http://www.asyura2.com/16/hasan113/msg/638.html
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日銀「長期戦」で、ますます続く「カネあまり」
上野泰也のエコノミック・ソナー
終わりなきマネーゲームの行方は
2016年9月27日(火)
上野 泰也
日銀は9月20、21日に開催した金融政策決定会合で、「レジームチェンジ」後の金融政策運営に関する「総括的な検証」を実施。長時間にわたる討議の末、結果をペーパーの形で公表するとともに、新たな金融政策の枠組みである「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の導入を決定した。1月に「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」に衣替えしたばかりだったが、それから1年も経たないうちの大きな政策変更である。
新たな枠組みでは、長短金利を操作目標に
新たな枠組みの2つの柱は、@「イールドカーブ・コントロール」(長短金利操作:そのために新たに用意された手段は、10年物国債利回りが概ね現状程度=ゼロ%程度で推移するように指値で、つまり日銀が利回りを指定して行う長期国債買い入れと、実施できる期間を最長10年まで長期化した固定金利方式資金供給オペレーション)、A「オーバーシュート型コミットメント」(消費者物価上昇率の「見通し」ではなく「実績値」が安定的に2%の「物価安定の目標」を超えるまでマネタリーベース拡大方針を継続するという従来よりも強化された「フォワードガイダンス」)である。
9月21日、日銀の金融政策決定会合後の記者会見で、「オーバーシュート型のコミットメント」(2%の物価目標を超えるまで、マネタリーベースの拡大を継続するという公約)のパネルを横に置いて説明をする日銀の黒田東彦総裁。(写真:ロイター/アフロ)
日銀は上記@「イールドカーブ・コントロール」について、「実質金利低下の効果を長短金利の操作により追求する」ものとして「新たな枠組みの中心に据えることとした」と説明した。
短期の金利については、日銀当座預金のうち政策金利残高に適用されているマイナス金利(現在▲0.1%)が、あたかも虫ピンで止めるように、短期の金利を一定範囲内にとどめるツールになる。
10年物国債利回りがゼロ%程度になるよう買い入れ
また、長期金利については上記の通り、10年債の利回りがゼロ%程度にピン止めされる。足元から10年までのイールドカーブは、これでだいたい決まる。その先、10年を超える超長期ゾーンの金利は変動し得るわけだが、日銀金融市場局が公表したペーパーによると、今回の政策導入時点のイールドカーブからの大幅な乖離は許容されないようである。金利の上昇方向は、たとえば20年債の指値での買い入れを実施し、特定の金利水準で無制限に買い入れることによって、キャップをはめる。一方、金利が過度に低下する場合については、国債買い入れの落札利回りに下限を設定して食い止めることが想定されている。
また、A「オーバーシュート型コミットメント」に関しては、「適合的な期待形成」(現実の動きをベースにいわば後ろを振り返るような形で期待が形成されること)の要素が強い日本の予想物価上昇率の状況に対応するため、「予想物価上昇率をより強力な方法で高めていくことが必要であると判断」して採用することにしたと説明。「できるだけ早期に」2%を実現するというコミットメントは堅持しつつも、「『適合的な期待形成』の要素が強い予想物価上昇率を引き上げていくことには不確実性があり、時間がかかる可能性もある」、要するに長期戦・持久戦が想定されることを踏まえて、「枠組みの中心にイールドカーブ・コントロールを据えることで経済・物価・金融情勢に応じたより柔軟な対応を可能とし、政策の持続性を高めることが適当であると判断した」と説明した。
長期戦を想定しての「金利」への軸足シフト
今回の「総括的な検証」に関するマスコミの事前の観測報道は、@「量」に代わって「金利」(マイナス金利幅の拡大、いわゆる深掘り)が日銀の今後の金融政策運営で事実上の主軸になる、A国債イールドカーブの行き過ぎたフラット化が起こらないよう配慮する、以上の2点が共通項になっていた。
実際に出てきた内容はこれらに沿っており、「量」から「金利」への軸足シフトが行われたと判断される。ただし、岩田規久男副総裁ら「量」の効果を引き続き重視するリフレ派への配慮もなされており、そうした軸足シフトはクリアカットなものにはならなかった感が強い。
今後の追加緩和手段としては、@短期政策金利の引き下げ(マイナス金利の深掘り)、A長期金利操作目標の引き下げ(長期国債買い入れにおける指値の変更)、B資産買い入れの拡大に加え、Cマネタリーベース拡大ペースの加速を手段とすることもあると、公表文に記述された。
債券市場関係者にとって、きわめて厳しい政策
債券市場の自主的な金利形成機能がこれまで以上になくなるとみられる長期金利操作の導入は、筆者の予想を超えるものだった。債券市場関係者にとり、きわめて厳しい結果である。
一方、マイナス金利の深掘りは、筆者が予想した通り、今回の会合では行われなかった。「総括的な検証」には「イールドカーブの過度な低下、フラット化は、広い意味での金融機能の持続性に対する不安感をもたらし、マインド面などを通じて経済活動に悪影響を及ぼす可能性がある」という記述が盛り込まれた。金融庁が金融システムの安定確保の見地からマイナス金利政策への懸念を表明したと伝えられる中で、銀行収益への過度の圧迫に代表されるマイナス金利のデメリットに、日銀も目を向けざるを得なかったのだろう。
もっとも、マイナス金利の深掘りは、今後の状況次第では問答無用で起こり得ることだと、筆者はみている。米国の姿勢(オバマ政権および民主共和両党の大統領候補の姿勢)から考えて、円売りドル買い介入実施が来年にかけてきわめて難しい状況下、為替がたとえば1ドル=90〜95円といった一段の円高ドル安になる場合に備えて、このカードは温存されていると理解される。そうした思考展開は、9月5日の黒田東彦日銀総裁による講演を素直に読めば、自ずと浮かび上がってくる。
失敗を認めず自己正当化、異次元緩和はエンドレスに
日銀が行った「総括的な検証」の内容自体をどう評価するかという点では、筆者はきわめて批判的にとらえている。すなわち、実験的で大胆な緩和策は失敗した(=事前に約束した結果を出せなかった)という素直な結論を出さずに、結果が出なかったのはいくつかの外的要因のせいだという整理を行うことにより自己正当化を図った上で、失敗した政策を縮小・撤回せずに一層複雑化させる、いわば「屋上屋を架す」のは妥当ではない。民間企業の場合なら経営責任を問われて退陣するなど、おそらく許されない話である。
しかも、日本経済の実力からすればまず安定的な実現が不可能だと考えられる2%目標に日銀が一段と強くコミットし、「政策の持続性を高める」決定をしたことは、この政策がますます「エンドレス」になったことを意味するというのが、筆者の受け止めである。
このような金融緩和の「エンドレス」化は、程度の差はあれ少なからぬ先進国で危惧されつつある現象であり、グローバルな「カネあまり相場」は、まだまだ続きそうである。
無理をするほど、弊害・副作用が膨らむ
米国で住宅バブルが崩壊した後の世界的な経済・金融危機に対処するためワシントンで初のG20首脳会合(サミット)が開催されたのは、2008年11月だった。それから8年近い月日が経過する中、中国・杭州で9月上旬、11回目のG20サミットが開催された。だが、コミュニケ(首脳宣言)は世界経済に関して「成長は引き続き期待よりも弱い」「下方リスクが引き続き存在している(downside risks remain)」(日本語は外務省仮訳)と記述せざるを得なかった。
「世界経済は元の姿にはもう戻らない」。そんな空気が徐々に広がりつつあるように思う。巨大なバブル崩壊の傷跡は、適切な政策対応と一定の時間さえあれば修復可能だと、当初はみられていた。だが、新興国も変調し、世界経済をけん引する強力なエンジンが見当たらなくなった。不動産バブル崩壊後の不良債権問題などで、中国には先行き不安が色濃く漂う。
世界経済の下方リスクを払拭できずにいるうち、経済政策の手詰まり感も強くなってきた。金融政策は、ゼロ制約を乗り越えて無理をすればするほど、弊害・副作用が膨らんでいく。財政を出せば、政府債務残高がさらに積み上がる。必要な構造政策を各国が展開するのが唯一残された解決策と言えるのだが、保護主義・排外主義に傾斜する世論がネックになる。
マネーゲームにいかにつきあうか?
こうした中で可能性が高いのは、「カネあまり相場」がこの先も長く続きそうだということだろう。株式にせよ債券にせよ原油にせよ、「買えばお得な水準」と認識されれば投資マネーがすかさず流入する地合いの長期化である。むろん、ファンダメンタルズとのかい離があまりに大きい場合には、ミニバブルの崩壊は生じる。だが、全面的なバブル崩壊は、世界的に金融緩和維持・強化の流れが続いている間は起こりにくいだろう。
エンドの見えないマネーゲームが続いていく。これとどのようにつきあうか、あるいはつきあわないか。一人ひとりが選択を迫られつつある。
このコラムについて
上野泰也のエコノミック・ソナー
景気の流れが今後、どう変わっていくのか?先行きを占うのはなかなか難しい。だが、予兆はどこかに必ず現れてくるもの。その小さな変化を見逃さず、確かな情報をキャッチし、いかに分析して将来に備えるか?著名エコノミストの上野泰也氏が独自の視点と勘所を披露しながら、経済の行く末を読み解いていく。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/248790/092200061/
黒田日銀総裁、金融政策に限界はない
[大阪市 26日 ロイター] - 黒田日銀総裁は26日、大阪で行われた関西4経済団体との懇親会で、金融政策に限界はないと述べ、創意工夫を惜しまず、新しい挑戦をためらわないと語った。
また、2%目標を出来るだけ早期に実現すべく、今後も最大限の努力を続けると語り、状況によっては金利の大幅低下を伴う強力な金融緩和が必要な場面もあり得ると発言。この発言が伝わったことで、 日経平均は前営業日比で200円を超す下げとなった。銀行株が引けにかけて下げ幅を拡大した。
http://jp.reuters.com/article/boj-kuroda-idJPKCN11W0GE
国債買い入れ増減しても政策的な意味合いない=黒田日銀総裁
[大阪市 26日 ロイター] - 日銀の黒田東彦総裁は26日午後、大阪市内で講演し、先週公表した新たな金融緩和の枠組み「イールドカーブ・コントロール(制御)」について解説した。金融緩和の目安を原則「量」から「金利」にしたことで、「仮に(国債)買い入れ額が増減しても、政策的な意味合いを有するものではない」と指摘。
適切なイールドカーブの維持が大切で、結果的に国債買い入れが減少しても緩和縮小にならないとの考えを示した。
新たな枠組みでの主たる追加緩和手段は、1)短期のマイナス金利深掘り、2)ゼロ%程度とした長期金利の引き下げ━と21日の公表内容を繰り返した。同時に「経済・物価情勢や金融市場の状況によっては、金利の大幅な低下を伴う金融緩和が必要な場面もあり得る」と述べ、急激な円高・株安時には資産買い入れの拡大も辞さない方針を強調した。
イールドカーブ制御では「金融仲介機能へ影響なども考慮する」と指摘。マイナス金利による保険・年金の利回り低下や金融機能の持続性への不安感も「勘案する必要がある」と強調したが、一方で「日本経済のため必要と判断すればちゅうちょなく調整する」とし、新たな枠組みでは日銀が追加緩和に消極的になるとの憶測をけん制した。
また「金融政策の限界を論じるだけでは、問題の解決に全くつながらない」「金融政策に限界はない」「政策のコストを最小に、ベネフィットを最大にする」「創意工夫を惜しまず、新しい調整をためらわない」などと述べ、日銀の金融政策に対する限界論の払拭(ふっしょく)に努めた。
http://jp.reuters.com/article/kuroda-jgbpurchase-idJPKCN11W0GC
ECB緩和政策、出口検討ですらかなり先=専務理事
[フランクフルト 26日 ロイター] - 欧州中央銀行(ECB)のクーレ専務理事は、ECBが緩和政策スタンスの出口を検討し始めることでさえ、かなり先になるとの認識を示した。
26日掲載の南ドイツ新聞とのインタビューで述べた。
専務理事は、ECBは資産買い入れの円滑な実施を確実にするための選択肢を検討しているとしたが、自身は銀行債の買い入れや消費者に直接現金を支給するヘリコプターマネー政策は支持しないとの立場を示した。
銀行債の買い入れについては、「改革や不良債権処理、新規事業モデルの特定に向けた銀行の意欲を削ぐ」との理由から、望ましくないと述べた。
ヘリマネをめぐっては「明らかに金融政策と財政政策の境界を曖昧にする」として、否定的な考えを示した。
http://jp.reuters.com/article/ecb-policy-coeure-idJPKCN11W280
Column | 2016年 09月 26日 15:42 JST 関連トピックス: トップニュース
コラム:金融政策は演劇の様相、花形役者の日銀が舞う「能」
Edward Hadas
[ロンドン 23日 ロイター BREAKINGVIEWS] - 金融政策は今や演劇の様相を呈してきた。さしずめ日銀の黒田東彦総裁が直近の演目の主役だろう。黒田氏は、本当のように思えるが正しさが証明されていない「真実が失われた時代(post-truth times)」にふさわしい新たな政策の枠組みを採用した。
主要中銀当局者は、数十年来やってきたが今も、政策金利水準や紙幣発行技術、規制監督問題を検討している。しかし、いつまでかわからない景気刺激の役割を演じ続ける中で、政策担当者の発言や約束、姿勢などが重要な政策手段とみなされるようになった。
こうした手段は世界的になったが、具体的な「演じ方」は中銀によって異なる。米連邦準備理事会(FRB)のイエレン議長は控えめで、痛々しい矛盾を抱えていることが分かる。リベラル派労働経済学者の立場では、イエレン氏は金融政策を良質の雇用創出に使いたいと強く願っている(恐らくそれはむなしい願いだが)。一方で2008年の金融危機にずっと向き合ってきた身としては、金融面の過剰性を抑えられるほどの水準に政策金利を引き上げたい。だから現在でなくとも、近くもっとタカ派的になると約束しているのだ。
欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁と言えば、2012年にユーロ防衛のために「何でもやる」と言い切った。慎重と言えば聞こえは良いが実は何もできなかった政治家たちを圧倒したその役者ぶりは、いささかドイツ人の怒りを買ったとはいえ大したものだった。
しかし今の花形役者は黒田氏だ。先週約束したのは、物価上昇率が2%に達するまでではなくて、2%を上回って安定的に推移するまで国債を買い続けるということだ。それまで10年国債利回りはゼロから大きく上昇させない。金融政策的には狂気の沙汰と言えるこんな取り組みに悠然と踏み切るというのは、まさに伝統芸能で立ち居振る舞いが完成されている能の演目の1つと呼ぶにふさわしい。
言葉のやり取りに含まれる深い意味を読み取る作業は、夜の劇場においてはこの上ない楽しみとなる。だが政策という次元では、大きな問題がある。当局者の微妙な発言や大げさな取り組み姿勢が、実体経済に大きな効果をもたらしそうにはない。
黒田氏が直面するジレンマは、特に悲劇的でもあり喜劇的でもある。日本の物価押し下げに働いている人口動態に、日銀が立ち向かってどうにかできるものではないのはほぼ間違いない。労働力人口は年間で約0.5%縮小し、65歳超で支出を減らす人の数は3%近いペースで伸びている。こうした環境において、マイナス金利への期待という現実を無視した思い上がりが存在する。マイナス金利は高齢者やもうすぐ高齢者になろうとする人たちに貯蓄を促したとしても、若者の消費や投資を喚起する公算はずっと小さい。
そうなると黒田氏の振る舞いは、相手のいないフェンシングを1人で懸命にやっていることになる。既に十分に発達し、うまく機能している経済において積極的な金融政策で今さら何を成し遂げようというのか探し出すのは難しい。日本は1人当たり国内総生産(GDP)が着実に成長しているし、失業率は低く、経常収支もほぼ均衡し、物価は20年余りにわたって安定しているのだ。
中銀当局者の口先が演じるドラマの中にまん延している経済的な混乱をただあざ笑うのはたやすい。しかし影響力が大きいとみられるこれらの当局者が、いわゆるフォワードガイダンスに頼り切っている構図からは、ある種の警戒信号が見て取れる。問題は単に約束の信頼性が低下しているだけでなく、むやみに期待が高まっている点にある。今の中銀に債務を帳消しにしたり、労働者の技能を向上させる、あるいは雇用意欲を損なう課税を減らしたり、そうした規制を撤廃するような力はない。実際、8年間も超低金利を続けながら、消費者ないし投資を大きく押し上げることさえできなかったのは明白だ。
イングランド銀行(英中央銀行、BOE)のカーニー総裁は、地に足が着いた姿勢の見本を示している。英国民投票で欧州連合(EU)離脱派が勝利した直後に公の場に登場したカーニー氏は、EU離脱が英経済にもたらす長期的な打撃をBOEはほとんど緩和できないとはっきり説明した。
他の中銀当局者も、同じような現実的な姿勢を追求すれば失敗しないで済むのではないか。力を誇示する演者は結局、滑稽に見えてしまうことは少なくない。
●背景となるニュース
*日銀は21日、金融政策運営の枠組みを抜本的に変更し、新たに長期金利を操作目標として採用した。
*日銀は短期金利の誘導水準をマイナス0.1%に据え置いた。ただベースマネーの目標は放棄し、代わりに10年国債利回りをゼロ近辺に誘導する「イールドカーブ・コントロール」の仕組みを取り入れた。
http://jp.reuters.com/article/central-banks-policy-breakingviews-idJPKCN11W09Z?sp=true
ヒーローは、そろそろ帰してあげましょう
市場は「晴れ、ときどき台風」
「シン・ゴジラ」と日本経済の“これから”
2016年9月27日(火)
居林 通
日経ビジネスオンラインでは、各界のキーパーソンや人気連載陣に「シン・ゴジラ」を読み解いてもらうキャンペーン「「シン・ゴジラ」、私はこう読む」を展開しています。
※この記事には映画「シン・ゴジラ」の内容に関する記述が含まれています。
うちのサイト、いま「シン・ゴジラ」で盛り上がっているんですよ(「シン・ゴジラ 私はこう読む」)。
居林:私はまだこの映画を見ていませんが、危機対応の話として面白い映画らしいですね。今回お話ししたいのは、日本の市場関係者の方々も、もうちょっと「危機」を意識すべきじゃないのかな、ということなんです。
といいますと?
居林:シン・ゴジラの映画の後ろには、いまだ本質的な解決に至らない福島の問題がありますよね。一方、我々の近い将来には、米国をはじめとする世界の変化が起こりつつあると思っています。特に、米国の大統領選挙が、世界の金融市場に与える影響は大きい。
トランプ氏が就任したら、ゴジラ並みの影響があるかもしれませんね。
居林:クリントン氏が勝つか、トランプ氏が勝つか、クリントン氏が勝てばひと安心…という話ではないと思っています。私は、どちらが勝っても米国は自国優先主義に転じて、グローバル化の逆回転が進むのではないかと危機感を抱いています。そしてそれは、日本や世界の経済に大きな影響をもたらします。…ということで、今回は、株価動向ではなく、マクロ視点のお話をしたいと思います。
了解です!
スーパーヒーロー、中央銀行
居林:厳しい状況が続いているのに、日本も含め世界の金融市場関係者に危機感がなかなか生まれない背景には、明らかな理由があります。ウルトラマンばりのスーパーヒーローが、市場に存在しているからです。
誰でしょう?
居林:誰かと言えば、それはFed、ECB、日銀です。
米国の連邦準備制度、欧州中央銀行、日本銀行。米欧日の中央銀行ですね。
居林:このスーパーヒーローは、2008年のリーマンショック以降、「金融緩和」という、お金を市場にどんどん供給する必殺技で、いくつもの危機を救ってきました。私の計算ですが、ざっと800兆円くらい。8兆ドルを供給し、そのお金で金融市場から金融商品を買い上げて「金融危機」という怪獣をやっつけた。
すばらしい。
居林:すばらしいですよね。金融危機を救う頼もしいヒーロー。ただし、ヒーローというのは、危機には来るけれど、平和になると帰ってしまうものですよね。
それはそうですね。出演時間は番組のラスト近くと決まっています。
居林:いま、米国のFedがいの一番に帰ろうとして、みんなが全力で引き留めている。
「利上げしないでね」と。
居林:そう。「ついでだから、この辺の景気も良くしてから帰ってよ」「…いや、それは僕の役目じゃないなあ」という感じでしょうか。あとは地球防衛軍にバトンタッチしたいんだけど、地球側としてはまだ帰って欲しくない。
日本だったら、市場側はいまだに「黒田バズーカ、もう一発お願いしますよ」と。
居林:そう。ヒーロー側としては、「怪獣がいなくなったので、もう撃てませんけど」という思いでしょうね。
居林:いまはもう、財政政策にバトンタッチされるべき時期なんですが、そこをマーケットは読み違えていると思います。もっともっと金融政策を、と考えている。ユーロ危機、ギリシャ危機、チャイナハードランディング、みんな中央銀行が救ってくれた、助けてくれた。「だからもっと何かしてよ」と。でも、今我々が考えねばならないのは、ヒーローが去った後のことなんですよ。
居林さんのノリに合わせて言えば、「壊れた橋やビルを直すのは、我々地球人の仕事でしょ」ということでしょうか。
居林:そうですね。中央銀行が経済全部の面倒は見ることはできませんからね。
でも、今日お話ししたい課題はもっと大きいんです。「怪獣をやっつけるのはヒーローだけど、地球の環境問題は我々1人ひとりの役割」という感じが近いかな。いつの間にか、我々を取り巻く経済環境は、ずいぶん問題含みになっているんです。ということで、資料を作ってきました。
ありがとうございます。
居林:ちょっと大きな話をしますよ。まずリーマンショック後、米国で何が起きたか、です。
●米国のサービス業と製造業の雇用者数の推移
出所: Bloomberg, UBS
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/020500004/092300008/01.png
2008年のリーマンショックを経て、米国の雇用は右肩上がりに回復しているのですが、その主役はサービス業です。製造業は回復していない。
なるほど。
居林:そしてご存じの通り、サービス業は賃金水準が低いのです。なぜかといえば、限界生産性が低いからです。
限界生産性…1人当たりの生産性の上がり方が低い、という意味ですか。
サービス業では賃金が上げにくい
居林:そうです。1人当たりの生産性が上がれば、売り上げは拡大し、給与も上がりますよね。製造業ならば、機械を動かしているオペレーターの技能が向上して生産高が増えると、1人当たりの生産量が増え、売り上げが増加します。同じ人数で稼ぎが増えるので、賃金を挙げる余地が生まれます。しかし、サービス業では、たとえば介護は1日1人何件、という限界を上げづらいし、無理をすれば生産性はむしろ下がっていきます。
サービス業の相手は人間ですからね…。そうか、サービス業の場合は、人数を増やせば売り上げは伸びるけれど、生産性は変わらないわけか。ちょうど「私の履歴書」で、吉野屋ホールディングス会長の安部修仁氏が、生産性の向上で危機対応を図ったお話をされてましたね(こちら)。読む限りでも大変な挑戦だったことが分かります。
居林:これは吉野屋のお話ではなく一般論ですが、「サービス業の生産性向上」が図られる」場合、サービス業は人件費の割合が高いために、どうしても賃金を抑制するという方向に動きがちです。つまり、雇用がサービス業に移行したために、国内産業の賃金が上がりづらくなった。これは先進国の共通の問題です。
ではどうして製造業の国内雇用が失われたか、これはもう言うまでもない話ですが、データで確認しておきましょう。
●世界のGDPに占める貿易の割合
出所: Haver Analytics, Worldbank, UBS
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/020500004/092300008/02.png
居林:答えは、世界の成長が貿易でドライブされてきたからです。青線の、世界のGDPに貿易が占める割合は、1992年で14%くらいでしたが、どんどん上がって23%くらいまで伸びました。
これは、WTOやFTAで関税が下がってきたおかげです。世界の関税率は7%から3%になり(数値はOECD加盟国の単純平均です)、“世界の工場”として中国が発展し、先進国の製造業の雇用を奪ってしまったわけです。その雇用がサービス業に置き換わった。
居林:これはいいことなのか? 悪いことなのか? いいことも悪いこともあります。現状は、製造業の雇用が先進国から新興国へ移動し、その結果、先進国の雇用はサービス業中心に置き換わった。サービス業では1人当たり賃金が低い、すなわち限界生産性が低いという構造問題があり、これが、国内の貧富の格差問題につながっている。
日本も米国も失業率が低く推移していますが…。
居林:内実は、賃金が低く上がりづらい雇用にシフトしているわけです。
なるほど。
居林:企業に勤めて、勤めている間には昇給があって、という構造が壊れつつある。米国の雇用は介護、ヘルスケアが支えており、日本も一緒です。製造業のように新製品を出したり、研究開発投資があったり、設備投資が大きかったりするビジネスではないし、身体はきついし賃金が相対的には低くなりがちです。
社会にも個人にも乗数効果が聞きにくい産業にシフトしていく。それが我々の“環境問題”ですか。
居林:プラス、高齢化です。日本は、社会保障費の国家予算に占める割合が3割に達しました。米国は国防費(2015年で歳出予算の15%)を削って、医療費(同31%)へ回そうとしています。
米国が、他の国のことより自国のお年寄りにお金を使わなければいけなくなってきた。
居林:そういうことです。先進国を巡る状況は芳しくない。まあ、そもそも、先進国はずっと先進国でいられるのか、という問いもありますよね。かつての日本のように、追いつく国が出てくれば、追い越される国も出てくる。「第二次世界大戦を戦った国」から「そうではない新しい経済圏の国」への移行期にいるのかな、と思ったりもします。
こんな状況下で、世界唯一の超大国、米国の大統領選挙がどう戦われているのか、どんな国を米国民は望むのか? を突き詰めていくとどうなるでしょう。
面倒だから、ヒーローに任せたい
居林:「自由貿易主義」「自由なデモクラシー」を、あの国が標榜し続けられるのか。私たちは「?」を付けざるを得ない。米国経済優先、グローバル化の逆回転が起きかねない。クリントン氏が勝てば大統領が2人連続民主党、というのも偶然ではないでしょうね。
米国は、いえ、米国でさえ、経済が左化し、大きな政府を指向しつつあるのです。「福祉を増やせ、他国の者をいれるな。世界のことは放っておけばいい」。そんな先進国が続々と増えていくでしょう。この状況は、世界経済を引っ張ってきた貿易がもたらしたものではありますが、これが反転するならば、貿易を経済のドライブ役にすることは難しくなるかもしれない。これに対する有効な回答がTPPだったんですけれど、推進したオバマの後継者のクリントン氏が、サインしないと言い出すまでに状況は厳しい。
と、こういう“環境”を頭において、日本株を考えねばならないわけです。
うわ、いきなりですね。
居林:はい、そこに話を落としていくのは難しいんですが(笑)。
日本でも、雇用構造の変化を追ってみました。やはり製造業、建設業が減少しています。建設は最近でこそ景気がいいですけれど、その前は大変でした。増えたのは医療福祉(介護)、情報通信と、サービス業にシフトしています。
●2002年と2015年の日本の就業者数の変化(数字は業種別の増減を示す。単位:万人)
出所:総務省統計局(長期時系列表5(1)産業(第12回改定分類)別就業者数 − 全国)、UBS
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/020500004/092300008/03.png
居林:アベノミクスを支えてきた円安・株高、それを作った日銀の緩和策は、いずれは終わるんです。スーパーヒーローは帰ってしまう。残った政府はどうするか。グローバル化の逆回転で世界が自国優先主義になる中で、米国、中国を初め、世界とどう付き合っていくのか。政治、経済のあり方に、構造問題に踏み込まねばなりませんね。それなくばアベノミクスはその意味を失いかねません。
だんだん分かってきました。頭では構造問題に踏み込まねばと分かっていても、ものすごく面倒だから、とりあえずヒーローに再起動してもらいたくなっているのが現状なんですね。
居林:ウルトラマンだって3分しか持ちません。ずっといたらありがたみが落ちるんです(笑)。帰ってしかるべき状況です。日銀の国債の年間買い入れ額は80兆ですから、現状ですでに発行済みの35%を日銀が保有しているわけです。2年後に5割を超えるという試算もあります。流動性に問題が出かねません。しまいには発行額を超えてしまうかもしれない(笑)。
中央銀行の量的緩和は、期間限定、カラータイマーが付いているべきです。政府の役割、財政政策につなげるべきなのに、それをずるずる引き延ばしているのは問題です。さらに米国が自国主義になる。中国は元からそう。というか、台湾以外はみなそうです。仲間がいないときに、日本企業が外でより稼げるか、国内でもいいけれど、より効率化していくためにどうしたらいいのだろう。これは国の問題でもあり、我々投資家と企業の問題でもあります。
株式市場の先行きが心配ならば、ヒーローが帰った後をどうするか考えよう。やはり規制緩和が必要でしょう。痛みを伴うけれど頑張るしかない。誰かやっつけてくれないかな、と見ているだけでは、市場そのものが終わりかねません。政治の力と民間の力、両方が必要だと思います。
「やっぱり、シン・ゴジラ見るべきですよ」
ちなみに、国債の日銀買い取りが延々と続き、流動性を失って新規発行を消化できなくなったとき、象徴的には何が起きるのでしょう。
居林:既発債の金利が上昇して借り換えができなって、国が予算を一気に削らざるを得なくなるでしょうね。そんなことはない、と思われるなら今のギリシャをご覧になると良いと思いますよ。中央銀行というヒーローは金融危機は救ってくれましたが、経済の構造改革まではやっていくれないのだと、しつこく強調したいですね。
そういうお話なら、ぜひ「シン・ゴジラ」ご覧になるべきですよ。特定のスーパーヒーローや超兵器がない世界で、奇跡的に日本の政治と民間の歯車が噛み合って、未曾有の危機回避に挑むお話ですから。しかも、その手法がいかにも日本的。
居林:いいですね、独自性の追求、枠から出る。出るのは勇気が要る。その勇気を支えるのはイノベーション。それをどうやって支援していくのかという話になるわけですが。
イノベーションは米国でどう起こったか。ひとつのきっかけは、IBMが景気悪化で1980〜90年代に、大量に人員を削減したことにあります。ハーバードやMIT、理系文系のエリートたちが、食べるために起業してイノベーションが起こった。パロアルトに人が集まったのも、研究所の集積があったところに、食べるために人がやってきたわけです。米国でも日本でも、基本的に同じはずです。私、常々「追い込まれた日本企業は強い」と言っていますが。
そうでした。そして映画でも、逆境に追い込まれたときの日本の組織の強さ、を描いているように思います。
居林:日本企業は逆境に強い。そして、日本の企業で本当に優秀な人は大企業の中にいる。そういう人々がもっとリーダーシップと独創性を発揮しないといけないと思います。現在の労働市場は流動性に欠けるので、そういうところを変えないと創造的破壊が起こりにくい。そもそもイノベーションは狙って起こせないので、数打ちゃ当る、で行くしかない。「悔しいなら頑張りなさい」と明言したサッチャーを見習うべきですね。
サッチャー、そこまで言いましたか。
居林:マザーグースじゃないですが、「日本企業って、なにでできているの?」と聞かれたら、「製造業ですよね」と昔は言えた。今はサービス業に変わりつつある。じゃ、日本は世界にサービス業で打って出る日が来るのでしょうか。それには何が必要なのか。
居林:サービス業はなかなか生産性が上がらないのですが、独自性は出しやすい。日本独自のやり方を開発出来たら、本当にすばらしいです。基本的に“生産”がないので、輸出ではなく相手国内で供給しますから、自国通貨が上がっても値上げする必要がありません。サービス業輸出の例を挙げれば、米国の保険業ですかね。アフラックが日本で成功したのが良い例でしょうか。
サービス業の生産性向上と輸出、うまくやった企業が出てきてほしいところです。
しつこいですけど、お聞きすればするほど、「シン・ゴジラ」、見に行っていただきたくなりますね。居林さんは特撮ものは苦手ですか?
居林:いえ、そんなことはないですよ。別に思い入れもありませんが。ゴジラって確か月に行って、「シェー」をやるくらい子供向けの映画になって、マニアが離れたんでしたっけ。
それは第6作の「怪獣大戦争」と、第9作の「怪獣総進撃」が混ざっているみたいですが、大筋問題ないです。ぜひぜひ見に行ってください。
居林:分かりました。そこまで言うなら行ってみましょう。明日から出張なので、もう今夜しかないですかねえ(笑)。
居林さんから届いたメール
この日の夜、担当編集の私に居林さんからメールが届きました。
「シン・ゴジラ」、今見て参りました。良い映画だと思います!
スクラップ・アンド・ビルドでこの国はのし上がってきた、という台詞が印象的でした。問題はスクラップする切っ掛けが全部外圧だということでしょうか。映画としては 完全に観客のセグメントを絞ったのが英断だったと思います。高度なCGと、それでいてありきたりでも二番煎じではない、オリジナルの脚本の力を感じました。
新興国が先進国に経済的に追い付いてくるなかで、ハリウッド以外の映画も受け入れられる文化的多様性の土壌はすでに出来ていると思います。
前例のないことでも、日本人には出来る、と言うことを示した良い例だと思います。
音楽の世界ではすでにベビーメタルというお手本もありますし。
日本の製造業も、違った文化に対応することと、そして日本の良いものを再発見して投入する視点と勇気が必要だと感じました。
いばやし (映画に関する解釈・感想はあくまでも個人的なものですので、念のため)
居林さん、ベビーメタルも聞くんですね… (Y)
読者の皆様へ:あなたの「読み」を教えてください
映画「シン・ゴジラ」を、もうご覧になりましたか?
その怒涛のような情報量に圧倒された方も多いのではないでしょうか。ゴジラが襲う場所。掛けられている絵画。迎え撃つ自衛隊の兵器。破壊されたビル。机に置かれた詩集。使われているパソコンの機種…。装置として作中に散りばめられた無数の情報の断片は、その背景や因果について十分な説明がないまま鑑賞者の解釈に委ねられ「開かれて」います。だからこそこの映画は、鑑賞者を「シン・ゴジラについて何かを語りたい」という気にさせるのでしょう。
その挑発的な情報の怒涛をどう「読む」か――。日経ビジネスオンラインでは、人気連載陣のほか、財界、政界、学術界、文芸界など各界のキーマンの「読み」をお届けするキャンペーン「「シン・ゴジラ」、私はこう読む」を開始しました。
このキャンペーンに、あなたも参加しませんか。記事にコメントを投稿いただくか、ツイッターでハッシュタグ「#シン・ゴジラ」を付けて@nikkeibusinessにメンションください。あなたの「読み」を教えていただくのでも、こんな取材をしてほしいというリクエストでも、公開された記事への質問やご意見でも構いません。お寄せいただいたツイートは、まとめて記事化させていただく可能性があります。
119分間にぎっしり織り込まれた糸を、読者のみなさんと解きほぐしていけることを楽しみにしています。
(日経ビジネスオンライン編集長 池田 信太朗)
このコラムについて
市場は「晴れ、ときどき台風」
いわゆる「アナリスト」や「経済評論家」ではなく、「実際に売買の現場にいる人」が書く、市場の動きと未来予測です。筆者はUBS証券ウェルス・マネジメント本部日本株リサーチヘッドの居林通さん。そのときそのときの相場の動きと、金融市場全体に通底する考え方の両面から、「パニックに流されず、パニックを利用する」手法を学んでいきましょう。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/020500004/092300008
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