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資産家人脈でブランド向上…慶応に同族企業社長が目立つワケ(※写真はイメージ)
資産家人脈でブランド向上…慶応に同族企業社長が目立つワケ〈週刊朝日〉
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161122-00000201-sasahi-bus_all
週刊朝日 2016年12月2日号
「サラリーマンとして生きていくならば、やはり慶応卒が強いですよ。慶応の人はとにかく、集まることが好きで楽しそう。学友のネットワーク力が、すごい」
有名国立大卒で大手商社勤務の40代社員は、こう話す。社内には慶応OBの集まり「三田会」があり、なかでも体育会系出身の結びつきが強い。かつて赴任した海外都市でも、駐在員らによる企業横断の三田会があるのに驚いたという。
そんな慶応のつながりを、早大出身者はどうみるか。早大卒の50代会社員は「会った際に出身大学を尋ねてくる人は、慶応卒が多い。同窓というだけで親しくなり、大人数で一体感の薄い早稲田とは対照的」と話す。
ネットワーク力が目立つからか、慶応出身の社長が続く会社は脚光を浴びる。
丸紅は國分文也社長(75年慶大経)まで、慶応出身者が3人連続で10年以上トップを務める。同社広報部は「出身校で社長が決まることはありません」というが、常務以上の役員6人のうち、4人が慶応卒で2人が一橋大卒。キリンHDも、磯崎功典社長(77年慶大経)まで3人連続で慶応卒がトップだ。
慶大卒と早大卒の役員が多い主な会社を、「役員四季報2017年版」(東洋経済新報社)をもとに調べた。中西勝則頭取(76年慶大商)の静岡銀行など、トップ、役員ともに慶大卒が多い企業がある。
一方で、フジテレビなどを持つフジ・メディア・HDは、嘉納修治社長(72年慶大経)ら慶大OBが7人に対し、早大OBが9人。同社は、日枝久会長(61年早大教育)が30年近く、社長・会長としてかじ取りを続ける。
慶応卒は同族企業トップの顔ぶれが目立つ。大正製薬HDの上原明社長(66年慶大経)、カシオ計算機の樫尾和宏社長(91年慶大理工)、日清食品HDの安藤宏基社長(71年慶大商)らだ。
『学問のすゝめ』『文明論之概略』などの著書で知られ、慶応を創設した福澤諭吉。その子孫、福澤武・元三菱地所社長は大学入学資格検定(当時)を経て、慶大に入学した。日本経済新聞の「私の履歴書」で、諭吉についてこう回顧している。
〈ちなみに、諭吉は下級武士の出身である。「門閥制度は親の敵」と唱え、既得権益者にめっぽう厳しかった〉
そんな諭吉の慶応に、資産家や同族企業の子弟が多く通い始めたのはなぜか。
『日本の15大同族企業』(平凡社新書)の著者で、経済学博士の菊地浩之さんは、こう分析する。
「福澤諭吉の著書は、地方の資産家に人気があった。明治時代に慶応は経営不振で学費を上げ、慶応には資産家の子弟が集まるようになった。学費の高い幼稚舎からエスカレーター式で大学まで進めると、資産家にとってはとても有利。資産家の人脈で大学のブランドが上がり、偏差値が上昇して優秀な人材も集まるという好循環が生まれた」
同族企業のなかで、早大色が強かったのは、西武鉄道だ。創業者の堤康次郎と三男の義明は早大出身。積極的なリゾート開発などで、一大グループに育てた。
「康次郎は政治家になりたくて、大隈重信の門をたたいた。鉄道経営は政治資金を生み出すためで、康次郎の人生から言えば、二の次だったようだ。義明は政財界をはじめ、あらゆる分野で強い影響力を持っていた」(菊地さん)
人数では慶応と比べて少ないものの、非凡な経営者が生まれるのも早大卒の特徴のようだ。
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