「清貧」ムヒカさんが見た日本 「働き過ぎなんだよ」 2016年12月23日11時38分 朝日新聞 南米ウルグアイから、前大統領のホセ・ムヒカさんが初めて日本にやって来たのは今年4月のことだった。1週間の滞在中、東京や大阪の下町を歩き、多くの学生とも触れあったムヒカさん。帰国後は、日本や日本人についてスピーチのなかで触れる機会が増えたという。「清貧」を貫く哲人政治家の目に、日本の何が、どう映ったのか。これから世界は、どう変わるのか。今春に続き、9月に再び、首都モンテビデオにムヒカさんに会いに行った。 ロボットは消費をしない ――日本訪問の1カ月前、ムヒカさんは私の取材に、「日本のいまを、よく知りたい。日本で起きていることのなかに、未来を知る手がかりがあるように思う」と話していました。実際、日本を訪ねてみて何か見えてくるものがありましたか。 「ひとつ心配なことがある。というのは、日本は技術がとても発達した国で、しかも周辺には労働賃金の安い国がたくさんある。だから日本は経済上の必要から、他国と競争するために、ロボットの仕事を増やさないといけない。技術も資本もあるから、今後はロボットを大衆化していく最初の国になっていくのだろう。ただ、それに伴って、これから日本では様々な社会問題が表面化してくるだろう。いずれ世界のどの先進国も抱えることになる、最先端の問題だ。確かに、ロボットは素晴らしいよ。でも、消費はしないんだから」 ――日本では道行くたくさんの人から声をかけられていました。日本の人々について、どんな印象を持ちましたか。 「とても親切で、優しくて、礼儀正しかった。強く印象に残ったのが、日本人の勤勉さだ。世界で一番、勤勉な国民はドイツ人だと、これまで思っていたが、私の間違いだった。日本人が世界一だね。たとえば、レストランに入ったら、店員がみんな叫びながら働いているんだから」 ――どこか印象に残った街がありましたか。 「京都だ。素晴らしいと思った。日本はあの文化、あの歴史を失ってはいけない」 「ただ、京都で泊まったホテルで、『日本人はイカれている!』と思わず叫んでしまった夜がある。トイレに入ったら、便器のふたが勝手に開いたり閉じたりするんだから。あんなことのために知恵を絞るなんて、まさに資本主義の競争マニアの仕業だね。電動歯ブラシも見て驚いた。なんで、あんなものが必要なんだ? 自分の手を動かして磨けば済む話だろう。無駄なことに、とらわれすぎているように思えたね。それに、あまりにも過度な便利さは、人間を弱くすると思う」 「とても長い、独自の歴史と文化を持つ国民なのに、なぜ、あそこまで西洋化したのだろう。衣類にしても、建物にしても。広告のモデルも西洋系だったし。あらゆる面で西洋的なものを採り入れてしまったように見えた。そのなかには、いいものもあるが、よくないものもある。日本には独自の、とても洗練されていて、粗野なところのない、西洋よりよっぽど繊細な文化があるのに。その歴史が、いまの日本のどこに生きているんだろうかと、つい疑問に思うこともあった」 ■豊かな国ほど幸福について心配する ――2015年に大統領を退いてから訪れた国で、人々の反応は日本と同じでしたか。 「退任後に行ったのはトルコ、ドイツ、英国、イタリア、スペイン、ブラジル、メキシコ、米国だ。行った先で私はよく大学を訪れる。年老いてはいるが、なぜか若者たちとは、うまくいくんだ」 「そこで気がついたんだが、どこに行っても、多くの人が幸福について考え始めている。日本だけではない。どこの国もそうなんだよ」 「豊かな国であればあるほど、幸福について考え、心配し始めている。南米では、私たちはまだショーウィンドーの前に突っ立って、『ああ、いい商品だなあ』って間抜け面をしているけれど、すでにたくさんのモノを持っている国々では、たくさん働いて車を買い替えることなんかには、もはや飽きた人が出始めているようだ」 ――人々が幸福について考え、心配し始めているのは、なぜでしょうか。 「おそらく、自分たちは幸せではない、人生が足早に過ぎ去ってしまっている、と感じているからだと思う。昔の古い世界では、宗教に安らぎを感じる人もいた。だが世俗化した現代では、信心がなくなったから」 ――「世界幸福度ランキング」だと、日本は53位だそうです。 「東京は犯罪は少ないが、自殺が多い。それは日本社会があまりにも競争社会だからだろう。必死に仕事をするばかりで、ちゃんと生きるための時間が残っていないから。家族や子どもたちや友人たちとの時間を犠牲にしているから、だろう。働き過ぎなんだよ」 「もう少し働く時間を減らし、もう少し家族や友人と過ごす時間を増やしたらどうだろう。あまりにも仕事に追われているように見えるから。人生は一度きりで、すぐに過ぎ去ってしまうんだよ」 ■これ以上もてば、不幸になる ――日本人にメッセージは伝わったと思いますか。 「まさに文字通りに、私のことを『世界でいちばん貧しい大統領』だと受け取った人もいただろう。貧困を擁護していると感じた人も、いたかもしれない。だが、そうじゃないんだ。私は貧しくなんかない。貧乏でいい、なんて言ったことは一度もない」 「幸せだと感じるモノは、私はすべて持っている。これ以上のモノを持てば、とても不幸になってしまうから持っていないだけなんだよ」 「私が言っているのは、質素がいい、ということだ。浪費を避けること。言葉にすれば『質素』であって『貧困』ではない。貧困とは闘わなければならない」 「もし君がゲリラで、山に潜んでいたとしよう。山で快適に生きていくには多くのモノが必要だが、あまりに多くのモノをリュックに詰め込んでいけば、今度は歩くことができなくなる。人生とは長いゲリラ戦と同じだ。リュックは軽くしておかないと、歩き続けることができないんだよ」 ――ムヒカさんは土地と建物を提供して地元に農学校をつくったそうですね。その生徒たちについて、東京外大での講演の最後に、「私たちは子どもをつくることができなかったけれども、地元で走り回っている彼らは私たちの子どもです」と言ったとき、会場で聴いていた奥さま(ルシア・トポランスキー上院議員)は泣いていました。 「なぜなら、私たちはとても努力をしてきたからだよ。農学校は私たちが暮らしている地元につくった。私たちは地域の人々のことをよく知っているし、畑のこともよく知っている。何か助けになることをしたいと思ったんだ。よく知っている人には、もっと何かをしたいと思うものだ。だからといって、この世の中が何か大きく変わるわけではないが、少なくとも私たち夫婦が暮らしている地元を、より良くすることはできる」 ――世界はこれから、どうなっていくんでしょう。 「もっとも深刻な問題は、富の分配がうまくいっていないことだ。世界各地で、富があまりにも一部の人間に集中している。資本が生む利潤のほうが、経済成長のペースを上回っている。だから豊かな家庭に生まれたら、貯蓄して投資する能力を早くから身につけたほうがいい世の中なんだ。つまり人生のスタート時点から、巨大な富を持って生まれた者がさらに大きく、強くなっていく。この先の世界にあるのは、紛争だよ」 「放っておけば、富は集中する。今後も、ますます集中していくだろう。この問題は日本でも、ウルグアイでも、米国でも、世界中で起きていることだ。どうすれば正せるのかはわからない。だが将来、紛争の原因になっていくことは間違いない」(聞き手・萩一晶) ◇ 3回にわたるインタビューの詳細と、元武装ゲリラのホセ・ムヒカさんが大統領になった背景については、12月の新刊「ホセ・ムヒカ 日本人に伝えたい本当のメッセージ」(朝日新書)で読めます。 http://www.asahi.com/articles/ASJDF5T1NJDFUEHF00M.html?iref=com_rnavi_srank
|