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トランプ経済で大打撃を受ける2つの国 通商・貿易政策を見ていくと…
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50417
2016.12.08 安達 誠司 エコノミスト 現代ビジネス
■TPP破棄の影響は?
最近、筆者も「トランプ大統領誕生が日本経済にどのような影響を与えるのか」という質問を受ける機会が多くなっているが、多くの人の関心は、保護貿易主義的なトランプ次期大統領の通商・貿易政策に向かっているようだ。
確かに大統領選後もトランプ大統領は、保護貿易的なスタンスを崩していない。TPPからの離脱に加え、メキシコからの不正移民に関してNAFTA見直しの主張も変えていない。
トランプ新大統領は、国内の経済政策については、比較的現実路線へ歩み寄る姿勢が見て取れる一方、外交・安全保障政策、及び、それと密接に関連する通商・貿易政策については、大統領選のときとあまり変わらず、「やんちゃぶり」を発揮し続けている。
だが、このうち、TPPはまだ発効されていないため、アメリカがTPP交渉から離脱したとしても、それで日本企業の業績が突然悪化するということにはならないだろうと考えている。
また、筆者は、トランプ大統領にとって、TPPを破棄するということは、「保護貿易に走る」というよりも、アメリカの世界貿易における重要性(TPP交渉では、参加国の貿易金額の約6割を占める)に見合った通商政策における交渉力を持つべきだという考えの表れではないかと考えている。
TPPのような多国間交渉では、アメリカは貿易量では全体の6割を占めるにもかかわらず、一参加国としての立場で参加せざるを得ないため、十分な交渉力を持つことができないところに不満を持っているのではなかろうか。そこで、二国間で個別に交渉を行い、アメリカに有利な協定を結ぶということを優先したいのだと考える。
つまり、政権発足後、日米貿易交渉を個別に行うということであろう。その際は、TPPの内容が交渉のベースになると思われるので、それほどかけ離れた内容になるとは思えない。むしろ、安倍内閣は、TPPを国内の規制緩和の起爆剤にしようと考えているだろうから、TPP交渉が日米の個別貿易交渉に振り替わるだけではないかと考えている。
そのため、筆者は現時点では、米国の対日貿易政策に関してはそれほど悲観視していない。
■中国にとっては厳しい展開
さらにいえば、大統領選後のトランプ氏の言動や閣僚の人選をみる限り、中国の「封じ込め」をかなり意識した貿易政策をとるのではないかと考えている。その意味で、トランプ氏の貿易政策は、安全保障政策と外交政策と一体化していると思われる。
そのため、中国を利するような展開、すなわち、中国がイニシアティブをとるのではないかといわれているRCEP(東アジア地域包括的経済連携)が進展するような事態にならないよう、日本を含む各国に対しては「飴(一定の配慮)」と「鞭(恫喝と牽制)」を使い分けてくるのではなかろうか。
すなわち、個別の二国間の貿易交渉を外交安全保障政策と関連づけながらファインチューニングしていくものと考えている。
また、中国に対しては、かなり厳しいスタンスで交渉に臨むのではなかろうか。アメリカが、戦前(太平洋戦争前)、及び、80年代後半以降に日本に対して行ってきたような、国内市場の対外開放や資本取引の自由化などの要求を厳しくつきつけるのではないかと想像している。
これに対し、中国が強硬姿勢に出れば、それこそ戦前の日本のような立場に追い込まれるリスクが台頭するし、80年代後半以降の日本のような市場自由化路線をとれば、どこかの時点で、現在の共産党一党独裁体制に齟齬をきたすリスクが台頭する。
いずれにしても中国にとっては厳しい展開が予想される。とりあえず、中間選挙までの2年間は試練の時となるのではなかろうか。
■自動車メーカーへのインパクト
そして、もう一国、極めて厳しい局面を迎えそうなのがメキシコである。
NAFTAの見直しなど、トランプ政権の対メキシコ政策は、日本の自動車産業や自動車部品産業にも大きなインパクトをもたらす可能性がある。
2015年の実績でみれば、日系完成車メーカーのメキシコでの生産台数は132万台で、そのうち米国向け輸出は56万台であった。また、メキシコでの米系完成車メーカーの生産台数は163万台で、そのうち米国向け輸出は116万台となっている。ちなみにドイツの完成車メーカーのメキシコでの生産台数は46万台で、うち、米国向け輸出は22万台となっている。その他、最近は韓国メーカーもメキシコ進出に積極的になっている。
さらに、メキシコへは、自動車部品メーカーの進出も進んでいる。メキシコから米国への自動車部品の輸出は、米国の自動車部品輸入額の35%弱を占めている。また、メキシコの地域別の自動車部品輸出シェアをみると、米国向けが90%を占めている。
一方、2015年のメキシコ国内における自動車販売台数は135万台だったが、このうち70万台が輸入車であった(輸入車のうち、米国からの輸入は20%程度であった)。
従って、トランプ次期大統領が選挙戦の「公約」どおりにメキシコに対して強硬な姿勢を貫くとすれば、日本メーカーだけではなく、世界の自動車メーカーが生産・販売体制の見直しを迫られることになる。
筆者は車種別の生産ラインがどうなっているか等には詳しくないが、多くの自動車メーカー(部品メーカーを含む)が、米国での新規設備投資の拡大を余儀なくされること、そして、メキシコの生産基地は、メキシコ国内を含む南米向け輸出の拠点としての役割が高まっていくというのが自然の流れではなかろうか。
自動車市場では、自動運転など技術革新の余地があることを考えると、場合によっては、自動運転関連の設備投資増強とメキシコから米国への生産拠点移転のタイミングがうまくあえば、生産拠点の移転は比較的スムーズに実現するかもしれない。
もしくは、中南米の自動車市場が順調に拡大していくことが見込まれるマクロ経済環境になれば、メキシコは中南米向け輸出の生産拠点として生まれ変わるかもしれない。ただし、何らかの要因で中南米の自動車市場の伸びが止まった場合、メキシコは過剰な生産設備を抱えることになる。
米国国内の自動車産業に新たな需要が発生した場合の他産業への波及効果を含む雇用創出効果を産業連関表でみると、100万ドルの需要が発生した場合、米国全体で8.06人の雇用増となる。これは他産業と比較すると、それほど高いわけではないが、それでもそれなりの雇用増効果は期待できる。
その意味では、来年以降、世界中の自動車メーカーが米国への投資を拡大させていくかどうかは、一つの注目点となる(もちろん、米国内の雇用創出という観点では、米国での投資拡大は自動車産業だけに限定されない。産業連関表でみると、製造業では金属や機械の、非製造業ではサービスの雇用創出効果が大きいという結果になっている。その意味では、ソフトバンクによる500億ドルの投資はそのさきがけになるかもしれない)。
■移民政策はどうなる?
経済学の教科書的には、トランプ政権がメキシコからの移民の流入を厳しく制限した場合、これは、米国経済にとって様々な側面でマイナスになるとの見方が一般的である。
そこで、Ottaviano and Peri(2008、2012)による比較的新しい研究結果をみてみよう。
この研究は、1990年から206年までの主にメキシコからの移民流入がアメリカの労働者の賃金に与えた影響を推計したものである。これによると、労働市場を「教育水準(学歴)」に沿って(この種の分析では定番のやり方)「高卒以下」と「大卒以下」の2つに分類した場合、メキシコからの移民の流入は、「高卒以下」の労働者の賃金を「短期的」には平均して0.7%程度押し下げているという結果となった。
また、「長期的」には、「高卒以下」の教育水準の労働者階層における移民の増加は、他の熟練労働者の労働需要を増やすことになるため、その間接効果もあり、長期的には0.6-1.7%程度、賃金を増やす効果があると結論づけている。ちなみに、雇用者数に対する影響はほとんどないという結論も得ている。
この研究結果は、もし、トランプ政権が短期的な効果のみに注目するのであれば、メキシコからの移民流入の制限は、小さいながらも成果があるという解釈も可能になることを示している。
たとえ、「長期的」にはプラスであるという結果であったとしても、経済を長期的に見た場合、現実的には、移民以外の様々な要因によって、雇用環境全体は左右されることになる。そのため、移民政策の成果を政治的にアピールするのであれば、「短期勝負」に出る可能性が高いのではないかと考える。
以上より、トランプ政権が、メキシコからの移民流入を厳しく制限するインセンティブはそれなりにあると考えた方がよいのではないだろうか。
■メキシコペソ安と長期金利の上昇
一方、メキシコでの生産拠点をどうするかという問題は、メキシコペソレートにも依存するところが大きい。
12月7日11時時点で、メキシコペソは対ドルで20.4ペソとなっており、米大統領選後、10%超の下落となっている。リーマンショック後のメキシコペソは対ドルで大体10〜13ペソ程度で推移してきたので、50%近い下落となっている。
為替レートの減価は、輸出には有利であるため、「トランプ要因」でメキシコペソが独歩安となれば、輸出採算性が改善し、非米国向け輸出の拡大で、対米輸出の減少をある程度はカバーできるかもしれない。ただし、他国通貨がおしなべて米ドルに対し、減価するようであれば、ペソ安効果は望めないということになる。
さらにいえば、メキシコはインフレ率が3%を超えてきている(10月時点の消費者物価指数は前年比+3.1%でじりじりと上昇)。過去のメキシコのインフレ率をみると、2001年以降、幾分落ち着いたとはいえ、3.5〜5.0%程度で推移しており、メキシコペソ安によって今後さらに上昇する可能性が高い。
また、長期金利(10年国債利回り)も7.3%程度で推移しており、昨年から上昇基調で推移している。実質GDP成長率はこの2年の間、前年比+2.5%前後で安定的に推移していることから、景気の過熱が見られるわけではない。
従って、現在のメキシコの長期金利上昇はメキシコペソ安の急激な進行に伴うインフレ懸念によるものかもしれない。そして、それゆえか、メキシコ政府は為替介入によってメキシコペソ安を止めようと必死である。
さらにいえば、自動車輸出が減少すれば、経常収支赤字が急拡大するリスクがある。メキシコの経常収支赤字は、2016年4-6月期時点でGDP比3%となっている。1994年の「テキーラ・ショック(メキシコ通貨危機)」時の経常収支赤字はGDP比5.6%であったので、通貨危機という事態に陥るまでにはまだ余裕があるが、国際通貨危機はある日突然、何の前触れもなく深刻化するため注意が必要である。
さらに懸念材料を指摘すると、財政赤字の規模はGDP比で4%を上回っていると予想され、これは、「テキーラ・ショック」時の同-0.4%よりも大きい。長期金利の上昇は足元の財政収支の悪化(もしくは債務残高の累増)が将来加速していくという懸念を反映している可能性もある。
そして、この金利上昇が止まらなければ、メキシコの国内の自動車販売にも影響を与える可能性が高い。
■内需にとってのマイナス要因
さらに、メキシコ経済についてはFRBの利上げの影響も懸念される。
1994年末の「テキーラ・ショック」も、1994年に始まったFRBによる利上げがきっかけであった。当時、政策金利であるFFレートは1994年2月より上昇し始め、利上げ前の3.05%から1994年12月には5.45%にまで上昇。これにともない、米国のマネタリーベースの伸び率も急低下した。
もっとも、当時のメキシコはドルペッグ制を適用しており、FFレートの上昇は、為替レート水準を維持するためのメキシコの政策金利の引き上げに直接的につながった。現在、メキシコペソは変動相場制を採用しているため、1994年当時と比較すれば、FFレートの引き上げが直接的にメキシコの通貨危機に波及するリスクは小さくなっているのは確かである。
だが、来年以降、FRBが利上げ路線を継続するのであれば、メキシコペソにさらなる下落圧力がかかることが想定される。そして、メキシコ政府がそれを阻止しようとするならば、政策金利を引き上げ、メキシコもアメリカに追随して金融引き締めが実施される可能性が高まる。
特に、トランプ政権が、為替介入を「為替レート操作行為」として許容しない姿勢をとるとすれば、メキシコは政策金利の引き上げを実施するしかなくなる。これは、メキシコの内需にとっては大きなマイナス要因となる。
このように考えると、来年のメキシコ経済は、かなり厳しさを増すことが予想される。
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