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バーナンキFRB議長(左)とサマーズ元米財務次官(右)〔PHOTO〕gettyimages
「アベノミクス Ver.2.0」で景気は本当に上向くか? 「長期停滞論」から考える財政政策の有効性
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49231
2016年07月21日(木) 安達 誠司「講座:ビジネスに役立つ世界経済」 現代ビジネス
■金融政策の正常化は時期尚早か
マクロ経済学において、著名な経済学者らの間で研究が進められている分野の一つとして「長期停滞論」がある。この「長期停滞論」は、2013年11月にIMFが主催したシンポジウムでローレンス・サマーズ元米財務次官によって提唱されて以来、欧米の経済学者の関心を集めてきた。
だが、サマーズ氏自身も認めているように、「長期停滞論」は、サマーズ氏のオリジナル・アイデアではない。これは、1937年に当時の全米経済学会会長であったアルヴィン・ハンセン氏によって提唱されたものであり、サマーズ氏はそれを現在の世界経済の状況に当てはめたに過ぎない。
ハンセン氏が「長期停滞論」を提唱した1937年は、主要国が、1930年前半に経験した世界大恐慌からようやく脱却しつつあった年である。だが、大恐慌から脱出した後の主要国の経済成長率は恐慌前とは比べ物にならないほど低いままであった。
ハンセン氏は、各国政府が危機からの脱出に満足するのではなく、この低成長局面を脱するために何をすべきか真剣に考える必要がある、ということを全米経済学会の総会の冒頭挨拶で指摘したのであった。
だが、残念ながら、当時の米国は、大恐慌時代の経済政策を正常時の経済政策に戻そうとしていた。例えば、当時のFRBは出口政策(事実上の金融引き締め政策)を実施し、同時に米財務省は増税を実施した。そして、これによって、米国は再び深刻な景気後退に見舞われ、結局、FRBは量的緩和を再開させることになり、財政拡大も大恐慌時以上の規模で実施せざるを得なくなった。
サマーズ氏は、現在の米国経済の状況が1937年当時の状況と類似しており、現在のFRBも当時のFRB同様に金融政策の正常化を実施しようとしている点について、「FRBが利上げに転じることは時期尚早である」との指摘を行った。しかしFRBは昨年12月、これを無視する形で最初の利上げを実施した。
その後、世界的なマーケットの大混乱や米国経済自体の減速懸念の台頭などもあり、なかなか2回目の利上げに踏み切ることができないでいる。だが、今のところ、最初の利上げによって、米国経済が致命的なダメージを受けた形跡はない。
■「長期停滞論」のアプローチ
この「長期停滞論」に関しては、ノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・スティグリッツ氏やポール・クルーグマン氏も基本的には同意している。
その一方で、前FRB議長だったベン・バーナンキ氏は現在のFRBの政策を擁護するスタンスをとっており、両者の間で激しい論争が巻き起こったことは記憶に新しい。この論争も、現在の米国経済の「中途半端」な状況ゆえの現象かもしれない。
ところで、このように、経済学界のビッグネームの間で大論争が巻き起こったために、「長期停滞論」はメディアにも大きく取り上げられることになったが、その裏では、若手有望株の経済学者の間でより精緻な経済モデルを用いて「長期停滞論」の研究が進められている。
これらの「長期停滞論」の研究アプローチは研究者によって異なるが、ほぼ共通しているのは以下の部分である。
@ 家計や企業が過度なリスク回避志向に陥っているため、経済成長のために必要な投資が十分になされていない(投資不足による生産性低下が中長期的な成長率を低下させているとの指摘もある)。
A 家計や企業の貯蓄が急激に増加しているが、その資金の多くが安全資産である国債に流れており、国債利回りが急低下している。
この@とAの現象は、「Timidity Trap(臆病の罠)」、もしくは、「Safety Trap(安全志向の罠)」と呼ばれることがある。
B この局面から抜け出すためには、思い切った政府による財政出動と中央銀行による金融緩和が必要である。
■財政政策の役割に注目
一方、多くの先進国において、「伝統的」な金融政策(すなわち、低金利政策)は限界に達しつあるという説が有力になっている。政策金利がゼロ、ないし、マイナスになっているためである。
ちなみに、中央銀行が供給するお金の総量である「マネタリーベース」を意図的に拡大させる量的緩和政策の効果については、マネタリーベースの拡大が「インフレ期待」を醸成させることを通じて、実体経済に効果を及ぼす可能性が指摘されている。
だが、量的緩和の「規模」が重要なのか否かについては、これまでのところ明確な結論が得られていない。どちらかというと、MBSなどの証券化商品の大量購入による、「信用リスク」低下を通じた「金利低下」効果、もしくは、「インフレ目標」等の「コミット」を担保することで、「期待」をうまく誘導するツールして、量的緩和の「規模」をとらえる議論の方が有力であるように思える。
つまり、単純に「マネタリーベースをどの程度まで増やせば、デフレは解消するのか」という議論はナンセンスであるとするのが主流であるようだ。
財政政策については、リーマンショック時に、破綻の危機に陥った金融機関を救済するための資金等の形で大量に供給された経緯から、危機を脱した後はむしろ支出を削減し、財政再建すべきというのがコンセンサスになっている。特に、イギリスやユーロ圏では緊縮財政による財政再建がはかられている。
だが、サマーズ氏の指摘以降、「長期停滞論」についての研究が進むにつれ、財政政策の役割が再認識されつつある。
つまり、「金融政策と財政政策を同時に、しかも思い切って緩和すべき」というのが、「長期停滞」から脱するための有力な処方箋として提示されているのである。しかも、これは、「長期停滞論」の研究者の間でほぼ統一された見解である。
このような経緯から、現在、「長期停滞」を克服する有力な手段として、財政政策の方に注目する見方が有力となりつつある。そのため、かつては論争の対象となった「リフレ政策の手段として有効なのは金融政策なのか、財政政策なのか」いった類の話もミスリーディングになりつつある。
■金融政策、財政政策が出揃った
このような議論をうけて、真っ先に「財政出動」が実施されようとしているのが日本である。
日本では、7月10日の参院選での大勝を受けて、安倍政権が「アベノミクス Ver.2.0」によって、景気回復を加速させる姿勢を明確にしている。
現時点では、建設国債の追加発行によるインフラ整備等の公共投資、及び、中小企業に対する信用保証などを中心に10兆円規模の補正予算が組まれる可能性が高いようだが、その規模がさらに拡大する可能性も指摘されている。
また、財政支出の拡大と同時に、追加の金融緩和が実施される可能性も取り沙汰されている。
安倍首相は、7月12日にベン・バーナンキ前FRB議長と会談をしたが、バーナンキ氏は、以前、長期デフレに苦しむ日本に対し、「ヘリコプター・マネー政策」を提唱したこともあるため、今回の来日において、安倍首相に「ヘリコプター・マネー政策」の実施を進言したのではないかという憶測も流れている。
さらにいえば、バーナンキ氏は来日前に日本の政府高官に対し、「永久国債の発行による財政資金の捻出と日銀による永久国債購入」のアイデアを披露したともいわれている。
日本では、論者によって「ヘリコプター・マネー」の定義がバラバラで議論が全く噛み合っていない印象が強いが、少なくともバーナンキ氏の提案は、現在、欧米で研究が進んでいる「長期停滞」からの脱出の処方箋に近いものであると思われる。
筆者の印象では、「ヘリコプター・マネー」とは、財政政策を実施するにあたってどのように資金調達を行うかの問題であり、具体的には、発行された国債を日銀が購入し、その代わりに資金(マネー)を提供する枠組みのことを指すのではないかと考えている。その意味で、当初予算ベースでは、日本では既にヘリコプター・マネーは実施されていることになる。
ただし、従来は、補正予算ベースで新たに国債が増発され、それを日銀が購入することによって追加的な財政出動のファイナンスを行う流れがなかったという点で、今回の「ヘリコプター・マネー」は新たな政策的な枠組みとなっている側面も否定できない。すなわち、ようやく金融政策、財政政策がリフレーション政策の両輪として揃った感が強い。
■「所得再分配」では消費は回復しない
ところで、財政支出の拡大を行う場合、低迷する消費拡大策として家計への再分配に振り向けるべきか、それとも都市のインフラ整備等の公共投資に振り向けるべきか、という議論を避けて通ることはできない。
私の周囲(いわゆる「リフレ派」の面々)には、低所得者向けの給付金に代表されるような「家計への再分配」を主張する人が多い印象がある。だが、筆者の個人的な意見では、「デフレの解消」を目的とするのであれば、現時点では公共投資の方が効果は大きいのではないかと考える。
もっとも基本的なセオリーでは、家計に対する扶助(減税を含む)よりも公共投資のほうが「乗数効果(経済全体への波及効果)」は大きいとされている。日本の場合、公共投資が「嫌われる」理由の一つとしては、建設従事者(特に熟練工)不足による人件費高騰によって、公共投資拡大は住宅投資等をクラウドアウトする懸念があったからだと思われる。
だが、現在の状況は異なっているのではないかと考える。まず、国土交通省発表の「建設労働需給調査」によれば、直近(5月)の建設技能労働者過不足率は季調済で0.8%、原系列では0.4%にとどまっている。
つまり建設労働者不足が盛んに指摘されていた2013年から大きく改善している(当時のピークは約3.5%)し、従来よりもクラウディングアウトのリスクは低下している。また、都市圏の老朽化したインフラ整備、災害復旧などの案件もある。
一方、「家計への再分配」を重視する考え方は、最近の日本経済の低迷のほとんどが家計消費の不振によるもので、それは、2014年4月の消費税率引き上げによる実質所得の減少が、主に低所得者層の(実質)所得を減少させたためだ、ということだと推測される。
だが、階層別の消費や貯蓄動向がわかる2015年の家計調査をみると、やや様相は異なるのではないか。まず、勤労者世帯全体の実質消費支出の伸び率は前年比-2.1%であったが、そのうち貯蓄残高上位40%の家計の寄与度が-2.2%であった。
すなわち、これは、2015年は、貯蓄残高の多い階層の消費減が全体の消費の足を引っ張ったことを意味する。しかも、その内訳は、諸雑費、交際費の減少と耐久消費財(自動車を含む)の減少が主であった。なお、最も貯蓄残高が少ない階層(下位20%)の実質消費全体に対する寄与度は-0.6%であった。
その一方で、この下位20%の貯蓄残高は前年比で+17.2%も増加している。しかも、その内訳をみると、有価証券(投資信託を含む)が同+106.3%と、その残高を倍以上に増やしている(預貯金ではない点に注意)。
上位20%の階層の貯蓄残高の伸び率は前年比-2.1%で有価証券残高もマイナスとなっていることを考えると、貯蓄残高も最も少ない階層も株式市況の低迷で残高はかなり目減りしているにもかかわらず、リスクの高い有価証券の運用を大きく増やしたことを意味している。
さらにいえば、2014年4月の消費税率引き上げによって、実質所得の減少から消費を減らさざるを得なかったとされている高齢者無職世帯の貯蓄残高の伸び率は、消費税率引き上げ直前の2013年には前年比で+10%以上の増加となっており、しかも、それ以降、2014、2015年といずれも前年比プラス(つまり貯蓄増)となっている。
以上より、従来、消費税率引き上げによって所得や資産が目減りし、消費したくとも消費できなくなったと考えられてきた階層は、消費税率引き上げにともない、将来のさらなる増税をにらみ、貯蓄を増やしていたことがわかる(しかも、リスクの高い有価証券で)。
■デフレの解消には「公共投資」の拡大を
先日の世論調査では、10%への消費税率引き上げを過半数が容認しているという結果が出た。この結果から、多くの世帯は、依然として将来時点の消費税率引き上げを予想している可能性が高いと考える。このような状況で財政によって家計に対する所得の再分配をしたとしても、消費が回復するとは思えない(消費税率をもとの5%に戻しても同様であると考える)。
以上より、現在、従来(消費税率引き上げ直後)よりもより多くの家計が「リカーディアン(流動性制約がない家計)」になっていると考えられる。そのため、筆者は、所得再分配政策の「リフレ政策の一環としての財政政策」としての効果は低下していると考える。
家計への所得再分配は本来、野党が主張すべきリベラルな経済政策であり、リベラルな政策思想的立場からは、主張する意味があると考えるが、日銀が同時に「近い将来のデフレ解消」に対してかなり強力にコミットしつつ、政府が消費税率の引き上げは長期間凍結するという明確なアナウンスをしない限り、その有効性には疑問符が付く(かつての地域振興券と同じであろう)。
その意味で、筆者は現時点では、大多数のリフレ派の主張とは異なり、公共投資の方がより有効ではないかと考える(ここでは、筆者はあくまでも「リフレ政策」の効果という点に言及しており、公共投資の抱える既得権益の問題等は考慮していない)。
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