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ボクらは「貧困強制社会」を生きている
55歳郵便配達員に生活保護が必要な深刻理由
期間雇用社員を苦しめる正社員との賃金格差
2016年7月21日
7月中旬、神戸市内の郵便配達員、三田剛さん(55歳、仮名)に会った。期間雇用社員の三田さんの二の腕…
44歳男性を突き落とす「雇い止め」の理不尽
激務の末に脳出血、復職後も3年間飼い殺し
44歳男性を突き落とす「雇い止め」の理不尽
2016年7月5日
脳出血による後遺症を負ったカズヤさん(44歳、仮名)が20年以上勤めた会社を追われた日、上司や同僚た…
「時給910円」で働く39歳男性の孤独な戦い
正社員から派遣を経てアルバイト生活
2016年6月28日
東京都内にあるそば店の厨房で働くタカシさん(39歳、仮名)の1日は、1錠の精神安定剤を飲むことから始…
http://toyokeizai.net/category/359
55歳郵便配達員に生活保護が必要な深刻理由
期間雇用社員を苦しめる正社員との賃金格差
藤田 和恵 :ジャーナリスト 2016年7月21日
日々の郵便配達で腕が真っ黒に日焼けしている、三田剛さん(55歳、仮名)
現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困にフォーカスしていく。
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7月中旬、神戸市内の郵便配達員、三田剛さん(55歳、仮名)に会った。期間雇用社員の三田さんの二の腕から先は早くも真っ黒に日焼けしていた。その日焼け具合は正社員となんら変わらない。が、待遇には天と地ほどの違いがある。
たとえば昨秋、全国各地の社員たちが総出でこなした「マイナンバー通知カード」の配達。制度実施に先駆け、通知カードの入った簡易書留を全国約5400万世帯に一斉に配った。究極の個人情報の誤配は絶対に許されない。つねにない緊張感の下、社員らは通常の仕事をこなしながら、仕分けや住所確認などの作業に追われた。
このとき、正社員には7万〜8万円の手当が出たが、三田さんら非正規の期間雇用社員はゼロ。あまりの差別に「まったく同じ仕事をしてるのに、なんでやねん」とぼやく。
正社員の新人教育も仕事のうち
実際には「同じ仕事」どころではない。現在、三田さんはこの春に新卒で入社してきた正社員に「混合区」の配達方法を教えている。主に配達時刻が指定された速達や書留といった重要郵便物を配る混合区は、その都度、配達コースを工夫したり、配達中も臨機応変に道順を変えたりしなくてはならず、ここを任されるのは、社内でも担当区域に精通した優秀な配達員に限られる。業務用の住宅地図と首っ引きで指導をするのだといい、こうした新人教育はここ数年、彼の仕事のひとつにもなっている。
また、取材で会った日は郵便物が少なく、正社員のほとんどが定刻より1時間早く退勤できる「時間休」という制度を利用して引き上げていった。しかし、三田さんにはそんな制度はない。夕方から1人営業に出掛けたと言い、「早速、(暑中見舞はがきの)“かもめ〜る”の営業、1件取ってきましたで」と胸を張る。
雇用更新を繰り返して勤続11年。混合区の配達も新人教育も任されるベテランだ。年賀はがきやかもめ〜るなどの販売成績も局内トップクラス。しかし、年収は約350万円。正社員以上の働きをしているのに、年収は正社員に遠く及ばない。
日本郵政によると、現在、日本郵政グループ4社(日本郵政、日本郵便、ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険)の社員総数は約42万4000人で、このうち半分近い19万7000人が非正規の期間雇用社員。平均年収は正社員637万円に対し、期間雇用社員は232万円である。
給与の違いだけではない。期間雇用社員には年末年始勤務手当も、住居手当も、夏期・冬期休暇も、結婚休暇も、扶養手当もない。ボーナスも平均月収のわずか0.3倍。病気休暇も正社員が有給で年間90〜180日なのに対し、期間雇用社員は無給で年間10日が認められているだけ。ことほどさように福利厚生は、ないないづくしである。
期間雇用社員の中には自ら短時間勤務を選び、比較的単純で責任の軽い仕事を任されている人もいるが、一方で三田さんのようにフルタイムで働き、残業もこなし、家計を支えている働き手も少なくない。取材するかぎり、一部の非正規労働者とはいえ、ここまで悪びれることなく、正社員と同様の仕事を担わせている職場にはあまり出合ったことがない。
関西人らしいと言えばいいのか、三田さんはどんなときも「おいらの周りの正社員はみんなええ人やで。悪いのは会社やねん」と冗談めかして付け加えることを忘れない。それでも、ふと深刻な表情で「おカネの問題というよりは、心の安心の問題。いつもなんか(不測の事態が)あったら、どないしよという不安はあります」と漏らす。
泣く泣く「自爆営業」する期間雇用社員も
不合理な格差に加え、郵政の現場には「自爆営業」と呼ばれる習慣がある。社員一人ひとりに課された、年賀はがきや暑中見舞はがき「かもめ〜る」、ゆうパック商品などの販売ノルマを、自腹を切って達成するのだ。
2007年の郵政民営化前後、はがきなら多い人で1万枚超、ゆうパックは数十個単位のノルマはザラで、私は、国際郵便商品のノルマをこなすため韓国・ソウルのあるホテルに自分あての郵便物を送った後、自費でソウルまで飛んで受け取っていた職員や、ゆうパック商品十数万円分を自宅に持ち帰っては近所に配り歩いていた職員などのケースを数多く取材した。中には、「ノルマがこなせない」と母親に告げた後、自殺した職員もいた。
当時、郵政側にコメントを求めると、決まってこんな答えが返ってきたものだ。
「ノルマというものはない。ただ、営業目標はある。職員が自腹を切るような事例は把握していない。“自爆”という言葉が一部メディアで使われていることは知っているが、われわれとしてはそうした不適正営業はしないよう、各職場に通知している」
現在は、当時ほどあからさまなノルマの強制はなくなったとも言われるが、今もそうした習慣がなくなったわけではないし、雇い止めの不安からやむなく自爆する期間雇用社員はいくらでもいる。自爆について、三田さんは「自慢やないけど、1回もしたことありません。その代わり人の倍は営業せんといかん」という。一方で同僚の期間雇用社員が上司から「このままの評価やったら、次(次回の更新)、わかってるやろな」「ゆうパック、いくつ買うねん」と迫られて泣く泣く自爆する姿は何度も見てきた。
三田さんは、もともと食品卸売会社のトラック運転手だった。20年ほど前にこの会社が倒産したため、郵政省(当時)からの委託業務として、郵便物などの運送業務を一手に担っていた日本郵便逓送(日逓)に転職、ここでも正社員としてトラックのハンドルを握り続けたが、待っていたのは郵政省から郵便事業庁、日本郵政公社、日本郵政株式会社へと至る、一連の民営化に伴うすさまじい経費削減と合理化の嵐だった。
郵政からの委託料は切り下げられ、競争入札の導入によって低価格で落札していく業者に次々と仕事を奪われた。これにより三田さんの収入は激減、正社員から時給900円の契約社員へと切り替えられ、ついに解雇されて途方に暮れていたところを、業務の発注元でもあった日本郵政公社(当時)に期間雇用社員として採用されたのだという。
生活保護を受けざるを得なかった
食品卸売会社時代に約500万円あった年収は日逓で約350万に下がり、期間雇用社員は手取り7万円からのスタートだった。当時、日逓といえば郵政省幹部らの天下り先として批判されたが、結局、郵政民営化によるしわ寄せをもろにくらったのは三田さんら現場で働く社員だったというわけだ。
期間雇用社員になった当初は無遅刻、無欠勤、無事故、誤配もゼロという勤務を続けてもなかなか給与が上がらなかった。
何より悔しいのは、上司から「アルバイトは安いから」という理由で残業を頼まれることだ。時間当たりの人件費が安い期間雇用社員が名指しで残業を命じられることは珍しくなく、上司に悪気はないのだろう。しかし、勤続10年を超えた今でも、アルバイト呼ばわりされることには、どうにも納得できない。
三田さんは現在、毎月5万〜10万円の生活保護を受けている。ヘルニアで長期入院をしたとき、見かねた知人から申請をするように言われたのがきっかけだった。子どもが5人いることに加え、中に障害のある子どもがいるため妻が外に働きに出ることが難しいといった事情もあり、申請はあっけないほど簡単に通ったという。急場をしのぐことはできたが、病院のベッドに横たわりながら複雑な気持ちにもなった。「おいらの給料では家族に最低限の生活もさせてやれんということなんやな」。
仲のよい子だくさん家族だが、「記憶にあるかぎり、家族旅行は行ったことないな」と笑う。食材は、妻が主に激安の業務用スーパーで買ってくると言い、毎日のように子どもたちに中国産の野菜やブラジル産の鶏肉を食べさせることには、正直、不安もある。
そもそも、「同一労働同一賃金を目指す」と明言したのは、安倍晋三首相ではなかったか。現在、郵政では期間雇用社員11人がこうした格差の是正を求めて裁判を起こしている。有期雇用で働く人と、無期雇用で働く人の間で、不合理な差別をすることを禁じた労働契約法20条を拠り所にしたいわゆる「20条裁判」で、三田さんも原告のひとりである。
一方、こうした動きに対抗したのかどうかは知らないが、日本郵政は2015年度から、新たな形態の正社員として、転居を伴う転勤はしないといった条件の「一般職」の採用を始めた。しかし、この一般職、福利厚生は現在の正社員並みになるが、基本給は低く抑えられており、中でも三田さんのようにキャリアが長く、比較的給与水準の高い期間雇用社員が転籍した場合、実質的な賃下げとなってしまう。
要は「無期化、福利厚生あり、賃下げ」か、「不安定雇用、福利厚生なし、現在の給与」か。どちらかを選べというわけだ。しかし、一部の期間雇用社員たちは現在の給与水準を、正社員以上の頑張りと我慢で手に入れてきた。三田さんは一般職の採用試験を受けるつもりはない、という。
今回、神戸市内の担当区域内にある居酒屋で話を聞いた。店内で、三田さんが別の居酒屋の女主人とあいさつを交わしていると、奥のほうから現れた恰幅のよい中年男性が「おつかれさん」と声をかけながら出て行った。「不動産会社の社長さんです。年賀はがきやかもめーるをぎょうさん買うてくれるお得意さんですねん」とうれしそうに教えてくれた。昔ながらの「街の郵便屋さん」は、営業も含めた仕事が大好きなのだな、と思う。
子どもと孫には同じ思いをさせたくない
「同じ責任で、同じ仕事をしているのだから、同じ人間として扱ってほしい」
三田さんは酒を一滴も飲めない。ウーロン茶のグラスを傾けながら、筆者に「定年も近い僕がどうして20条裁判に参加したかわかりますか」と聞いてきた。非正規労働者が実名で訴訟に参加することには不安もあるはずだ。答えを期待しているふうでもなかったので、沈黙で続きをうながすと、三田さんはこう続けた。
「子どもや孫の世代に同じ思いはさせられんと、思ったんです。何も正社員にしてくれと言ってるわけじゃない。同じ責任で、同じ仕事をしてる。だったら、同じ人間として扱ってほしい」
本連載「ボクらは「貧困強制社会」を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
http://toyokeizai.net/articles/print/127632
44歳男性を突き落とす「雇い止め」の理不尽
激務の末に脳出血、復職後も3年間飼い殺し
藤田 和恵 :ジャーナリスト 2016年7月5日
雇い止め期日の翌日も出勤したカズヤさん。しかし、後方の段ボールにはすでに私物がまとられていた(筆者撮影)
現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困の罠に陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。東洋経済オンラインでは女性の貧困に焦点を当てた連載「貧困に喘ぐ女性の現実」を進めているが、言うまでもなく、女性だけが苦しんでいるわけではない。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困にフォーカスしていく。
(編集部)
脳出血による後遺症を負ったカズヤさん(44歳、仮名)が20年以上勤めた会社を追われた日、上司や同僚たちは不気味なほど穏やかだった。
6月中旬のある日、雇い止めに遭ったカズヤさんはその翌日もいつもどおりに出勤した。会社側の処分に納得ができなかったからだ。白を基調としたオフィス。彼が不自由な左脚を引きずりながら自席へと向かう。十数人の同僚たちは皆、口元に笑みを浮かべてそれぞれのパソコンや書類に向かったまま、誰ひとり彼を見ようとはしない。
私物が段ボールの中にまとめられていた
ようやくひとりの女性が笑顔で近づいてきたと思ったら、数冊の書籍をカズヤさんのものかどうか確認すると、窓際に置かれた段ボール箱の中へと入れていく。箱の中にはあらかじめ彼の私物がまとめられていた。続いて、男性上司がなだめるように声をかけた。「契約は昨日までだから。出勤はちょっと……、ね?」。
穏やかなのに、かたくなな空気――。おもむろに若い男性社員が立ち上がると、私物の携帯電話でカズヤさんと同行した私たちの撮影を始めた。やはり、顔にはあいまいな笑みを浮かべている。そして、すれ違いざま小さな声でこう言った。「仕事にならないんっすよね」。
会社を出ると、どんよりとした梅雨空が広がっていた。途方に暮れたカズヤさんが後遺症のせいで不自由になった言葉を絞り出す。「障害者だって、働くことで生きがいを持ちたい」。
大学を卒業したのはバブル景気がはじけた直後の1994年。就職活動は厳しく、唯一内定が出たのが地方に本社を置く中堅の印刷会社で、以来、この会社の東京支社の営業社員として働いてきた。生来、朗らかで物おじしない性格のカズヤさんにとって営業はうってつけの仕事だったという。売上表を見ると、毎年コンスタントに1億円以上を売り上げていたのは彼だけで、支社のノルマ達成に大きく貢献してきたことがわかる。
一方で長引く不況の中、会社の経営状況は悪化の一途をたどっていた。辞めていく同僚の穴埋めや、離れていく取引先の説得などで、2010年ごろは、仕事は連日深夜に及び、近くのホテルに泊まって翌朝そのまま出勤することも珍しくなく、当時のメモなどをもとに算出してみた残業時間は「月190時間はあったのではないか」という。
会社にタイムカカードはなく、残業代は未払い
実際の売上表。印刷機を回していない「内折込」を含めなければ、カズヤさんがトップだ
しかし、会社にタイムカードはなく、残業代が適切に支払われることはなかった。ホテル代も自腹。血尿が出たこともあったし、血圧が150近くまで上がったこともあったが、「昭和のモーレツ社員を地でいっていた」というカズヤさんにとっては、上司らから「おかげでノルマがこなせた」と言われることのほうが誇らしかった。
今振り返ると、2週間ほど続いた片頭痛と、夜も眠れないほどの首の付け根の痛みが前兆だったのだと思う。自宅の寝室で倒れたのが2011年10月。病院で目覚めたときには左半身が動かなくなっていた。40歳を前に、カズヤさんは1級身体障害者になった。
しかし、彼は労災申請をしていない。なぜか。
「しようとはしたんです。でも、労基署に電話で問い合わせたら、“(長時間労働を裏付ける)タイムカードなどの証拠はあるのか”と聞かれたんです。ありませんと答えると、じゃあ難しいですね、と。ちょうどそのころ、社長が自宅に来て“よくなるまで待ってるから”と言ってくれました。それで、感激して感謝してしまって……。結局労災の手続きはしませんでした」
もし、労基署の担当者が本当にこのように答えたのだとしたら、お粗末にもほどがある。行政側はまずタイムカードもない会社側を指導するべきだし、証拠は家族とのメールのやり取りや、ホテルの宿泊記録などでも事足りるとアドバイスするべきだ。労災か否かでは、その後の労働者の処遇が大きく違ってくる。労災であれば、金銭的な補償が手厚くなるだけでなく、簡単には解雇されないのに対し、労災でない場合は、会社の就業規則次第で安易な解雇通告を受けることがある。会社側が解雇事由に「身体の障害により業務に耐えられないとき」「業務を遂行する能力が十分でないとき」といった旨を定めている場合など、業務が原因の脳出血や交通事故による後遺症を負った会社員があれよあれよという間にクビにされるケースは決して珍しくない。
もうひとつ、結果的にカズヤさんを追い詰めたのは、復職後、正社員から1年契約の契約社員への転換に応じたことだ。
1年あまりのリハビリを経て、内勤への復職を果たしたときに最初に求められたのは退職届を書くことだった。ちょうど元の会社が別会社に吸収合併された時期だったこともあり、上司から「いったん退職届を書いてもらうことになっているから」と説明されたのだ。あとになって、退職届を書かされたのは自分だけだとわかったが、当時は短時間勤務での復帰で、彼自身「これでは正社員は無理だな」と思いこんでしまったという。
その後は、社長の「温かい言葉」とは裏腹に、ひたすら飼い殺しの状態が続いた。何ひとつ仕事を与えられず、同僚に声をかけても「自分がやったほうが早いから」と任せてもらえない。見積もりや発送リストの作成など自分にできる仕事を箇条書きにした書類を上司に提出したこともあったが、状況は変わらなかった。「1日中、ボーッとさせられる、孤独な日々」が3年近く続いただろうか。2016年1月、ついに雇い止めの通告を受けた。
会社側は雇い止めの理由として、カズヤさんの障害が期待以上に回復しなかったことと、彼にできる仕事がないことを挙げてきたという。しかし、脳出血の後遺症が劇的に回復することなどほとんどないし、仕事を与えなかったのは会社である。いくら労災でないとはいえ、障害を負った社員にも務まる職種や職場への配置転換など相応の対応をしてからでないと、簡単に解雇できないことはこれまでの判例も示している。
労災の手続きを取らず、契約社員への転換を受け入れたことを一番、後悔しているのはカズヤさん自身である。「甘かった。知識がなかったんです。でも、新卒で雇ってもらって、愛着をもって働いてきました。全人格を捧げてきた会社だったんです。まさかこんなふうに捨てられるなんて……」。
復職後、給与は月8万円に
約500万円だった給与年収は、復職後、5分の1以下になった。月収は8万円だ。障害者年金と専業主婦だった妻が非常勤保育士として復職したことで得られる給与を合わせると、毎月の世帯収入はかろうじて30万円ほどに達しているが、治療費などがかさみ貯金はこの5年間で半減。戸建ての自宅ローンもまだ30年残っている。
もうひとつ、カズヤさんにとっての深刻な悩みは、最近になって周囲との人間関係が少しずつきしみ始めていることだ。原因は、脳の損傷によって記憶力や注意力、感情をコントロールする力などに支障が出る高次脳機能障害である。彼自身、異様に疲れやすくなったほか、怒りっぽくなったとの自覚があるという
妻とは脳出血で倒れる2年前に結婚。子どもを持つことはあきらめたが、当初は「あなたより1秒でも長く生きるから」と言って、身の回りの世話やクルマによる送迎をしてくれた。しかし、次第に家計のやり繰りや互いの両親との付き合い方をめぐっていさかいが増え、先日はついに「私には私の人生がある」と激高され、離婚をほのめかされたという。万が一、離婚となれば、少なくとも自宅は手放さざるをえないだろう。
また、大学卒業以来、毎年飲みに行っていた友人たちとの付き合いも疎遠になった。「身体の調子は?」「仕事はどうだ」といった何気ない言葉にも「憐れまれているのではないか」と傷つき、気が付くと激怒している。「妬みや嫉みが自分を支配している感じ。同時に、そんな受け止め方しかできない自分が心底嫌になる。その繰り返しです」。今年の年賀状に「もう集まるのはやめよう」と書いた。
「沸点が低いわけではないんです。でも、いったん沸点を超えると抑えがきかなくなる」。そこまで冷静に分析できても、感情のコントロールは難しい。これが高次脳機能障害の過酷な現実である。カズヤさんは多くを語らないが、妻にも友人たちにも「言ってはならない言葉」をたくさんぶつけてしまった。
家計の困窮について尋ねる私の質問が終わるのを見計らうようにして、彼が言った。
「本当の問題は経済的な貧困じゃない。僕の心が貧しくなっていくことなんです」
解雇が経済的のみならず精神の貧困までも招く
この連載の一覧はこちら
会社がすべてだったカズヤさんにとって、働き続けることは、自分の存在価値を確認することと同義だった。会社側から必要とされていると感じることができれば、「アンガ―コントロール」ももっと容易にできただろう。解雇が経済的な貧困を招き、さらには精神の貧困へとつながっていく――。
政府がうたう「一億総活躍社会」に自分は含まれないのか。裁判を起こすか、再就職活動に専念するか、いま少し考えてから決めたいと、カズヤさんは言う。
ふと、彼の障害は本当に解雇に当たるような程度だったのか、考えた。
左腕に麻痺が残っているので、洋服の着脱が自力では難しいほか、パソコンは右手でしか打ち込めない。歩く速度も落ちたので出かけるときは「30分早めに出発するようになった」。言葉も少し不明瞭だ。ただ、逆に言うと、そのほかのことはすべてできる。言葉が不自由と言っても、私とは電話で十分に意思疎通できる。
確かに労働者としての効率は落ちた。ただ、彼には会社が厳しいときも断トツの営業成績で経営を支えてきた実績があるし、業界の専門知識もある。成績が普通で、障害の程度が重い社員なら安易に解雇していいとは思わないが、彼のような人材を受け入れることのできない、人情も余裕もない会社がはたしてこの先、生き残っているのか。ただ、こうした傾向はこの会社に限ったことではないのかもしれない。
カズヤさんは、「僕の心が貧しくなっていく」という。私は、ただあいまいな笑みを浮かべたまま障害者を排除する社会の貧しさを思う。
http://toyokeizai.net/articles/print/125601
「時給910円」で働く39歳男性の孤独な戦い
正社員から派遣を経てアルバイト生活
藤田 和恵 :ジャーナリスト 2016年6月28日
貧困のスパイラルから抜け出せないという39歳男性
現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困の罠に陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。東洋経済オンラインでは女性の貧困に焦点を当てた連載「貧困に喘ぐ女性の現実」を進めているが、言うまでもなく、女性だけが苦しんでいるわけではない。本連載では「ボクらの貧困」にフォーカスしていく。
(編集部)
東京都内にあるそば店の厨房で働くタカシさん(39歳、仮名)の1日は、1錠の精神安定剤を飲むことから始まる。
「いろいろ言われたときに、心がかきむしられるような気持ちになるのを抑えるためです」
有給休暇や社会保険、雇用保険がなかったので、指摘すると「うちにはそういう制度はありません」と返された。有休も社会保険も法律で決められた制度だ。「ない」などという答えはありえない。
アルバイトの時給は「1090円」と聞いていたのに、働き始めてから時給に当たるのは「基本給910円」で、残りの180円は「職能業務手当」という手当だと言われた。会社側からはこの手当は時間外割増や深夜割増分に当たると説明されたが、求人に1090円とあれば、時間外や深夜労働をこなした場合は1090円の2割5分増しの賃金が払われると考えるのが自然だ。実際、こちらのほうが収入は多くなる。それに時給910円では、東京都の最低賃金907円と変わらない。求人詐欺と言われても仕方のない手法である。
「休まないのが美徳」という空気
「休まないのが美徳」といった体育会系の空気があり、14日間連続勤務を求められたり、体調が悪いと言っても早退させてもらえなかったりしたこともあった。一方、客足が少ない日は、シフトで決められた勤務の途中でも突然、「帰って」と言われる。退勤後の時給は払われない。会社側は契約書に「勤務時間は1日の所定を6時間、1週の所定を12時間」と書いているから、これを超えさえすれば問題ないと言うが、これでは生活が成り立たない。
こうした待遇に意見すると、じわじわと勤務時間を減らされ、「いつ辞めるの?」と迫られた。勤務時間を減らされるのは、時給で働くアルバイトにとって死活問題だ。こうしたやり方は「連続勤務に耐えられない」「意見を言う」アルバイトを退職に追い込むときの常套手段で、仲間内では「経済制裁」と呼ばれている。タカシさんの勤務は現在、週4日、1日10〜11時間ほどで落ち着いているが、ほとんどが空欄の真っ白な勤務表を渡されて辞めていったバイトは何人もいる。
店舗が住宅街の中にあり、換気扇による騒音を抑えなければならないため、換気が十分にできない。厨房で揚げ物などを作っていると、時々頭痛がする。一度、警報機が作動し、病院に行ったことがあるが、このときは一酸化炭素中毒と診断された。また、この1年間で2回、肺炎を患った。原因は厨房に繁殖しているカビではないかと思っている。
終日、立ちっぱなしで、重い寸胴を運ぶなど重労働だが、タカシさんの月収は20万円を切る。退職金もボーナスもない。
どこのタコ部屋の話かと思ったが、彼が働くそば店は東京・港区にある高級店である。
豪華な生け花が置かれ、ブルースが流れる店内には、カウンターとテーブル席がある。天せいろが2000円近くして、日本酒はもちろん、ワインや洋酒も豊富。店員は髪を栗色に染めたり、あごひげをたくわえたりと、見栄えのよい若者がそろっている。彼らを見て、タカシさんの髪型がモヒカンだったことにようやく納得がいった。来店客もおしゃれな服装の女性連れやカップルでにぎわっていて、芸能人もよく見かけるという。
タカシさんはこう言って皮肉る。「お客さんはみんなアベノミクスの恩恵を受けている人。カウンターの内側と外側では、人間の住む世界が違います」
新卒で外資系の消費者金融に入社
もともとは正社員だった、というタカシさんは自らの職歴を「斜陽産業ばかり選んできたような気がします」と振り返る。
就職氷河期のさなか、東京農大を卒業、外資系の消費者金融に就職した。最初はローンの切り替えを勧める部署で順調に成績を上げたが、ほどなくして借金の取り立てを担当する部署に異動。法律すれすれの社内マニュアルにのっとって債務者を精神的に追い詰めることが仕事になった。が、中には自殺してしまう債務者もいたという。
「ある日、警察経由で○○さんが公園で縊死(いし)という連絡が来る。それが、僕が前日に訪ねた人だったりするんです。他人の借金の連帯保証人になっただけの年金暮らしのお年寄りもいて、そういう人たちが夢に出てくるようになってからはもうだめでした」
多くの債務者はヤミ金からも借金をしていたので、自殺の直接の原因はわからない。しかし、それ以上働き続けることはできなかった。退職後には苛烈な取り立てなどが社会問題となって消費者金融業自体が衰退、勤めていた会社も早々に別会社に統合された。
人とかかわる仕事に嫌気が差したこともあり、その後は退職金をつぎ込み、専門学校で専門技術を習得。正社員の働き口は年齢などの面で難しかったが、派遣社員として大手電機メーカーで働いた。このときは月収30万円ほどで人間関係も良好だったが、2008年のリーマンショックのせいで派遣切りに遭った。
正社員による「派遣いじめ」
新たな派遣先は大手家電メーカーの関連会社。歩合制で月収は20万円にダウンした。ひどかったのは派遣先の正社員による派遣いじめだった。同僚男性の1人は報告書の書き方が悪いと、上司である正社員の席の後ろに長時間、立たされた。「教えてください」と頼んでも、「自分で考えろ」、自席に戻ろうとすると「なんで戻るんだ」と怒鳴られる。男性の報告書を見ると、自分のものと大差ない。この家電メーカーが深刻な経営危機にあることは報道などで知っていた。上司はストレス解消に立場が弱く、性格のおとなしい男性を標的にしているだけだったのだ。このため派遣元に訴えたが、なしのつぶて。だから派遣先会社の社長に手紙を書いた。すると、派遣元担当者から呼び出され、すさまじい剣幕でこう言われたという。
「取引先に何てことしてくれたんだ。会社の損失がどれだけになるかわかってるのか」
男性はうつ病になって辞めた。タカシさんは、彼が何度も消しゴムで消しては書き直し、ぐちゃぐちゃになって破れそうになっていた報告書が忘れられないという。タカシさん自身もほどなくして退職。たどり着いたのが現在のそば店である。
正社員時代は他人の人生を破壊するような仕事を強いられ、手に職を付けて飛び込んだ派遣労働では雇い止めや正社員からのパワハラを目の当たりにした。給与も待遇も右肩下がり。そして、今、自分が抜け出せない非正規スパイラルの中にいると感じる。
タカシさんはことあるごとに声を上げてきた。派遣先社長に直訴もしたし、派遣時代に休業手当が出なかったときは管轄の労働基準監督署に相談もした。現在は牛丼チェーン「すき家」の残業代不払い問題への取り組みなどで知られ、個人でも加入できる労働組合「首都圏青年ユニオン」に駆け込み、会社側と話し合いを進めている。
実際の雇用契約書。時給1090円のはずが……
ユニオンの申し入れにより、現在は、不十分ながら有休取得も、社会保険などの加入も可能になった。一方、時給を1090円とするか、910円とするかをめぐっては、両者の主張は平行線のまま。タカシさんは時給1090円を基に算出した割増賃金分を未払い残業代として請求しているが、会社側は拒否しているという。
筆者が不思議なのは、ほかのアルバイトたちが、誰ひとりタカシさんに続こうとしないことだ。関心がないのか、面倒ごとはごめんだと思っているのか。これでは、タカシさん独りを矢面に立たせているように見える。
タカシさんと同世代でもある、同ユニオン事務局長の山田真吾さんは職場の雰囲気をこう推察する。
「みんな権利主張した経験がないんだと思います。有休も残業代も会社にお願いしてもらうものといった考えや、“会社に働かせてもらっている”という感覚の人が多いです」
そもそも、労働者と使用者である会社や企業は対等な関係ではないという。
「対等じゃないから、労働基準法や労働組合法などの法律で労働者側に下駄をはかせているんです。社員に“経営者目線を持て”などと言う経営者もばかげていますが、労働者のほうもせっかくの“下駄”を自ら脱ぎ捨てているように見えます」
ユニオンに相談が寄せられたとき、以前なら時給や雇用形態など仕事にかかわる質問をしたが、最近は手持ちの現金の額や借金の有無、独り暮らしかどうかなど私的なことも併せて尋ねるようにしているという。食費や家賃、医療にも事欠く状態まで追い詰められてようやく相談に来る人が増えたからだ。
いつでも礼儀正しく、物腰の柔らかいタカシさんは、ほかのアルバイトらの冷ややかな態度について「それはそれでいいんです」と受け流す。
医療費を「節約」するしかない
この新連載ではジャーナリストの藤田和恵さんが「男性の貧困の現実」をルポしていきます
カツカツの生活の中、LPレコードの収集などさまざまな趣味をあきらめる中、唯一、自分に許している「ぜいたく」が本を買って読むことだという。しおり代わりに機関車トーマスの絵柄がプリントされたトイレットペーパーの端切れを使っている。聞けば、2歳になる息子が好きなキャラクターなのだという。「高いんですけど。トイレットペーパーはこれに決めています」と表情を緩ませる。
「子どものために使うお金は1銭も惜しみたくない」というタカシさん。代わりに彼が「節約」しているのが医療機関の受診である。先日、肺炎で病院に行ったときは、医師から「どうしてもっと早く来なかったのか」としかられるほど重症化していた。また、詰め物が取れてしまった奥歯もずいぶん長く放置したままだ。
間もなく2人目が生まれる。子どもの母親にあたる女性とは経済的な理由からまだ入籍できないでいるが、これを機会に籍を入れたいと考えている。
子どもたちのためにも、精神安定剤に頼りながら働くくらいなら、転職すればいいと言う人もいるかもしれない。しかし、タカシさんは穏やかな口調のまま、こう言うのだ。
「決着をつけたいんです。こんな会社を社会からひとつでも減らしたい」。ここまで非正規労働者を増やしながら、ルールを守らない経営者や企業を野放しにしてきたのはいったい誰なのか。理不尽な社会の仕組みに翻弄され続けてきたタカシさんの意地でもある。
http://toyokeizai.net/articles/-/124366
原記者の「医療・福祉のツボ」
2016年7月22日
コラム
貧困と生活保護(35) ケースワーカーの数と質が足りない
生活保護は国が責任を持つ制度ですが、実際に運用するのは自治体が設けている福祉事務所です。福祉事務所には、保護世帯を担当するケースワーカー(法律上の名称は現業員、略称CW)がたいてい地区割りで配置され、それを指導監督する査察指導員(通常は係長級、略称SV)がいます。行政上の決定権限を持つのは、全体の責任者である所長です。ほかに事務職員、就労支援員などがいます。
そうした人員配置を「保護の実施体制」と呼びます。生活の維持・再建に必要な支援を行うためにも、いろいろな不正を防止するためにも、しっかりした実施体制を整えることが欠かせません。
ところが、現実の実施体制を見ると、以下に述べるように3つの大きな問題があります。これらの改善を抜きにして、生活保護行政を的確に進めることはできないでしょう。
多すぎる担当ケース数、専門性の不足、非正規の増加
第1に、ケースワーカーの数が足りない自治体が、都市部を中心にかなりあることです。社会福祉法で示された標準数(都市部の場合、1人あたり80世帯)を大幅に超えて、120、130といった多数の世帯を担当しているケースワーカーもまれではありません。当然、非常に忙しくなり、計算や書類作成など事務仕事にも追われて、担当世帯へのていねいな支援がむずかしくなります。
第2に、ケースワーカーや査察指導員の専門性(質)です。福祉職の枠で採用した職員で福祉の職場を切り回すという人事方針の自治体はわずかです。大半の自治体は、ほかの部門と同様に行政職の職員を人事異動で福祉事務所に配置し、3年ぐらいで別の職場へ異動させています。その結果、社会福祉の基本的な考え方や対人援助の姿勢が身についていない職員、知識や経験の足りない職員が多くなりがちです。つまり、たいていの自治体で、福祉事務所の職員は福祉の専門家と言えないのが現状なのです(もちろん、まじめに努力している職員はいるし、経験豊富なケースワーカーも一部にいます)。
第3に、非正規化の進行です。公務員定数の抑制・削減が進められる中、福祉行政の需要が増えても簡単に人を増やせないという理由で、任期付き、嘱託、アルバイトといった非正規のケースワーカーを置く自治体が、とくにリーマンショック(2008年9月)の後から増えました。正規と非正規の待遇の格差は大きく、経験の蓄積、意欲、チームワーク、創意工夫などの面でも影響を及ぼします。
強制力のない職員配置の標準数
最初に福祉事務所とは何か、制度の基本を確認しておきましょう。社会福祉法にもとづき、福祉事務所を設置する義務があるのは、すべての市、東京の特別区、都道府県です。政令市は通常、区ごとに福祉事務所を設けており、一部の市や東京の特別区は複数の福祉事務所を置いていることがあります。町村の場合に福祉事務所を設置するかどうかは任意で、設けている町村はわずかです。それ以外の郡部(町村部)を、都道府県が設置した福祉事務所がカバーします。
市町村・特別区の福祉事務所の場合、生活保護法だけでなく児童福祉法、母子父子寡婦福祉法、老人福祉法、身体障害者福祉法、知的障害者福祉法も担当します。ただし実際に「福祉事務所」という看板がかかっていることはまれです。法律上の福祉事務所は形式上のものになり、分野ごとの課に分かれているのが一般的だからです。生活保護の部門は、保護課、生活援護課、生活福祉課といった名称が多くなっています。
さて、社会福祉法16条は、ケースワーカー配置の標準数を、生活保護世帯数に応じて、次のように定めています。
市・特別区が設置する福祉事務所 80世帯あたり1人(最低でも3人)
町村が設置する福祉事務所 80世帯あたり1人(最低でも2人)
都道府県が設置する郡部の福祉事務所 65世帯あたり1人(最低でも6人)
受け持ちケース数が80というのは、学校のクラスをイメージして、教師1人がどれぐらいの人数の状況を把握できるかを想像すれば、意味がわかりやすいでしょう。郡部の担当ケース数が少なめなのは、地理的な広さを考えたものと思われます。
これらの数字は、かつては法律上の最低基準で、ほぼ守られていたのですが、2000年度から実施された地方分権の際、標準数(目安)に変わり、自治体に対する強制力がなくなりました。この地方分権で自治体が行う生活保護関係の業務は、かつての機関委任事務から、法定受託事務に変わりました(相談・助言は自治体本来の自治事務)。国と自治体、都道府県と市町村の関係も「指揮監督」という上下関係ではなくなり、意見を伝える場合は「技術的助言」などの形になりました。
国による規制が緩くなったわけです。すると、その後、標準の配置数を満たさない自治体が増えました。背景には生活保護世帯の急増と、各自治体の公務員定数の削減があります。
自治体の生活保護担当幹部に尋ねると「標準数を満たすように増やしたいけれど、人事部門や財政部門がウンと言ってくれない」と嘆いていることが多いのですが、なかには標準数とかけ離れた独自の配置基準にしている自治体もあります。極端なのが大阪市で、高齢者世帯に関しては380世帯につきケースワーカー1人という配置基準です。
なお、査察指導員の数は法律上の定めがありませんが、1951年の社会福祉事業法(当時)の施行に関する通知によって、ケースワーカー7人につき1人が標準数とされています。
09年を最後に行われていない福祉事務所現況調査
厚生労働省はかつて、事務監査資料という名称で、全国の福祉事務所の実施体制を毎年まとめていました。現在は「 福祉事務所現況調査 」という統計調査を行い、毎年10月1日時点の状況を調べることになっています。けれども、この調査が行われたのは04年と09年。最後の09年の調査から7年近くたつのに、次の調査の予定さえ決まっていません。
保護の実施体制にはたくさんの課題があるのに、なぜきちんと調べないのか。担当する社会・援護局総務課に尋ねると「基本情報として必要と思っているが、自治体の事務負担もあるので……。実施については検討する」とあいまいな答えです。各自治体が職員配置などの状況を報告するのが大変な作業とは思えません。他方で厚労省は、すべての生活保護世帯の状況を報告させる「被保護者調査」という膨大な集計を毎年、自治体にやらせているのです。率直に言って、厚労省の手抜きだと思います。
標準数より、はるかに少ない配置の自治体も
というわけで、実施体制に関する公的なデータは09年時点の福祉事務所現況調査しかありません。調査年が少し古く、リーマンショック後の不況・生活保護の増加への対応がほとんど反映されていない時期のものですが、あらましを紹介しましょう。
この時点の福祉事務所の数は、全国で1242か所(市・特別区989、町村27、郡部226)でした。生活保護を担当するケースワーカーの総数は1万3881人で、標準数に対する充足率は全国平均で89.2%。標準数を満たさない福祉事務所が414か所ありました。
都道府県が設置する郡部の福祉事務所の充足率が平均で100.7%なのに比べ、市部(特別区、町村を含む)は平均88.2%にとどまり、政令市は平均80.1%、中核市は平均81.1%と低くなっています。実際には自治体によって、かなりの差があります。政令市・中核市で当時、標準数に対する充足率が75%を割っていたのは次の市でした。
東大阪市54.1%、大阪市61.0%、岐阜市65.9%、姫路市66.0%、高知市68.0%、名古屋市68.6%、宇都宮市69.0%、盛岡市69.4%、尼崎市70.5%、奈良市71.7%、豊橋市72.2%、高松市73.1%、西宮市73.6%
政令市・中核市を除く市部の平均では、大阪府が73.8%と低い充足率です。郡部の福祉事務所では、山梨県が14.7%(標準数34人に対し現員5人)と極端な低さです。厚労省の集計表に出ていない一般の市や特別区でも充足率の低いところがあったかもしれません(すべて公的体制の情報なのだから、本来、福祉事務所ごとの詳しいデータまで公表すべきです)。
一方、以下のように、充足率が100%前後の政令市・中核市もあります。大きな市でも、市全体としてやろうと思えば、きちんと配置できることを示しています。
下関市110.3%、いわき市105.7%、福山市105.4%、京都市101.7%、倉敷市100.0%、北九州市98.8%、川崎市98.7%
経験の浅いケースワーカー、現業経験のない査察指導員
経験はどうでしょうか。09年の福祉事務所現況調査によると、全国平均で見たケースワーカーの経験年数は、1年未満(つまり新人)が25.4%、1年以上3年未満が37.9%、3年以上5年未満が20.8%、5年以上は15.9%でした。経験3年未満のケースワーカーが全体の6割以上を占めます。市によっては9割以上が経験3年未満でした(たとえば長野市、岡崎市、郡山市)。
生活保護担当の査察指導員の総数は2596人。そのうちケースワーカー経験のある人は全国平均で78.3%です。裏を返すと査察指導員の21.7%は、現業経験なしでケースワーカーを指導しているわけです。この時点で、姫路市の査察指導員は6人とも現業経験なしでした。
社会福祉主事の資格さえ、4分の1が持たない違法状態
専門性はどうでしょうか。09年の福祉事務所現況調査では、資格の取得状況は以下の通りです。
◆主な資格の保有率(09年10月1日時点)
社会福祉主事 社会福祉士 精神保健福祉士
査察指導員 74.6% 3.1% 0.3%
ケースワーカー 74.2% 4.6% 0.5%
社会福祉主事は、公務員として福祉系の業務にあたるときの職名です。社会福祉法15条は、査察指導員、ケースワーカーについて「社会福祉主事でなければならない」と定めています。ところが、査察指導員、ケースワーカーのそれぞれ4分の1ぐらいは、その任用資格さえ持っておらず、法律に違反した状態になっているのです。
社会福祉主事に任用されるには、社会福祉士・精神保健福祉士であるか、通信教育を含めて厚労省指定の養成機関(学校)または講習会を修了するか、社会福祉事業従事者試験(現在は実施されていない)に合格するか、一つの大学・短大で社会福祉に関する単位を3科目以上取って卒業するかです。このうち3科目の単位取得(いわゆる3科目主事)は、社会福祉概論や公的扶助論といった科目だけでなく、法学、社会学、経済学、心理学、教育学、倫理学、医学一般など幅広い科目が対象になっており、文系の教養的な単位を3つ取って大学を卒業しただけでも、たいてい任用資格を得られます。それで福祉を学んだとは、とうてい言えません。
社会福祉主事の制度は、大学卒業者が珍しかった時代なら意味があったでしょうが、もはや時代遅れだと思います。ソーシャルワーカーの国家資格である社会福祉士または精神保健福祉士の有資格者を大幅に増やし、基軸に据える方向に転換すべきだと考えます。中途採用の拡大や、通信教育による職員の資格取得を支援するといった方法もあります。国家資格があるだけで生活保護を適切に実施できるとは限りませんが、福祉を学んだことのない行政職員が、わずかな研修とマニュアル、先輩からの口伝えなどで、専門性の必要な対人援助業務にあたることの多い現状は、ヘンだと思うのです。
総務省も、実施体制の不備を指摘
部分的でも、もう少し新しいデータはないものか。総務省行政評価局は、14年8月に公表した「 生活保護に関する実態調査 」の中で、実施体制の問題を指摘しています。行政評価局が12年4月時点で102の福祉事務所の体制を独自に調べた結果、ケースワーカーの標準数合計に対する充足率は80.9%。標準数未満の福祉事務所が67か所あり、うち6か所は充足率が50%以下でした。
査察指導員430人のうち77人(17.9%)は社会福祉主事の資格なし。無資格の査察指導員がいる福祉事務所が22か所あり、うち5か所は査察指導員の全員が無資格でした。ケースワーカーは2759人のうち575人(20.8%)が社会福祉主事の資格なし。無資格のケースワーカーがいる福祉事務所が68か所あり、最も無資格率の高かった所は75.3%でした。
厚労省の自立推進・指導監査室は、67ある都道府県・政令市にそれぞれ2年に1回のペースで生活保護行政の監査に出向いており、監査の時は、その管内にある福祉事務所にも1か所を選んで入ります。15年度は34の福祉事務所へ監査に入り、うち23か所で人員不足を指摘しました。
現在も、実施体制の状況は、あまり改善されているとは言えないようです。
自治体によって大きく異なる考え方
少し具体的に現場の状況を見ましょう。実施体制の実情や考え方は自治体ごとに違いがあります。対照的な例として、大阪市と横浜市を比べてみましょう。
大阪市は、00年度の地方分権と同時にケースワーカーの配置を独自基準に変えました。現在、65歳以上の高齢者だけの世帯は380対1(別に288対1の基準で嘱託の訪問員を配置)、60〜64歳の準高齢世帯は140対1、それ以外の世帯は、やや厚めに70対1という基準です。
380世帯も担当すれば、名前さえ頭に入らないでしょう。経済的自立が見込めなくても困りごとや医療への対応は必要ではないかと思いますが、市保護課は「市の状況でケースワーカーを大幅に増やすのは困難。高齢者には介護保険の地域包括支援センターなどもあり、見守り中心にしている。マンションに多数住んでいる場合もある」としています。大阪市は、生活保護制度のあり方について「高齢者には、経済給付のみの生活保障制度を創設すべき」と提案したこともあります(12年7月)。高齢の保護世帯にケースワークはあまり必要ないという感覚がうかがえます。
16年5月時点のケースワーカーは997人で、標準数1444人に対する充足率は69.0%。査察指導員は177人です。特徴は、リーマンショック後の10年に導入した任期付きケースワーカーが212人と多いこと。任期は3年、更新しても最大5年。正規職員より各種資格の保有率が高いという逆転した実情があるのですが、経験を蓄積したころには任期切れになってしまいます。
15年4月時点の資格取得率は、ケースワーカーで社会福祉主事59.5%、社会福祉士22.1%。査察指導員は社会福祉主事26.1%、社会福祉士4.7%、現業未経験率24.0%でした。
一方、横浜市では、生活保護の実務にあたる職員はほぼ全員が福祉職の枠で採用され、社会福祉主事です。16年4月時点のケースワーカーは625人で、標準数に対する充足率は93.7%。うち376人(60.2%)が社会福祉士です。査察指導員は74人のうち24人(32.4%)が社会福祉士で、現業未経験率は10.8%。非正規のケースワーカーは産休・育休カバーの40人だけです。
基本的に、福祉専門の正規職員で体制を作っているわけです。市の保護課長は「福祉職採用なので、対人援助の基本が身についている。もう少し行政事務の効率性などの感覚がほしいと思うことはあるが、やさしさとともに正義感は強く、不正にはきちんと対処できる」と話しています。
丁寧な支援と不正防止には、体制が必要
厚労省は、居宅保護の世帯は年2回以上、入院・入所者には年1回以上の訪問調査を行い、それ以外でも必要に応じて訪問や面接を行うよう求めています。とはいえ、それは最低限のラインです。信頼関係を築いて、生活の実情をつかみ、ていねいな支援を行うには、本来なら月に1回ぐらい訪問か面接をしたほうがよいでしょう。
ケースワーカーには、保護費の計算や面接の記録などの事務作業もたくさんあります。しっかりしたケースワークには、それを可能にする体制が必要です。人手不足、経験・専門性の不足は、不正受給の見過ごしにもつながります。軽視してはならない課題です。
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原昌平(はら・しょうへい)
読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保 障を中心に取材。精神保健福祉士。2014年度から大阪府立大学大学院に在籍(社会福祉学専攻)。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。
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タカさんの仲間だという元スリのジロウさん(60代)=仮名=も言う。
「いまさらまっとうな職にはつけないし、コイツ(指)も衰えた。俺がジョブトレーニングなんかして“現役復帰”したらすぐにパクられるのがオチだよ(笑)」
街には病院もある。介護施設も充実している。定住するには申し分ない──そう心に決めて1軒の簡易宿泊所の門を叩くと、
「はぁ? あんた、保護受けてるの? それにここじゃ『とりあえず1泊』とかありえないからね」
いざ住むとなると、厚い壁が立ちふさがる。そこは「ナマポ」とヤユされた者たちの最後の砦なのかもしれない。
根本直樹(フリーライター)
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