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入居審査に人生の壁を見た
http://imidas.jp/column/L-60-055-16-10-G421.html
2016/10/6 雨宮処凛 imidasu
最近、リアルに「単身女性として、先の人生への不安を突きつけられる」出来事に遭遇した。きっかけは、引っ越しを思い立ったこと。仕事の合間にネットで賃貸物件の情報を見たり、不動産屋をまわって気になるところを内見したりしていたのだが、なかなかいい部屋がない。特に私は猫飼いの身。「ペット可物件」となると、部屋探しはイバラの道だ。
そんな中、奇跡的に様々な条件がぴったりの物件と出合った。「ここだ!」と、喜び勇んですぐに申し込んだところ、翌日に不動産屋の青年から「大変申し訳ないんですが……」と、沈んだ声で電話があった。入居審査で「NG」だったというのである。
なんで? どうして?――混乱する私に、実直そうな青年は言った。
「おそらく、仕事が不安定だからではないかと……」
確かに私はフリーの物書き。しかし、今まで部屋を借りるにあたって「ペンネームは何か?」「どんな媒体に書いているのか?」などを根掘り葉掘り聞かれたことはあるものの、ここまでの鮮やかな門前払いは初めてだ。
「それと、保証人になる予定のお父様の年齢が、65歳を超えているということもあるかもしれません……」
自営業の父親は現在69歳。今も現役で働いているが、そんなこととは関係なく、保証人の年齢は65歳で区切られることもあるのだという。
単身女性、フリーの不安定稼業、父親が高齢――。この3つが重なると「部屋を借りることもできない」事態が起きるということに、目の前が暗くなっていった。
そうして、10年ほど前に取材した、ある単身女性の言葉を思い出した。高学歴だけど非正規雇用で、収入も不安定という同世代の彼女は言ったのだ。
「今はまだいいけど、父親が高齢になったり亡くなったりしたら、単身で非正規で低収入の女性である自分は、部屋を借りることもできなくなるかもしれない……」
頷きながらも、あの頃の私はどこかそれを「他人事」として聞いていたと思う。当時の私は30代。「賃貸物件を借りる」にあたっての苦労など、一度もなかったからだ。フリーターの時だって借りられていたんだから、大丈夫に決まってる。そんなふうに思っていた。思えば私がフリーターの頃の父は、今よりずっと若く、収入も多かったのだが。
そうして41歳単身、フリーの物書きで、父が高齢という「三重苦」の身となった今、彼女の「悪い予想」はまさに我が身に的中したというわけである。
そのうえ軽く傷ついたのは、不動産屋に「審査に落ちたのは、(金融機関の)ブラックリストに載っているからではないか?」と疑われたことだ。その場合、断られることがあるというのだが、当然身に覚えなどない。というか、載りようがない。なぜなら、これまで「不安定稼業」という理由から、クレジットカードの審査にも落ち続けてきたのだ。
よって、デビットカードなるものを使う羽目になっているのだが、ネットの決済などでは使えない場合もあるし、何より毎月会費を払わなくてはいけないので高くつく。社会的信用がなければないほど、なんだか余計な費用がかかるシステムになっているのだ。
そんなことを考えていて思い出した。今まで部屋を借りる苦労などなかったと書いたが、物書きになってから、若干の苦労が生まれていた。例えば連帯保証人がいればOKと言われていた物件なのに、「あなたの場合、仕事が不安定だから保証会社もつけないと借りられない」などと言われ、その費用として数万円を請求されたりしていたのだ。
フリーターの時よりも、フリーの物書きという自営業になってからのほうが、社会的信用が低くなっているという現実。入居審査が年々厳しくなっているなどの事情もきっとあるのだろうが、明らかに「正社員として勤めている安定層」よりも、様々なコストが発生している気がして仕方ない。
そんな話をある飲み会の席でしたところ、「それはポバティ・タックス(poverty tax)だ」と言われた。ポバティ・タックス=貧困税。貧しい人ほど、より負担が重くなるような現象。例えば、今まで私の身に起きてきたこともそうだが、それだけでなく、安定した正社員がお金を借りるより貧しい人が借りるほうが利息が高くつく、なんてことは往々にしてある。貧しければ貧しいほど、利息が高い金融会社しかお金を貸してくれないからだ。その最たるものがヤミ金だろう。
「貧困はお金がかかる」
これは、貧困問題に取り組む人の間では有名な話である。金利などの話だけでなく、例えば毎日少しずつしかお金を使えないので、「食材をまとめ買いして節約」なんかもできない。米や炊飯器を買うまとまったお金もないから、毎日コンビニのおにぎりや弁当を買って結果的には高くつくような、そんな生活。しかもこれが「ホームレス」状態となると、洗濯や入浴、タンス代わりのコインロッカーの開け閉めにもいちいち出費が発生してくる。
貧困でなくとも、私のような社会的信用度ゼロの人間となると、結果的には同じようにポバティ・タックスを支払う羽目になっているのだ。
改めて自分の「社会的信用度の低さ」を突きつけられ、大いに将来が不安になってきた。このまま引っ越しもできず、不安定な仕事もより不安定になり、そのうえ親が要介護状態なんかになってしまったら……。「賃貸物件の審査に落ちた」という現実によって、思考はどんどん暗黒の方向に進み、「将来は野たれ死に?」まで行き着く始末だ。
が、これは私だけの問題ではない。すべての不安定層の問題である。特に、女性。何しろ、20〜64歳の単身女性の3人に1人が貧困ライン以下の収入で暮らし、65歳以上の単身女性となると、貧困率は47%(高齢単身男性は29%)。実に半数なのだ。
翻って高齢男性の貧困率は、ここ数年改善の兆しが見られるという。それは団塊世代が65歳以上になっているから。高度経済成長期を生きてきた彼らには、「年金収入」という強い味方がある。よって高齢男性の貧困率は、改善しているのだ。が、高齢女性は改善していない。
私たちの世代では「年金で貧困率が改善」というおめでたい話など、起こるはずもないだろうことはすぐわかる。ということは、私たちが65歳以上になる頃の「単身女性」の貧困率は? 今だって約半数が貧困なのだ。
もう80、90%とかになっているのではないだろうか。
いろいろ考えて、自分の将来と同時に「日本の未来」まで不安になってきた。
以前、この連載で「男性を中心にした時代遅れの発想による社会保障制度設計が、女性の貧困を生んでいる」という話を書いたことがある。「正社員の夫と専業主婦の妻、プラス子ども」みたいなものが標準世帯とされていることによって、そんな「標準」からもれる母子世帯や単身女性の貧困リスクが高まっているという内容だ。
そうして、以下のように続けた。
「女性は、子どもの時には『父』という男が、そして大人になってからは『配偶者』という男がいなければ貧しくなるリスクが高まるのだ。そしてそれをカバーする制度は今のところ、ない」
今、私は声を大にして言いたい。
「(保証人的なことで)頼れる男」――多くの場合は父親か夫――がいないと、女は「部屋を借りる」といった生活の基盤すら維持できないことがあるのだと。
私が特別不安定だから、ですむ話ではない。なんといっても、女性の6割が非正規雇用だ。そしてご存じの通り、生涯未婚率は上がり続けている。
ちなみに「入居審査に落ちて悩む私」に、「偽装結婚」をすすめる人がいた。もちろん冗談で言っているのだが、なかなか象徴的な話である。「65歳以下の正社員の夫」がいれば、今回のようなことにはおそらくなっていないのだから。
これからさらに単身・非正規雇用の女性が増加し続けていくだろうことを思うと、「部屋を借りるため」などの理由で本当に「偽装結婚」なんかのニーズが生まれるかもしれない。というか、そんなニーズが生まれてしまうこと自体が、とてつもない構造的差別なのだ。
さて、気を取り直して未だ物件を探しているのだが、「また審査に落ちないか」と連日ヒヤヒヤしている。そして、たかが入居審査に落ちただけなのに、「一人でそれなりに頑張って仕事してきた」これまでの人生を否定されたような気分が、私にずっとつきまとっている。
これが結構、じわじわくる。ある程度の年齢までは「一人で頑張ってる」ことが評価さえされたのに、ある年齢を超えた途端、オセロの黒と白が反転するように、すべてがマイナスとなってしまったような気分だ。
そんな時に、「女性の活躍」なんておなじみの言葉を耳にすると、なんだか遠い異国の話のように思えてくる。
いつの時代も、「持てる者」には「持たざる者」の現実など、見えないようである。
作家、活動家
雨宮処凛
1975年生まれ。2000年、自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版) でデビュー。 若者の生きづらさについての著作を発表するかたわら、イラクや北朝鮮へも渡航。 06年からは新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、 メディアなどで積極的に発言。著書に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(ちくま文庫) 、『バカだけど社会のことを考えてみた』(青土社) など多数。
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