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ベーシックインカムなぜ注目 労働を巡る構造変化映す
部分的には既に各国導入
山森亮・同志社大学教授
ベーシックインカム(BI)を巡る動きが欧州を中心に相次ぎ、注目を集めている。
BIとは(1)すべての個人に(世帯主ではなく)(2)無条件で(稼働能力の活用などを求めず)(3)普遍的に(所得や資産の多寡を問わず)――生活に足ると考えられる所得を権利として給付しようというものだ。この考え方には200年以上の歴史があるが、現在に至るまで前述の定義通りの形で実現したことはない。
最近の欧州でのBIを巡る動きをいくつか紹介しよう。
第1に、フィンランドで昨年春の選挙で成立したシピラ政権が、公約に掲げていたBIの給付実験を実施に移すべく担当省庁に委員会を設置した。今秋にも委員会は答申を出す見込みで、2018年ごろに給付実験が実施される可能性がある。第2に、オランダのユトレヒトなど4都市が福祉制度の受給者を対象にBI的制度の給付実験を実施する意向を表明し、財務省と協議を進めている。第3に、スイスで今年6月5日にBI導入に関する国民投票が実施され、反対多数で否決された。
これらの背景には何があるのだろうか。フィンランドの政府主導の動きは、税と社会保障制度の合理化という側面が強い。北欧は最低限度の文化的な生活を構成員に保障すべきだと考える社会だ。
BIもしくは、課税最低限に満たない割合に応じて政府が給付する「負の所得税」といった類似の制度(BI的制度)が望ましいとする経済学者は1930年代からいた。古くはジェームズ・ミード、ミルトン・フリードマン、ジェームズ・トービンなどで、近年ではジョセフ・スティグリッツ米コロンビア大教授やアンガス・ディートン米プリンストン大教授らも支持を表明している。
彼らの多くに共通する支持の理由は、所得や資産の多寡を問う形の福祉給付は労働インセンティブ(誘因)をゆがめかねないという点だ。また近年の支持者は、人工知能(AI)などの技術革新の結果、生活賃金を得られる雇用の数は今後劇的に減少し、賃金とは別の再分配政策としてBIが必要となると論じる。
オランダの福祉給付に携わる地方自治体主導の動きにはまた別の側面がある。金融危機後の失業と貧困の増大に、完全雇用を前提とした既存の福祉国家制度が対応し切れていないことへの、現場からの異議申し立てという側面だ。財務省と交渉中の実験案は「信頼実験」と呼ばれる。既存の制度が貧困を防げないだけでなく、福祉給付申請者を疑ってかかるところから始めねばならないという制度の非人間性が問題にされている。
60年代後半から70年代にかけて、欧米諸国の福祉権運動などが同様の問題提起をして以来、連綿とそうした声が挙げられてきた。
一方、スイスの市民主導の動きは、ジョン・メイナード・ケインズが30年に発表した「孫の世代の経済的可能性」で予想した新しい人間の生き方につながっている。経済成長と技術革新により人びとが労働から相対的に解放され、貪欲な金銭欲などの「人びとを苦しめて来た偽りの道徳原則を棄(す)てることができる」日が到来するだろうとケインズは予想した。
12万を超える署名を集めスイスの国民投票を実現させた市民たちは、当初から投票の可決を目指さないというユニークな運動を進めた。主導者の一人エノ・シュミット氏は「賛否は市民一人一人が決めることであり、運動の側から誘導するものではない。私たちが望むのは、生活費を稼ぐために日々追われることから自由になったとき、私たちが何ができるかを皆で考えることだ」と語る(14年1月筆者によるインタビュー)。
こうした動きは新しいものではない。賃金が支払われる労働と、社会のために必要な仕事は必ずしも一致しないことは、60年代末以降の女性解放運動の中心的な問いかけの一つだった。実際、英国の女性解放運動はBIを要求項目の一つとしていた。
つまるところ最近の急速なBIを巡る動きの背景には、進歩と危機の両面がある。一方には技術革新による労働からの相対的解放があり、もう一方には進歩そのものが引き起こす雇用の危機がある。また金融危機は既存の福祉制度への疑義と、ケインズが「偽りの道徳原則」と呼んだこれまで支配的だった考え方への疑義を呼び覚ましつつある。
とはいえ短期的な展望として、完全な形でのBIが導入される可能性は高くない。BIを導入するには、少なくとも財政か金融どちらかの大幅な変更が必要となるからだ。
財政の変更によるBI導入案としては、所得税の累進度強化、40〜50%の定率所得税の導入、消費税への税の一本化、環境税や金融取引税の導入など多様な提案がある。
金融の変更によるBI導入案としては、ヘリコプターマネーによるBI的制度の部分的導入という議論から、米経済学者アービング・フィッシャーの「100%準備銀行制度」(部分準備制度の下で可能になっている信用創造の廃止)や、英社会改良家クリフォード・ヒュー・ダグラスによる「金融の社会化論」などに示唆を得た貨幣・金融制度の全面的な改革という議論まである。ファイナンスに関しては、短期的には問題が残されているが、長期的・理論的には解決は可能だといえる。
では、長期的にBI導入は可能とした場合、どのような問題が想定されるのか。まずは人びとの労働インセンティブの問題がある。
報酬を得られる労働については、税や社会保障が就労に与える影響に関する理論的研究によれば、BIは現行の福祉制度より労働インセンティブを低下させないとされる。理論的にはそうでも、実際に導入してもそうなのか。社会にとって必要なアンペイドワーク(無報酬労働)へのインセンティブについてはどうか。給付実験がこれらの点を明らかにすることが期待される。
最後に待ち構える課題は、心理的問題だろう。私たちは「働かざるもの食うべからず」と教えられ、「働く」ことを市場で報酬を得ることと同一視してきた。ケインズが夢想したように、私たちは将来「労せず紡がざる野の百合を尊敬するようになる」のだろうか。
短・中期的な政策論議への示唆としては、BI的制度の部分的、漸進的導入がある。これは可能であるし現に進行しつつあるともいえる。英国や米国で導入されている給付付き税額控除、欧州のいくつかの国で導入されている普遍的な児童給付は部分的なBI的制度と考えられる。日本で2010年から2年だけ普遍的に給付された子ども手当もこれに当てはまる。また、日本でもよく議論の対象となる税財源による普遍的な基礎年金も同様の考え方といえる。
日本の社会保障制度は経済協力開発機構(OECD)諸国の中で逆進性が強く、再分配機能を十分に果たせていないことや、相対的貧困率が比較的高いことが指摘される。また長時間労働による疲弊や労働生産性の相対的低さ、地域や社会のための活動に従事する時間を見つけることの困難なども指摘されている。
性別役割分業の解体や働くことの意味を問う理念的なBI論の持つ長期的展望、児童手当の普遍化や給付付き税額控除などBI的制度の漸進的な導入についての短・中期的な政策論議の双方が、日本に与える示唆は少なくない。
ポイント
○新たな福祉給付として欧州で構想相次ぐ
○技術革新に伴う労働からの解放も背景に
○逆進性強い日本の社会保障制度にも一石
やまもり・とおる 70年生まれ。京都大博士(経済学)。専門は社会政策
[日経新聞7月8日朝刊P.25]
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