http://www.asyura2.com/16/hasan114/msg/728.html
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40代社員排除とセットで進む正社員化拡大の怖さ
河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学
「椅子」が用意されているのは若手社員だけという現実
2016年10月25日(火)
河合 薫
今回は「長期雇用の裏」について考えてみる。
まずはこちらの図からご覧頂きたい。これは「終身雇用」「組織との一体感」「年功賃金」に関するアンケート結果である。
(出典:「第7回勤労生活に関する調査」労働政策研究・研修機構)
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/102100074/graph1.JPG
労働政策研究・研修機構が3年ごとに行っている「勤労生活に関する調査」で、調査が始まった1999年以降、過去最多の人がいわゆる「日本型雇用」を支持していることがわかった。
ええ、そうです。世間では年々風当たりが強くなり、もはや“遺物”と化しつつある「終身雇用」を87.9%もの人が支持。年代別に見ても、その傾向にほとんど違いがなかったのである。
しかも、「使えないバブル世代、貰いすぎだよ!」と、日頃ミドル世代叩きをしている20代、30代の7割超が「年功賃金」を支持し、全体の平均は76.3%となった。
(出典:「第7回勤労生活に関する調査」労働政策研究・研修機構)
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/102100074/graph2.JPG
若者も「一つの会社に長く勤めたい」
さらに、「ひとつの企業に長く勤め、だんだんと管理的な地位になっていく」「ひとつの企業に長く勤め、ある仕事の専門家になっていく」といった“一企業キャリア“志向を50.9%が「いいと思う」とし、20代での割合は40代(53.1%)より多い54.8%。
一方、“複数企業キャリア“志向(「いくつかの企業を経験して、だんだん管理的な地位になっていくコース」「いくつかの企業を経験して、ある仕事の専門家になるコース」)の支持は23.1%で、“独立自営キャリア“志向(「最初は雇われて働き、後に独立して仕事をするコース」「最初から独立して仕事をするコース」の合計)を望ましいとする人の割合も、調査開始以来、一貫してゆるやかな下降傾向を示し、今回はわずか10.1%にとどまった。
(出典:「第7回勤労生活に関する調査」労働政策研究・研修機構)
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/102100074/graph3.JPG
つまり、バブル崩壊後、「だから日本はダメなんだ!米国を見習え!」とことごとく批判され続けてきた年功序列・年功賃金を“ほとんど”の人たちが望み始め、
「専門職で地道にやっていきたい!」
「とにかくひとつの企業でず〜っっとやっていきたいのです!」
はい、よろしく!
といった願いが上昇、かつ定着してきているのである。
しかも、注目すべきはこれが働く人たちだけの、“願い”ではないってこと。
実はこの調査は全国の2000人超の人を無作為に抽出して行ったもので、そのうちわけは、
・雇用者 52.0%
・正規従業員 26.2%
・非正規従業員 20.9%
ええ、そうです。日本型経営を否定してきた雇用者も、「終身雇用よ〜し」と考えているのです。
実際、今年に入ってから住友生命保険、三菱東京UFJ銀行、スターバックス、ユニクロ、IKEAなど、大手企業が正社員化・無期雇用を進めているとの報道が相次いでいる。
講演会などで企業を訪問しても、
「非正規社員の正社員への転換を進めています」
「離職者を出さないで、長く勤めてもらうにはどうしたらいいか?」
といった質問をされることが確実に増えた。ふむ。喜ばしいことだ。
正社員化・長期雇用化とセットで進む40代社員の排除
個人的な見解から先に述べておくと、私は長期雇用、すなわち終身雇用をもっと大切にすべきだと考えている。その理由は、コラムでも散々書いてきたように、「今日と同じ明日がある。ここでは安心して仕事をすることができる」という確信=「職務保証(Job security)」は、人が前向きに生きるための根本を成す重要な要素の一つだからだ。
なので、今回の調査結果やここ最近の動きには、少しだけホッとしている。
が、その一方で、働く側が期待しているような長期雇用のメリットは、実際には、必ずしも得られないのでは?と懸念している。
だって、企業は長期雇用が必要だとは考えているけど、“すべての人“を雇い続けたいとは考えていないから。
職務保証は、企業と働く人が互いに信頼しあうことで成立するが、その「信頼」があるとは到底思えない“行為”が横行しているのだ。
「突然、人事部に呼ばれて、『キミは結婚もしてないし、身軽なうちに外に出てみてはどうか?』と言われました。最初は、何を言われているのかわかりませんでしたが、要はリストラです。
知人の会社で、人材会社と連携しての陰湿なリストラが横行しているというのは聞いていたんですけど、まさかウチがって感じで。目の前が真っ暗になった。
40代のお局には用がない。同じ事務職なら若い人のほうがいい。結婚して子どもでもいたら、会社の宣伝になりますけど、シングル・子なしは女性活躍の象徴にはならないってことなんでしょう。
この年でリストラされたら、あとはパートしかありません。そう考えると簡単に受け入れるわけにはいかないので、弁護士さんに相談しているんです」
これは先日、インタビューした大手企業に勤める40代の女性社員が話してくれたこと。女性によれば、彼女以外にも、病気で休んでいた男性社員やマンネンヒラで気の弱い社員がターゲットになったそうだ。
長期雇用が「タダ乗り社員」を生み出すのは経営者がダメだから
今年3月。ブログに「社員をうつ病に罹患させる方法」と題する文章を載せた社会保険労務士が、業務停止3カ月の懲戒処分を受けたという事件があった。
ときを同じくして、大手人材紹介会社が、ある企業から戦力でない社員をリストアップし、退職を勧め、職探し支援サービスを提供するという業務を1人当たり60万円で引き受けていたことがわかった。
この時、人材紹介会社に企業から支払われた金の一部に、国からの助成金が流れ込んでいたとされたが、カネあるところに悪党あり。
その手口に「こりゃ、いい!」とばかり、なんらかの時に備えてリストラを敢行している企業は決して少なくないのである。
現場で働く人たちが持続的に能力の向上に励めるのは、経営層を信頼する土壌が存在しているからこそ。仮に、現場に潜在能力があっても、雇用に不安があれば、それをやりきる意志を保つのは到底無理。
「会社のルールに違反しない限り、解雇されない」と確信できるからこそ、新しいことをやろうという気持ちも芽生えるし、もっと技術力を高めようと踏ん張る力が充電されるわけで、はなから裏切るようなことしていたら、タダ乗り社員を生み出すだけ。
「絶対にリストラはしない」という強い信念のもと、いかに「人材を活かすか?」という難しい問いに正面から向き合い知恵を絞る努力なしに、長期雇用は働く人にとっても企業にとってもプラスにはならないのである。
かつての日本企業は、入社同期たちと「がんばれ、がんばれ!」といっせいに競い合って走らせることで、「オレもエラくなれるかも?」とモチベーションを向上させ、椅子取りゲームで敗れても、部屋にとどまることは許した。
が、今は
「椅子にお座りになれなかった方は、順番に退出してくださいね〜。一応、隣におトイレほどの小さな部屋と、共用電話は置いておきます。三食は出しますけど、おにぎり一個だけになるので、よろしくね」
と、椅子には空席があるのに、「使用不可」の張り紙をし……。
企業が正社員として長期雇用したいのは、20代。40歳までの雇用は保証するが、そこから先は自己責任で……というのが基本的な考え方。同じ「長期雇用」でも、働く側と雇う側で、想定する期間の隔たりが存在するのだ。
だから、“ 長期雇用”を前提とした動きが加速すればするほど、皮肉にも40代を追いつめる。
そして、それを見ている20代、30代の社員たちも「いつか自分も……会社は信じられない」と不信を抱き、“タダ乗り社員”と化す。
昨年、米国のPR会社Edelman(エデルマン)が世界28カ国の約3万3000人以上を対象に実施した調査結果で、日本のビジネスマンが、「世界一、会社を信頼していない」ことがわかったけど(参照記事「世界一会社を信頼していない国、ニッポン」)、終身雇用、年功序列を9割が望んでいる状況下で試されるのが、経営者の知恵。
40歳以上は使い勝手が悪いとか、他の企業もやっているからなどと世間の風潮に流されることなく、年齢に関係なく社員の能力を最大限に発揮させる制度を作り、社員たちから信頼を集められるかが鍵。それが、企業の生き残りを左右するように思う。
そもそも職務保証は、「絶対に安泰」である必要はない。働く人が、「会社のルールに違反しない限り、解雇はされない」という安心感と、「存続する努力も計画もないままに会社が消滅することはない」という確信を持てれば、それだけで成立する。
この企業への信頼こそが、生産性の向上に寄与するのだ。
「人件費の削減は最悪の経営判断」
改めて言うが、長期雇用が生み出す信頼感や安心感によるメリットは、考えられている以上に大きい。
社員同士のリレーションシップの強化、仕事の知識・スキルの深化が促進される結果、「仕事の効率化」という大きな果実を期待できる。その延長線上で、顧客からの会社へのロイヤリティの向上も促される。
かつて、米スタンフォード大学経営大学院教授を務めた組織行動学者のジェフリー・フェファー氏は、経営学を労働史から分析してこう説いた。
「企業経営で一番の問題であり、経営者が気をつけなくてはならないのは、経費削減が実際には錯覚でしかないことだ。この錯覚こそが企業の力を弱め、将来を台無しにする」
「人件費を削るなどの経費削減が長期的には企業の競争力を低下させ、経営者の決断の中でもっともまずいものの元凶であることは歴史を振り返ればわかる。経営者が新しいと思っている大抵の決断は、ちっとも新しいものではなく古いものである場合が多い。歴史の教訓を全く生かさないと、過ちが何度でも繰り返される」
フェファー氏の名著「人材を活かす企業」には、日本企業の長期雇用がいかに働く人たちの労働意欲を高め、能力を引き出し、組織力を高めているかのが分析されている。
日本企業の採用方法、入社後の教育、年功賃金、福利厚生、さらには一社員が叩き上げでトップまで上り詰めることのメリットを、米国のソレと比較しながら綴っているのだ。
低賃金で、不安定な雇用形態では、労働者のモチベーションが低下し、無責任で意識の低い行動に陥る。だが、高賃金で、安定した雇用形態であれば、労働者の責任感は高まり、自分の技術を磨くために勉強したり、自己投資をしたりするようになる。従業員1人当たりの人件費を抑えれば抑えるだけ、費用対効果は悪くなるというのが、フェファー氏の主張だ。
私の尊敬している経済学者であり、東京大学大学院経済学研究科の藤本隆宏先生は、「カネ、カネ、カネの経営は古い。経済の最先端は人だ」と言い切る。
「現場の人を大切にする、経営者は従業員を絶対に切らないように走り回る。仕事がなけりゃ、仕事を作るのが経営者の仕事だ」と。
私は常々終身雇用の大切さを指摘してきた。が、その度に「経営のことをわかっていない」だのなんだのと批判された。社会の窓から人の心を見ることを生業とする私には、経済の窓から学問する専門家が、「カネより人」と断言してくださるのが、強力な応援団を得たようで、藤本先生の言葉を聞いたときは本当にうれしかった。
人の可能性を引き出すのは、「カネ」じゃない。互いの「信頼」があってこそ。企業側は「アナタは大切な人です」というメッセージを送り、働く人もそのメッセージに応えるべく奮闘する。
その相互作用が企業の力。“なんらかの時”に備えて、密かに正社員のリストラを敢行するのは、“9割の支持”を、人の持つ底力を軽視した愚かな経営でしかないのである。
先日、全日空が国際線に就航して30周年を祝うパーティーがあった。私は同期だけが集う2次会にしか参加しなかったのだが、うれしいことを聞いた。
私がペーペーだった頃、成田のCAたちを引っ張っていた大先輩のひとりが、60歳を過ぎた今もチーフパーサーとして乗務しているというのだ。
その先輩はお客さんを大切にし、サービスを大切にし、後輩たちを育て、会社のためにがんばってきた方だった。
今も飛び続けている同期によれば、「いくつか選択があって、(確か)55歳から給料を少し減らしていいという選択をすればCAで飛び続けられる」のだそうだ。
給与がどれだけ減ったのかは定かではないが、働く側が十分に納得できる条件を提示しながら、ベテランの人材を上手に活かす企業がふえていけばいいなぁと、心から願っている。
だって、かっこいいのですよ。60歳を過ぎた先輩CAが。「ああいう風になれたらいいなぁ」ととっくの昔に会社を辞めた私があこがれてしまうのです。「いいなぁ」と。顧客のこんな気持ちも、長期雇用によるメリットなんじゃないでしょうか。
本コラムの著者、河合薫さんによる「難題やプレッシャーを成長の糧にする!困難に打ち勝つ、若手社員育成講座」を開催いたします。
対象は、入社3〜10年目の若手・中堅社員(40代のミドル社員も受講できます)。“困難や難題に立ち向かう力”を身につけることを目的にしており、徹底的な内省により、「考え抜く力」と「やり遂げる力」を強化します。
■日時:11月29日(火)10:00〜17:30(9:30受付開始)
■会場:エッサム神田ホール1号館 東京都千代田区神田鍛冶町3-2-2
■受講料:42,000円(税込)
講座の詳しい内容やお申込みはこちら から。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/102100074/
正社員になりたくない、労働市場のニーズの変化
働き方革命2.0
衣料大手のストライプ、全員正規採用を廃止に
2016年10月25日(火)
寺岡 篤志
カジュアル衣料品店「アースミュージック&エコロジー」を運営するストライプ・インターナショナル(旧クロスカンパニー)は創業以来約20年続いた「全員正社員採用」を中止し、パート・アルバイトの採用を始めた。地域や職種を限定せずに働いてもらう代わりに安定した会社人生を保証する「日本型正規雇用」を求めない学生が増え、拡大路線を続けるハードルになっていたためだ。地域限定正社員の採用など労働契約の更なる多様化にも取り組んでいる。
「誰もが安定した終身雇用を望んでいる。そんな価値観が幻想だとようやく分かった」。ストライプ・インターナショナルの神田充教CHO(最高人事責任者)はこう語る。昨年度、創業から約20年間続いた「全員正社員採用」をやめた。
最初に異変を感じ取ったのは、新サービスの研究のため若者とのミーティングをライフワークにしていた石川康晴社長だった。「正社員は責任が重すぎる」「インターネットに情報が溢れすぎていて、どこが本当に良い会社なのか判断がつかない。お試し採用の期間がある会社を受けたい」。就職を控えた学生からこんな声を聞くようになった。
気付けばはっきりと数字にも表れるようになっていた。年間約100店の出店という拡大路線を採るストライプにとって、人員確保は至上命題。しかし、年700〜800人の新規採用枠を設けても8〜9割しか人手が集まらない。「優秀な人が集まらないというような贅沢な悩みではない。単純に人が来なくなった。」。神田CHOは振り返る。
店舗は慢性的に人手不足になり、必要人員の8割で切り盛りせざるを得なくなった。売上高も利益も順調に伸びたが、現場の不満は限界に達していた。2014年末に実施した社員満足度調査で人手不足を訴える声が最多数に上ったことが最後の決め手となり、ストライプは学生や主婦らのアルバイト・パートの採用を始めた。
社内からは「全員正社員という理念に共感したから入社したのに」と悔やむ声も多かった。正社員に比べパート・アルバイトは接客スキルが劣り、生産性も低い傾向にあることも気になった。
パート・アルバイトの採用で、正社員の生産性が向上した
しかし1年後に店舗の人員充足率が100%に回復、正社員の離職率は半減した。優秀な学生バイトを正社員として新卒採用するという循環も生まれた。現在、労働力の28%をパート・アルバイトが占める。「正社員の生産性が上がったので、パート・アルバイトが増えても店員1人当たりの生産性は制度変更前と変わらなかった。店舗拡大を続ける足場が固まった」。神田CHOは手応えを感じている。
地域限定正社員も開始
ストライプの労働契約を巡る見直しは今年度に入っても続いている。夏には転勤のない地域限定社員の採用を開始。地元で働きたいという若者のニーズが高まっているためだという。地域限定社員から正社員への切り替えも可能だが、地域限定のままでも全国10ブロックを統括するブロックマネージャーまでキャリアアップすることもできる。総合職の課長クラスにあたる役職だ。
一方、2011年に開始した短時間正社員制度は新規採用を取りやめた。現在、勤務が1日4〜6時間の時短社員は全体の15%に達している。「店舗を通常どおり回すために許容できるのは25%まで」(神田CHO)といい、既存の正社員が今後時短に移行する際に備え、残り10%の枠を確保しておく狙いだ。新規の時短採用の希望者には、一端パート社員として勤務してもらい、子育てが一段落するなどフルタイム勤務ができる状況になったら正社員に登用する。
総合職以外の社員のスキルアップも今後の課題になる。地域限定社員や短時間正社員が増えれば、接客スキルが落ちる可能性がある。働き方の選択肢が増えても業績向上につながらなければ、改革は成功とはいえない。
作業スピード25%向上目指す
そのため、スキルチェックと売上達成率で評価する評価手法を全社員で統一。各店舗では納品チェックなど接客以外の各作業をストップウォッチで計測し、作業時間を毎年4分の1短縮することを目指す「クォーターカットプロジェクト」を続けている。
日経ビジネス10月17日号の特集記事では、日本型の正規雇用の限界が来ていることを働き手不足や長時間労働に関するデータで示した。労働力が絶対的に必要な接客業で、しかも拡大路線をひた走るストライプにはその弊害が如実に出たと言える。しかし、この変革の波は今後広がっていくことは間違いない。
各企業と政府の労働改革は、正社員の枠組みを見直して労働市場を流動化する方向に進んでいる。改革が進めば、会社は「社員を選ぶ存在」から「社員に選ばれる存在」となる。働き手のニーズに柔軟に変化する姿勢が企業の生き残りの最低条件になっていく。
このコラムについて
働き方革命2.0
政府が働き方改革の実現に向けて動き出した。
長時間労働の是正、非正規雇用者の待遇見直し…。テーマは山積している。
しかし悪しき雇用慣行を見直すだけでは日本経済は復活しない。強い会社も生まれない。
足元の議論をよそに、先行して働き方改革を実践する企業は知っている。
賃金制度、労働時間、契約形態を抜本的に見直し、社員の生産性を上げれば、企業の競争力は高まり、経済も好循環に入ることを。
働き方革命は新たなフェーズに入った。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/101700076/102400005/
日経ビジネスオンライン
「移民排斥」はシリコンバレーを潰す
もしトランプが大統領になったら…
WiL共同創業者兼CEOの伊佐山元氏に聞く
2016年10月25日(火)
齊藤 美保
ドナルド・トランプ氏の“目玉政策”とも言える移民政策。大統領選が始まった当初から、「メキシコからの不法移民を防ぐため国境に壁を作る」「イスラム教徒の入国を禁ずる」と発言、移民排斥に向けて強硬な姿勢をとり続けている。
こうした強硬な移民排斥の動きが仮に実現した場合、イノベーションの聖地である米シリコンバレーにも影響が及ぶ。シリコンバレーには起業家として成功している移民が多く、今やシリコンバレー経済圏に移民は欠かせないからだ。
2013年にシリコンバレーでベンチャー支援組織、WiL(ウィル)を設立し、自身も15年間シリコンバレーに身を置く伊佐山元CEO(最高経営責任者)に話を聞いた。(聞き手は齊藤美保)
日経ビジネスオンラインは「もしトランプが大統領になったら…」を特集しています。
本記事以外の特集記事もぜひお読みください。
ある大学機関の調査によると、過去20年間、シリコンバレーで起業したベンチャーの創業メンバーは、半数以上が移民だそうです。シリコンバレーで活動する伊佐山さんから見ても、移民のベンチャー起業家は多いでしょうか。
1973年東京生まれ、1997年東京大学法学部卒業後、日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)入行。2001年スタンフォード大学ビジネススクールに留学。2003年米大手ベンチャーキャピタルのDCM本社パートナーとして、インターネットメディア、モバイル、コンスーマーサービス分野への投資を担当。2013年にWiLを設立。シリコンバレーと日本を中心に、ベンチャー企業の発掘と育成を続ける。(写真:鍋島明子)
伊佐山:非常に多いと思います。「ユニコーン企業」と呼ばれる時価総額10億ドルを超える非上場ベンチャーの創業者を見ると顕著ですね。米国のユニコーン企業トップ10のうち、半数の創業者が移民です。例えば、米ベンチャー時価総額ランキング1位の配車サービス「Uber」の共同創業者、ギャレット・キャンプ氏はカナダからの移民、4位のシェアオフィス運営「WeWork」のアダム・ニューマン氏はイスラエル出身です。宇宙開発ベンチャー「スペースX」のイーロン・マスク氏が南アフリカからの移民であることは有名ですね。これだけ見ても、移民が創業したベンチャーは市場評価の高い企業が多く、第2のフェイスブックやツイッターがこの中から出てくる可能性は大きいと言えます。
シリコンバレーはアメリカンドリームの聖地
そもそも、なぜシリコンバレーに移民が集まるのでしょうか。
伊佐山:ランキングを見るとインド系の移民が圧倒的に多く、この後にカナダ、欧州、イスラエル、中国が続きます。カリフォルニア州に限定すれば、よりインド人の割合が多く、次は中国、欧州系だと思います。彼らは「より豊かになりたい」「より良い生活をしたい」といったアメリカンドリームを実現すべくシリコンバレーにやってきます。
では、なぜシリコンバレーなのか? それは単純で、豊かになるためには世界をリードしている新しい産業に携わらなくてはならないからです。それが何かを考えると、今はやはりIT(情報技術)産業ですよね。
IT産業なら、シリコンバレーでなくても、ロシアでもイスラエルでもいいと思うかもしれません。パソコンがあればどこでも仕事ができますから。しかし、重要なのは事業化するときに才能ある人材と資金が必要だということ。シリコンバレーにはそのどちらもが集積しています。
あとは環境が良いことも影響していると思います。シリコンバレーは温暖で天候が安定しています。ストレスを感じることの多いベンチャー起業家にとって精神的にも居心地がいい場所なのです。
まとめると、移民として米国に来るキッカケはより豊かになりたい、より良い生活をしたい、より上を目指したいという気持ち。それを実現するには、最先端のIT産業に携わることが最も近道で、シリコンバレーはその分野の中心地です。だから、ここには世界中から移民が集まってくるのです。
シリコンバレーに来れば誰でも成功できるとは限りません。成功したベンチャーの半数に移民が多いのはなぜでしょうか。
伊佐山:経済学者のヨーゼフ・シュンペーター氏は、イノベーションの源泉は「コンビネーション(結合)」だと定義しています。コンビネーションとは、アイデアとアイデアのつなぎ合わせですね。
面白いコンビネーションを作るには新鮮な発想が必要。今までとは違う角度で、もう一度世の中を見直す視点が大事なのです。移民のほうがより新鮮な目で産業を再定義したり、これとこれを組み合わせてみようという発想にたどり着いたりしやすいのだと思います。
移民は、国を移動した時点で色々な世界を知っています。つまり、新たな組み合わせを発想する際のバリエーションが豊富なのです。これは、「中」にずっといる人に比べ、圧倒的に強い優位性だと思います。
移民を突き動かす2つの力学
移民がイノベーションを起こしやすいと言われる背景には、さらに2つの力学が働いていると考えます。
シリコンバレーに来ると、誰もが最初「お前誰だ」という目で見られます。もちろん私もそうでした。成功して、自分自身の存在価値を証明しないと、シリコンバレーの住民だと認めてもらえないのです。そのため、何とかこの地で芽を出したいという力学が猛烈に働きます。
ここに、「母国に錦を飾りたい」といった力学も加わります。移民と言っても、母国に二度と戻らないわけではありません。米国に来て認められれば日本も盛り上がります。メジャーリーグで活躍しているイチローを見ると分かりやすいですね。シリコンバレーと母国の両方に認められたいという力学が働くのです。
目立ちたい、成功したい、人と違うことをしたい、といった意識が強くなると、普段いるゾーンから飛び出しリスクを取ってでも何かを成し遂げよう、挑戦しようとなるのです。それが、大きなイノベーションを生み出す最初のキッカケになるはずです。
トランプ氏が掲げている「移民排斥」について、シリコンバレーのベンチャーはどう受け止めていますか。
伊佐山:シリコンバレーにいると、「あいつはどこ出身の移民だったっけ?」という議論はほとんどありません。移民のほうがマジョリティーなので、ここでは移民を議論すること自体がナンセンスなのです。
ただ、トランプ氏が掲げている厳しい移民規制政策が実行されれば、人を雇うのは難しくなる、という話は最近よく出ています。外国から気合いを入れてわざわざやってきてPhD(修士号)まで取得した人材は、高いお金を出してでも雇いたい。彼らがそのまま本国に戻ってしまうことになれば、非常に困りますね。
移民排斥は米国経済にも影響
移民が雇えなくなれば、シリコンバレーのイノベーション力がゆくゆく低下してしまうこともあり得ますか。
伊佐山:あると思います。今の米国のGDP(国内総生産)を因数分解すると、20%がベンチャー枠だと見られています。ベンチャー枠の企業の半分の創業者が移民なら、結局、米国のGDPの10%を移民が創った企業が生み出していることになります。これはあくまでも数字上の計算に過ぎませんが。この10%を、移民排斥政策によってゼロにしてもいいのかと、懸念しています。
世界のGDPランキングを見ると、1位が米国、2位が中国、そして日本、ドイツ、英国と続きます。実はカリフォルニア州単体のGDPは英国と同じくらいあります(2015年は2.5兆ドル)。カリフォルニア州自体が世界ランキング5位の規模があるんです。ハリウッドもありますが、GDPのほとんどを占めているのはIT産業でしょう。つまり、移民排斥によって州自体が危機に陥る可能性がある。
アップルやグーグル、ヤフーのような企業が将来誕生する可能性が減ってしまえば、中長期的に見た経済損害は非常に大きく、米国の国力の低下にもつながりかねないと思っています。
また、シリコンバレーが移民を排斥すると、世界に「希望の地」がなくなってしまうのではと懸念しています。あそこに行けば一発逆転できる、世の中を見返すことができる、という場所がなくってしまうのです。
これは、カリフォルニア州だけでなく、世界的にイノベーションの地がなくなることを意味します。これを機に、米国以外の国もどんどんドメスティック志向に変わっていけば、イノベーションの源泉である「コンビネーション」は生まれなくなってしまいます。つまり、シリコンバレーのような化学反応が起きる場がなくなってしまうことは、どの国にとっても大きな損失になるのです。
VCへの課税負担増も懸念
シリコンバレーでは、トランプ氏の大統領就任に反対する人が多いのでしょうか。
伊佐山:シリコンバレーが持つオープンネス(開放性)さえ維持されるのならば、国のトップは誰でもいいと思っている人が多いように感じます。オープンネスとはまさに移民受け入れの土壌を壊さないことですね。
ここで活動する人は、自分が世界を変えるためには一体何ができるかと常に考えているので、大統領が誰になってもやることは変わりません。
両候補とも、ファンド運用マネジャーが受け取る成功報酬である「キャリードインタレスト」に課す税金の税率を引き挙げると宣言しています。トランプ氏のほうが引き上げ幅が大きいため、ベンチャーキャピタル(VC)の収益が減少することが予想されます。
伊佐山:これは大きな問題ですね。まず、VCとヘッジファンドなどあらゆるファンドを一括りに敵視していることが問題だと思います。例えば、VCの税負担が増えると、ベンチャー産業全体が縮んでしまう危険があります。今までVCは、長期投資なので、キャピタルゲイン課税扱いでした。しかし、「VCは儲けているから税率を上げて、通常の所得税にする」と言われてしまったら、「誰が長期のベンチャーリスクをとるのか?」となりますよね。また、通常の長期株式投資の税率との整合性も取れていません。
トランプ氏が掲げる政策が全部実現すれば、シリコンバレー経済圏が大きなダメージを受ける可能性があると危惧しています。
このコラムについて
もしトランプが大統領になったら…
米大統領選の投票日、11月8日まで、レースは秒読みの段階に入った。
共和党の候補、ドナルド・トランプ氏には女性蔑視発言という新たな“逆風”が加わった。
共和党の重鎮たちの間で、同氏を見切る発言が相次いでいる。
だが、トランプ氏はこれまで、いくつもの“試練”を乗り切ってきた。
米兵遺族を中傷する発言をした時にも、「タブーを破った」として評価を下げたが、いつの間にか、民主党のヒラリー・クリントン候補の背中が見える位置に戻ってきた。
クリントン氏が再び体調を崩すことがあれば、支持率が逆転する可能性も否定できない。
「もしトランプが大統領になったら…」。
この仮定は開票が済む、その瞬間まで生き続けそうだ。
日経ビジネスの編集部では、「もしトランプが大統領になったら…」いったい何が起こるのか。
企業の経営者や専門家の方に意見を聞いた。
楽観論あり。悲観論あり。
「トランプ氏の就任が米国の『今』を変える」との意見も。
百家争鳴の議論をお楽しみください。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/101200023/102400016
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