的としたヒト生殖細胞のゲノム編集は越えてはならない一線だという基本的考え方を示した。そのうえで昨年12月、米科学アカデミーなどが研究者の国際会議を開いた。新技術がどんどん進む時にどう対応すべきか、参考になった」
――報告書を具体的な研究指針にどう反映させますか。
「すでに日本遺伝子細胞治療学会や日本産科婦人科学会など関連する4学会が声明を出し、ゲノム編集の臨床応用の禁止措置や基礎研究の指針を設けるよう求めた。報告書を受けて、実際に指針を作るのは厚生労働省や文部科学省、経済産業省であり、我々からこうしろと言うわけにはいかない。各省の担当者は専門調査会のオブザーバーとして引き続き参加して、いずれ方向性を示してほしい」
「各省の担当者が異動すると物事が進みにくくなる場合もあるが、ゲノム編集の議論はそんな軽いものではない。こうした新技術や知見は研究の自由、社会とのせめぎ合いなど人々が科学にどう向き合うかという問題を含む。継続的に取り組む必要がある」
――国際的なルール統一の動きはありますか。
「米国では研究の進め方について、産業界や一般の人も含めて議論が進んでいる。経済協力開発機構(OECD)の作業部会もゲノム編集をテーマに取り上げている。いまのところ基礎研究には少し間口を開きつつも、臨床応用は時期尚早という立場で各国・機関が大体一致している。ただ、いずれ臨床応用を認める条件なども話し合われるだろう。日本の法体系にも影響する可能性があり、国際的な議論の外にいてはだめだ」
――科学技術が進むなかで検討課題は増える一方です。
「生命倫理専門調査会はもともと、ヒトのクローンを作る技術の規制に関する指針などを設けるために設置された。目の前の出来事をどうさばくかで精いっぱいだ。外部の調査機関を使ってもよいので、もう少し調査機能をもって新たな分野にも手を付けていかなければならない」
「生命と倫理が交差する分野にはほかにもある。例えば脳科学だ。医療行為として、あるいはビジネスにつなげようと、ほかの人の脳の神経細胞をどこまで操作してよいのかなどが問題となる。また、安価にDNA解析が可能になり、健康や病気との関係を判定するサービスもあるが、意図せざることがわかってしまったらどうするのか。サービスを受けたい人は勝手にどうぞ、でよいのか、ある程度基礎となるルールを議論する必要があるかもしれない」
――生命倫理上のルールが厳しいと産業の発展を妨げるとの指摘もあります。
「産業競争力を高めるにしても競争の土俵は決めておかなければならない。政府にはそれを作る責任がある。トップダウンで決めるのではなく、倫理的、社会的に、我々が共有できる価値観を担保するものでなければならない。つかみどころがないかもしれないが、これが日本の考え方だという一線を探り出すのが専門調査会の役割でもある」
「日本政府の優先課題は経済活性化であり、そのためにイノベーションや科学技術を活用するという位置づけだ。政府の助成の恩恵は一部の人だけが受けるのではなく、社会全体に行き渡るようにしなければならない。そうした観点からもの申すのも、生命倫理専門調査会の役割ではないかと考えている」
はらやま・ゆうこ フランスのブザンソン大学理学部数学科卒、スイスのジュネーブ大学で教育学と経済学の博士課程修了。65歳。
◇ ◇
■改変の影響、後世まで 日本遺伝子細胞治療学会理事長 金田安史氏
――ゲノム編集の技術を使うと生殖細胞の遺伝子操作も容易になるといわれますが、どんな問題が起きますか。
「ゲノム編集をした生殖細胞から子が生まれれば、影響は後の世代にまで及ぶ。通常の遺伝子治療のように患者を数年間フォローするだけでは済まず、どこまで調べればよいのかわからない。人々の移動が激しいなかで、影響は一つの国にとどまらない。人類全体の遺伝資源が改変されることになりかねないという、重要な問題をはらむ。科学だけの問題ではなく、社会的なコンセンサスがいる。生殖細胞のゲノム編集は相当な覚悟がないとできない」
――生命倫理専門調査会が当面の対応を報告書にまとめました。
「報告書の書かれ方に問題があり、一般の人たちに誤解を与えたのではないかと懸念している。報道では(生殖細胞のゲノム編集によって病気のメカニズム解明などをめざすが、胎内に戻して育てるところまではしない)基礎研究を『容認する』という点が強調された。米国の学会でも日本は英国などと並ぶ容認国で、今にも基礎研究が始まりそうだと受け止められた。実際には運用指針、審査体制が整備されておらず、すぐに始まるわけではない」
――報告書に関し4学会が共同で提言を出した理由は。
「学会も貢献するので、国が主導して指針作りをしてほしいと求めたかった。ゲノム編集そのものを法で禁止するのではなく、研究に必要な手続きや条件、研究の適否を判断するための審査体制などを整備する必要がある。手順をきちんと踏まなければ罰せられるようにしてほしい」
「生命倫理専門調査会では基礎研究を認めるための条件を話し合うと思っていたが、そこまで踏み込まず、指針をだれがどう作るのか、報告書に明記されなかった。次回からミトコンドリア病の治療を話し合うと聞いて失望した。その都度トピックを見つけ、うわべの議論をするだけでよいのだろうか。日本学術会議にもゲノム編集について話し合う分科会ができたが、生命倫理専門調査会と同じような議論で終わっては困る」
――具体策を決められないのは省庁の縦割りのせいなのでしょうか。
「それはあるだろう。厚生労働省に指針作りのお願いに行こうとしたら研究者仲間から、基礎研究なら文部科学省の所管ではないかと言われたのでやめた。昨年、医療研究の司令塔として日本医療研究開発機構(AMED)が発足したが、各省からあがってくる予算を束ねてはいても権限が限られる。要請先として考えなかった。内閣府に動いてもらうしかないだろう」
――研究現場では生殖細胞のゲノム編集をしたいという声は多いのですか。
「日米では生殖細胞のゲノム編集がすぐに必要になるとは認識されていない。新しいゲノム編集技術が開発されて使いやすくなったが、狙ったのとは異なる遺伝子を変えてしまう場合もある。治療に応用できる段階ではなく、なお技術革新が必要だ。欧州を中心に、既存の遺伝子治療が難病や遺伝性疾患の治療でよい成績をあげているケースも多い。基礎研究でも、ヒトの受精卵を使わずに動物実験で確かめられることもある」
「ただ、ゲノム編集の技術を使って、不妊症にどんな遺伝子の働きがかかわっているかなどを特定できる可能性はある。そうした成果は発見者によって、知的財産権として押さえられるだろう。産業界からは、重要な知財を海外勢に持って行かれるのを懸念する声も出ている。だからこそ指針作りを急ぎ、それに沿った条件の下で基礎研究を進める必要がある」
――技術の進歩に、生命倫理などの議論が追いつかない印象です。
「医学研究者に対しては、難病患者などから過度の期待が寄せられる。過去にはその期待感に乗じて研究を前へ進め、結果として裏切ってしまったこともある。研究者と社会の仲立ちをしたり、研究者に倫理面からアドバイスをしたりできる人が足りない」
「日本では生命倫理問題には、他の専門を持つ研究者がボランティア的に取り組む場合が多い。研究費も見返りも少ないのに責任は重い。日本遺伝子細胞治療学会でも生命倫理に特化した委員はいない。生命倫理に詳しい人材がおり、新技術が登場すると素早く議論が始まる米国などとはかなり異なる」
かねだ・やすふみ 98年から大阪大学教授、遺伝子治療学が専門。米欧の関係学会に所属し海外の動向にも詳しい。62歳。
◇ ◇
〈聞き手から〉技術の光と影、冷静に判断
人間のゲノム(全遺伝情報)が短時間で安価に読み取れるようになり、様々な病気と遺伝子の異常とのかかわりが明らかになってきた。そこへ、遺伝子改変を手軽にできるゲノム編集のツールが登場した。病気治療への応用に期待が高まっても不思議はない。
金田氏の指摘通り、生殖細胞の遺伝子を改変すれば影響は子孫に受け継がれ、人類全体に及ぶ恐れがある。しかし遺伝性疾患を持つ人が、健康な子を産みたいという切実な願いから新技術の利用を求めたら反対しにくい。かつて生命倫理上、問題ありとされた体外受精もいまや世界に普及している。
日本には新技術の光と影を冷静に判断し、生命の尊厳の問題などにも向き合って応用の是非や範囲を話し合う土壌がない。騒ぎが起きるたびに付け焼き刃的に専門家の会議で議論し報告書を出してきたが、限界がある。見識と発言力を兼ね備えた生命倫理委員会を常設すべきだろう。
(編集委員 安藤淳)
[日経新聞7月10日朝刊P.9]
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