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Victor Ruiz Garcia-REUTERS
世界の経済学者の「実験場」となりつつある日本
http://www.newsweekjapan.jp/kaya/2016/10/post-23.php
2016年10月04日(火)16時05分 経済ニュースの文脈を読む 加谷珪一 ニューズウィーク
<量的緩和を進めても、なかなかインフレにならない日本。世界のスター経済学者らは種々の日本経済再生案を提示しているが、果たしてそれに従ってよいものか。実は過去に、そうした実験場になった国があった> (写真:ノーベル経済学者のジョセフ・スティグリッツ教授)
アベノミクスの限界説が囁かれる中、日本という国は世界の経済学者たちにとって壮大な実験場となりつつある。日本では経済政策が玉虫色になりがちで、効果の判定が困難なことも多い。こうした曖昧さは、リスクを顧みず政策を強行した場合にどうなるのかという、経済学者のグレーな知的好奇心をくすぐってしまうのかもしれない。
■スティグリッツ氏は永久債による債務の帳消しを提案
米国の著名経済学者であり、安倍首相に消費税再延期をアドバイスをしたこともあるジョセフ・スティグリッツ氏は9月15日、World Economic Forumのウェブサイトに寄稿し、日本経済再生への処方箋として永久債の導入や財政ファイナンスの実施を呼びかけた。
【参考記事】スティグリッツ教授は、本当は安倍首相にどんな提言をしたのか?
スティグリッツ氏は、国債の一部を永久債に置き換えることで、政府の公的債務を事実上、バランスシートから消し去ることができると主張。段階的にこれを実施することで、過度なインフレも回避できるとしている。スティグリッツ氏はさらに、現在の政府債務を金利ゼロの国債に置き換えるプランも披露している。
一連の提言は、これまで何度か国内でも話題に上ったいわゆるヘリコプター・マネーとほぼ同類の話と考えてよいだろう。ヘリマネとは、あたかもヘリコプターからお金をばらまくように、中央銀行が大量の貨幣を市中に供給する政策のことを指す。
【参考記事】ヘリコプターマネー論の前に、戦後日本のハイパーインフレを思い出せ
従来の量的緩和策では、消費者や市場参加者は、近い将来、日銀が出口戦略に転換することを前提に行動している。しかし、ヘリマネの場合には、その見込みがなくなるので、多くの人が将来、確実にインフレになると予測するようになる。これによって、なかなか変化しない日本の物価を押し上げることが可能になるという仕組みだ。ヘリマネについては、7月に来日したバーナンキ前FRB(米連邦準備制度理事会)議長が安倍首相と意見を交わしたともいわれている。
もっとも永久債という形で形式的に債務を消滅させたとしても、それは政府が持つ債務を貨幣化したに過ぎず、最終的にはインフレという形で帳尻を合わせるという点において増税と何も変わらない。だが彼等は適切にコントロールされたインフレというものが実現可能であると考えており、その有力な手段が永久債やヘリマネということになる。
■現金の流通を廃止すればマイナス金利は効果を発揮する?
同じく著名な経済学者であるケネス・ロゴフ氏は、近著においてマイナス金利の効果を最大限発揮するため、現金の流通を廃止すべきと提言している。日本はその有力候補だというが、日本は経済規模に対する現金の比率が高く、現金を廃止した時のインパクトは大きい。
現在、日本に流通している紙幣とコインの総額は90兆円ほどで、これはGDP(国内総生産)の17.4%を占めている。同じ比率を計算すると、米国は7.7%、ユーロ圏は10.2%なので、日本の比率が高いことが分かる。
しかも、ドルとユーロの現金を保有する人のかなりの割合が、資産保全を目的とした外国人であるともいわれる。こうした目的で日本円を保有する人はほとんどいないことを考えると、一般的な国民が日々の決済に使用する現金という意味では、日本は最大の現金保有国の一つということになるのかもしれない。
量的緩和策は、基本的に現代経済学の主流となっている合理的期待仮説をベースに組み立てられている。つまり、国民は、現在利用可能なすべての情報に基づいてインフレ期待を形成するので、おおむね合理的に振る舞うという考え方である。したがって中央銀行がインフレになるよう適切に政策を実施すれば、それにしたがって市場もインフレになるという仕組みだ。
ところが日本では、中央銀行がいくら量的緩和を進めてもなかなかインフレにならない。これは各国の経済学者の中でも大きな謎となっている。彼等は、日本は普遍的な理論が適用できない唯一のマーケットなのか、それとも日本人は単に非合理的なだけで、理論そのものは合っているのか、この目で確かめたいと考えているはずだ。
欧米各国では程度の差こそあれ、量的緩和策の実施によって、市場はおおよそ期待した通りに動いてきた。しかし、この法則が適用できないマーケットが存在した場合、どこまでなら政策を強行できるのかという点について、実は誰も知見を持ち合わせていない。彼等は、日本市場でこうした少々危険な実験を試みたいという誘惑に駆られている可能性が高いのだ。
■ミルトン・フリードマンはチリを「実験場」にした
こうした動きはかつてもあった。マネタリストとして知られる経済学者のミルトン・フリードマン氏は、自らの経済理論の正しさを証明するため、1980年代から2000年にかけてチリ政府に働きかけ、数々の経済的な実験を行った。実際の経済政策の遂行は、シカゴ大学におけるフリードマンの教え子たちが担当したことから、彼等はシカゴ・ボーイと呼ばれた。
当時のチリ経済は、インフレ率が100%を超えるなどかなり厳しい状況にあり、ピノチェト大統領は、フリードマン氏のアドバイスに従い、自由主義的な経済改革を次々と断行した。国営企業の民営化などが強力に推し進められ、競争力のない企業に対しては市場からの撤退が促された。
その結果、チリは他の南米諸国を上回る安定した経済成長を実現し、チリでの成果は最終的に米国など先進各国の経済政策に生かされることになった。一方で、所得格差が拡大したことなどから、一連の政策を否定的に捉える人や、フリードマン氏の政治的なモラルを問う声も一部にはある。ピノチェト大統領はクーデターで政権の座についた元軍人であり、非民主的な独裁者であったことがその理由である。
ここでは政策に関する是非は議論しないが、重要なのはフリードマン氏が、自らの説を検証したいという強い知的野心を持っており、本当にそれを遂行したという現実である。
米国のスター経済学者は、まさに知的エリートであり、非常に魅力的な振る舞いをする一方、こうした冷酷な面も持ち合わせている。安倍首相は、スター経済学者を次々に官邸に呼びアドバイスを求めているが、彼等が喜んで太平洋の反対側まで飛んでくることには理由がある。
彼等を利用するのか、彼等に利用されるのかは、一種の駆け引きということになるが、日本が直面している現状はゲームにしてはかなり危険な部類に入る。もし日本においてインフレが過度に進む事態となった場合、これを抑制するのは並大抵のことではない。
【参考記事】米経済学者のアドバイスがほとんど誤っている理由
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