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英EU離脱という特大リスクを前に投資家はどう行動すべきか
http://diamond.jp/articles/-/93469
2016年6月22日 山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員] ダイヤモンド・オンライン
■ 「リーマンショック級」か?
つい先頃まで、安倍首相は、消費増税延期の理由として「リーマンショック級」の危機事態を探していた。しかし、本来は、単に「デフレ脱却がまだ不十分であること」を理由に増税を延期すれば良かったのであり、あの努力は無意味なものだった。ところが、首相の執念が引き寄せた訳ではないのだろうが、少々タイミングは遅れたが、英国がリーマンショック級の理由をプレゼントしてくれる可能性が出て来た。
6月23日(木)に、英国のEU離脱の可否を問う国民投票が行われる。ここで、通称「ブレグジット」(ブリテンの「BR」に「EXIT」を付けた造語)こと英国のEUからの離脱が決まると、世界の経済と金融市場に大きな衝撃がもたらされる可能性がある。
ブレグジットが行われると、英国とEUとの貿易に関税が発生する。これは、経済理論的には、英国・EU双方にとってマイナスである。また、人の移動が制限されて英国への移民の流入が減ることによって、英国企業が安価な労働力を利用できなくなるし、ブレグジットが行われない場合と比較して将来の労働人口が減ることになり、企業の収益悪化や経済成長率の低下が見込まれる。例えば、OECD(経済協力開発機構)は、ブレグジットが行われた場合、2030年時点の英国の実質国内生産が7.7%減るといった試算を発表した。
英国のエリート層や経済界は、英国の経済にとって明らかにマイナスなのだから、ブレグジットが得策でないと国民を説得することが可能だと考えていたのかもしれないが、彼らは油断していたのかもしれない。経済全体の成長が生活実感に結びつかない庶民層にとっては、移民に職を奪われる可能性や、移民の増加による治安悪化やテロのリスクといった事柄の方がリアリティのある問題なのだろう。また、EUの官僚による規制を嫌う声が英国内にあるとも聞く。「経済全体のプラス・マイナス」だけでは、十分な説得材料になりにくい。
離脱反対派の国会議員が射殺されるという衝撃的な事件が起こったこともあり、目下離脱反対派がやや優勢だとの観測が伝えられているが、各種の世論調査で賛否は拮抗しており、離脱が決まる可能性も十分あって予断を許さない。
国論を二分するような大問題を国民投票で決着することができる英国が羨ましいような気がする一方、投票者の心理的な揺れが結果に大きな影響を与える一回の国民投票で国の進路を決めることの危うさが心配でもある。
■賛否が市場に与える影響
ブレグジットの可能性は日本にとっても他人事ではない。特に、投資家にとっては大問題だ。ブレグジットが可決する場合、と否決される場合の影響は、可決の場合、「円高」と「株価下落」、否決の場合はその逆だろうというのが大方の予想だ。
ブレグジット可決の場合、英国は経済へのダメージの予想と共に、将来の不確実性が増すことにもなるので、英国から資金が流出することと、英国に流入する資金が減ることの両方が予想される。この場合の資金の行き先として、相対的に安全とされる日本円が選好される可能性が大きく、かなりの円高圧力が掛かる公算が大きい。
円高は、それ自体が直接的なデフレ要因でもあるし、日本企業の収益悪化や日本の製品や労働者の国際的な競争力の劣化につながるので、日本企業の株価下落につながることがほぼ不可避と思われる。
加えて、可決の場合、英国の株価は大幅に下落することが見込まれる。すると、世界に分散投資している機関投資家のポートフォリオの価値が損なわれるため、彼らのリスク許容度が下がって、日本株も売られる可能性がある。
もう一つ、ブレグジットが可決した場合、英国及びEUと経済的なつながりが大きな中国の経済的ダメージが、中国株の下落を呼び、これを通じて円高と日本株の下落がもたらされる影響チャネルにもリアリティがある。
以上のようなまだるっこしい理屈はさておき、ブレグジット可決は為替市場で「大きな円高要因」、株式市場では「大きな株価下落要因」として理解されている。
6月24日(金)の日本の株式取引時間中にも国民投票の大勢が判明しそうであり、可決・否決いずれの形勢に傾くとしても、為替レート、株価共に、大きく動く可能性がある。
なお、さらに話が煩雑になるので恐縮だが、投票の形勢が為替レートと株価に表れる「程度」は、新しい情報が入る直前にどのような予想の下に為替レートと株価が形成されていたかに大きな影響を受ける。現状で言うなら、離脱反対派がやや優勢との観測に信憑性を感じている人が多いように見受けられるので、ブレグジット否決の場合の円安と株価上昇の率よりも、ブレグジット可決の場合の円高と株価下落の率の方が大きくなるように思われる。まさに、リーマンショック級の衝撃になる可能性もゼロではない。
■原則として投資家は動かなくていい
仮に、3分の2の確率でブレグジットが否決され、その場合の株価上昇率は5%が期待でき、3分の1の確率でブレグジットが可決され、その場合の株価下落率は10%に及ぶと見込まれるとしよう。読者なら、どうされたいか? 株式を買うか、空売りするか、あるいは何もしないか。
「期待値はゼロなのに、リスクを取るのは割に合わない」という理由から、「何もしない」と答えを出したとすれば、優等生的な答えであり正解だ。
では、既に株式に投資している人はどうしたらいいのだろうか。リスクがあるのに、期待値はゼロなのだとすると、持ち株を売りたくなるかもしれないが、これは正解だろうか。
実は、大まかに言うと、プラスの場合の期待値とマイナスの場合の期待値の影響が均衡するように現在の株価を付けるのが株式市場の機能なのだ。現在、市場参加者が見込んでいる上下の確率と影響が正しいとするなら、株価はブレグジットに関する投票のリスクも織り込んで形成されているはずであり、それ以外のリスクも合わせて資本を提供することのリスクプレミアムが割引率に織り込んで形成されているはずなのだ。
株式市場がそれほど立派な機能を持ったものだとは信じられないという人もおられよう。筆者もその意見に半ば同意するが、それでは、市場が情報を織り込んで形成した株価を「誤りである」として、別の株価が正しいことを主張できるだけの根拠も判断力も筆者にはない。勝手に推測するのは失礼かもしれないが、読者も、さらには他の市場参加者も大半の方がそうなのではないか。
投資家は「今までの投資額が自分にとって適切だと思っていたのであれば」、ブレグジットを巡る投票を理由に投資額を変える必要はないというのが原則論的な正解である。
もちろん、市場参加者の評価が間違っていると思う投資家は、株を買い増すなり、空売りするなりしても構わない。
あるいは、ブレグジットのリスクを考えた時に、あらためて「リスクを取るのは嫌だ」という感情が増して、株式投資の額を減らす人がいるなら、それはその人にとって少なくとも主観的には合理的な意思決定なのだから、他人がこれを責めるには及ばない。
■市場混乱ゆえのチャンスを探る
敢えて、もう少し積極的にチャンスを探すとすると、どのような手があるか。
一つには、仮にブレグジットが可決された場合、市場は相当な混乱に陥る可能性がある。ブレグジットの影響が大きな株式も、そうでない株式も一斉に売られるかもしれない。
この場合に、実際に受ける影響以上に売り込まれた後者の株式を安値で買うことができれば、それは有利な取引だと言えよう。
実際に株価の変化が起きてからそれを評価して行動を決めなければならないのが原則論だが、例えば、次のようなことが起こらないか。
ブレグジットが可決したとしよう。多くの投資家が、経済の先行きを悲観してグローバルに分散投資するファンドを大量に解約したとする。ファンドマネジャーは解約に対応するために、ファンドが保有する世界各国の株式を選り好みせずに一斉に売らなければならない。この場合に、割安な株価なので、通常の事態ならむしろ買い増ししたい国の株式も売る、といったことが起こるかもしれない。
こういった状況が起きた時に、例えば市場の取引が薄くて株価が大きく動きやすい新興国の株価などは、「下げ過ぎ」の状態に陥る可能性がないだろうか。
筆者は、ここ2、3年、米国の金融政策が緩和から引き締めに向かう課程で、米国株よりも新興国の株価の方が大きな悪影響を受けるのではないかと思っていた。これは、現実に、大筋でそのような事態が起こった(当たったことを自慢しているのではない。2回に1回くらいは当たるのだから…)。そして、利上げが本格化する今年あたりは、新興国株式の「底値」を探すチャンスではないかと、年初来、今年の狙い所として期待していた。
筆者は、個人的に、ブレグジットが可決した場合には、新興国株式が売られ過ぎになる事態が起こる事を楽しみにしている。市場にコメントする商売柄、自分のお金で投資する訳ではないが、自分の読者に対して、新興国株式に投資するETFに投資することを勧めるのだ。気分的には、正直なところ、少しワクワクしていると言ってもいい。
もちろん、日本に住む一生活者としては、ブレグジットが可決せず、円高も株安も起こらずに、日本経済がデフレ脱却に向かうことを期待しているし、たぶん一証券マンとして、さらにはマネー運用本の著者としての自分の生活のためにも、ブレグジットが否決される方がありがたいのだろう。
さて、どうなるだろうか?
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