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大成建設ではセミナーの開催予定をゆうメールで自宅に送付して家族にも知らせる。竹野さんに説明をする塩入室長(右、撮影/写真部・岸本絢)
アエラが徹底調査 働きながら介護できる53社〈AERA〉
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160831-00000237-sasahi-life
AERA 2016年9月5日号
年間10万人もの人が家族の介護で離職している今、歯止めをかけようと企業が支援に乗り出している。中堅社員の損失は経営を揺るがしかねない。経営者の意識が変わってきた証拠でもある。
「『戻っておいで』という、上司の一言がなければ、今の私はなかったと思います」
こう振り返るのは、大成建設(東京都新宿区)第二調達部主任の竹野明子さん。2014年、山梨に住む父(当時65)が末期がんと診断された。実家は自営業で、母は働き、同居の祖母の面倒もみなければならない。近くに住む姉は子育てに追われている。「父の世話ができるのは自分しかいない──」。会社を辞めて実家に戻ろうと、上司に伝えた。
「父は手術後、すぐに抗がん剤治療に入るので、退院したら介護が必要でした。あと何年生きられるかわからない、といった状況でしたので、できる限りのことはしてあげたいと思い、当時保育園に通う娘を連れて実家に帰ることしか頭にありませんでした。上司に『辞めます』と伝えたら、『うちの会社にはこういう制度があるよ』といって、介護に関する制度を教えてくれました」(竹野さん)
【アンケート集計はこちら】働きながら介護ができる53社
●「戻っておいで」
こうして14年6月から2カ月間、介護休業を取得した。休む前、仕事の引き継ぎを兼ねた同僚とのミーティングで、置かれている状況を説明した。同僚は、「いつか自分も同じ立場になるかもしれないから」と言って、竹野さんを送り出してくれた。
「職場に迷惑がかかるので、辞めるのが一番だと思っていました。休みに入ってからも、上司が『戻っておいで』とよく声をかけてくださったので、踏みとどまりました。その言葉がなければ、仕事から気持ちが離れてしまい、辞めてしまったかもしれません」(同)
建設業界で働きたいと、大学では海洋土木を学んだ。同社に入社してからは、現場監督として勤務。子育てが一段落したらまた現場に出たいと思っていた矢先の出来事だった。
家族の介護を理由に仕事を辞める人は年間10万人にもなる。
安倍政権が掲げる「1億総活躍社会」を実現する“新3本の矢”のひとつが、2020年代初頭までに介護離職者をゼロにすること。その対策のひとつとして、来年1月に「改正育児・介護休業法」が施行される。
介護休業とは、対象の家族が2週間以上「常時介護」を要する状態になった時、企業に申請すると、家族1人につき最大93日間取得できる休みのこと。介護の態勢を整えるための休みとされているが、総務省の調査(12年)によると、介護をしながら働く人239万9千人のうち、介護休業の利用者は3.2%。まだ広がっていないのが実態だ。
改正後は、93日を3回まで分割して取得できるようになり、同居していない祖父母や兄弟姉妹などの介護でも使える。今年8月からは雇用保険の枠組みで、休業中の給付金が休業前賃金の40%から67%まで引き上げられている。
介護を理由に離職する人は、企業内でも中堅社員が多い。働き盛りの社員が大量に離職することになれば、経営を揺るがしかねない。親の介護に直面した社員が仕事と介護を両立させるためにはどんな取り組みが必要なのか。
そのヒントを得るため、アエラではこの7、8月、一般的にワーク・ライフ・バランスへの取り組みに熱心といわれる企業、70社にアンケートを送付し、53社からの回答を得た。
同様の調査を行った2年前と比較すると、大手企業では、介護休業は最大365日取得できるなど、国が定める93日を上回る休暇を設けている企業が増えた。さらに、失効した有給休暇を積み立てて、介護が必要な時に使用できる積み立て制度や、有給休暇とは別に年5日ほど取得できる介護休暇は時間単位での利用が可能など、臨機応変に対応できる制度が目立つ。
●社員に周知させる
大成建設では10年から「介護離職」対策を講じている。人材いきいき推進室長の塩入徹弥さんが言う。
「働き続けることを前提に支援しようと、制度の充実だけでなく、さまざまなツールを利用して情報提供に力を入れています」
介護休業は国が定める期間よりも長い、1人につき180日。失効した年次有給休暇を積み立て、親の介護で休む時に使えるリバイバル休暇制度などのほか、デイサービスの送り迎えの時などに応じて、勤務時間を繰り上げ、繰り下げできるように、柔軟な働き方を整えた。
2年前と比較して、【柔軟な働き方】が広がってきたことも特徴のひとつ。例えば、デイサービスを利用する時など、送り迎えに対応するために「コアタイムのないフレックスタイム制」や「勤務時間の繰り上げ、繰り下げ」は、有効な手段となる。
モバイル機器を利用して場所や時間にとらわれず柔軟に働けるようにする「テレワーク」「在宅勤務」は、53社中17社が導入している。
制度を拡充しながら、それをどのようにして社員に周知したらいいのか。「制度があるのは知っていましたが、介護はまだ当分先の話だからと、詳しいことは理解していませんでした」と、前出・竹野さんが言うように、社員が情報を受け取っていないこともある。そこで、大成建設では管理職研修で「相談の心得」を伝えたり、配偶者も参加できるセミナーなどを行ったり、情報の発信に力を入れている。
「NPOと提携して専門的な相談窓口も設けました。社員には相談窓口や介護に使える主な制度が書かれた名刺サイズの紙を配布し、携帯するように呼びかけています」(塩入室長)
●座学に加えて実技も
竹野さんは介護休業を取得している最中に、家族間で介護の役割分担を調整し、仕事に復帰。今年1月、父を看取った。
もちろん課題もある。来年1月からの法改正では、介護休業を取得できる要件を原則「要介護2以上」と明確にする予定。そうなると、竹野さんの父のように、突然病気やけがに見舞われ要介護認定を取得していない人、あるいは取得手続きをしている最中の人などが介護対象の人は、「基準」をクリアするまで、介護休業が使えない恐れがある。会社側が社員の置かれている状況を把握して、一人ひとりに応じた、きめの細かい対応ができるかがカギとなる。
さらに、【相談しやすさ】や情報発信に関しては、各社特徴がある。
「服を脱がす時は片方の腕からゆっくりと。同じ目線の高さから声をかけてください」
講師の説明とともに、約200人が一斉に動き出す。参加者がペアになり、麻痺を想定して車椅子への移乗や上着の脱着等を体験。日本生命保険(大阪市中央区)が今年4月からスタートした社員向け「介護体験セミナー」では、座学に加えてこのような実技も行う。仕事と介護の両立支援の制度を手厚くした上で、“おたがいさま”の意識を作り上げていくのが狙いという。
「介護はある日突然始まることもあります。「『職場に迷惑をかけるので、休暇を取りにくい』と思い込まないためにも、介護でどんな世話をするのかを社員に体験してもらうことが重要。そして、『こんなに大変なのだから、両立支援制度を有効的に活用して、仕事と介護を両立してもらいたい』と職場の理解が進むことが、介護に直面した人への一番の支援になります」(同社広報部)
7月末までにセミナーは47回開催、約5千人が参加した。
【金銭的支援】も整っている。
外資系金融大手ゴールドマン・サックス(東京都港区)は15年1月から、介護する家族1人あたり年間最長100時間の介護サービスの費用を負担する制度を始めた。介護会社と連携し、病院への付き添いや見守りなど介護保険では足りない部分を補う。要介護認定がなくても利用できるのがポイント。現在数十人が利用する。
●外部の専門家に相談
大手企業ではきめの細かい対応が行われてきたが、労働者の約7割の人が勤めている中小企業では、離職防止にどのように向き合っているのか。今回は、中小企業や創業間もない企業からも意見を募った。
意思決定のスピードが速いという中小企業の利点を生かして、介護離職防止に取り組むのは、不動産・建築業のNENGO(川崎市)。45人いる社員の平均年齢は35歳。さまざまな社内制度の中に、15年4月から設けた「介護相談制度」がある。的場敏行社長が言う。
「採用の面接をしていた時、前職を親の介護で辞めたという50代の男性がいました。今後もこういう立場の人は増えると実感し、再就職先の受け皿として、親の介護をしながらでも働ける環境を整えたいと思いました。介護に直面したスタッフの困り事に対して的確なアドバイスをする人がいないと、相談はできても先に進みません。部門長や人事担当者に介護の経験者がいなかったので、外部の専門家に相談するシステムを作りました」
●初めて母のシモの世話
現在、この制度を利用しているのは、入社2年目の女性(24)。大学3年の時に母(56)が脳梗塞で倒れた。記憶障害が残り要介護1。自宅に戻ってから訪問リハビリと家事支援の訪問介護を受けていたが、容体は安定せず、認知症のような症状も出はじめた。面接では「親の介護をしている」と伝えて入社した。
「父と兄とも時間がすれ違い、コミュニケーションがうまく取れない時期がありました。母はまだ若いので、高齢者が多い介護施設には行きたがらない。なんとか家族で支えなくてはいけないと気負ってしまい、仕事でも成果を上げなければならないと、自分を追い込んでしまいました」(女性)
的場社長の助言もあり、入社してすぐに「介護相談制度」を使うことに。制度を使うには、直属の上司と人事担当者にメールで伝えると、ワーク&ケアバランス研究所(東京都渋谷区)につながる。必要に応じて代表の和氣美枝さん(45)が面談に応じるというシステムだ。
「初めて母のシモの世話をした時、まだ受け止めきれず、出社してから『母の調子が悪くて、私もしんどい。どうしたらいいのかわからないので相談したい』とメールで伝えて、和氣さんと職場の近くの喫茶店で話をしました。胸につかえている思いを全部吐き出してから、ケアマネジャーにどんな要望を出したらいいのか、父と兄とはどう役割分担をしたらいいのか。具体的なアドバイスをもらい、とても楽になりました」(同)
グループホームなどの施設に入所する時の費用負担に備えて、女性は仕事に専念し、代わりに父と兄が母の面倒をみる。体調の悪い時などは、家族が臨機応変に対応するなど、役割分担を変えてみたところ、仕事に集中できるようになったという。
和氣さん自身、7年前、認知症の母親の介護を理由に、正社員として勤めていた不動産会社を辞めた経験がある。介護に関する知識がなく、情報をどう集めたらいいのかわからなかった。次第に生活のすべてが中途半端になり精神的に不安定になった。
「介護者の不幸は選択肢がわからなくなること。介護が始まると辞めるしかないと思い込んでしまいます。介護離職の対策は先送りしている会社もありますが、病気になったら病院に行くように、介護になったらまず『地域包括支援センター』に行ってもらうことを職場からも伝えてほしい」(和氣さん)
●経験者は貴重な情報源
とくに、介護が始まって1年以内に退職した人が、介護離職者全体の半数以上に上るという調査結果もある。“介護の初動”を会社の制度を使って上手に乗り越えれば、会社を辞めなくても済む。自らの経験を生かして企業へのアドバイスや相談を行う一方で、今年1月、「介護しながら働くことが当たり前」の社会をつくろうと、一般社団法人「介護離職防止対策促進機構」を立ち上げ、代表理事に就いた。
8月2日、都内で第1回目のシンポジウムを開催。仕事と介護の両立に取り組む企業の具体的な事例が多く発表された。
介護離職防止のために企業としてまずやるべきことは、「従業員の介護状況の把握」と和氣さんは言う。
「職場で介護の話をすると昇進や査定に響くと危惧するあまり、一人で抱え込んでしまいがちです。現状を伝えても大丈夫、閑職に追いやらないなどと明言することが大事です。そして、経験者は職場で介護に関して貴重な情報源となる人材になれます」
実際に、人事担当としてアドバイスする側にまわるなど、介護の経験を生かして社内で活躍する人も増えている。介護を乗り越えた先に、活躍できる時代は、すぐそこまで来ている。(ライター・村田くみ)
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