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大富豪、国税、カネ守りが死闘!“税金逃れの主戦場”を生き抜く「本物の金持ち」 清武英利、シンガポール・ルポの舞台裏
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49210
2016年07月23日(土) 清武英利 現代ビジネス
文/清武英利(ノンフィクション作家)
■取材には時間がかかりますよ
富裕層はなぜ、資産を抱えて祖国を出るのか。タックスヘイブンの国に、誰からどのように誘われたのか。息苦しい日本だったのか。異国で何を幸せとするのか。誰と生き、どこで死ぬのか。
そんなことを聞きに、2年半前、大金持ちの移住者で沸くシンガポールに渡った。旅の初め、いつものように、特ダネの神様に祈った。「本当のことを言ってくれる人を見つけ出せますように」。
先達の鎌田慧氏は『ルポルタージュの書き方』(明治書院)で、こう書いている。
〈ルポルタージュの旅とは、真実を語ってくれる人を探しだす旅であり、自己発見と自己変革の旅である〉
幸い、新聞記者時代の2000年にも、私はシンガポールを取材していた。英語は話せなくても、私には当地の古い友人たちが付いており、今では約3万7千人の日本人が住む“ムラ”がある。
ルポルタージュの手法の一つに、定点観測という描き方がある。その日本人ムラの真ん中に腰を据え、ひたすら話を聞いて全体を描こう。車酔いではないけれど、人酔いするくらいに、朝から晩まで次々に人に会っていれば、本当のことを話してくれる人に出会うことができるはずだ、と思っていた―と、ここまで書けば、読者はもうお分かりだろうが、取材を始めるとき、私はいつも楽天的なのである。そしていつものように、取材を始めてすぐ、ムラの住人に甘さを警告された。
「取材にはとても時間がかかりますよ」
■存在を消す富裕層たち
シンガポールで教えてくれたのは、外資系に勤めるプライベートバンカーである。
「本物の富裕層にも簡単に会えません。ここは戦場みたいなところです。あなたは日本の税務調査官がこの地に潜伏しているのをご存じないでしょう。忍者の『草』のように当地に同化して探っているのです。そんなところで、富裕層がひょいと顔を出したら調査官に撃たれてしまいますよ」
別のプライベートバンクの関係者は、「資産家が表に出てこないのは、日本の税務署に目をつけられるのが嫌だからです」とはっきり言った。彼女の説明はわかりやすかった。
「半端なく苦労して貯めた人にとって、おカネは税務署に取られるか守るか、という感覚なんです。それにクリーンなカネでない人もいるのでしょう。私の知っている人は、日本を出る前も来てからも、『国税がここまで追いかけて来ている』って言ってるもの」
なるほど、日本から5000キロも離れたこの国が、税金の戦場になっているのか。
「資産家の中にはね、日本の会社を後継者に譲ってきたと言いながら、実際はこっちで指示を出してる人もいます。会長でも役員でもないのにね。登記上、表に出ないけどテレビ会議で経営判断したり、Skypeで指示したり、こっちに幹部を来させるとかね。
国税庁は意地になって税金を取ろうとしていますから、日本に一時帰国したときは、毎日ホテルを変えて(足取りをつかまれないようにして)いる資産家もいるそうです。でも、これから十年も経ったら、日本から富裕層が脱出しちゃって、中間層以下しか残らない国になっているんじゃないですか」
再びなるほどと思いながら帰国し、考え込んだ。さて、この旅で身を切るような真実を語ってくれた人がどれだけいたか。
2度目の旅では友人たちに甘えないように、一人でムラを歩いた。すると、次々に証言者が現れた。あれは特ダネの神様が同情して降りてきてくれたのだろう。
シンガポール銀行(BOS)で、日本人の辣腕バンカーが富裕層から詐欺を働いて逮捕されたこと。日本人の被害者が殺されかけたと訴えているのに、それが封印されていたこと。課税逃れのために当地へ移住し、「退屈で死にそうだ」と漏らす日本人富裕層が少なからずいること。その資金を守るプライベートバンクで、百億円の生命保険も販売していること。バンカーや富裕層は当然のようにタックスヘイブンの国にペーパーカンパニーを持っていること―。
聞き歩きをしているうちに証言は膨大な量になりすぎて、何が何だかわからなくなった。何しろ取材時間だけで50時間を超える関係者もいるのだ。
メモに埋もれて溜息をつく姿にあきれたのだろう、妻は証言メモの束に細かい索引を作り、編集者とともに叱咤した。よろめきながら新著『プライベートバンカー カネ守りと新富裕層』を脱稿して、執筆の神様の方はなぜ早く助けに来てくれなかったのかと訝しんでいる。
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