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「会社で息苦しい」と感じたら有給休暇を取ろう!
「一に健康、二に仕事」 from 日経Gooday
東京大学東洋文化研究所 安冨歩教授に聞く「ストレスの正体」【2】
2016年7月20日(水)
森脇早絵=フリーライター
「男たちの生きづらさ、息苦しさの根底にあるのは、『罪悪感』。でもね、昔より今の方が息苦しさを感じる人が増えていると思う。なぜって、それは無意味な仕事をやるようになったからでしょうね。エリートであればあるほど、その傾向は強いです」。
前回(「仕事が苦しいのは、自分が無能だから」と思うな)に引き続き、東京大学東洋文化研究所の安冨歩教授が、働く男性の「息苦しさ」について語る。息苦しさに限界を感じたとき、私たちはどうすればいいのだろうか?
現代の日本社会は、昔よりも「息苦しさ」が増している
昔と今とを比べると、男性たちが抱える息苦しさ、生きづらさに違いはありますか?
昔よりも現代の日本社会の方が、「息苦しい」と感じている人が増えていると思いますよ。70〜80年代には、息苦しいと感じていた人なんかほとんどいなかったと思います。もちろん、大変だったし、辛いこともあったでしょうが、「息苦しい」「生きづらい」とは違う感覚です。
「無意味な仕事を割り切ってやれない自分が悪い」と罪悪感を感じてしまう。人はそれを『息苦しい』と言うんです」
なぜかというと、当時は、そんなことを言っている暇がなかったから。高度経済成長の波に乗って、企業がどんどん大きくなった。みんな仕事をすれば昇進するし、給料も増えた。ちゃんとリターンがあったんです。
ところが、今の日本社会にはリターンがありません。長く勤めても給料は上がりにくいし、昇進もしにくい。その前に、不景気で会社が潰れてしまうかもしれない。
そこで政府が何をしているかというと、巨額の財政支出です。とんでもない額の国債を毎年発行して公共事業をやりまくったり、景気を何とか持ち上げようと“黒田バズーカ”を噴射して日銀の負債・資産を膨張させたり、ということを続けているんです。
なぜ、毎年あんなに巨額の負債をつくり続けないといけないのか。明らかに、何かがおかしいですよね。
そこで、「もし、政府が巨額の財政支出をやらなかったら、日本はどうなっていただろう?」と考えてみましょう。
当然、財政は維持できず、社会福祉は破綻するでしょうし、それ以前に経済そのものが回らなくなります。でも、これが日本経済の真の姿なのです。
経済って、何だと思いますか? 「意味のあることの積み重ね」の貨幣的側面なんです。社会は、人々が誰かの役に立つ意味のある行為をする一方で、別の人に自分の役に立つ行為をしてもらう、というふうに回っているのです。それを貨幣的価値という角度から見たものが、我々が経済だと思っているものです。
つまり、みんなが誰かの役に立つ行為をしている限り、経済が破綻することはないはずなんです。でも、全体の何割かの人が、誰にも役に立たないことをやっているから、借金で埋めなきゃならないんですよ。
ただ、「人の役に立たない仕事」は、国全体に均等に分布しているわけではありません。社会の中枢に近い人ほど、役に立たないことをやっているんです。
先日、TPPの交渉資料が黒塗りで提出されたことがありましたよね。政府が文書を公開するときは、意味のあるところを黒く塗りつぶすんです。中枢にいる人たちの中には、あんな風にひたすら黒い線を引きまくるような仕事をしている人もいるわけですよ。
そのほか、公務員、大企業で働く人たちの中にも役に立たないことをやっている人がいる。彼らは国の中心に近い場所にいますから、財政上の恩恵を多く受けています。意味のない仕事をやっても仕事はなくなりません。この部分が、国の借金によって埋められているんです。
そして、無意味な仕事をやっても、給料は入ってくるから、辞めることができない。無意味な仕事をやり続けて辛くなっても、「割り切ってできない自分が悪い」と罪悪感を覚えてしまう。人はそれを「息苦しい」と言うんです。
一方、そこから離れている人は、財政の恩恵を享受できませんから、人の役に立つ仕事だけをやっています。それ以外の仕事は不可能だからです。
例えば、今日の撮影のために私もお世話になったフリーのメイクさんなどは、社会の中枢から離れたところにいますよね。もし、フリーのメイクさんが、誰の役にも立たないことをしたら、どうなると思う? たちまち食べられなくなってしまいますよね。だから、人の役に立つことしかしないのです。
その代わり、息苦しさを感じるメイクさんはあんまりいません。のびのび仕事をしているか、仕事を失って困窮しているかのどちらかです。
残念なことに、日本社会では意味のある仕事をしようとすると、お金が回ってこないようにできているんですね。だから、日本の経済はちっともよくならないんです。
会社を辞めるんじゃなくて、自分自身としてそこに「居続ける」
このお話はエリート層や大企業に焦点を当てていますが、中小企業でも大なり小なり当てはまることだと思います。給料をもらおうとすれば息苦しい。息苦しさから抜け出そうとすれば、お金が入ってこなくなる。その帳尻を合わせるのは、非常に難しいですね。組織の中で、息苦しさから抜け出す方法はないのでしょうか?
何の勇気もない人が、その状態から抜け出すのは無理です。怖々やっても、ろくなことにならない。
罪悪感を発生させる社会のシステムに取り込まれ、何十年も働いている人が、「もう辛くてたまらないから、今日から俺は会社で自分の好きなようにやるぞ!」と言って会社に行ったとする。そんなことをしたら、上司や部下とぶつかったり、取引先に切られたりして、もっと酷い状態になって戻るだけでしょう。
だから、本当に息苦しさから抜け出し、自分自身を生きようと思ったら、本気で、全身全霊を込めてやらないといけないんです。
腹をくくって、自分の生きる方向に向かって突っ走る、みたいなイメージでしょうか?
突っ走るってわけじゃないのが、面白いところなんですよね。腹をくくって、「そこに居続ける」という感じです。
まさに安冨先生がやっていることですね! 東大という社会の中枢機関で、腹をくくって、女性装という形で自分自身で居続けるという。
そうかもしれません(笑)。ピーター・ドラッカーは、著書の中で「integrity of character」という言葉を使っています。これは、「人格の一貫性、統合、完全性、高潔さ、誠実さ」と考えるべきだと私は思うんですね。
「こんな立場だからこう行動しなければならない、と考えるのではなく、自分自身で居続けることが大事」
どういうことかというと、立場に合わせた行動をとるのではなくて、「自分自身としてそこに居る」ということ。
これが、何かに突っ走ろうとするのとは大きく違う点。突っ走る場合は、誰かに対する攻撃になるんです。攻撃は、防御の10倍難しい。戦力が10倍要るからです。
もし自分が、自分自身としてそこに居ることを貫こうとしたら、必ずや誰かが嫌がらせをしてきます。でも、その嫌がらせだけに対応すればいいんです。自分に悪意を持つ人がいても、何もしてこなかったら放っておけばいい。
うつ病になる前に休んだ方が、お互いにとってメリットがある
「息苦しいから会社を辞める」のではなく、「自分自身としてそこに居続ける」という考え方は新鮮ですね。
よく「会社がイヤなら辞めればいい」という話を聞きますが、「自分自身として生きようと思うので、会社を辞めます」というのは、意味がありません。
もうこんな会社、苦しいから休んでやる、というのが正しいんですね。で、会社に「すみません、休みます」と言えば、「なぜだ!」と言われる。でも、「理由は関係ないから言いません。有給休暇を取ります!」と言って、電話をガチャ切りすればいいんです(笑)
有給休暇は労働基準法で定められていますから、別に理由なんか言う必要ありませんよね。ただ、職場はパニックになって、上司は怒り狂うかもしれません。すると、次の日も会社に行きたくなくなります。
ならば次の日も、「すみません、有給取らせてください!」と言って、電話を切っちゃえばいいんです。
会社に行こうかなと思うようになるまで、休みを取り続ければいい。有給を使い果たしても、休職制度があればそれを使えばいい。理屈をこねれば、結構長い期間休めます。
本当にうつ病になってしまったら、動くこともできなくなりますからね。そうなる前にサボった方が、自分にとっても、会社にとっても都合がいいんです。うつ病などの診断を受けて全く働けない「不活性社員」を抱えてしまうと、その分、費用がかかってしまうわけですから。
実際にその通りできるかはともかく、確かに、会社に戻れなくなるより、戻る可能性のあるうちに休んだ方がいいというのは一理ありますね。
そうそう。不活性社員になる前に休んだり、「意味のある仕事だったらやります」と言ってくれる人がいる方が、会社にとってはありがたいわけです。
そこで「明日はやらなきゃいけない仕事があるから、休めない」という人がいますが、実際に休んでみると、普通に職場は回っています。さっきも言ったように、会社の仕事って別にやらなくてもいいことがたくさんあるんだから、急に一人減っても別に問題ないんです。
一歩踏み出せば、「必要な人間関係」を築くことができる
長期で休んだとして、職場に戻ったときには、居心地が悪く感じてしまうかもしれませんが、それはもう覚悟の上で、ということでしょうか?
嫌がらせはあるでしょうね。転勤や異動を強いられることもあるでしょう。その場合は、全面闘争です。「労働局や弁護士に相談します」って言えばいい。よく、「そんなことをしても、意味がないですよ」と言う人がいますけど、大事なことは「私に嫌がらせをすると、コストがかかりますよ」と示すことなんです。
その一方で、一つ大きなメリットもあるんです。
大きなメリット、それは何かと言うと、いきなり理由も言わず有給を長めに取った時、自分は完全に「無縁者」になります。すると、誰が味方で、誰が敵かが、はっきり分かるんですよ。
自分が一歩踏み出したときに、関係性が今までと変わらない人が、自分にとって必要な人だったと分かるんですね。
そうです。一歩踏み出すということがすごく大事だと思うんです。そうすると、あら不思議、今まで繋がらなかった人たちとの繋がりもできるんです。繋がるべきではない人との関係が切れて、繋がるべき人との関係ができる。
それを信じて踏み出せば、社内の景色が一変するでしょうね。「なんだ、いい会社だったんじゃないか」と感じるかもしれません。東大だって、権力中枢バリバリですけど、非常に過ごしやすい、いい所に変わるわけです(笑)
それを勇気にしたいですね。
その通りだと思いますね。元気なうちに休みましょう。これは、人事部にも理解してほしいことですね。
◇ ◇ ◇
息苦しさの原因は、社会の「罪悪感発生システム」にあるという。これを個人が変えることはできないが、自分の「心構え」を変えることで、周りの状況を変えることはできる。
職場で「息苦しい」と感じたら素直に受け止めて、思い切って有給を取ってみる。気の済むまで休んでみる。その一歩を踏み出したときに、見える景色が変わるのかもしれない。
次回は、「家庭での息苦しさ」について、安冨教授に詳しく伺う。
(写真:小野さやか、ヘアメイク:藤岡ちせ)
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安冨 歩(やすとみあゆみ)さん
東京大学東洋文化研究所 教授
安冨 歩(やすとみあゆみ)さん 1963年大阪府生まれ。1986年3月、京都大学経済学部卒業後、住友銀行勤務。1991年京都大学大学院経済学研究科修士課程修了後、京都大学人文科学研究所助手。96〜97年、英ロンドン大学LSE(London School of Economics and Political Science)の滞在研究員。1997年、「『満洲国』の金融」で同大学院にて博士を取得、第40回日経・経済図書文化賞受賞。同年名古屋大学情報文化学部助教授、2000年東京大学大学院総合文化研究科助教授、2003年同大学院情報学環助教授を経て、2007年東京大学東洋文化研究所准教授、2009年より同教授。主な著書に「原発危機と『東大話法』」「生きるための経済学」「ドラッカーと論語」「生きる技法」「ありのままの私」「マイケル・ジャクソンの思想」など多数。
この記事は日経Gooday 2016年6月7日に掲載されたものであり、内容は掲載時点の情報です。
このコラムについて
「一に健康、二に仕事」 from 日経Gooday
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