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ヤマハ発動機の「パッソル」(左)とホンダの「タクト」。かつての販売合戦の象徴だ
若者の味方「原付バイク」はどこへ消えた?
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161010-00139521-toyo-bus_all
10月10日(月)6時0分配信 宮本 夏実 東洋経済オンライン
ヤマハ発動機とホンダ。1980年代にオートバイの過激なシェア争いを繰り広げた”因縁”の2社が手を組んだ。
ヤマ発は10月5日、2018年をメドに排気量50cc原付バイクの自社生産から撤退し、ホンダからOEM(相手先ブランドによる生産)による供給に切り替える方向で検討すると発表した。ヤマ発の渡部克明取締役は「自前で造り続ければ、50ccスクーターの事業が成り立たなくなる段階まで来ている」と危機感を募らせる。
かつてのライバル同士による提携は、一世を風靡したバイク文化の凋落ぶりを如実に示している。
原付バイクの人気に火がついたのは1970年代のことだった。ホンダが「スーパーカブ」で大ヒットを飛ばしてから15年以上が経った当時、顧客層の固定化と高齢化で国内のオートバイ市場は行き詰まっていた。
スーパーカブに代わる新しい需要を生み出すため、ホンダが目をつけたのが女性向けの軽くて小さいバイクだった。そして1976年、自転車感覚で気楽に乗ることのできる「ロードパル」を、当時の価格で6万円を切る低価格で発売する。
■ホンダ対ヤマハの熾烈な争い
「ラッタッタ♪」の印象的な音楽に乗ってイタリアの大物女優ソフィア・ローレンが登場するテレビCMは大きな話題となり、狙い通りに新規購入者のうち6割を女性が占めた。若年層の支持獲得にも成功し、国民的大ヒットへとつながった。
ホンダの成功を横目に見ながら、ヤマ発も1977年に原付スクーター「パッソル」を発売。スカートをはいた女性がまたがらずに足をそろえて乗ることができるようにした。エンジンや駆動系をプラスチックで覆うことで、見た目もポップで可愛らしい印象に仕上げた。
パッソルのCMに起用したのは、当時のバイクのイメージからは程遠かった女優の八千草薫。スーパーやデパートなど、主婦層が集まる場所で試乗会を開催した。パッソルは高校生や大学生の通学手段としても受け入れられ、原付バイクが一大旋風を巻き起こした。
■販売合戦の行方は
この頃から「HY戦争」とよばれるホンダとヤマ発の販売合戦が激しさを増していった。ホンダは1980年、ヤマ発のパッソルと真っ向勝負するスクーター「タクト」を発売する。その後も両社は立て続けの新型車投入で乱売合戦を繰り広げ、過激な値引き競争へと発展した。
だが空前のバイクブームも長くは続かなかった。1980年代には高校生にバイク免許を取らせない、買わせない、運転させない、という「三ない運動」が展開され、若者を中心にオートバイ離れが始まった。
国内オートバイ市場は1982年の年間329万台をピークに減少し、2015年に40万台を切った。とりわけ落ち込みが激しいのは「原付第1種」として分類される排気量50cc以下の原付バイクだった。
日本自動車工業会の「2015年度2輪車市場動向調査」によると、2輪車所有者の平均年齢は52.9歳。20代以下の2輪車ユーザーは1割にも満たない。高齢化が深刻だ。
■規制強化で原付バイクが窮地に
50cc以上のオートバイは昨年の販売台数が1980年に比べて5割減少しているのに対して、50cc以下は9割減と減少幅が大きい。ヤマ発の原付バイクの販売台数も、1980年の73万台から2015年は5万7000台まで減少している。
原付バイクの落ち込みが顕著な背景には、排ガスや安全に関する規制が年々強まっていること、ほかの移動手段が広がっていることなどがある。また、時速30キロメートル以下の法定速度や2段階右折といった50cc特有のルールも影響している。
従来から低価格で手頃な移動手段として親しまれてきたために、価格の制約も大きい。15〜20万円程度を維持しながら、日々強化される規制をクリアするには、開発コストが見合わない。加えて近年では、日常の近距離移動手段として軽自動車や電動アシスト自転車と競合するようになっている。
■それでも原付はやめられない
50ccの規格は、販売がほぼ国内のみという「ガラパゴス車種」だ。グローバル展開によるスケールメリットが活かせない。ヤマ発は2001年12月から台湾に国内向け原付バイクの生産を移管し、製造コストの引き下げを図ってきた。それでも現状は「50ccバイクだけで見れば赤字」(渡部取締役)であるため、独自での開発・生産の継続は厳しいと判断した。
ヤマ発が原付バイクでの協業をホンダに打診したのは今年2月のこと。ヤマ発の2輪事業の営業利益率(2015年度)は3.1%であり、同10%をたたき出すホンダには大きく差を付けられている。
柳弘之社長はかねてから「2輪事業で7〜8%超の利益率を目指す」と話しており、2016年からの新中期経営計画での重点項目である2輪車事業の収益改善を進めるためには、不採算の原付バイクの生産撤退は不可欠だった。
■原付バイクをやめるわけにはいかない
一方のホンダは国内向け原付バイクを、製造コストの安い中国やベトナムで生産していたが、円安を背景に2015年から順次国内の熊本製作所に移管した。ただ、熊本製作所の生産能力は20万台のところ、今期の生産計画は17万5000台と、まだ余力はある。ヤマ発の提案は、熊本製作所の稼働率を引き上げたいというホンダの思惑とも合致した。
日本自動車工業会など、オートバイ関連団体が発表した「二輪車産業政策ロードマップ」では、2020年の国内2輪車販売台数を100万台へ回復させることが目標として掲げられている。ただ、「電動2輪車やシェアリングといった新しい価値が提供できなければ、従来の販売形態のままで100万台に戻すのは難しい」(ヤマハ発の渡部氏)のが現実だ。
ホンダとヤマ発は原付スクーターのOEM供給に加え、原付バイクの業務用車両や電動バイクについても協業を進める方向で検討を開始する。需要が先細っているとはいえ、オートバイの”入門編”としての重要性もある。ホンダの青山真二取締役は「50ccで入り口を開けておかなければ、より大きな排気量のバイクに消費者が上がってきてくれない」と話す。
原付バイクはもはや若者に見向きもされていない。そんな中、かつてのライバル同士が手を組んだのは、日本のバイク文化を絶やさないために現実解を模索した結果だといえる。
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