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50代後半で「持ち直せる」人は何が違う?
ここでひと息 ミドル世代の「キャリアのY字路」
2016年10月28日(金)
山本 直人
(前号から読む)
会社生活のピークは30代で、あとは落ちるだけ?
定年まで5年を切ったCさんが、最後に取り組むことになったのは「ミドルの働きがい」を向上させるための施策づくりだった。
50歳をまたいで地方転勤したCさんは、幸運にして生活の再構築ができた。その一方で、同世代の中には自分の居場所を失って空回りしてしまう人も多い。
ある程度会社員としてのゴールが見え、役職や給与で自分を満足させるのが難しくなってくる年代で大切なのは、これまでの働き方であったり自分の役割を見つめ直すこと。言い方を換えれば、「自分の緩ませ方」ではないか? 一度立ち止まり、緩ませ、自らを俯瞰することによって新たな視点を得て、新たなやりがいを見出す――。
では、そのためにはどうすればいいのだろう?
そんな疑問を胸に、Cさんはいろいろと資料を調べ始めた。「ミドル」や「50代」をテーマにした調査となると、内容的に厳しく暗いものが多い。そうした中で目に留まったのが、労働政策研究・研修機構の調査資料だった。
50代後半は、50代前半に比べると少し持ち直す
「成人キャリア発達に関する調査研究」という2010年の報告書で「50代就業者が振り返るキャリア形成」という副題がついている。中でも気になったのが、「ライフライン法」による調査結果だ。これは、自分のキャリアを振り返り、その浮き沈みをグラフで自由に書いてもらうという調査である。
上下の波について、明確な基準があるわけでないし、人によって傾向は異なる。しかし、全体を集計したグラフをみてCさんは唸った。
「たしかに自分も、30代が一番良かったかな……」
グラフは30代前半がピークで、40代後半から50代前半に向かって落ち込んでいた。学校を卒業して間もない時期は仕事にも不慣れだが、そこから段々とギアチェンジをして、30代になると手ごたえを感じられるようになる人が多いということなのだろう。
この調査には、少々意外と思われる点が一つある。50代後半は、50代前半に比べると少し持ち直すのだ。50代になって、「自分を緩める」ことに成功し、それまでとは別の視点で新たなやりがいを見出せる人が一定割合いるということなのかもしれない。
ライフラインの全体の傾向(出所:労働政策研究・研修機構)
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/032500025/102000016/20161028.JPG
「あの頃が一番良かった」
そういう思い自体を払拭するのは難しい。ただ、それを前提にしながらも、会社生活の幕引きを前に新たな充実感を得ることも可能なんだな、とCさんは改めて思った。
「生涯現役?そんなのほどほどにすればいいのに」
次にCさんが行ったのは、60歳前後の人への取材だった。
社内でつてを探っていくだけではない。社外の勉強会に出席していくと、いろいろとネットワークができた。
「あの会社の○○さんは毎日を楽しんでるように見えるよ」
そんな噂を頼りに取材をお願いすると、想像以上に話を聞かせてくれた。会ってくれる人は、みなミドル以降のキャリアと上手に折り合いをつけた人だが、なかなかうまくいかない人の話も聞ける。
ある人は、学生時代から野球をやっていて、地元の少年野球のサポートをしていた。コーチから審判になり、50歳くらいからはもっぱら「世話役」だという。
「別に、週末に子どもたちの野球見てるだけで、もう十分に楽しいんだよ。あとは、大人の宴会の幹事ね」
いきいきとしている人たちは総じて、プライベートの時間について楽しそうに語る。ただ、その世界でも、なかなか「緩ませ方」は難しいらしい。いつまでも審判をやりたがるが、段々と視力が衰えて、トラブルの種になるような人もいるという。
「生涯現役?そんなのほどほどにすればいいのに」
彼は笑って話した。
また、「猫ボランティア」に取り組んでいるという女性にも会った。「一頭でも多くの猫を救う」という会だけれど、一定の距離感を保って関わるようにしているという。
「まあ、すべての猫を救うなんてできないから」
寄附など、自分でできることだけはきちんとする。あとは、気の合った「猫仲間」と会っておしゃべりをするだけだが、それで十分だそうだ。
聞けば彼女は、定年間際まで勤め先で要職に就いていたようだが、会の運営には関わらない。
「もう、妙なことで主導権争いが起きて、会社よりややこしいんですよ」
色々な人の話を聞いて、Cさんは感じた。プライベートを楽しめる人は、恐らく「自分の緩め方」もうまい。きっと、会社でも、キャリアの終盤を上手に”着地”させたのだろう。
では、そうでない人は、なぜそうなってしまうのだろうか?会社の外にまで、「会社での自分」を持ち込んでいるからではないのだろうか。
「会社での自分」を再定義する
会社で長い年月を過ごすと、仕事以外の場においても、「会社での自分」をベースに振る舞うようになりがちだ。特に相応の役職に就いていた人であれば、周りが自分を認め、承認欲求が満たされるのは当たり前。さらに、その心地よい世界でのルールを、社外でも適用しようとする。
「普通の会社ならこんな風にはしない」
プライベートの世界では会社とは異なるコミュニケーションスタイルを求めている人も多いのに、こんなことを言われたら、そりゃ興醒めだろうなとCさんは思った。実際、ボランティア団体などでも敬遠される人は、「会社での自分」の延長線上で振る舞う人だという話も聞いた。
ただし、「会社での自分」は、キャリアによって変容する。50代ともなれば、多くの人が、要職や最前線から外れていく。必然的に、周りが自分を認め、承認欲求が満たされるのは当たり前ではなくなる。にもかかわらず、「ピーク時における“会社での自分”」をベースに行動してしまいがちなところに難しさがある。
では、「会社での自分」という過去をひきずった自己認識を再定義するには、どうすればいいのか?そこには、2つの切り口があるとCさんは感じた。
1つは「時間」だ。会社で過ごす時間をジワジワと減らしながら、自らを緩め、客観視するための自分の時間を取り戻していく。それは「ヒマになってから」と後回しにするのではなく、意識的に取り組むべきなのだろう。
Cさんのある同期は、課長の頃から、できる限り自分の時間を作るようにしていた。他の課長は、部下に任せれば済む仕事まで一緒になってこなし、夜も親身につき合っていたりしたが、それは「単なる寂しがり屋」じゃないかと割り切った。そのやり方で業績が落ちることもなく、結局部長にまでなったが、以降も相変わらずマイペースだった。
「役員なんかになったら、面倒なだけだったからな」
その言葉は、何の負け惜しみにも聞こえなかった。
2つ目は「空間」だ。会社と自宅以外に「自分を緩めるための場所」を持っておく。行きつけの店でも、母校の図書館などでもいいだろう。また、インタビューに応じてくれたある人は、自宅近くの飲食店で交遊の輪が広がったのでいち早く定年後の「地元デビュー」ができたと話していた。
そうやって、時間と空間に「緩み」をつくれば、「会社での自分」を現状に即して再定義するうえでのきっかけになるだろう。さらに、慣れ親しんだ会社のルールからも適度な距離感を保てるようになれば、組織に過度に依存せずに自らの二の足でしっかり立てる、「社会での自分」を獲得できるかもしれない。そうなれば、自然と、社内外を問わず周囲との人間関係も変わっていくはずだ。
自分を知るための「休まない休暇」を
Cさんはそこで悩んだ。時間と空間を確保するために、会社としてサポートできることは何か? まず思い浮かぶのはまとまった休暇だが、単に休暇を与えるだけでは、「自分」の再構築にはつながらないかもしれない。ここは、ちょっと違う工夫がしたい。
思い浮かんだのが「サバティカル」という制度だ。取材の中で大学の講師を務める人に聞いたのだが、「自分で使い道を決める休暇」で、海外での採用例だと、長いと1年になることもあるらしい。
会社の事情を考えれば、そんなに長いのは無理だろう。であれば、1カ月、あるいは1週間でもいい。ただし、「自分のことを考える」ための時間として、あらかじめ会社には予定を出してもらう。何をするかは自由だが、その後にはレポートなどを書くことを課す。いわば「大人の自己啓発」だ。これは40代くらいから始めたほうがいいとCさんは感じた。
Cさんは、「ミドルの働きがい支援」をテーマに社内提案書をまとめていった。そして、核になる企画が完成した。
「ミドルのためのサバティカル休暇〜時間・空間・人間関係の冗長性を発見するために」と題した提案書は、全体としては好意的に受け止められたが、肝心のサバティカル休暇は「預かり」となった。上層部でも相当な議論になったらしいが、40代からというのは、早期退職をイメージさせかねず、誤った受け止められ方をするのではないかという話になったらしい。ただし、50代になってからでは遅いだろうという意見も出て、決着がつかなかったようだ。
なお、提案書のタイトルにある冗長性とは、システム設計の世界で使われたりする言葉だ。設計の際に必要最低限のものに加えて余分や重複がある状態を指す。これにより、システムの機能は安定するという。
Cさんは、下された判断を全く悔しがってはいない。趣旨は十分に理解されたと感じたからだ。
種は撒いた。あとは、刈取りの時期を待つだけだ。
■今回の棚卸し
人はいろいろな人間関係の中に生きながら、自分自身を構築している。ところが、会社生活が長くなると「会社での自分」が、知らぬ間に肥大化してしまう。そうなると、どんな時でも会社の延長線上で振舞ってしまう。
自分のキャリアの「着地」とは、段々と自分を緩ませるながら、自分を再構築するプロセスともいえる。時間と空間を緩ませるためにも、40代のうちから、「サバティカル休暇」のような発想を取り入れて、自分を見つめ直す機会を作っていってはどうだろうか。
■ちょっとしたお薦め
「リタイアした後の男たちの世界」にスポットを当てて、その姿を暖かい視線で描いた小説が重松清氏の「定年ゴジラ」だ。舞台は東京郊外のニュータウン。1998年の作品だが、ここで描かれるテーマには社会問題への先見性もある。もちろん、あらゆる年代の人にお薦めできる小説だ。
このコラムについて
ここでひと息 ミドル世代の「キャリアのY字路」
50歳前後は「人生のY字路」である。このくらいの歳になれば、会社における自分の将来については、大方見当がついてくる。場合によっては、どこかで自分のキャリアに見切りをつけなければならない。でも、自分なりのプライドはそれなりにあったりする。ややこしい…。Y字路を迎えたミドルのキャリアとの付き合い方に、正解はない。読者の皆さんと、あれやこれやと考えたい。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/032500025/102000016/
障害者の「働きたい」を企業に繋げる
企業研究
LITALICO(リタリコ)|障害者の学習・就労支援
2016年10月28日(金)
飯山 辰之介
発達障害の子供が通う教室を展開。利用を希望する親が殺到している。障害者が企業で働くためのプログラムも提供。学習から就労まで支援する体制を整える。
発達障害児の教育拠点を拡大
親が授業中の子供の様子を確認できるモニターを設置。授業後には指導員からのフィードバックもある
「ずっと悩んでいたが連れてきてよかった。ここに来ると子供がすっきりした顔つきになる」。東京都内にある民間の教育施設。小学校4年生の我が子が授業を受けている様子をモニター越しに眺めながら、神奈川県に住む主婦が満足げにこうつぶやいた。
小学校への入学当初からクラスメートとうまく意思疎通することができず、授業中にじっとしているのも難しかった。「ADHD(注意欠陥多動性障害)とアスペルガー症候群を併発している可能性がある」。医師からはこう診断されて途方に暮れた。
集団の中での立ち居振る舞いや協調性をどう身に付けさせればいいのか。悩んだ末、口コミを信じて門戸をたたいたのが、発達障害の子供に教育サービスを提供するこの施設だった。
コースは様々あるが、この親子は週に2回、複数の子供と一緒に社会のルールやマナー、他人との協力の仕方などを学んでいくコースを選んでいる。
7月下旬、土曜日のクラスで使われた教材はテーブルゲーム「ジェンガ」だった。「ゲーム中はしゃべらない」とか「ブロックを取る役と指示をする役に分かれてゲームをする」など独自ルールを作り、おしゃべりを我慢することや、相手を思いやって協力することなどを、楽しみながら身に付ける。
この施設を運営しているのが、今年3月、東証マザーズに上場したLITALICO(リタリコ)だ。月間利用料は2万〜3万円程度。条件を満たせば国や自治体などから補助も出る。拠点の数は首都圏を中心に68カ所あるが、需要の急増に追いついていない。「全国でサービスを利用したいという親が何千人といる」と長谷川敦弥社長は話す。
障害者と企業の溝を埋める
発達障害を抱える子供向け教育事業「リタリコジュニア」(8月に「Leaf」から名称変更)に同社が乗り出したのは2011年のこと。背景にはもう一つの主力である障害者向け就労支援事業「リタリコワークス」(同「WINGLE」)の存在がある。この事業を展開する中で、発達障害を持つ子供の教育ニーズを「発見」したのだという。
リタリコワークスでは、障害者の適性や希望に合わせてビジネスマナーやパソコンの使い方といった就職に不可欠なスキルを身に付けてもらい、実習先の紹介や職場環境の調整にも取り組む。年間の就職者数は800人を超え、職場への定着率も85%と高水準にある。
障害者雇用を促す制度整備が進み、多くの企業は雇用に前向きだが、どう職場環境を整えればいいのか分からない。例えば、障害者の中には、朝の満員電車が耐えられない人がいる。通勤時間をずらすなど、きめ細かく対応すれば能力を発揮してもらえるが、企業側にその知見がないため、採用に二の足を踏んでしまう。障害者の側も、これまで働くといえば福祉施設で仕事をするのが一般的で、民間企業への就職に必要とされるスキルを身に付ける場所も限られていた。
こうした障害者と企業双方のニーズに細かく対応し、両者の間に横たわる溝を埋めるのがリタリコの役割だ。
精神障害を抱える人々と向き合う中で、共通の課題も浮かび上がってきた。「学校になじめなかったり、いじめを受けたりした人が多い。それがもとで病気になったり、症状が悪化したりして、大人になっても社会に出ることが難しくなってしまう」(長谷川社長)。つまり問題の根源は子供の頃の失敗経験にあった。それを防ごうと生まれたサービスがリタリコジュニアだった。
障害は社会の側にある
長谷川敦弥社長は2008年、新卒でリタリコに入社し、翌年には社長に就任した(写真=的野 弘路)
実は長谷川社長自身、幼い頃は周囲とうまく合わせることができず、浮いた存在になりがちだったという。教室を飛び出すことも1度や2度ではなく「協調性がないと言われ続けてきた」。
自己認識や社会への見方が変わったのは大学時代のこと。個人経営の飲食店でのアルバイトが転機となった。オーナーが「団体客が欲しい」と口にすれば、チラシを作って手当たり次第、企業に飛び込み営業して回った。人手が足りないと聞けば、駅で募集ビラをまいた。空気を読むことなく、正しいと思うことにちゅうちょなく取り組んだ。それが原因で、かつては周囲に白い目で見られてきた。だがオーナーの反応は違った。その行動を称賛してくれたのだ。「学校教育のシステムでつまはじきにされても、活躍する場はいくらでもある。障害があるのは人ではなく、むしろ社会の側だ」と確信した。
リタリコの事業領域は福祉法人やNPOとも重なるが、「民間の方が人材や資金を集めやすい」と長谷川社長は指摘する。ただ現在は収益の多くを給付金に頼っており、国の政策次第で業績が大きくぶれるリスクはある。そこで足元では、発達障害の子を持つ親向けのポータルサイト運営や、障害者、健常者の区別なく子供がプログラミングなど先端技術を学べる教室の展開など事業の幅を広げている。
「将来的には、日本の教育全般を変えるような取り組みをしたい」と長谷川社長は展望を語る。リタリコの事業所がある地域はまだ一部にとどまる。売上高も85億円(2017年3月期見込み)と100億円に満たず、影響力は限定的だ。一方で、同社は「社会的課題をビジネスで解決したい」と考える人材の受け皿になりつつある。彼らの後押しがあれば、教育を変えたいという長谷川社長の夢が実現する日もそう遠くないのかもしれない。
100億円の大台も目前に
●リタリコの売上高の推移
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/278209/102500078/p3_080815.png
日経ビジネス2016年8月8日・15日号より転載)
このコラムについて
企業研究
『日経ビジネス』に掲載された、企業にフォーカスした記事の中から読者の反響が高かったものを厳選し、『日経ビジネスオンライン』で公開します。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/278209/102500078/
録画しても見たい小池都知事
遙なるコンシェルジュ「男の悩み 女の嘆き」
「日本初の女性リーダー」の現実
2016年10月28日(金)
遙 洋子
ご相談
勤務先で部長職を任されることになりました。責任の重さを感じつつ、自分なりに頑張ってきたことが認められたことを、素直にうれしく思っています。「女性活用優先のご時世、とにかくオンナを昇進させとけ、ってことだろ?」などという声も耳に入ってきますが、気にしても仕方がないので、とにかくできることをしっかりやっていこうと気を引き締めています。ひとつ不安なのは、目指すべきモデルが見えないこと。これまでの上司は男性ばかり。尊敬していた女性の先輩は退職してしまい…。性別に関係なくやるべきことを全力で、と思いながら、何かと男性中心で動いている会社の仕組みはいかんともしがたいところ。試行錯誤が続くと思いますが、すべて貴重な経験と考えて取り組んでいきます。相談と言うより決意表明になってしまいましたが、ご容赦ください。(40代女性)
(写真:Natsuki Sakai/アフロ)
遙から
最近、ニュースを何本も録画して見ている。目的は小池百合子・東京都知事の今日を知りたいからだ。
日本は最下位クラスを維持
仕事で、ではなく個人的にどうしても気になる。見ずにはいられない。政治家に対してこういった感情を持ったのは生まれて初めてで、自分でも驚いている。
私が見たいのは小池氏のファッションでも視察光景でもない。彼女の"戦略"だ。
現在の日本は、意思決定層にいる女性の少なさに関して先進国最下位クラスを維持している。
昨今、各所で女性リーダーが誕生しているからといって女性の時代というにはほど遠いことは、データが示している。
先日、世界経済フォーラムから発表された各国の「男女平等の度合い」を示す「ジェンダー・ギャップ指数」で、日本は144カ国中、111位で過去最低だった。「政治」に関しては103位で、前回が104位、その前が129位。順位的には上がってはいるものの、その低迷ぶりは明らかだ。
そんな中、登場したのが小池百合子氏である。
政党のトップでは、社会党の土井たか子氏、社民党の福島瑞穂氏らがいて、最近では民進党の蓮舫氏が注目を集めているが、いずれも野党。もちろん野党には野党の存在意義があって、重い責任を担っているが、大混乱の中で現実に政策を実行する人として小池さんは違う光を放っている。
権力に寄り添う女性や、権力に手も足も出ない女性や、権力に打ち破れた女性がいる中、権力と戦ってリーダーになった女性、という意味では、私たちは日本史上初めての女性リーダーを目の当たりにしている可能性がある。ここに学ばなくていつ学ぶ、だ。
小池氏のどの戦略を頂戴するかは個々の自由として、まずは私が注目した戦略を整理したい。
隙は見せない
戦略1)作り笑顔。
彼女は決して感情を露わにしない。鉄仮面のような作り笑顔で権力者側の男性たちと相対している。かつての、気分を害したら怒鳴り散らしたり、ダダをこねるように平身低頭したり、の知事とは異なり、いっさいの感情を表に出さない。笑顔しか出さない。決して腹をさぐられない、という覚悟で臨んでいると私は見る。
戦略2)好感度を意識する。
その象徴としてファッションがある。年配の働く女性はいったいどんな装いをしているのか、というのを実は私達はあまり見る機会なく過ごしてきた。大人のファッションアレンジは女性たちには現実問題として大いに参考になる。派手な色遣いを見て揶揄するのは、紺の背広の群れに紛れて戦いに背を向ける人たちだろうか。
戦略3)距離感を意識する。
この技は、IOCのバッハ会長との公開対談の時に披露した。彼女はバッハ会長が"自分の"立ち位置に近づくまで、一歩も歩み寄ることなく笑顔で迎え、待った。そして握手した。ここは重要だ。自分から一歩でも相手に近づいた途端、そこにある権威は目減りする。ようこそようこそ、と、はしゃいだと取られかねない。一歩も歩みよらず、相手がこちらに来るまで待ってから握手する。自分が相応の権威を担う者であることを相手とメディアに見せつけた一瞬だ。交渉は握手の立ち位置からもう始まっている。
戦略4)聴衆への配慮。
通訳をはさんでの小池氏の日本語の切り方は、まるで、通訳と餅つきの合いの手のように呼吸が合い、聴く側にストレスを感じさせなかった。そう思ったのは私だけだろうか。日本語の切り方が絶妙だった。通訳を入れての対談への慣れの差などもあろうが、聴衆への配慮があってこそ、だ。
バッハ会長はどうだったか。
…話が長い。彼は話を切らない。延々と喋り続け、途中からはもう、元の質問が何だったか聞く側も忘れてしまう。ただただ「ながっ」と思いながら、終わらない話の終わりを待つ。そして、ようやく通訳が長い日本語に訳し始める…。
丁寧に誤解のないように言葉を重ねることは、悪いことではない。しかし、自分のありようが相手にどういう感覚を与えるか、自分の話が聞く者に無用なストレスをかけていないか、嫌な思いをさせないかといった、相手側に立つトレーニングをしてこなかった、あるいは、する必要がなかった側の人だと私は思った。同時に、小池氏がいかにそうしたことにまで気を配っているかが見えた気がした。
以上はこれまでの報道で私の主観で見つけた彼女の戦略だ。私も、舐められたくない時には相手に一歩も近づかず、相手がこちらに来るのを待って挨拶しようとその戦略をいただいた。
「パンドラの箱」「戦う相手」
さて、私が出演した番組で「ああ小池氏は、これからこういう批判と戦わねばならないのか」という場面があった。
ひとつは「開けてはいけないパンドラの箱を開けた」。
これは、いわゆる「豊洲問題」に手をつけることで、政治とゼネコンという、過去の知事たちが絶対触れなかったパンドラの箱、政治の闇に通じるとっかかりに手をつけてしまった、ということを批判したものだ。「それって、政治とゼネコンのことですか?」「はいそうです」と、本番中、ひそひそと私は発言者の政治評論家氏から言質を取った。
だがそもそも、そこに着手してほしかったから都民は小池氏に期待したのではなかったか。小池氏が都知事になったからには、すでにパンドラの箱は開く運命にあったのだ。そこでもし小池氏が過去の知事たちのようにろくな検証なしにスルーしたら、それこそ小池旋風など一気にないでしまったはずだ。どこまで闇と言われる部分に光をあてられるかはわからないし、勇み足で返り討ちに遭うリスクもある。が、着手した、というだけでも私は評価に値すると思う。評論家氏は着手してしまった、と、それをあくまでタブー視するが。
もうひとつは「戦う相手を間違えている。権力者と戦うのではなく、まず役人と戦わないと。不正をしたのは役人なのだから」といった指摘だ。
私は釈然としない思いだった。権力者と戦わず、部下と戦う? 理解ができない。戦うべき相手は何より権力者だろう。もちろん部下には適切な指導が必要だろうが、「権力者ではなく部下と戦え」というのは、問題の本質を見えなくする。
カルロス・ゴーン氏が日産のトップになった時、敵は部下だったろうか。会社を立て直すも、都を立て直すも、無駄な出費を控え、情報公開をし、透明性を出し、建て直すという手順が必須と見る。部下を敵とみなして、こうした手を打つのは、ままなるまい。
不正と解釈されても仕方ないようなことが起きる慣習を放置した過去の知事たちには責任があるだろう。なぜ部下にそういった体質が根付いたのかは、解決せねばならない重要課題だろう。しかし部下を"敵"とするのは、やはりしっくりこない。
本当の敵は
敵は、そういった行為を、知事の眼をかすめて裏でやってのけた連中だ。それを指示した何らかの力だ。その、何らかの力こそが、前述でいう"パンドラの箱"の中にいるのではないか。豊洲移転問題でもオリンピックの膨れ上がる予算問題でも。根っこは同じパンドラの箱にあるのではないか。
部下を、知事ではない"誰か"がコントロールしている。その"誰か"をあぶりだし、なぜその人間がそういう指示を出したのかの背景をあぶりだし、その背景にいるまさしく"権力"と戦うことが小池知事に期待されていることなのではないか。
リーダーが知事ではなかったから起きた事態ともいえる。都庁には知事以外に、リーダーがどうやらいたのだ。その外部の権力者と戦うのが、現知事に都民から負託された期待ではないか。
「今の知事は週に一回の出社」と皆が笑って許してきた過去がある。知事がお飾りだったことから生じた事態だ。知事が真にリーダーとして一本化されれば、おのずと役人たちはそのリーダーに従うだろう。どう考えても部下は敵ではない。言うことを聞かない部下、出せという書類を出さない部下、何かを隠す部下がいたら、敵は部下ではなく、そういう行為をさせる"誰か"が背後にいるということではないか。
小池知事は今、情報公開と、四方八方からやってくる各分野の権力者たちと対峙している真っ最中だ。我々は冷静にこの光景をながめよう。バッハ会長との会食の円卓では、総理、会長、そして間に二人を挟んで小池氏が並んだ。「同じテーブルにしたよ、でも、会長とは喋れない席にしましたから」といった作為があるように私には映る。もちろん、そんな作為はないかもしれない。私のねじれた根性がそう見えさせるのかもしれない。しかし、「そのパーティでは小池氏はバッハ氏に喋りかけようとするも失敗」といったニュースコメントを見ると、彼女の周りはなんと敵だらけか、と、ため息が出るのだ。
見逃せない
これが日本史上初(遙的には)の女性リーダーの現実だ。この状況を彼女はどう打破していくのだろうか。
もちろん、彼女は完全無欠だとか、何があっても批判すべきではないとか、そんな贔屓の引き倒しのようなことを言いたいわけではない。批判すべきことは批判し、喝采に値すべきことは喝采すればいい。
とにもかくにも、しっかり見ておいた方がいい。女性リーダーを目指すなら、小池氏から目を離さないことだ。
遙洋子さん新刊のご案内
『私はこうしてストーカーに殺されずにすんだ』
『私はこうしてストーカーに殺されずにすんだ』
ストーカー殺人事件が後を絶たない。
法律ができたのに、なぜ助けられなかったのか?
自身の赤裸々な体験をもとに、
どうすれば殺されずにすむかを徹底的に伝授する。
このコラムについて
遙なるコンシェルジュ「男の悩み 女の嘆き」
働く女性の台頭で悩む男性管理職は少なくない。どう対応すればいいか――。働く男女の読者の皆様を対象に、職場での悩みやトラブルに答えていきたいと思う。
上司であれ客であれ、そこにいるのが人間である以上、なんらかの普遍性のある解決法があるはずだ。それを共に探ることで、新たな“仕事がスムーズにいくルール”を発展させていきたい。たくさんの皆さんの悩みをこちらでお待ちしています。
前シリーズは「男の勘違い、女のすれ違い」
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/213874/102700035/
今知っておきたい、世界を変える技術」
トレンド・ボックス
日経専門誌4編集長座談会
2016年10月28日(金)
テクノロジー(技術)は社会を、ビジネスを、生活を変え得るが当然課題もある。日経BP社の技術専門媒体の4編集長がテクノロジーを使いこなすカギについて話し合った。4編集長とは、電子・機械系から日経テクノロジーオンラインの狩集浩志、コンピューター・ネットワーク系からITproの戸川尚樹、建築・土木系から日経コンストラクションの野中賢、医療系から日経バイオテクの橋本宗明である。司会は日経BP社執行役員の寺山正一が務めた。
この記事は、書籍『日経テクノロジー展望2017 世界を変える100の技術』の一部を再編集したものです
寺山: テクノロジーの世界は日進月歩だが、ここに来て何か節目を越えたというか、世の中を大きく変え出したという実感がある。それぞれウォッチしている分野ではどうですか。
(写真=新関 雅士)
狩集浩志
日経テクノロジーオンライン編集長
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日経エレクトロニクス、日経ものづくり、日経Automotiveの専門誌の編集陣とともに、技術者のための情報サイト、日経テクノロジーオンラインを運営する。ロボットやAIの日経Robotics、医療テクノロジーを追う日経デジタルヘルスとも連携している。
狩集: エレクトロニクス、メカトロニクスを担当している立場から申し上げると、テクノロジーが場の雰囲気というか、状況を読み、人に合わせてくれる時代が来つつあると見ています。
例えば今日、体調が悪いということを機械のほうで感じてくれて、それに合わせて部屋の温度を心地よいように変えてくれる。
もう1つ例を挙げるとテレビを観たいと思ったときにその場で画面が出てくる。機械としてどこかに置いてあるのではなくて。部屋自身が部屋の掃除をしてくれる。2020年くらいには、人が機械と1対1で向かい合わなくても済むようになりそうです。
(写真=新関 雅士)
戸川尚樹
ITpro編集長 兼 日経ITイノベーターズ編集長
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ITを使いこなして競争力を高めようとしている企業、そこにITを使ったサービスを提供しているIT企業、その両方に向けて、役立つ情報を提供する。日経コンピュータをはじめとする複数の専門誌と連携、競争力を高められるI T の活用の仕方は何かを報じていく。
テクノロジーは人に寄り添う
さまざまなテクノロジーがICT(情報通信技術)によって支えられ、場の雰囲気や状況を読み、人に合わせてくれる時代が来つつある
戸川: コンピューターやネットワーク、いわゆるICT(情報通信技術)についてはAI(人工知能)、具体的には機械学習という技術によって、コンピューターが自分で学んでくれるようになる。膨大なデータを集めやすくなったという背景もあります。ICTの導入コストは以前より安くなっていてICT自体も使いやすくなっている。しかし、それをうまく使って競争力を高めている企業となるとまだ多くはない。そういう状況だと見ています。
(写真=新関 雅士)
野中 賢
日経コンストラクション編集長
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建築の専門誌日経アーキテクチュア、土木の専門誌日経コンストラクション、家づくりの専門誌日経ホームビルダーなどを発行する建設系部門で、一貫して日経コンストラクションに所属し、土木技術の報道を続ける。
野中: 建築・土木は電子機械やICTと比べると、技術革新が進む速度がゆっくりです。橋の架け方とかトンネルの掘り方は五十年前とそれほど変わらない。今後20年も劇的に変わることはないでしょう。とはいえ、日本の土木や建築の会社は技術開発力がすごくあるので、より大きいものをより速くつくる、といった課題を与えられると達成してしまう。ICTなど他の分野のシーズをどう建築・土木のニーズに結び付けるか、そのあたりがもう1つですが、逆に伸び代は沢山あるわけです。
(写真=新関 雅士)
橋本宗明
日経バイオテク編集長
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日経メディカル、日経ヘルスケアなどを発行する医療系の部門に所属した期間が長いが、日経ビジネスで経営情報の発信も手がけた。現在はゲノム編集、再生医療など大きく変わるバイオテクノロジーの世界をウォッチしている。
橋本: 医療あるいはライフサイエンスの分野ではなんといっても2003年に人間のゲノム解読が完了したことが一大変化の出発点です。その時からゲノムサイエンスは飛躍的に発展しています。同時にパンドラの箱を開けてしまった面もある。
発展については目覚しい。病気の原因を特定して治療できるようになる。癌であれば臓器別に論じるのではなく、この遺伝子変異が原因の癌はこの薬で治療しよう、というようになっている。対症療法ではなく、原因を考えて治療に取り組むという大きな流れです。
その一方で新薬を作るコストが高く、医療費が破綻しかねないという指摘がある。そしてゲノム編集、いわゆる遺伝子組み換えをどこまで進めてよいのか、この点については批判も出ています。技術的には人間を改良することもできるからです。
実現への課題
新技術1 自動運転
進化する技術をどう使いこなすか
自動運転機能を搭載した日産自動車の新型ミニバン「セレナ」。先行車と一定の車間距離を保ちながら自動で追従している様子。2016年7月開催の試乗会において撮影
寺山: 進化する技術をどう使いこなすか。やれるとしてもどこまで応用してよいのか。その2つの課題がある。まず前者についてどうですか。
狩集: 自動運転を例にとりますか。いくつかレベルがありますが、人が一切何もしなくてよいという完全自動運転は実現できるのか。技術的にはやれないことはないです。
けれども量産車でやりますか、どこの場所でやるのですか、という点が残っている。道路などインフラまで一緒につくれれば、自動運転高速バスとか、そういうものはできるでしょう。
野中: 物流用途などが一番進めやすいでしょうね。
狩集: まさにそうで今ある高速道路を物流専用にしてしまい、道路に仕掛けを入れれば完全自動運転はできる。そうしないで首都高はそのままでそこに自動運転で車を走らせようといったらこれはなかなか難しい。新興国でまったく新しい幹線高速道路をつくります、そこは自動運転にします、と決めればできるでしょう。つまり、技術そのものというより、技術とインフラの関わり方次第で実用化は左右されるわけです。
野中: 自動運転専用レーンをつくる、そう決まれば土木の側から言えばもちろんつくれます。こういう電子機器を埋め込んでほしいと言われればそれもできる。
狩集: 雨の日でも車に付いたカメラから見つけやすい白線にしてほしいとか。
野中: 特殊な塗料を入れて車が積んでいるセンサーに反応しやすくするとか、それもできるでしょう。明確な課題を与えられれば、それを達成する日本企業の力はありますから。ただ難しいのは、インフラはどうしても後追いになることです。自動運転と並行して電気自動車の時代になっていくと言われますが、これも充電ステーションがどのぐらいあるかという話になる。
戸川: インフラの整備に加え、法規制の見直しが必要です。今の法律では、運転する人がいない無人の自動車や航空機は認められないので。ただ、むしろ利用者の気持ちがどうなるか、そこが大きいのではないかと思います。
先日ある会合で航空機の自動運転の話が出たとき、出席していたある航空会社の幹部が「技術的にはできます。ただし皆さん、パイロットが乗っていない飛行機に乗りたいですか」と問いかけていました。
橋本: たまたまタクシー会社の経営者と話す機会があったのですが、自動運転になってもだれか1人は乗せて、お客さんの相手をさせる、と言っていました。コンシェルジェサービスのようになるのかもしれません。今までのビジネスをどう組み替えていくか、そこに技術の影響が出てくるでしょうね。
戸川: 自動運転になったら保険をどうするのかという話もそうですね。テクノロジーの導入でメリットを感じる人はいるけれども、あるマーケットの商売がなくなるトレードオフがある。ただ、抵抗しようとしても、進める人がいるわけだから。
狩集: ビジネスを組み替える話を保険を例にして続けると、自動運転をつかさどっているシステムをだれが作ったのかによって保険料が変わったりするのではないかと考えます。自動運転といったとき、センサーとそこから得られたデータをどう分析するかというコンピューターソフトウエアが大事になり、自動車部品メーカーや電機メーカーの製品によって性能に差が出てくるかもしれません。
戸川: 自動車部品メーカー、電機メーカー、そして自動車メーカー、ひょっとするとどこかのベンチャー、それぞれ保険料が違ったりするわけですね。
トレーサビリティの向上へ
狩集: そうです。薬も一緒ではないですか。飲んでいる薬が何か、どうなったかをトレースできるようになると、例えば生命保険会社が、その薬ではなくてこちらを飲むと保険料がこうなります、みたいなことになる。
橋本: 世の中のニーズからしたらそうなっていきますね。例えば製薬会社の顧客は病院ですから、そこから先どうなったか、把握できない。病院もそうです。渡した薬がどうなったか、分からないところがある。そもそも飲まずに捨てられている薬が結構あると指摘されています。薬のトレーサビリティを高め、きちんと使ったのかどうか、その成績はどうだったのか、リアルに知りたいところです。
戸川: 製薬会社も、病院の先生も嫌がるかもしれませんね。可視化というのはICTの効果の1つですが、色々見えるのは便利であり、かつ怖いことでもありますから。
狩集: 車ですと無事故保険があります。事故を起こさなかったら安くする。医療費にもそういう仕組みを付けておく。今年は病院に行きませんでしたという人は健康保険料が安くなるとか。
橋本: それは本当にあった方がいい仕組みですよね。
狩集: 今は関連データがばらばらなので、できないけれども、一元化できたら、色々なことができるようになる。そういう市町村が現れてもいいのではないか。
新技術2 ウエアラブルから インプラントへ
身に着けるウエアラブル機器では、心拍数などの生体情報を計測することができる。ただし医療への応用を考えた場合、技術がどれほど進んだとしても、生体情報は微細な電気信号であるため、ウエアラブル機器を使って体の外側から計測することは難しい。そこで、体の内側に埋め込む「インプラント機器」が登場する
データ利用による恩恵も増えていく
無線方式のインプラント機器のイメージ。インプラント機器は、生体情報の計測に加えて、神経などを刺激し、発作を抑えるなど、人の活動を支援する役割も持つ。ただし電池寿命や信号取り出し手段の問題によって、体の内側と外側を有線で接続しているケースがある。有線接続では装着者の負荷は小さくない上、細菌などによる感染リスクもある。そこで、無線で電源を供給したり、無線で情報をやりとりしたりできるインプラント機器の開発がさまざまな機関で行われている
戸川: その前提としてデバイスがどんどんウエアラブルになってくることがありますね。ライフログ(生活の記録)を取りやすくなる。プライバシーの問題もあるでしょうけれど、データ利用による恩恵の方が大きいと思えばまだ違ってくる。やりたい人だけやるという方法もありますし。
狩集: 心拍計を付けておいて何か予兆があると、危ないから病院に行った方がいいと言ってくれるサービスができたら、着けたい人は大勢いるでしょう。
野中: 建設現場ですとすでにありますよ。倒れたり、ずっと動かなかったら現場事務所に連絡がいくとか、警報が鳴る仕組みとか。ただし、データ活用かと言われるとちょっと違う。
橋本: いろいろなところにセンサーが埋め込まれているから、いろいろなところでいろいろなデータを取って、ちゃんとそれを分析することができれば、いろいろな結果を出していける。
狩集: ただ小さい会社ですとデータをもらっても困るかもしれない。分析担当者を置けるわけではないし。中堅のIT関連企業にとってはチャンスでしょう。
戸川: 新しいビジネスチャンスになりますよね。そういうデータを使って、新しいサービスを生み出せる構想力のある人が企業側に増えてくると、テクノロジーで便利になるだけではなく、もう一段上の取り組みができる。
狩集: ポイントカードの仕組みとうまくくっついていくと、また面白いことになるだろうと。今、還元率が一律ですが、そのあたりも変えていければ。それから、オープンにできるデータをきちんと管理、収集して、ある一定の条件であれば使わせてくれるという仕組みがあるといいのですが。
自動運転のカギ、デジタル地図
狩集: データの話でもあるのですが、高精度のデジタル地図をどう用意するか、そしてどうメンテナンスするか、それが自動運転の大きな、ひょっとすると最大の課題になっています。
道路工事が始まったら、そのことが地図にリアルタイムで反映されないと困る。何も知らずに自動運転で進んでいったら、工事にぶつかる。障害物センサーがあるから自動で止まることは止まりますが。
野中: 土木や建築の世界で一番大きいイノベーションは測量の分野ではないかと思っています。かつては航空測量をしていたものが、今はドローンで簡単にできる。しかも最近は3Dスキャナーというものがあり、木が生えていても地形を計測し、3次元データで記録できる。
新技術3 ドローン測量
測量分野のイノベーションは大きい
ドローン測量のメリットは大きい。上は2016年3月に宮城県南三陸町で行われた90ヘクタールの土地の測量のケースでの比較。人が測量する従来の場合と比べて期間は十分の一(3日)に短縮、コストは2分の1(数百万円)に抑えられたという
新技術4 3D測量
測量データを3次元データで記録
3D測量で計測した点群データのキャプチャー画面。交通・都市整備工事において、都市の機能を停止することなく測量作業を高精度に実施できる。測量した点群データをCADソフトやGIS(地理情報システム)に取り込めるため、施工管理や作業精度の向上が見込める。2016年6月には、大林組が首都高速道路・羽田線の更新工事現場に計測車両を持ち込み、都市機能を停止させずに路上構造物の現況測量を実施している。図は大井北埠頭橋から見た首都高羽田線の東品川桟橋付近のもの(提供:大林組)
自動車の事故や故障があったら、それもリアルタイムで把握し、地図に反映することはできる。通信トラフィックの問題があり、すぐそうはならないかもしれませんが、そういう時代が来ることを考えてどういう備えをしておくか。
戸川: 道路工事についていえば、やるべきところはすぐ直し、やらなくてよいところはやらない、となることを期待しますね。車を運転していると、なぜまたここを工事するのか、ちょっと前にやっていたじゃないか、と思うことが多いので。これも可視化の話の一例になりますが。
野中: 道路や橋などインフラの維持管理のあり方についての疑問ですよね。インフラの老朽化が進んでいるのでメンテナンスは重大なテーマです。橋にセンサーを埋め込んで、チェックしようという取り組みはあります。データは無線で飛ばせますし、橋の振動で発電すれば電源もいらない。すごく期待は高いのです。ただし、集めたデータをどう使うか、という課題もある。
例えば東京ゲートブリッジは毎秒2800件ものデータをとり続けています。ひずみとか振動とか。ところが橋の定期点検は5年に1回ですから、そうなると毎秒2800件を集めることをどう位置付けるのか。地震があったときに異常がぱっと分かるのはいいのですが。
戸川: 素人考えですが、たぶん橋のためだけに、そういう取り組みをしようとすると採算が合わない。でも、国全体とか産業全体で、データから得た何かを相互に融通するといった発想をすれば、成立するかもしれません。極端な話、医療業界に渡すとすごく重宝される大事なデータが橋で計測できるとか。
新しい取り組みを始めるにあたっては、わくわくしてやりたい。このデータがほかでも使えそうだ、と発想してみる。このデータは自分たちだけで一応取っている、でも大して使われていない、こうなったらやる気は出ない。
橋本: データの相互融通は課題の1つでしょう。医療については可能性がすごくあると思います。ただ、データは標準化されていないと使えないし、医療の場合、個人情報保護の兼ね合いがあります。
ニーズはあるので同じグループの病院の中でしたらデータの共有は始まっていますし、地域の介護や福祉の組織と連携して、地域の情報を共有化し、患者さんや高齢者をきちんとフォローしていこうといった動きもあります。
野中: 橋のデータを医療に、というのは荒唐無稽かもしれませんが、ビッグデータの面白さはそういうところにありますよね。全然関係ないように見えるものが、統計的に見ると結びついている。でも、理由は分からない、といったところが。
戸川: 個人としても異文化に接すると、こちらと共通しているとか、あれ、違うなとか、学びがある。データ活用も同じで、私はとにかくこの橋でやる、でも1人で進めるとくじけそうだから、ほかの人も一緒にやりましょう。こういう勢い、ノリがないと、新しいことはなかなかうまくいかない。オープンイノベーションとはそういうことでしょう。
ゲノム情報サービスの実態
新技術5 ゲノム編集
ゲノム関連の技術も進化している
最も注目されている技術「CRISPR/Cas9」(クリスパーキャスナイン)によるゲノム編集のメカニズム。ゲノムの目的の場所に特定の遺伝子を挿入したり、特定の遺伝子の働きを停止したりといった操作を、簡便、迅速、高効率に実施する技術だ。ゲノム編集と呼ばれるこの技術の登場で、自分の細胞を取り出し、特定の遺伝子だけを改変して体に戻す、といった遺伝子治療がより簡便かつ確実に行えるようになると見られている。
狩集: 日々のデータではないですが、簡易なツールで自分の遺伝子情報を調べられて、その結果を渡すと色々分析してくれて、あなたはこの病気にかかりやすいと知らせてくれるサービスが結構あります。「あなたはこういう生活をしてください」みたいなアプリが付いてきて生活習慣まで改善できるなら、数万円払ってもいいかなと思ったりします。そうではなく結果だけ見せられても、ああ、俺はこうなのか、で終わってしまう。
橋本: 今提供されている消費者向け遺伝子検査サービスについて言うと、深刻な遺伝性疾患については調べてはいないケースが多い。そこに異常があったとしたら病気の危険があることが明らかないくつかの遺伝子については調べないわけです。医療行為にも当たるし、倫理的な問題もある。遺伝性疾患の危険性が分かったとすると、本人だけではなく、ご家族も含めた重大事になってきますから。結果を伝える際のカウンセリング体制が不十分な会社も少なくありません。
重要な遺伝子を除外して調べているなら何を見ているかと言うと、糖尿病にかかるリスクが少し上がりますよ、といったところまでです。そのリスクと、たばこを吸っているリスクとどっちが高いのかと言い出したら、そもそもなぜ遺伝子を調べるのか、という話になりますね。
狩集: 集めたデータを蓄積して、そこからデータベースを作っているのかと見ていたのですが、そうでもないようですね。
橋本: それはやっていて、米国ではそこから新しい薬をつくる動きもある。日本の会社もやろうとしているところはありますが、先ほどの医療行為への抵触や個人情報保護の問題があるので突っ込みきれていません。
戸川: 信憑性はどうなのですか。糖尿病になりやすいですと言われても、本当なのかどうか。
橋本: それはどの論文のどのデータを使うかによります。論文というのは、ある研究者がこういう仮説でこういうことをしたらこういう結果が出た、と報告されているという意味です。検証まではされていない。ある医療サービス会社が根拠としている論文と、別のサービス会社が使っている論文が異なると、同じデータを分析しても結果が異なることがあります。
狩集: 植物工場みたいですね。光の当て方をどうするかで植物の生育に差が出ると言われていますが、論文によって違う。
橋本: そうなのですね、波長によって何か違ってくるとか。
狩集: とにかくパラメーターが沢山あります。それはどっちがいい、これはどう、と色々検証しているわけですが、本当にそのパラメーターだけの影響でそうなったかどうか、まだ分からない中でやっている。その点はゲノムによる診断サービスなどと一緒でしょうね。
戸川: 最近思っているのは、理屈とそれを検証できる何かをそろえて、しっかり設計してかっちりやりましょう、というやり方だと、テクノロジーやデータの活用は進まないのではないか、ということです。
AIが使える、データベースの高速処理もできます、それは結構だ、でも出口はどこなんだ、技術をどういうところに生かして、何をしたいのかというのを決めようじゃないか。こういう意見があり正論だと思いますが、色々な影響を全部想像して、仕様を先に果たして決められるのか。ほかの産業にどう貢献するのか、そこまでシナリオを描けるような神様はいないわけで。
目的はこう、だからこの仮説でちょっとやってみる、出てきた結果を見て、あれ、むしろこちらに使えそうなのではないか、それでは軌道修正しよう。こういうアプローチでないと何も始められないのではないでしょうか。
技術は道具、使い方次第
寺山: もう1つの課題、どこまでテクノロジーを使っていいのか、に移りましょう。題材としてはやはりゲノム編集ですか。
橋本: ゲノム編集とは要するに遺伝子組み換えを正確かつ簡単にできるようにする技術です。この技術から、環境中のある生物種の遺伝子をごっそり変えてしまう技術まで出てきた。種の根絶みたいなことがやりようによってはできてしまう。倫理とか生物の多様性とか、そこに関わるところまで進み始めている技術をどうやってコントロールしていくのか。
このように課題は重いのですが、遺伝子組み換え技術と聞いたとたん、一切駄目だと拒否する人がいらっしゃいます。ぜひご理解いただきたいのは、どのような技術であっても、それは道具であり、使い方次第ということです。道具それ自体と善悪は別の話ということです。道具としてよく見て、それをいい方向に使いましょう。悪用すれば危険なことが起きるかもしれないのでそれは禁止しましょう。
技術は一切認めないとなってしまうと、技術自体が進歩しなくなって、もしかしたらこの先にもっといいことができたはずなのに、そこまで行けなくなるかもしれない。
やはり目的だと思います。遺伝子組み換え食品の例でいうと、栄養状態が悪い国のためにビタミンを増やした米があります。これも否定するのかどうか。
人に対しての話ですと、精子や卵子の遺伝子を変えることはやってはいけないということで研究者の合意はできている。ただし、世界の潮流は基礎研究まではいいとなっています。
戸川: 人の胚の遺伝子を組み換えるわけですか。
橋本: あくまでも研究室の研究の範囲です。その胚を育てて人にすることはできません。ただ、ここからセンシティブな話になりますが、とても深刻な遺伝病をお持ちの方が、自分たちの胚にゲノム編集をして、ある特定の遺伝子変異を正常に戻せるなら、そうして欲しいと仰るかもしれません。実際、そうした切実な声が出てきています。だからどんどん進めよう、と言うつもりはありません。今何ができて何を禁じているのか、こういう意見も出てきている。といったことを多くの人が話し合う、まずはそこからでしょう。
野中: 技術的に何ができるかできないか、現状どういうルールになっているか。倫理としてどうか、倫理的に正しくても人の感覚、感情としてどうか。あるいはビジネスとしてみたらできるか、色々な軸がありますね。それぞれ分けて考えないといけないでしょう。
橋本: そこですね。一般の方々、企業人、科学者、技術者、あるい文系の識者も交えながら対話をして、ここはこうだからこうです、みたいなところから情報を共有していく必要があります。人によって状況が違いますから、安易に決められないところがあるのだけれども、そこは議論しながらコンセンサスをつくっていくということをしていかないと。
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今後大きく羽ばたくであろう技術、実用化が間近に迫る先端技術など、コンピュータ・ネットワーク、医療、建設ほか各技術分野の専門誌記者総勢200人が「世界を変える技術」「2017年に注目を集める技術」を挙げ、そこから選んだ100の技術について、専門誌編集長30人を中心とする執筆チームが専門用語をなるべく使わずに解説を執筆。FinTech、自動運転、ICT、AI、再生医療、介助ロボット……。仕事を、日常生活を、交通や住まいを、医療と介護を、産業を変える技術とその未来を知るための1冊となっている。
このコラムについて
トレンド・ボックス
急速に変化を遂げる経済や社会、そして世界。目に見えるところ、また見えないところでどんな変化が起きているのでしょうか。そうした変化を敏感につかみ、日経ビジネス編集部のメンバーや専門家がスピーディーに情報を発信していきます。
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