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高橋まつりさんが自殺した根本的な原因は何だったのか(写真はイメージ)
電通「過労自殺」事件の原因は長時間労働だけではない 問題は「ブラック企業」ではなく日本社会にある
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48130
2016.10.14 池田 信夫 JBpress
2015年12月、電通の新入社員だった高橋まつりさん(享年24歳)が自殺した。これは長時間労働による精神障害が原因だったとして、労災が認定された。彼女はインターネット広告部門に所属し、残業が月100時間を超えたこともある。
この事件が注目されたのは、彼女が東大卒の美人で、自殺する直前までツイッターで苛酷な勤務の苦痛を訴えていたためだ。ネットから反響が広がり、マスコミも「長時間労働が原因だ」とか「電通はブラック企業だ」とか騒いでいるが、本当だろうか。
■日本の会社はほとんど「ブラック企業」
高橋さんのツイッターアカウントは今は閉鎖されているが、ネット上で拡散したのは次のようなツイートだ。彼女は「死にたい」というシグナルを何度も出していたのに、上司は気づかなかったのだろうか。
休日返上で作った資料をボロくそに言われた。もう体も心もズタズタだ。
もう4時だ 体が震えるよ… しぬ。もう無理そう。つかれた。
土日も出勤しなければならないことがまた決定し、本気で死んでしまいたい。
はたらきたくない。1日の睡眠時間2時間はレベル高すぎる。
死ぬ前に送る遺書メールのCCに誰を入れるのがベストな布陣かを考えてた。
確かに悲惨な労働環境だが、労働基準監督署が認定した彼女の10月の残業は105時間、11月は99時間だった。これは公式の数字なので、実態はもっとひどかったと思われるが、100時間程度の残業は私も経験したことがある。この程度は、多くのサラリーマンが経験しただろう。
もちろん私は長時間労働を正当化しているわけではない。電通が違法行為をやっていたら労基署が是正すればいいし、合法なら責任は問えない。それを「ブラック企業」という卑怯な呼び方で呼ぶなら、日本の企業はほとんどブラックだ。最悪のブラック企業は、夜討ち朝駆けで毎月200時間ぐらい残業しているマスコミだろう。
■ストレスの原因は不正請求事件か
過労死や過労自殺をめぐる労災事件では、因果関係の認定が焦点だ。労基署は労働者の救済のため幅広く認定するが、民事訴訟ではそれより厳格に因果関係をみる。この事件では、労働時間だけで電通の雇用者責任を問うことは難しい。
自殺の直接の原因は、労基署も認定したように精神障害(鬱病)だと思われる。過労自殺は、年をとってやり直せない中高年に多い。若くて高学歴の彼女なら、電通を辞めても他の会社に入ることは容易だったはずだが、鬱病になるとそういう合理的な思考もできない。
問題は、鬱病になるほど強いストレスとは何だったのかということだ。詳しい労働実態は分からないが、彼女は入社1年目で、休日出勤して明け方の4時まで「資料」を作っていたことがうかがえる。
この時期に電通は、111社に633件のネット広告料の不正請求(合計2億3000万円)を行っていたことが今年9月に発表された。トヨタが7月に指摘したことが発端だが、彼女のいたデジタル・アカウント部には、それまでにもクライアントから苦情が来ていたと思われる。
インターネット広告はアクセスに比例して課金するので、この資料はページビューなどを証明するデータだろう。普通は新入社員にこんな難しい仕事はまかせないが、東大文学部卒の彼女は期待されていたのだろう。
会議も深夜まで開かれ、上司のパワハラもあったことがうかがえる。これも推測だが、彼女のストレスの原因になったのは長時間労働そのものより、上司のパワハラや、不正請求の資料づくりという異常な仕事だったのではないか。
入社して半年余りの彼女にとって、会社がクライアントに嘘をついた尻ぬぐいを深夜早朝まで毎日やる心の負担は大きかっただろう。無意味な(あるいは反社会的な)仕事を100時間やらされる苦痛は、創造的な仕事を200時間するより大きい。
■日本の労働生産性はなぜこんなに低いのか
だから事件の根本的な原因は長時間労働より、広告代理店という非生産的な仕事にある。これはマクロ経済的にみると、日本の労働生産性につながる。日本の労働生産性はG7(先進主要7カ国)でも最低で、あのイタリアより低い。
これは1990年代から一貫してみられる現象で、個々の日本人はまじめで長時間労働しているのに、成長率も平均以下だ。部門別にみると、自動車の生産性は世界のトップだが、サービス業はアメリカの7割ぐらいだ。
このような非効率性をもたらす最大の原因は、労働の流動性の不足だ。日本企業では指名解雇は不可能で、たとえ労働基準法が改正されて解雇が自由になっても、大企業は解雇しないだろう。それを妨げているのは規制ではなく、それを「ブラック企業」と呼ぶマスコミの評判で新卒が採用できなくなる損失だ。
こうした硬直性と非効率性を代表しているのが広告代理店だ。世界的にみると、テレビや新聞の広告はインターネットに抜かれ、グーグル(持株会社アルファベット)の時価総額は55兆円だが、電通は1.5兆円だ。
グーグルが全世界に置いたコンピュータとインターネットで電通の35倍以上の価値を創造しているのに、電通は新入社員を明け方まで残業させて資料を作っている。この状態では、社員だけでなく会社もそのうち倒れる。仕事のやり方が根本的に間違っているからだ。
これを労基法の改正で是正することはできない。労働問題は日本の組織の歪みの結果であって原因ではないので、「正社員化を促進する」と称して規制を強化しても、非正社員が増えるだけだ。
広告代理店やマスコミのような古い会社がいつまでも淘汰されず、若者に非生産的な労働を強制することに問題がある。その最大の原因は、日本の資本市場や労働市場が機能しないため、新陳代謝がきかないことだ。
東大を出た優秀な人材が起業しないで、電通のような終わった会社に就職し、所得や社会的地位は高いが人生を無駄に過ごす。それは彼女にとって不幸であるばかりでなく、社会にとっても損失だ。
問題は労働時間ではなく、会社を辞めるオプションがないことだ。「この会社はブラックだ」と思うなら辞めればいい。それを妨げているのは、高橋さんの頭にも深く焼き付けられていた日本社会の「空気」なのだ。
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