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偽薬はもう効かない……?
日銀は、偽薬効果狙いの量的緩和から、マイナス金利という実弾にシフトすべき(塚崎公義 大学教授)
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160930-00010003-scafe-bus_all
シェアーズカフェ・オンライン 9月30日(金)6時48分配信
日銀は、20日と21日の金融政策決定会合で、現在の金融政策の「総括的な検証」を行なう予定です。そこで本稿は、日銀の金融政策のあり方について考えてみました。
最初に、経済初心者向けの解説を載せてあります。一般の方は飛ばしていただいても大丈夫ですが、復習のために一読いただければ幸いです。
■量的緩和の狙う「偽薬効果」は時間とともに効果が薄れた・・・経済初心者向け解説
黒田日銀総裁が就任された時、大胆な金融緩和が打ち出されました。巨額の国債を市場から購入して、大量の資金を市場に供給するというものでした。市場に資金が出回れば株価(ドルも同様)が上がるはずだ、と考えた人々(ここでは黒田信者と呼びます)が株を買ったため、株価が値上がりしました。
黒田信者ではない人々(筆者を含む)も、黒田信者が株を買っているのを見て、「黒田信者が株を買っているから株が値上がりするだろう。自分も買おう」と考えて株を買いました。結局、皆が株を買ったので、株価は大幅に値上がりし、景気が回復しました。
じつは、黒田信者は間違えていました。市場に資金が出回る事はなかったのです。銀行は、日銀に国債を売った代金をそのまま日銀に預金(銀行が日銀に預ける預金を準備預金と呼びます)してしまったからです。それでも株価が上がって景気が回復したので、筆者はこれを「偽薬効果」と呼んでいます。
医者が患者に小麦粉を渡して「薬です」と言うと、病気が治る事があります。「病は気から」だからです。同様に、効くはずのない政策(世の中に資金が出回らないのだから株価が上がるはずがない政策)でも、黒田信者たちに「株価が上がる」と信じさせることが出来れば、株価が上がり、景気が回復するわけです。
しかし、時間の経過とともに偽薬効果は薄れて来ました。市場に資金が出回っておらず、金融緩和が小麦粉であった事が知れるようになってきたからです。そこで日銀は、新たな小麦粉か本物の薬かを提供する必要が出てきたのです。
■マイナス金利政策は本当の薬だから、副作用もある・・・経済初心者向け解説
日銀が新たに提供したのは、マイナス金利政策でした。これは本物の薬です。たとえば日銀が準備預金の金利をマイナス5%にしたら、銀行は必死に貸出を増やそうとするでしょうから、景気は確実に良くなるでしょうが、銀行が破産してしまうかも知れません。
そこで日銀は、2016年2月から、準備預金の金利をマイナス0.1%としたのです。わずか0.1%ですから、効果も副作用も小さいものでした。これで日銀は薬の効き目と副作用を確かめることが出来たため、今後の薬の量を増やすか否かを検討する事が出来るようになった、というわけです。
ちなみにマイナス金利というのは、準備預金の全部がマイナスになっているわけではありません。厳密ではありませんが、「日銀がマイナス金利を宣言した日以降に預金残高が増えた分」だけがマイナス金利だと考えて良いでしょう。つまり、日銀が儲けている額は非常に少ないのです。
しかし、銀行の収益には、比較的大きなマイナスとなりました。預金金利は以前からほぼゼロだったので、今回もほとんど下がりませんでしたが、一方で貸出金利は0.1%程度低下したからです。
銀行の貸出金利は、「銀行間市場の金利プラスアルファ」となっています。その差であるアルファは銀行のコスト、信用コスト、銀行の利益、などです。ちなみに信用コストとは、一定の確率で借り手が破産すると考えて、その分は他行に貸すよりも高い金利でなければ嫌だ、と銀行が考える部分のことです。
銀行は、多くの貸出に際して、こうした金利の決め方をしています。「あまり高い金利を要求すると、借り手がライバル銀行から借りてしまう。そうなると、貸すはずだった資金を日銀に預金しなければならない。それよりは、欲張らずに低い金利で我慢して、借りてもらった方が得だ」と考えるわけです。
結果として、奇妙な事が起こります。日銀がマイナス金利を付けるのはごくわずかなのに、銀行の多くの貸出について金利が0.1%下がってしまうのです。「日銀が儲けた分だけ銀行が損をした」という事ではないので、注意が必要です。
■日銀が大量の国債を買い続けるのは難しい
日銀は、大量の国債を買う事で、市場に資金を供給しようと考えていましたが、日銀から資金を受け取った銀行がそれをそのまま日銀に預金してしまったため、市場には資金が出回りませんでした。難しい言葉を使えば、マネタリーベースは増えたけれどもマネーストックは増えなかったわけです。
それでも株価が上がり、景気が回復したので、筆者はこれを「偽薬効果」と呼んでいます。ただ、時間の経過とともに、日銀の国債大量購入が小麦粉であって薬ではない事が明らかになり、偽薬効果が薄れて来ました。そうなると、日銀は小麦粉の量を減らしたいと考えるようになります。小麦粉にも多少の副作用はあるからです。
具体的には、新規に発行される国債よりも日銀が購入する国債の方が多いと、最終的には市場の国債が全部日銀に買われてしまい、国債を欲しい人が困ります。それから、長期金利が下がり過ぎます。長期金利は長期国債の需給(≒長期資金の需給)で決まるからです。
長期金利が下がり過ぎると、銀行が「預金を集めて長期国債を買って金利差で儲ける」というビジネスが出来なくなってしまいます。加えて、日銀自身も高値で購入した長期国債が、将来金融緩和が終了した時点で暴落するリスクを抱える事になります。
こうした事を考えると、代替的な手段があるならば、そちらに主役を譲る事が望ましいでしょう。
■マイナス金利政策の副作用を過大評価すべきでない
マイナス金利の最大の副作用は、銀行決算への悪影響でしょう。銀行の預金金利の低下余地が限られている一方で、貸出金利は準備預金金利や銀行間金利の低下にスライドして低下しかねないからです。従って、銀行は声を大にしてマイナス金利に反対しています。
しかし、日本経済全体としては、借り手の支払い金利が減るわけですから、影響はプラスマイナスすれば概ねゼロのはずです。金利低下で恩恵を受けている中小企業や住宅ローンの借り手などは、わざわざ「マイナス金利賛成」と大きな声を出すわけではないので、銀行が反対する声ばかり聞こえて来ますが、真実を見つめるためには黙っている人の考えている事も想像する必要があるのです。
株式市場には、マイナスの影響があるでしょう。打撃を受ける銀行の多くが上場している一方で、恩恵を受ける中小企業の多くは上場していないからです。しかし、金融政策は株価のために行なうわけではありません。むしろ、日銀がETFを購入することで株式市場に上昇圧力がかかっている事を考えれば、その分だけ株価が下がっても、差し引きの影響はゼロだと考えるべきでしょう。
それから、マイナス金利を深堀りすることで、貸出が伸びて景気が回復し、早期に金融政策が正常化するとすれば、それは銀行にとって非常に大きなプラスです。コール市場など銀行間の金利がプラスになっても、預金金利はスライドして上がるわけではないので、預金部門が収益(預金を受け入れて他行に貸し出して利ざやを稼ぎ、そこから預金部門のコストを差し引いた金額)を稼げる時代が戻ってくるかもしれないのです。
■長期金利の上昇で銀行に資金運用の余地も
また、日銀がマイナス金利を深掘りする代わりに長期国債の購入を減らすとすれば、長期金利が上昇するでしょう。そうなれば銀行は、預金を受け入れて長期国債で運用することで、利ざやが稼げるようになるかも知れません。
もっとも、これについては、銀行が長期国債を大量に保有するインセンティブとなり、貸出を増やすインセンティブが削がれてしまう、という懸念もあります。また、かえって将来の日銀の出口戦略を難しくしてしまう(金融の超緩和をやめた時に長期国債相場が暴落して銀行が大損しかねない)、という可能性もありますから、何とも評価は難しいですが。
■銀行ビジネスの効率化、合理化のチャンスかも
銀行の利ざやが縮小してくると、銀行は収益確保のために、様々な対策を採るでしょう。過去に預金獲得競争が激しかった頃のサービスが今でも続いているとすれば、そうした部分の見直しが進むかも知れません。
たとえば、預金の口座管理手数料の導入です。残高が概ねゼロの貯金通帳を何冊も持っている人は多いはずですが、それは実は銀行にとっては大きなコストなのです。銀行は、発行済預金通帳の数に応じて、毎年税務署に印紙税を支払っているのです。
従って、たとえば銀行が年末時点で残高が1万円以下の預金口座について管理手数料を徴収するようになり、「残高不足で手数料が引き落とせない口座は3年後に自動的に解約する」と定めるとすれば、それは銀行にとって大きな収益の改善になるわけです。
現在は、そうした銀行は少ないはずです。「自行だけが管理手数料を導入すれば、預金者に与える印象が悪いから、踏み切れない」と考えて各行が躊躇しているからです。しかし、全行が一斉に「背に腹は代えられない」と考えて導入に踏み切れば、たいした批判も浴びないでしょう。管理手数料を徴収されるのが嫌ならば、残高の少ない銀行の預金口座を解約して、一冊にまとめれば良いだけの話だからです。
塚崎公義 久留米大学商学部教授
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