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川上氏はウェブサイト上で謝罪を発表した
ショーン川上氏降板で改変に暗雲 そもそもフジテレビはなぜ凋落したのか
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160319-00506742-shincho-ent
デイリー新潮 3月19日(土)5時15分配信
■改変期のつまづき
出鼻をくじかれたというのは、まさにこのことだろう。
フジテレビは3月16日、4月スタート予定の情報系番組『ユアタイム〜あなたの時間〜』(月〜木曜深夜11:30〜、金曜深夜11:58〜)でメインMCを務める予定だった、経営コンサルタントのショーン・マクアードル川上氏の降板を発表。「週刊文春」3月24日号で、川上氏の“経歴詐称疑惑”が報じられたことがその理由だ。
『ユアタイム〜あなたの時間〜』は現在放送されている平日夜の報道・スポーツ番組『あしたのニュース』『すぽると!』の枠を刷新したフジテレビ春の改編の大きな目玉。政治経済、事件事故から芸能ネタ、ファッションまでとりあげ、ニュースの枠を大きく広げる意欲的な番組になる、と関係者も意気込むほど力の入った番組になるはずだった。それだけに、スタートまで1カ月を切ったこのタイミングでの降板騒動は、番組関係者にとって痛恨の極みで、今頃、調整に奔走している頃だろう。
■なぜ凋落したのか
今回の降板騒動は、ここ数年のフジテレビの凋落ぶりを示す、ひとつの例に過ぎない。特にテレビ局の“生命線”である視聴率の低迷は顕著で、2015年に至っては、時間帯によってはTBSに抜かれ、民放第4位にまで転落、2015年4〜9月期の中間決算では、1959年の開局以来、初の営業赤字を計上。かつての栄光はどこ吹く風、その黄金期を知る者にとっては、この数年のフジテレビの凋落を見るにつけ、何とも痛ましい気分になる。一体、かつての“王者”に何が起きたのだろうか――。
その原因を、歴史や社風、組織構造などから徹底分析したのが、『フジテレビはなぜ凋落したのか』(新潮新書)だ。著者の吉野嘉高氏は、1986年に入社した元社員(現在は筑紫女学園大学現代社会学部教授)。情報番組のディレクターやプロデューサー、社会部の記者などを務めた、いわばフジテレビの黄金期を肌で知る人間の一人である(以下、「 」内引用は同書より)。
吉野氏は、「凋落の原因は様々で到底一つに絞り切れるものではない」としつつも、そのひとつとして「過去の成功体験から脱却できていないこと」を挙げている。
過去の成功体験とは、斬新なバラエティ番組やトレンディ・ドラマなどのヒットによって、1982年〜93年にかけて12年連続視聴率三冠王に輝いた頃のことだ。
その黄金期をもたらしたのが、1980年に行われた組織改革だった。
「『80年改革』はいわばフジテレビの“ビッグバン”。現場に爆発的なエネルギーが生じて、熱風のような高揚感が巻き起こり、会社全体に力がみなぎってきた」
■昔、「大部屋」というものがあった
その象徴となった場所がある。新宿区の河田町にあったフジテレビ旧社屋の3F、通称「大部屋」だ。
テレビ局の中心部「編成」と番組づくりに携わる「制作」を「大部屋」に同居させることで、セクションの壁を取り払い、社員間のコミュニケーションをスムーズにした。敏腕プロデューサーと新入社員が等しく往来するその「大部屋」こそが、フジ黄金期を支えた原動力になったというのだ。
「大部屋は、制作現場の空気とともに、フジテレビの『社風』を社内の各部署に送り込む“循環装置”のような役割を果たしていた」
しかし1997年、フジテレビはお台場に社屋を移転。「大部屋」は消失した。「新社屋で働くうちに社員同士の仲間意識が希薄になっていくのを感じた」と吉野氏が指摘するように、フジテレビから往時の勢いが失われたのは、その頃からだという。
■内輪のイベントはニュースではない
それでも、「仲間意識」あるいは「連帯感」が完全になくなったわけではない。むしろ、それが今でも「社風」として残っている部分も少なからずある。
その象徴として吉野氏が挙げているのが「入社式」だ。
同社では父母同伴の入社式が恒例となっており、最近では、そこにはSMAPやゆずといったトップアーティストが登場して華を添えることになっている。
問題は、この入社式の模様を情報番組などでトピック・ニュースとして放送していることだ、と同書は指摘している。
「放送するのは勝手かもしれないが、『フジテレビ共同体』の『仲間意識の強さ』をアピールするのは、視聴者に不快感を与えるおそれもある(略)。
『オレたちに関係ないだろう。公共の電波を使って、内輪の盛り上がりをアピールするな』という声が聞こえてきそうだ」(同書より)
強みだったはずの「仲間意識」ですら、今や世間との「ずれ」の一因になっているのではないか、というのが吉野氏の指摘だ。
こうした状況を打破し、「過去の成功体験から脱却」するため、大きな改革を断行しようとした矢先の今回の「降板騒動」。はたして雨降って地固まるといくのだろうか。そして、かつてのような黄金期をフジテレビは再び築くことができるのだろうか――。
ショーン氏の後任として、モーリー・ロバートソン氏を据えるあたりを見ると、なぜかMCにはハーフ(っぽい人? )を置かねば、という使命感のようなものがあることだけは伝わってくるのだが、そこにもまた世間との「ずれ」があるようにも見えるのである。
今回の降板劇を見ていると、過去の成功体験から抜け切れているとは思えない。
また、中味ではなく、MCの「顔」に頼るような、派手な見た目が売りの番組に頼るようでは、フジテレビ復活の道のりははるか遠い、と言わざるを得ない。
新潮社
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