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「またも「ヘリコプター・マネー」論 日本、危ういタブー接近:ヘリマネは表立って必要ない一方、その実施は銀行に破滅的打撃」
http://www.asyura2.com/16/hasan109/msg/400.html
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[やさしい経済学]ヘリコプターマネーとは何か
(1)先進国の景気停滞で議論復活
早稲田大学教授 若田部昌澄
最近、欧米の経済学者やエコノミスト、投資家の間でヘリコプターマネー(ヘリマネ)という言葉が飛び交っています。この言葉はミルトン・フリードマンが最初に使ったものですが、2000年代に米連邦準備理事会(FRB)理事だったベン・バーナンキやジョセフ・スティグリッツ米コロンビア大学教授が論じて注目されました。当時、彼らの念頭にあったのは日本のデフレ不況でした。
その後いったん下火になりましたが、08年のリーマン・ショック以降の先進国の景気停滞を受けて復活します。現在ではリカルド・カバレロ、ジョルディ・ガリ、マイケル・ウッドフォードといった経済学者、英フィナンシャル・タイムズ紙のマーティン・ウルフらが賛同しています。
米著名投資家のレイ・ダリオは金利政策、量的緩和に続く第三の政策として、また債券王と呼ばれたビル・グロスは人工知能(AI)時代の金融政策としてヘリマネの到来を予想しています。ヘリマネの伝道師として注目を集めているのが英金融サービス機構(FSA)元長官のアデア・ターナーです。彼がヘリマネを本格的に検討した著書「債務と悪魔の間で」は大きな反響を呼びました。
一方でヘリマネには疑問や懸念、反対の声も寄せられています。「財政ファイナンス」だから財政規律が失われる、中央銀行の独立性が失われてひどいインフレになる、といった批判が聞こえてきます。インド準備銀行のラグラム・ラジャン総裁は最近の講演で、人々がお金をため込んでしまうから有効性に乏しいと批判しています。
論争はにぎやかですが、ヘリマネの議論は論者によって定義が一致していないために混乱している節があります。またタブー視されることが多く、きちんとした議論がなされていないうらみがあります。この連載では、ヘリマネの定義から始めて、そのメカニズム、今注目を浴びている背景、歴史的に成功した事例と失敗した事例、課題と問題点、そして将来の展望について論じていきます。
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わかたべ・まさずみ 加トロント大博士課程単位取得退学。専門は経済学史
[日経新聞6月16日朝刊P.29]
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(2) 増やした貨幣が恒久的に残る
早稲田大学教授 若田部昌澄
ヘリコプターマネーを巡る議論には定義が曖昧という問題があります。そこで定義を明確にしましょう。
ヘリマネの比喩を最初に用いたのはM・フリードマンです。1969年の論文「貨幣の最適量」で次のように述べています。「ある日、ヘリコプターが飛んできて空から1000ドルの紙幣を落としたとしよう。もちろんこのお金は人々がすばやく拾うだろう。さらに人々はこのことが1回限りのものであると知っていたとしよう」
フリードマンはここから貨幣が経済に追加され、それが回収されないなら、物価は確実に上がるだろうと分析しています。
中央銀行は金融機関から国債などの資産を買い入れる対価として貨幣を供給します。しかし、金融機関への貨幣供給をどれだけ増やしても、金融機関の融資が伸びないと、世の中に出回るマネーの量は増えません。これに対し、世の中のお金の量を確実に増やす手段として、ヘリコプターからのばらまきという比喩が使われているのです。
ヘリマネの核心にあるのは貨幣発行益の利用です。貨幣発行益とは貨幣の額面と製造費用との差額です。例えば、日本の一万円紙幣の製造費用は20円程度と言われていますから、一万円札を発行すると9980円が利益として生み出されることになります。貨幣発行益は、独自の通貨を発行している経済が持つ、税金とは別の財源です。※そうかちょっとまじめに考える!
通常の財政政策では、税収が足りない分を国債発行収入によって補い、財政支出を拡大します。発行した国債は将来の増税で償還することになります。ここで国債発行の代わりに貨幣を発行して支出に充てたらどうなるでしょうか。国債発行の場合と違って債務残高は増えず、家計は将来の増税を心配することなく消費することができます。
貨幣を増やし、増えた貨幣が恒久的に残る。ヘリマネの定義はこれにつきるでしょう。実行する方法は、政府が直接貨幣を発行する政府貨幣、政府債務を貨幣発行によって償還する債務マネタイゼーション、財政支出の金融政策によるファイナンス、中央銀行が家計に直接貨幣を渡すなど様々な形態が考えられます。
[日経新聞6月17日朝刊P.27]
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(3) 名目GDPを増やす効果
早稲田大学教授 若田部昌澄
ヘリコプターマネーは財政政策でしょうか、それとも金融政策でしょうか。フリードマンは金融政策の一つとして考えていました。ただ、財政支出を伴うとなると、中央銀行が財政政策の領分に踏み込むことになるという意見もあります。
貨幣発行益を考える際には、政府と中央銀行を一つのものとして考える視点が重要です。この二つを合わせて統合政府と呼びます。実際に日本銀行は政府が株式の55%を保有する認可法人であり、貨幣発行益などの収入から経費を差し引いた剰余金を政府に納付しています。貨幣発行益を利用するヘリマネは、統合政府の政策と考えるのが最も妥当です。
中央銀行の発行する貨幣は負債なのかという議論があります。兌換(だかん)貨幣は不完全ながら貨幣の価値は貴金属の価値と結びついていました。一方、不換貨幣は、利子もつかず、期限もなく返済の必要もない国債のような存在です。したがって貨幣は負債にならないと考えられます。
ヘリマネには名目国内総生産(GDP)を必ず増やす効果があります。家計に十分な額の貨幣を渡せば必ず支出額が増え、名目GDPは増えます。経済学では未解決の問題は多いのですが、どうすれば名目GDPを増やせるかという問題にはヘリマネという解決策があるのです。
貨幣発行によって、どの程度インフレになるかは状況によります。そこで生じるインフレは国民の購買力を低下させるため、一種の税金とみなすことができます。これをインフレ税といいます。けれども、デフレのときにインフレを目指すと、需要がなく使われていなかった遊休資源が活用されるようになり、経済全体を刺激します。その結果として生産と雇用を増やすので、経済全体に大きな利益が生まれます。デフレ時に有効な増税がインフレ税といえるでしょう。
ヘリマネは量的緩和政策とはどう違うのでしょうか。量的緩和の場合、貨幣を出している限りでは発行益が生じますが、インフレ目標を達成すれば、貨幣を回収することを想定しています。この将来の回収の有無が量的緩和政策とヘリマネの違いになります。
[日経新聞6月20日朝刊P.18]
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(4) デフレ不況の解決手段
早稲田大学教授 若田部昌澄
デフレ不況のときに提唱されるのがヘリコプターマネーです。ヘリマネが復活するきっかけは日本の停滞でした。1990年代の日本は経済成長率が下がり、失業率が上昇し、デフレが始まりました。
2003年に米連邦準備理事会(FRB)のベン・バーナンキ理事(当時)は日本で講演し、デフレ脱却のために金融・財政当局が協力することを訴えました。具体的には政府は家計・企業に対する減税を行い、その財源を日銀による国債の買い入れで賄うことを提唱しました。
またジョセフ・スティグリッツ米コロンビア大学教授は03年に財務省の審議会に招かれて政府紙幣の発行を提案しています。彼は「経済学者としては大罪かもしれないが」と前置きしたうえで、デフレ経済の場合は政府紙幣の発行が検討に値すること、政府紙幣は償還の必要性がないこと、発行額が適切ならばハイパーインフレの危険もないことなどを述べました。
米シティグループの現チーフエコノミスト、ウィレム・ブイターもこの頃からヘリマネをデフレの解決手段として唱え始めました。
その後いったん下火になったヘリマネの議論は、08年の世界金融危機後の経済停滞を受けて、再び活発になっています。リカルド・カバレロ、ジョルディ・ガリといった著名なマクロ経済学者が、これまでタブーとみなされてきたヘリマネを政策の一つとして真剣に検討し始めています。
中でも話題はアデア・ターナー元英金融サービス機構長官の著書「債務と悪魔の間で」です。彼は現代の金融経済システムには問題があるといいます。景気対策として金融緩和を行うと経済規模に対して債務の割合が大きくなり、金融システムの安定性が損なわれる恐れがあります。かといって単純な財政政策では名目国内総生産(GDP)を増やす効果は限られます。
そこでターナーは、家計に直接お金を配るヘリマネを提唱します。ヘリマネは名目GDPを拡大しながら、債務を過度に増やさない一石二鳥の政策というわけです。デフレ不況への懸念が現地味を帯びるほど、ヘリマネを求める声は強まるでしょう。
[日経新聞6月21日朝刊P.24]
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(5) 貨幣発行、適度なら物価安定
早稲田大学教授 若田部昌澄
ヘリコプターマネーには歴史的前例はないのでしょうか。財政政策と金融政策を組み合わせるマクロ経済政策の例は無数にあり、政府による貨幣発行の事例もまた多数あります。
成功例としてよく挙げられるのは、米国の独立前、18世紀のペンシルベニア植民地の政府紙幣です。かのアダム・スミスも「国富論」で評価しています。成功の理由は発行額が大きくなく、運用が「ひかえめ」だったからとしています。
米国の事例には南北戦争期の政府紙幣もあります。北部も南部も金との兌換(だかん)を停止して政府紙幣を発行しました。結果的にどちらもインフレになりましたが、北部の場合は戦争中に80%程度と、高インフレではあるものの、ハイパーインフレは避けています。他方、南部のインフレ率は激しく、一時は月率700%に達したこともあります。その南部も貨幣供給量を減らした時期にインフレ率は急落しています。
日本でも江戸時代に遡れば藩札の例があります。また明治政府が最初に発行した太政官札は高いインフレをもたらしました。
ハイパーインフレに陥ったのは第1次世界大戦後のドイツをはじめとする中欧諸国です。財政赤字を貨幣発行で埋め合わせたドイツでは急激にインフレが進みました。こうした経験からヘリマネはタブーとして忌避されてきました。ただ、ドイツがハイパーインフレになったのは、敗戦で生産力を失ったうえ、戦勝国から多額の賠償金を請求されたからです。さらにフランスに工業地帯を占領され、供給が極端に落ちたことでインフレが高進しました。
ハイパーインフレは中央銀行に独立性があっても起きます。当時のドイツの中央銀行には独立性がありましたが、総裁ルドルフ・ハーフェンシュタインはいくら貨幣を発行してもインフレにはならないという誤った考え方だったため、方針転換が遅れました。最終的にハイパーインフレが鎮まったのは政府が断固とした意志を示したからでした。
貨幣の発行は行き過ぎるとインフレに、少なすぎるとデフレになり、適度なら物価安定をもたらします。歴史が教えるのはこの当たり前の教訓です。
[日経新聞6月22日朝刊P.26]
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(6) デフレ不況を克服した高橋財政
早稲田大学教授 若田部昌澄
最近のヘリコプターマネー論議がデフレ不況からの脱出という文脈で語られることから、最も興味深いのは戦前の高橋財政の評価です。1931年に4度目の蔵相に就任した高橋是清は、金本位制から離脱して政策の自律性を取り戻すと同時に、日銀が国債を直接引き受ける金融緩和策と財政拡張策を実施しました。
この高橋財政によって日本は大恐慌からいち早く離脱できたとして、大恐慌研究の権威、C・キンドルバーガーやB・バーナンキが高く評価し、A・ターナーもヘリマネの成功例とみなしています。
高橋財政には毀誉褒貶(ほうへん)が伴うのも事実です。政府の財政支出増加のかなりの部分が軍事費だったこと、36年の二・二六事件で高橋蔵相が暗殺された後、インフレ率が上昇し戦後には高インフレに至ったこと、42年制定の日本銀行法のもとで日銀が従属的な位置に置かれたことなどへの批判があります。
しかし、財政支出が増えたのは33年くらいまでで、その後、高橋蔵相の暗殺までは増えていません。重要なのは政府支出が増えることで、それが軍事費だったことを批判するのは公平ではありません。さらに、日銀は国債の直接引き受けを行いましたが、その一方で適宜国債を売却し、貨幣の量を適切に管理しました。
敗戦後に高進したインフレの責任を高橋蔵相に問うのも筋が通りません。戦争中、軍部は軍票を発行して事実上の貨幣として流通させていました。かつて小宮隆太郎東大名誉教授が「国家権力を掌握した軍国主義は、日銀引き受けによる国債発行の前例があろうがなかろうが、自分たちの望む軍事費を調達したであろう」と述べたのは正しい評価といえます。
高橋財政は重要な教訓を教えてくれます。第一に、ヘリマネは大恐慌のような大デフレ不況も克服できるほど有効な政策です。第二に、当然ながら貨幣の発行量が行き過ぎるとインフレをもたらしてしまいます。第三に、結局のところヘリマネは統合政府の政策ですから、政策運営のカギは中央銀行の独立性よりも統合政府の規律付け、ガバナンスがうまくいくかどうかにかかっています。
[日経新聞6月23日朝刊P.19]
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(7) 統合政府の規律付けが課題
早稲田大学教授 若田部昌澄
ヘリコプターマネーには批判や懸念もあります。第一に、金融緩和政策に否定的な論者がヘリマネの有効性に疑問を投げかけています。インド準備銀行のR・ラジャン総裁は中央銀行が「貨幣を窓から投げ捨てる」ような政策を採ると、かえって人々は貨幣を退蔵して支出しないのではないかと否定的です。しかし、貨幣を家計に渡しても支出がまったく増えないとは考えにくいでしょう。
第二に、法律上の問題を指摘する意見があります。日本は財政法の第5条で、日銀による国債の直接引き受けを原則として禁止しています。ただ、財政法第5条にはただし書きがあり、「国会の議決」がある場合は可能としています。毎年このただし書きに基づき、日銀の保有国債が満期を迎えると、「日銀乗り換え」として新発国債を直接引き受けています。2016年度は8兆円の予定です。したがって法律上の障害はないと考えられます。
第三に、中央銀行の独立性を損なうと懸念する声もあります。歴史的に見て、ヘリマネはデフレへの特効薬ですが、処方量が多すぎるとインフレが進みすぎます。政治家はこの便利な道具を何度も使う誘惑にかられるかもしれません。政策の主体は結局のところ政府であり、中央銀行の独立性もまた政府の理解がなければ成立しません。デフレやインフレ、ハイパーインフレの鎮圧に必要なのは統合政府の意志と決断です。
ヘリマネの成否は統合政府の規律付けとガバナンス次第です。ガバナンスについては、インフレ期には中央銀行の独立性が強まり、デフレ期には独立性が弱まる仕組みを提案する研究者もいます。A・ターナーは政府から独立した機関がヘリマネを実行する構想を明らかにしています。またB・バーナンキは、中央銀行に財務省の口座を設けて、そこに中央銀行が金額を決めて振り込み、使い道は議会が決めるという案を披露しています。
現時点ではインフレ目標があります。改善は必要ですがインフレを抑制する点ではうまくいっています。統合政府の規律付けとガバナンスは、インフレ目標を軸に確保するのが妥当なところでしょう。
[日経新聞6月24日朝刊P.29]
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(8) ベーシック・インカムと親和性
早稲田大学教授 若田部昌澄
20XX年。人工知能(AI)の発達でロボットが大部分の仕事を担い、人間はもはや生活のための仕事はしていません。人々の生活を支えるため、政府は全国民にベーシック・インカム(毎月一定額の生活費を支給)を提供しています。
持続的に生産性が向上する世界で潜在成長率は高く維持されています。けれども需要は作り出さなければなりません。中央銀行は潜在成長率の上昇に足りない分の需要を作るためにも、ベーシック・インカムで個人にマネーを配ります。ただ、現金は存在せず、一人一人に割り当てられた電子マネーアカウントに一定額が振り込まれます。
荒唐無稽に聞こえるでしょうか? 債券王と呼ばれたビル・グロスは今年5月のリポートで似たような未来予想をしています。
AIの台頭も少し前までは絵空事でした。しかし、今や自動運転車も現実的な課題です。ベーシック・インカムも現実味を帯びてきました。6月5日のスイスの国民投票では否決されましたが、急速な技術革新と雇用喪失への不安は、ベーシック・インカムをますます現実的な選択肢にするでしょう。将来、中央銀行が家計に直接マネーを配る形のヘリコプターマネーが実現しないとは限りません。
もっとも、中央銀行が金融を緩和し、政府が支出を恒久的に増やすのもヘリマネです。B・バーナンキはブログで、現在の米国経済はデフレの危険は遠ざかっており、ヘリマネは現実的政策としては考えにくいと述べています。しかし、デフレ懸念を抱える国やデフレからの脱却に苦しむ国では真剣な検討に値します。日本ではアベノミクスにもかかわらず、消費者物価指数は2カ月連続でマイナスに転じ、消費増税以降、消費低迷が続いています。
中央銀行が家計に直接貨幣を配りはしないにせよ、インフレ目標のもとで中央銀行が国債を買い入れ、それを財源として政府が財政支出を拡大する政策は現実に可能であり、実行されていると見ることもできます。その意味でヘリマネはすでに離陸の準備ができているともいえるのです。
[日経新聞6月27日朝刊P.16]
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