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要約の達人 from flier
2016年7月18日 Flier
「貧しくても食事より娯楽」に宿る貧困問題の本質
『貧乏人の経済学─もういちど貧困問題を根っこから考える』
要約者レビュー
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『貧乏人の経済学』
アビジット・ V・バナジー 、エスター・デュフロ著
みすず書房 408p 3000円(税別)
貧困というものが「他人事」ではなく「自分事」として感じられるようになる――それが本書を読み終えた最初の感想であった。
本書で扱われる事例は、東南アジアやアフリカ諸国のような、いわゆる発展途上国のものが中心である。貧困の現状がどのようなものなのか、その解消に向けてどのような手段が講じられており、その限界がどこにあるのかが、様々な事例とともに網羅的に解説されている。
重要なのは、一面的な貧困のイメージにとらわれることなく、何が貧困を生み出し維持しているのか、その実態を正しく認識することだと著者は言う。そのうえで、先進国と呼ばれる国に住む「私たち」と、発展途上国に住む「彼ら」の違いが果たしてどこにあるのか、改めて私たちに問いかける。
貧困にあえぐ人々は情報不足、弱い信念、問題の先送りといった欠点を抱えているとされるが、実際のところ、先進国の人々の大半も大した知識や信念などもっていないし、問題も先送りにされる一方である。「私たち」と「彼ら」を分けているのは、私たちが当然のように享受している諸々のサービスの違いだけなのかもしれない。
貧困や格差といった問題は対岸の火事では決してなく、日本が抱えている現実的な問題でもある。本書を通して、貧困という問題の本質がどこにあるのか、今一度考えてみたい。 (石渡 翔)
著者情報
アビジット・V・バナジー
カルカッタ大学、ジャワハラル・ネルー大学、ハーバード大学で学び、現在はマサチューセッツ工科大学(MIT)で経済学のフォード財団国際教授を務める。開発経済分析研究所 (Bureau for Research and Economic Analysis of Development) 元所長、NBERの研究員、CEPR研究フェロー、キール研究所国際研究フェロー。グッゲンハイム・フェロー、アルフレッド・P・スローン・フェローも歴任。2009年初代インフォシス賞など受賞歴多数で、世界銀行やインド政府など多くの機関の名誉顧問を歴任している。
エスター・デュフロ
MIT経済学部で貧困削減開発経済学担当のアブドゥル・ラティーフ・ジャミール教授。パリの高等師範学校とMITで全米芸術科学アカデミーおよび計量経済学会のフェロー。2010年には40歳以下で最高のアメリカの経済学者に授与されるジョン・ベイツ・クラークメダル、2009年にはマッカーサー「天才」フェローシップ、2010年初代カルヴォ・アルメンゴル国際賞 (Calvo-Armengol International Prize) など受賞歴多数。『エコノミスト』誌により若手経済学者ベスト8のひとりに選ばれ、2008年から4年連続で『フォーリン・ポリシー』誌の影響力の高い思想家100人に選ばれ続け、2010年には『フォーチュン』誌が選ぶ、最も影響力の高いビジネスリーダー「40歳以下の40人」にも選出。
評点(5点満点)
*評点基準について
本書の要点
・貧困層の食費に多額の援助金をつぎ込んでも、全体としてのカロリー摂取量が増加するとは限らない。たとえ貧困層であっても、カロリー摂取の増加より美味しい食事のほうが優先される。
・貧乏な生活を送っている人はしばしば、退屈を紛らわすための娯楽や冠婚葬祭を、食事よりも重要視する。
・マイクロファイナンスの登場により、貧乏な人でも適切な金利で融資を受けることが可能になった。
・マイクロファイナンスの仕組みは、中規模以上の事業の立ち上げには適していない。
要約本文
【必読ポイント!】
■本当に10億人が飢えているのか?
◇金だけでは食糧問題を解決できない
一般的に言って、貧困は飢餓を連想させるものである。10億人以上が飢えに苦しんでいるという事実が、2006年6月、国連食糧農業機関(FAO)によって発表された。貧困ラインの設定も、多くの国では飢えを基準に定められている。つまり、「貧しい人」とは充分な食糧を持っていない人を指しているわけである。そのため、行政による貧乏人支援の発想は自然と、食糧の大量提供に行き着く。とにかく食事が足りていないのだから、量をまず満たす必要があるというわけである。
だが、実際に1日99セント以下で暮らす人々の実態を見てみると、餓死寸前とは思えない行動をとっている。餓死寸前なら、持ち金はすべてカロリーを補給するために充てられるはずだ。しかし、18ヵ国の地方に住む極貧層の消費額を見てみると、食費にはたったの36%から79%しか充てられていない。都会に絞っても、食費に充てられる割合は53%から74%に留まる。
しかも、カロリーや栄養素の摂取を最大化するように食費が使われているとは限らない。米や小麦の購入に多額の補助金を受けたある地域では、主食のコストが低くなったにもかかわらず、全体の消費量はかえって減ってしまったという。その代わり、エビや肉などをたくさん食べるようになり、全体としてカロリー摂取量は増加しなかったか、あるいは減少してしまった。つまり、カロリー摂取の増加は貧困層においても最優先事項として扱われず、美味しいものを食べることのほうが優先されるのである。なぜこのようなことが起きるのだろうか?
◇カロリーは足りているが栄養は不足している
飢餓は確かに今日でも存在するが、それは食糧分配というシステム上の問題であり、食糧の絶対量自体はすでに足りている。実際、最貧困の人のほとんどは、充分な食事をとれる程度には収入を得ている。
しかし現実問題として、貧困層の人々は体も小さく、やせ細っていることが多い。これはカロリーの摂取量が主原因ではなく、摂取している栄養の偏りに問題があるとみられる。
幼少時の栄養不良が、成人後の社会的成功に直接影響を及ぼすとする調査結果は多く存在する。カロリー摂取量は必要以上に増やしても生産性に大きな影響を及ぼさないが、栄養摂取の改善は子どもばかりか、成人に対しても劇的な効果を上げる場合がある。1つ例を挙げると、鉄分を強化した魚醤を与えられた人々は、いつもより厳しい仕事もこなせるようになったという。鉄分を補給したことで、貧血症による低酸素血症や虚弱体質、倦怠感を解消できたからだ。素晴らしいことに、このことによる生産性の増大は、鉄分を強化した魚醤を1年間支給するコストをあっさりと回収し、何倍もの利益を生み出した。
このように、きちんと栄養を摂取することで、当人はもちろん、その子どもたちも大きな成功を収めることが期待できるのだが、現実では多くの人がそれを実行に移すことはない。葉野菜や雑穀をたくさん買い、栄養バランスを整えれば、簡単にカロリーや栄養素を取り入れることができるにもかかわらずだ。
◇栄養価より美味しさ、食事より娯楽が優先される現実
必要な栄養素がたとえ簡単に手に入ったとしても、人々がそれらを取り入れる食事をするとは限らない。これにはさまざまな要因が考えられる。単純に栄養状態が良好になれば生産性が高くなるということを知らないからかもしれないし、いきなり食事を変えろといわれても、なかなかそのアドバイスが信用できないからかもしれない。あるいは、その効果がすぐには実感しにくいからというのも理由として考えられるだろう。だからこそ、貧困層の人々は栄養価で選ぶのではなく、美味しさを基準に選ぶのである。
また、食べ物よりも他の物が優先されるという場合もある。開発途上国に住む貧困層の人の多くは、メンツを失いたくないという事情もあり、結婚式や洗礼式、葬式などに大金を使う傾向がある。加えて、娯楽が食糧よりも優先される場合も少なくない。
こんなことがあった。モロッコの外れにある村に住んでいる男性に、もっとお金を持っていたら何をするかを尋ねた。答えはもっと食べ物を買うというものだった。さらにお金があったら何をするかを尋ねると、もっと美味しいものを買うと答えた。質問した著者たちは彼とその家族を気の毒に思ったが、ふと部屋を見てみると、テレビやパラボラアンテナ、そしてDVDプレイヤーがあることに気づいた。もし家族の食べ物が足りないと感じているなら、なぜそのような娯楽品を買うのかと尋ねると、その男性は笑いながら「いや、だってテレビは食べ物より大事でしょ!」と話したという。
これは特殊な話ではない。一般的に見ても、貧乏な生活を送っている人々は、退屈を凌ぐものを最優先する。実際、ラジオやテレビのないところに限って、祭りにたくさんのお金がつぎ込まれているという。
多くの人々は、なぜ貧困層の人々が生活を抜本的に改善するようなものに投資をしないのか、いぶかしがるだろう。しかし、彼らは自分たちの生活が劇的に変化するという希望をあまり抱いていない。だからこそ、目先のことや、できるだけ楽しく生きること、お祝いなどに限られた資金を投入してしまうのである。
■マイクロファイナンスは貧困から人々を救えるか?
◇貧乏人ほど高い金利が課せられる
ほとんどの発展途上国の都市の路上では、果物や野菜を売っている人々を見かける。彼らは朝に卸業者から商品を仕入れ、日中に販売した後、夜に卸業者へ代金を支払い、生活をやりくりしている。驚くべきはその利息率だ。インドのチェンナイでは、一般的な果物売りが朝に1000ルピー分の野菜や果実を仕入れた場合、夜に平均で1046.9ルピーを返済している。これは1日あたり実に4.69%の利息である。仮に5ドル借りて1年後まで返さなければ、1億ドル近い借金を背負う計算だ。
貧困に直面している人が高い金利を支払わされているのは、債務不履行になる可能性が高いからと一般的には説明されている。借り手の半分が不履行に陥ってしまったら、残りの半分から倍の金額を回収しなくてはならないからというわけだ。
だが、貧乏人が高い金利を払わなければならない理由はこれだけではない。融資を回収するために、その借り手が本当に信頼できる人物なのかどうか、調査するためにかかる費用も大きく影響している。普通、貧困に苦しむ人は、借りることのできる金額も限られている。これは、貸し手が債務不履行を防ぐため、一定の頭金を要求するためである。しかし、調査にかかる費用は融資金額に比例しない。そのため、調査にかかる費用をカバーするために、金利は上がらざるをえなくなる。
さらに悪いことに、これが経済学者の言うところの「乗数効果」を生み出す。金利が上がると、借り手はますます借金を踏み倒す傾向を強めてしまう。そうすると貸し手側は借り手をもっと監視・選別する必要が出てきてしまい、結果として金利がさらに上がることになるのである。
◇伝統的な金貸しとマイクロファイナンスの違い
マイクロファイナンスはそのような負のループを解決するものとして注目を集め、今や世界的な現象にまでなっている。その発端は1970年代のバングラデシュ・リハビリ支援委員会(一般的にBRACとして知られる)と、ムハマド・ユヌスによるグラミン銀行である。借り手は1.5億人とも2億人ともいわれ、そのほとんどが女性だ。マイクロファイナンスの多くは、利潤をあげること、社会的な意義をもたらすことの両方で驚異的な成功をおさめている。
伝統的な金貸しとマイクロファイナンスの違いは、手の届く金利で貧乏人に融資するという社会的意義だけでなく、それを実現するための具体的な方法を考案したことにある。マイクロファイナンスの契約の多くは、個人ではなくグループ単位で融資を行い、そのグループの構成員がそれぞれのローンに連帯責任を負うという形をとる。貸し出すための条件に、すでに互いを知っていることをあげる組織もあれば、週ごとの集会への出席を義務づけることで、互いに知り合いにしようとする組織もある。顧客が互いのことを知っていれば、仲間が困難に直面したとき、助けあおうという気になりやすくなるという理屈である。
もちろん、マイクロファイナンスもその他の金貸しと同じく、まったく返済しない相手には脅しをかけるし、悪質な借り手には社会的なネットワークを用いて、容赦なく圧力をかける。ただ、暴力に訴えかけて返済させるのではなく、マイクロファイナンスは週ごとに集会を開き、その場で一定額を返済させるのが普通である。
この方法だと、返済の確認がとても簡単に行なえるため、融資担当者には大した教育も訓練も必要ない。さらに、新規顧客の勧誘数と担当した顧客の返済率で給与を決めるという成果主義を導入したことで、融資の管理コストは大幅に引き下げられた。このような工夫により、マイクロファイナンスは比較的低い金利で貧乏人への融資を可能にしたのである。
◇マイクロファイナンスには限界がある
マイクロファイナンスの登場により、貧困層の人々でも手の届く金利で、資本を手にすることができるようになった。しかし、それでもまだまだ多くの人々が新規事業を始めようとはしない。事実、マイクロファイナンスが導入されても、高利貸しの利用率がほとんど減らなかった都市も確認されている。
その原因として考えられるのは、貧困層の多くはそもそも事業を始める意欲も能力もないことに加え、マイクロファイナンスが厳格なルールから成り立っているということである。普通、マイクロファイナンスは連帯責任を求めるため、そもそもの繋がりの少ない新参者は排除されやすい。週ごとの返済が必要という条件も、しばらく時間がたたないと儲けが出ないような、中規模以上のプロジェクトの参加を阻害している。マイクロファイナンス機関は「貸し倒れゼロ」を目指す運営をしているが、それが多くの人々の利用を阻んでいるのだ。
もちろん、これはマイクロファイナンスが同調圧力を用いて返済を迫るというやり方をとっている以上、仕方のない側面もある。そもそも、貧困層に対する融資も事業として成立するということを示した点で、マイクロファイナンスの成果は賞賛されて然るべきだ。
だが、この仕組みが一定以上の規模の事業の創設には適していないのもまた事実である。発展途上国の金融にとっての次の大きな挑戦は、中規模企業への資金提供手法を見つけることになるだろう。
一読のすすめ
本書の構成は、貧困における「個人の暮らし」を扱った前半と、「制度」を扱った後半に大きく分かれている。要約では「個人の暮らし」から食に関する部分を、「制度」からマイクロファイナンスに関する部分を取り上げた。豊富な事例とともに、多くの観点から貧困の実態を明らかにしている名著である。現代の教養書として、心から一読を薦めたい。
(記事提供:10分で読める要約サービス flier)
http://diamond.jp/articles/-/95625
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