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欧州経済動向〜緩やかな拡大持続も警戒は怠れない
経済研究部 上席研究員 伊藤 さゆり
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■要旨
1. 4〜6月期のユーロ圏実質GDPは前期比0.3%と緩やかな回復が続いた。過去2年余りの基調は変わらず、最大の需要項目である個人消費が主導したと思われる。
2. 6月に英国がEUからの離脱を選択したがユーロ圏経済に急ブレーキが掛かる兆候はない。世界的に経済見通しの下方修正を矢継ぎ早に迫られた2008年9月のリーマン・ショック後とは大きく違う。IMFはリーマン・ショックを「1930年代以降で最も深刻な成熟市場における金融ショック」と位置づけたが、離脱ショックは「金融市場の反応は激しかったが、総じて秩序は保たれていた」と評価している。そもそも危機のタイプが違うが、世界金融危機を教訓とする中央銀行の対応や、金融規制・監督体制の改革の進展が金融市場のショックへの耐性を高めたことも秩序の維持に貢献した。
3. しかし、警戒は怠れない。英国のEU離脱に関わる不確実性の解消には時間が掛かる。現在の世界経済には著しい金融緩和や規制・監督体制強化の副作用とも言える新たなタイプの危機のリスクがある。欧州には政治リスクもある。
4. 英国の中央銀行・BOEは8月4日に包括的な金融緩和策を発表し、年内追加利下げ強く示唆した。ECBの次回の政策理事会は9月8日に見通しを小幅に下方修正し、資産買入れプログラムの期限延長を決めるだろう。7月理事会議事要旨では、英国の国民投票後の銀行株の不安定な動きへの懸念が伺われた。
■目次
・4〜6月期もユーロ圏の緩やかな拡大持続
・英国のEU離脱選択後も急ブレーキが掛かる兆候はない
・リーマン・ショック後とは大きく異なる
・しかし警戒は怠れない
・包括的な金融緩和に動いたイングランド銀行
・BOEは新たな見通し通り景気が減速すれば追加利下げの構え
・BOEの政策金利の下限は「ゼロをやや上回る水準」
・ECBも9月8日理事会時には見通しを改定、追加緩和も
【次ページ】4〜6月期もユーロ圏の緩やかな拡大持続
8月12日に公表した4〜6月期のユーロ圏実質GDP(速報値)は前期比0.3%、前期比年率1.1%だった(表紙図表参照)。天候などの特殊要因で押し上げられた1〜3月期の同0.6%、同2.2%からは減速したが、緩やかな拡大は続いた。
速報値の段階であるため、需要項目別の内訳は未公表だが、過去2年余りの基調は変わらず、最大の需要項目である個人消費が主導したと思われる(図表1)。
個人消費の拡大の背景には雇用所得環境の改善がある。6月の失業率は10.1%と5月と同水準だったが、失業者数の減少傾向は続いている(図表2)。
エネルギー価格低下による低インフレによる実質所得押し上げ効果も個人消費を支えている。7月インフレ率は前年同月比0.2%とゼロ近辺での推移が続く。全体のおよそ2割の比重を占める食品価格が前月の前年同月比0.9%から同1.4%に上昇したが、エネルギー価格は同6.4%から同6.7%と下落幅が僅かに拡大した(図表3)。
英国のEU離脱選択後も急ブレーキが掛かる兆候はない
英国がEUからの離脱を選択した影響が確認できる7月以降のデータは限られているが、現段階では、ユーロ圏経済に急ブレーキが掛かる兆候はない。
実質GDPと連動性が高いユーロ圏の総合PMI(購買担当者指数)は、7月(確報値)も53.2と生産の拡大と縮小の分かれ目となる50を上回る水準で僅かに改善した(図表4)。英国は6月の52.5から7月は47.4へと大きく悪化している。離脱選択の初期の影響は英国経済には大きかったが、ユーロ圏経済には軽微だった。
英国のEU離脱選択ショック後の動きは、世界的に矢継ぎ早に経済見通しの下方修正を迫られた2008年9月のリーマン・ショック後とは大きく違う。
リーマン・ショック後とは大きく異なる
リーマン・ショック後は、大手金融機関の破綻を引き金に取引相手の信用リスクへの不安が急激に高まり、銀行間の取引が消失するなど、短期金融市場が麻痺状態に陥ったため、世界経済に急ブレーキが掛かった。国際通貨基金(IMF)は、リーマン・ショックからおよそ2週間後の10月2日に公表した「世界経済見通し」で2009年の世界経済の成長率を前年比3%と、同年7月に公表した見通しから0.9%ポイント下方修正した。特に、危機の影響が大きかったユーロ圏の見通しは同0.2%と1.0%ポイントも大きく下方修正された。
さらに、IMFはおよそ1ヶ月後の同年11月6日に世界経済見通しを同2.2%、ユーロ圏の見通しは同マイナス0.5%へとさらに引き下げ、世界経済の回復のための財政出動と金融緩和による政策対応を呼びかけた。同年11月14〜15日にはワシントンで世界金融危機への対応を協議するための主要20か国・地域首脳による初の会合(金融サミット)が開催、2009年4月にはロンドンで第2回会合が開催され、金融監督規制の強化とともに成長と雇用の回復のための措置をとることで合意した。それでも、2009年の世界経済の成長率はマイナス0.05%、ユーロ圏はマイナス4.5%に落ち込んだ。
IMFは、7 月 19 日に公表した「世界経済見通し(改定見通し)」で、英国のEU離脱という選択を反映した下方修正を行なったが、その幅は僅かだった。17年の世界経済の成長率は3.4%で4月の段階での見通しからの下方修正幅は0.1%ポイントだった。ユーロ圏は同1.4%で0.2%ポイントだった。その後の推移も、世界的に経済見通しの下方修正を矢継ぎ早に迫られた2008年9月のリーマン・ショック後とは大きく違う。
IMFは、2008年10月の見通しで、リーマン・ショックを「1930年代以降で最も深刻な成熟市場における金融ショックに直面し、世界経済は大幅な減速局面にさしかかっている」と位置づけたが、離脱ショックは「金融市場の反応は激しかったが、総じて秩序は保たれていた」と評価している。
リーマン・ショックは金融危機、離脱ショックはむしろ政治・地勢学リスクの顕現化であり、そもそも危機のタイプが違う。主要な中央銀行は、著しく緩和的な金融政策を維持しており、世界金融危機を教訓に必要に応じて流動性を供給する意志を表明した。金融規制・監督体制の改革の進展が金融市場のショックへの耐性を高めている。これらも、市場の秩序の維持に貢献したと思われる。
しかし警戒は怠れない
しかし、英国のEU離脱に関わる不確実性の解消には時間が掛かり、他方、現在の世界経済はリーマン・ショックとは異なる新たなタイプの危機のリスクがあることから、警戒は怠れない。潜在的なリスクとしては、超金融緩和策の長期化による金融機関の収益力の低下、金融緩和の恩恵を受けてきたセクター(エネルギー、新興国など)の債務問題、銀行への規制強化を背景とするファンドや投信などシャドー・バンキングの拡大などがある。著しい金融緩和や規制・監督体制強化の副作用という面もあり、慎重な政策対応が必要とされている。
欧州については政治リスクへの警戒も怠れない。欧州の統合を推進してきた中道右派・中道左派という主流派の政治勢力への支持が低下、英国のEU離脱という選択との共振が起きやすい地合いがある。向こう1年間、ユーロ圏の主要国で国民に信を問う機会が続き、結果に市場が一喜一憂することが繰り返されそうだ。
筆者は、主流派の支持低下という基調は短期的には変わりそうにないが、直ちに離脱ドミノに発展することはないと思っている。市場ユーロを導入している国々を中心に英国よりも深く統合に組み込まれていることや、ビジネス環境不利化の回避、安全保障面での必要性などから、離脱のコストがベネフィットを上回るという判断が働くと考えている。
【次ページ】包括的な金融緩和に動いたイングランド銀行
英国では、国民投票におけるEU離脱の選択が景気に及ぼす影響が明確になりつつある。
中央銀行のイングランド銀行(BOE)の金融政策委員会(MPC)は、8月4日に、(1)2009年3月から0.5%に据え置かれてきた政策金利の0.25%への引き下げ、(2)銀行の負担を軽減、利下げの波及効果を高めるための新たな資金調達支援スキーム(Term Funding Scheme、TFS)の設定(16年9月19日〜18年2月28日まで)、(3)2012年11月から3750億ポンドで据え置かれてきた国債買い入れ残高の600億ポンドの引き上げ(16年8月中旬開始、6カ月間で買入れ)、(4)100億ポンドの社債の買い入れ(16年9月中旬開始、18カ月間で買入れ)という包括的な緩和策を公表した。
緩和自体は想定されていた。国民投票後最初に開催された7月会合で追加緩和を見送る一方、声明文に「 殆どの委員は8月の金融緩和を予想している」との文言を挿入していたからだ。
しかし、その内容は、予想以上に包括的だった。
BOEは新たな見通し通り景気が減速すれば追加利下げの構え
7月の追加緩和を見送り、8月にした理由は、離脱選択を織り込んだデータを確認し、3カ月に1度の頻度で行なう「インフレ報告」の経済見通しの改定に合わせるためだった。
今回、実質GDPの見通しは、国民投票前の5月の段階の予測値は16年2.0%、17年2.3%だったが、8月の予測では17年が0.8%に大きく下方修正された(図表7)。17年の実質GDP見通しの国民投票前後での修正幅は、7月に公表されたIMFやEUの欧州委員会の見通しの「マイルド・シナリオ」に比べて幅が大きい。
BOEのインフレ目標である2%の達成時期は18年半ばから17年半ばにおよそ1年早められた。その主な要因は、離脱選択ショックによるポンド安だ。失業率も5月の段階では5%を下回る完全雇用の水準での推移が予想されていたが、国民投票の結果を織り込んだ8月の予測では、向こう2年間で5.6%まで上昇するという予測に修正された。BOEは離脱を選択したことによる経済へのマイナスの影響を重く見ている。
しかし、BOEの金融緩和策がいかに包括的なものであったとしても、その効果には限界があるだろう。急激な経済見通し悪化の原因は、言うまでもなく、国民投票でEU離脱を選択したことによる不確実性の高まりにある。離脱のプロセスや離脱後のEUとの関係が見通せるようにならない限り、経済活動は抑制されざるを得ない。
金融政策の手詰まりは日銀や欧州中央銀行(ECB)で深刻だが、BOEにとっても追加緩和の選択肢が多く残されている訳ではない。8月MPCの議事録には、「大多数のメンバーは、インフレ報告の予想通り景気が急減速した場合は年内のMPCで政策金利を、ゼロをやや上回る水準まで引き下げることを予想している」と明記、追加利下げを強く示唆している。追加利下げがあるとすれば、9月15日結果公表の次回会合ではなく、年内最後の「インフレ見通し」の改定が予定される、11月3日結果公表の会合となろう。
BOEの政策金利の下限は「ゼロをやや上回る水準」
BOEのMPCが政策金利の下限は「ゼロをやや上回る水準」と考えていることは、議事録の記述からも、8月4日の記者会見でのカーニー総裁の「他の中央銀行の経験から、マイナス金利政策は、金融システムへの負荷が高まりマイナスの影響を及ぼすと判断している。MPCは政策金利の下限はゼロに近いプラスと確信している」という発言からも確認できる。
すでに0.25%に達した政策金利の追加の下げは、せいぜい1回か2回ということになる、その先は資産買い入れの量や質の拡大、資金調達支援スキームの強化という方向に進むほかない。
ECBも9月8日理事会時には見通しを改定、追加緩和も
欧州中央銀行(ECB)の次回の政策理事会は9月8日に開催される。スタッフ経済見通しの改定も予定されている。前回7月21日の政策理事会では、EU離脱選択の影響の評価は時期尚早としたが、9月には見通しの小幅な下方修正と合わせて、資産買入れプログラムの半年程度の期限延長(17年3月→17年9月)を決めると思われる。
8月18日に公表された7月理事会の議事要旨からは、英国の国民投票結果を受けて市場が一時的に動揺したものの、秩序を保ったことへの安堵感が伺われた。緩和的な金融政策や強化された監督規制体系の強化が貢献したと評価している。
半面、銀行の株価のボラティリティが高まり、水準的にも国民投票前の水準を回復できていないことへの懸念も示されている。国民投票の結果ばかりでなく、低成長、低金利による収益力の弱さ、さらに一部の銀行システムでは高水準の不良債権問題なども影響していると受け止められている。
ユーロ圏では銀行監督や破綻処理の一元化による銀行同盟が始動し、リーマン・ショック後よりも制度は強化、新たな規制への適合のため、銀行の自己資本の増強も進んだ。それでも、欧州銀行監督庁(EBA)が7月29日公表したストレス・テストで浮き彫りになったように、イタリアなどにストレスに脆弱な銀行が残る。一段の金融緩和は、銀行の低収益問題を深刻化させるという思惑も働き易く、ECBは難しい判断を迫られている。
経済研究部 上席研究員
伊藤 さゆり (いとう さゆり)
研究・専門分野
欧州経済
(2016年08月19日「Weekly エコノミスト・レター」)
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http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=53663
今年の労働生産性は34 年ぶりにマイナスか
先行きの改善を示唆する動きも
【要旨】
先週9日に発表された4-6月期の労働生産性(非農業部門・速報値)は、前期比年
率▲0.5%となり3 四半期連続のマイナスを記録した。2016 年を通じた労働生産性
が、34年ぶりにマイナスとなる可能性も高まっている。
労働生産性は、「資本装備率」「全要素生産性(TFP)」「労働の質」と呼ばれる
3 項目に分解できるが、金融危機以降続く労働生産性の低迷は「資本装備率」と
「全要素生産性」の鈍化によってもたらされてきた。
資本装備率の鈍化、即ち企業の設備投資が(通常の想定よりも)力強さを欠いてき
た背景としては、金融危機後の企業の慎重な投資スタンスが指摘されている。もっ
とも、企業の投資スタンスを示唆する貯蓄・投資バランスは投資超過方向への段階
的なシフトが続き、状況は相応に改善。足元の設備投資は低調だが、原油安・ドル
高の悪影響が一巡し内外政治情勢の先行き不透明感が後退すれば、変化が期待出来
るだろう。
全要素生産性の鈍化の背景については、米国経済のダイナミズムが金融危機以降に
幾分失われた点を指摘できる。即ち、投資の抑制や起業の低迷がイノベーションの
阻害に繋がった可能性があり、労働力や資本の非効率な配分が生産性向上を妨げて
きたと考えられる。但し、これらの状況も一部で改善がみられる。例えば、自発的
な離職率が上昇しているため労働力の非効率な配分は改善が見込まれるほか、米国
の生産性にとって特に重要とみられている「起業」も傾向としては積極化している
ようだ。
資本装備率と全要素生産性を取り巻く環境は緩やかに改善しつつあり、労働生産性
の先行きを過度に悲観する必要は無いだろう。
http://www.bk.mufg.jp/report/ecostw2016/MUFG-FOCUSUSAJ-W-08-16-2016.pdf
http://hanjohanjo.jp/article/2016/01/27/4682.html
米住宅市場の回復は一服?−4-6月期GDPにおける住宅投資はおよそ2年ぶりにマイナス転落。住宅市場の回復は持続するのか
経済研究部 主任研究員 窪谷 浩
全文ダウンロード(PDF)
■要旨
1. GDPにおける住宅投資は、14年以降回復基調が明確となっていたが、先月末に公表された4-6月期の住宅投資は14年1-3月期以来のマイナス成長に転じた。
2. 住宅着工件数は、4-6月期に伸びが鈍化したが、世帯増加数に伴う潜在的な需要が存在するほか、住宅販売の好調を背景に住宅在庫が低位に留まっていることや、先行指標である許可件数が回復していることから、今後は再加速する見込み。
3. 一方、住宅価格は上昇しており、新規住宅購入にはネガティブなものの、住宅ローンの金利の低下が相殺しており、住宅取得能力への影響は限定的に留まっている。
4. 実際、住宅ローン金利の低下に伴い、住宅購入目的の住宅ローン申請件数は増加している。過去に比べて家計債務の負担が軽減しているほか、住宅ローンに対する金融機関の貸出基準も緩和しており、住宅ローンには拡大の余地がある。
5. 連邦住宅抵当公庫(ファニーメイ)が集計する住宅購入センチメント指数は、11年の統計開始以来、最高値を更新しており家計の住宅購入意欲は非常に強い。とりわけ、雇用不安の後退や、住宅価格上昇予想が住宅購入意欲を高めている。
6. このようにみると、住宅投資の落ち込みは一時的で今後回復が見込まれる。
■目次
1.はじめに
2.住宅市場の動向
(1)住宅着工・許可件数
:足元は回復基調、世帯数の増加を背景に一段の増加余地
(2)新築・中古住宅販売
:金融危機前の水準を回復。在庫月数は低位。
(3)住宅価格、住宅取得能力指数
:住宅価格の上昇も住宅取得能力の大幅な低下は回避
(4)住宅ローン:
サブプライムを除き貸出基準は緩和が持続。住宅ローンに拡大余地
(5)住宅購入意欲:
住宅購入センチメント指数は統計開始以来最大、雇用不安後退が寄与
3.まとめ
【次ページ】はじめに
1.はじめに
米住宅市場は、住宅バブル崩壊が金融危機の契機となったこともあり、金融危機後の景気回復局面でも、当初回復は捗捗しくなかった。その後は、住宅ローン金利の低下に加え、労働市場の回復を背景に雇用不安が後退したこともあり、住宅投資は15年が前年比+11.7%となるなど、回復が本格化していた。そんな中、先月発表された16年4-6月期の住宅投資は前期比年率で▲6.1%と14年1-3月期以来のマイナス成長となった(前掲図表1)。このため、住宅市場の回復傾向が変調してしまうのか、一時的な落ち込みに留まるのか住宅市場の動向が注目される状況となっている。
本稿では、住宅市場の関連指標を確認することで住宅市場の今後の動向について考察している。結論から言えば、住宅販売の好調に伴い住宅市場の需給がタイト化していることに加え、住宅市場を取り巻く環境は、史上最低水準に近い住宅ローン金利や雇用不安の後退など、住宅購入に追い風となっているほか、消費者の住宅購入意欲が強いため、住宅投資の落ち込みは一時的であり、今後も成長が見込まれると言うものである。
2.住宅市場の動向
(1)住宅着工・許可件数:足元は回復基調、世帯数の増加を背景に一段の増加余地
住宅着工件数の伸び(3ヵ月移動平均、3ヵ月前比)は、6月が+1.7%(3月:+6.0%)と鈍化しており、4-6月期の住宅投資の落ち込みと整合的な動きとなっていた(図表2)。
一方、住宅着工件数は15年が111万件と05年(207万件)は大幅に下回っているものの、金融危機前の07年(136万件)に次ぐ水準まで回復している(図表3)。また、16年も7月までで年率116万件のペースとなっている。これを世帯増加数と比較すると、金融危機前には住宅着工件数が世帯増加数を上回り、住宅市場がだぶついていたとみられるが、10年以降は概ね世帯増加数を下回る状況が続いている。実際、15年は136万世帯が増加したのに対して、住宅着工件数は111万件に留まっており25万件の不足が生じている。00年以降の平均世帯増加数が129万世帯であることや、後述するように住宅在庫が低位に留まっていることを考慮すれば住宅着工件数には増加余地があると判断できる。
実際、7月の住宅着工件数の伸びは+5.2%とプラス幅が拡大したほか、住宅着工件数の先行指標である住宅着工許可件数も7月は+8.8%と5ヵ月ぶりにプラスに転じており、今後住宅着工件数の伸びが加速することを示唆している(図表2)。
(2)新築・中古住宅販売:金融危機前の水準を回復。在庫月数は低位。
住宅販売は新築・中古住宅販売ともに好調である。米国では、中古住宅の販売件数が新築住宅販売の10倍程度の規模があり、住宅販売において重要な位置を占めている。中古住宅販売は、季節調整済み年率換算で6月が557万件、3ヵ月移動平均で550万件と07年4月(551万件)以来の水準となっている(図表4)。一方、中古住宅在庫は210万件程度と07年の水準を大幅に下回った結果、住宅在庫と住宅販売を比較した中古住宅販売在庫月数は6月が4.6ヵ月と過去に比べて低位に留まっており、中古住宅市場の需給はタイトになっている。
一方、新築住宅販売は季節調整済み年率換算で6月が59.2万件、3ヵ月移動平均が57.9万件となっており、こちらは08年3月(58.5万件)以来の水準となっている(図表5)。新築住宅についても販売が好調な一方、住宅供給が追いついていない結果、新築住宅販売の在庫月数は4.9ヵ月とこちらも過去の水準と比べて低位に留まっており、新築住宅も需給がタイトになっている。
また、住宅建設業者のセンチメントを示す住宅市場指数のうち、新築住宅販売関連の指数をみると、8月の現状判断が65、今後6ヵ月の販売見込みが67となっている(図表6)。これらは、15年秋口の水準に比べると低いものの、今般の住宅市場回復局面において高い水準を維持している。とくに、販売見込みについては16年3月の61を底に顕著な回復を示しており、建設業者は新築住宅販売の底堅い推移を見込んでいる。
このようにみると、住宅着工件数は住宅販売在庫の低さからも今後増加が期待できると言えよう。
(3)住宅価格、住宅取得能力指数:住宅価格の上昇も住宅取得能力の大幅な低下は回避
住宅価格は、住宅市場の需給タイト化もあって価格上昇が持続している。住宅価格の代表的な指標である米国連邦住宅金融局(FHFA)が公表する住宅価格指数と、格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ社が公表するS&P コアロジック ケース・シラー住宅価格指数をみると、両指数ともに5月は前年同月比で5%台の上昇となっている(図表7)。これは13年から14年にかけてみられた2ケタ上昇に比べて低位であるほか15年以降は比較的安定して推移している。
住宅価格の上昇は、住宅保有者にとっては家計純資産額の増加をもたらすものの、住宅購入者にとっては、住宅取得を困難にする要因となる。もっとも、足元の住宅価格の上昇は住宅ローン金利が低下していることもあり、住宅取得に与える影響は一部相殺されている。
全米不動産協会(NAR)が公表している住宅取得能力指数は、中古住宅価格や住宅ローン金利から住宅取得に必要な最低所得を試算し、実際の所得と比較することで住宅取得能力を示す指数である。同指数は100以上で住宅取得に必要な所得を得ていることを示しており、指数が大きいほど所得に余裕があることを示す。
同指数の推移をみると、住宅価格の上昇を受けて一頃より低下しているものの、6月は153.3と住宅所得に必要な水準を50%超上回っている(図表8)。住宅価格は既に金融危機前の水準を超えているものの、同指数は金融危機前の水準を大きく上回っており、住宅ローン金利の低下が住宅取得能力の維持に貢献していることが分かる。
【次ページ】住宅ローン:サブプライムを除き貸出基準は緩和が持続。住宅ローンに拡大余地
(4)住宅ローン:サブプライムを除き貸出基準は緩和が持続。住宅ローンに拡大余地
実際、住宅ローン金利の低下を受けて、住宅購入目的の住宅ローン申請件数は増加している。抵当銀行協会(Mortgage Bankers Association)が公表する住宅購入指数をみると、住宅ローン金利の低下に伴って同指数は14年末の150近辺から足元(8月5日時点)220台まで上昇している(図表9)。
一方、家計における今後の住宅ローンの拡大余地をみるために、家計の債務残高と債務返済負担の推移をみると、債務残高の可処分所得に対する比率は、足元(16年1-3月期)で1.03倍と、金融危機前の1.3倍を大幅に下回り、03年以来の水準に低下している(図表10)。さらに、可処分所得に対する債務の元利返済額の比率を示す債務返済比率も、住宅ローンで4.5%程度と80年以来の低水準となっているほか、消費者ローンを合わせた債務全体では10%と統計開始以来最も低い水準になっている(図表10)。債務返済負担は、低金利の恩恵もあり過去に例をみない程低くなっていることが分かる。このように、家計の債務はストックベースでもフローベースでも可処分所得に対する比率は低く、家計からみて住宅ローン残高の拡大余地はあるとみられる。
次に、銀行サイドから住宅ローンの拡大余地をみると、住宅ローンのクレジットの質を示す延滞率や差押え率の推移をみると、延滞率は16年4-6月期が4.7%と10年1-3月期につけた10.0%から大幅に低下しており、06年7-9月期以来の水準となっている(図表11)。一方、差押え率も4-6月期が1.6%と、10年10-12月期の4.6%から低下し、07年4-6月期以来の水準に低下しており、金融危機前の水準まで改善している。
住宅ローンの貸出基準についての調査でも信用力の低いサブプライムローンでは貸出基準の厳格化がみられるものの、それ以外の住宅ローンについては全般的に貸出基準が緩和されている(図表12)。とくに、ファニーメイやフレディーマックなどの政府保証機関(GSE)の貸出基準を満たした信用力の高い住宅ローンについてはとりわけ基準緩和が顕著となっている。
(5)住宅購入意欲:住宅購入センチメント指数は統計開始以来最大、雇用不安後退が寄与
ファニーメイは、住宅購入センチメント指数(the Home Purchase Sentiment Index(HPSI))を月次で公表している。同指数は、「今が住宅の買い時」、「今が住宅の売り時」、「今後12ヵ月で住宅価格が上昇」、「今後12ヵ月で住宅ローン金利が低下」、「今後12ヵ月で失業しない」、「過去12ヵ月で所得が著しく上昇」の6項目についての回答を集計して推計される。
同指数は、7月が86.5と11年3月の統計開始以来の高値となっており、足元で消費者の住宅購入意欲が非常に強くなっている(図表13)。
これを質問項目別の寄与度でみると、もっとも購入意欲の高さに貢献しているのが、「今後12ヵ月で失業しない」との項目で次いで「今後12ヵ月で住宅価格が上昇」となっており、労働市場の回復を背景にした雇用不安の後退や、住宅価格の上昇懸念が住宅購入意欲を高めている姿がうかがわれる。
一方、住宅ローン金利の見通しについては、住宅ローン金利が史上最低水準に近いこともあり、住宅ローン金利が上昇するとの見方が支配的で、同指数を押下げている。もっとも、住宅ローン金利の低下余地が限定的となる中で、金利先高観測が強まることは、住宅ローンを固定金利で借りる消費者にとっては駆け込み需要を喚起する要因と思われ、同指数の動きとは別に住宅購入の意思決定において購入を後押しすると思われる。
3.まとめ
これまでみたように、住宅着工件数は4-6月期に伸びが鈍化したものの、世帯増加数との比較で増加余地があるほか、足元の住宅販売は好調を維持しており住宅在庫が低下するなど、住宅市場の需給がタイトであることから、今後伸びの再加速が予想される。実際、7月の住宅着工・許可件数は7-9月期の再加速が期待できる結果となっている。
また、住宅市場を取り巻く環境は引き続き住宅市場の回復に追い風となっている。住宅ローンは住宅ローン金利の低下に加え、家計の債務負担が軽微なことや住宅ローン貸出基準の緩和もあり、住宅ローンに拡大余地があることを示している。さらに、雇用不安の後退や住宅価格の上昇懸念から住宅購入意欲が非常に強くなっていることを考慮すると、このまま住宅市場の回復が頓挫してしまうとは考え難い。このため、住宅市場は今後も回復が持続し、住宅投資は7-9月期に再びプラス成長に復すると予想される。
経済研究部 主任研究員
窪谷 浩 (くぼたに ひろし)
研究・専門分野
米国経済
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http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=53662
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