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有料老人ホームの「入居一時金が戻ってこない」問題、司法の判断は?
http://diamond.jp/articles/-/91858
2016年5月25日 浅川澄一 [福祉ジャーナリスト(前・日本経済新聞社編集委員)] ダイヤモンド・オンライン
■戻ってこない「入居一時金」の問題
作家、水村美苗さんの小説に「母の遺産――新聞小説」がある。終末期の医療問題を描き、実母を看取った作家の体験を踏まえていると言われる。
その冒頭部。「ええっ、あれだけしかいなかったのに、1000万円も消えちゃうの?」「そんなもんらしいの」と憤る主人公の姉妹の会話が意表を突く。
姉妹の母親が2700万円の入居金を払って有料ホームに入居し、8ヵ月後に亡くなる。家族には1700万円しか返ってこない。その時の姉妹の電話での会話である。
入居した有料ホームでは、初期償却が3割とある。数字がリアルなので、作家の体験らしいな、と想像しながら読んだ。
初期償却とは、入居時に利用者が支払う前払金(入居一時金)のうち戻って来ない分のこと。
入居者やその家族から初期償却についての苦情が絶えない。償却率は企業や有料ホームによって異なるが、10〜30%が多い。例えば、入居金1000万円を支払って入居した施設の償却率が20%とすると、半年後に亡くなった場合、200万円は戻って来ない。
入居した途端に差し引かれる。払う側からすると、「何のサービスも受けていないのに、なぜ、一方的に取られてしまうの」という疑問が湧いてくるのは当然だろう。もちろん、入居中にはこの他に家賃や食費、水光熱費などがかかる。
契約に書かれているから仕方ないと、言われていた。ところが、その契約内容に司法の判断が下されるかもしれないことになった。
適格消費者団体の公益社団法人・全国消費生活相談員協会(東京、金子晃会長)が消費者団体訴訟制度により3月14日、有料老人ホームを運営する東急不動産に対し初期償却を止めるよう東京地裁に訴訟を起こした。
消費者団体訴訟制度は、消費者全体の利益を擁護するため、一定の要件を満たす消費者団体を内閣総理大臣が適格消費者団体として認定。その団体に事業者の不当な勧誘や不当な契約条項の使用などの不当な行為に対する差止請求権を認めたものだ。
2007年6月から改正消費者契約法が施行され、この制度が始まった。
全国消費生活相談員協会は初期償却が消費者契約法10条に違反するとしている。消費者契約法10条が規定する民法第1条第2項には「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない」とある。初期償却の金額が高額であるところから、この「信義」「誠実」に沿わないと言うことだ。
対象となった施設は有料老人ホームの「グランクレール藤が丘」(横浜市)。最初の公判が5月24日に開かれた。
■初期償却を認めていない東京都と埼玉県
実は、初期償却について認めていない地方自治体がある。東京都と埼玉県は初期償却を設けている施設を「不適合」としており、東京都ではホームページ上で×印まで付けている。行政が事業者に対して「アウト」の意味の×印を張ってしまうのは珍しいことである。
両自治体が決めた有料老人ホームの運営ガイドラインである有料老人ホーム設置運営指導指針に合致しないからだという。有料老人ホームは老人福祉法に基づいて、届け出制となっており、届け出を受理して運営を認めるのは都道府県の業務。
全国の都道府県は、厚労省のモデルに倣ってはいるが、独自に有料老人ホーム設置運営指導指針を作成し、その基準を守るように事業者を指導している。
なぜ、東京都と埼玉県は「不適合」と断定したのか。
そもそもの発端は厚労省が2011年6月に改正した老人福祉法にある。同法第24条第6項で有料老人ホームについて、「事業者は家賃、敷金、及び介護等その他の日常生活上必要な便宜の供与の対価として受療する費用以外の金品(権利金等)を受療してはならない」とした。
それまで権利金や契約金など様々な名目で徴収していた不明朗な費用徴収を禁じたもので、それなりに画期的だった。
これによって、「将来長生きして、想定した入居期間より長くなる事態に対応させた家賃の前払い」と言われる初期償却を、「日常生活上必要な便宜の供与の対価」ではないと判断し、11年9月にガイドラインを改正したのが両自治体だ。
だが、多くの事業者は「厚労省が初期償却を認めている。東京都などが作ったガイドラインは、あくまで自治体の独自基準で法律ではない。従って、違法ではない」と反論し、事実上無視している。
厚労省の担当、老健局施設支援課に聞くと「初期償却については肯定も否定もしていない。禁止してないのは確か」と何とも歯切れの悪い答えが返ってきた。改正老人福祉法が基本的考え方を示し、「東京都はそれに上乗せ基準を設けたと理解している」。対立しているわけでない、と言いたげだ。
だが、4年前には、厚労省は明確に初期償却を認めていた。改正老人福祉法が施行される直前の12年3月に厚労省は事務連絡を発して初期償却に関わる算定方法を示している。
その内容を含めて、業界団体が11頁の小冊子「消費者向けガイドブック――高齢者向け住まいを選ぶ前に」を同年10月に作成、配布した。
そこでは「想定居住期間を超えた期間に備えて、前払い金として支払った将来の家賃が(一定期間以降)返還されないことがある」と堂々と記しており、初期償却を明示している。
そのガイドブックは、社団法人全国有料老人ホーム協会をはじめ一般社団法人全国特定施設事業者協議会、一般財団法人サービス付き高齢者向け住宅協会、高齢者住宅経営者連絡協議会という有料老人ホーム事業者4団体が作成。
小冊子の最終ページには、「このガイドブックの作成にあたっては厚労省と国交省も協力しています」とわざわざ書き込んでいる。両省のお墨付きである。今更「肯定も否定もしていない」とは言えないだろう。
■「アウト」の事業者はどうなっている?
では、東京都が付けた×印は、事業者から無視され、何の効果もないのだろうか。
現在、東京都が3月末時点で受理している有料老人ホームは全部で679施設。これが都内で運営されている有料老人ホームの総数である。そのうち×印は310施設、46%にも上る。全体の半分近く、多いと思われるが東京都の見方は違う。
東京都福祉保健局施設支援課の担当者はこの数字を「都の施策によってかなりの成果が上っている」と胸を張る。というのも、3年前の2013年3月時点では、585の全施設のうち×印は70%にも達していた。それが、年々下がってきて24ポイントも減ったからだ。
入居金そのものを設けない有料老人ホームも増えている。月払い費用だけでの運営なので初期償却とは無縁だ。月払い方式の施設は、13年3月末には全体の17%だったが、この3月末には27%に上昇している。
こうして、「入居金離れ」が加速している事実から、東京都が「行政指導の効果が大きい」と自画自賛するのも頷ける。東京都のほか、全国的にも月払い方式を設ける事業者が急速に増え、入居一時金との併用型が多数派になりつつある。
とはいうものの、×印を付けてそのまま放って置くのもおかしな「行政指導」と言わざるを得ない。
×印を付けて利用者に警告を発しているにもかかわらず、翌年にまた同じ企業が同じ施設ブランドで運営の届けを持ってくる。それを、また東京都は受理してしまう。4年も繰り返されてきた。
×印はいわば赤信号。自治体から指摘を受けた事業者は、改善するなり、次回は青信号に直して届けを出すのが道理ではないだろうか。改正法には「改善に必要な措置を採るべきと命ずることができる」と定められている。
あるいは、赤信号のままなら都は受理しない手もある。かつて、廊下幅や個室要件などガイドライン基準に合わない施設を「類似施設」と呼び、都道府県が有料老人ホームとして受理しない時代があった。今の東京都の対応は中途半端、腰が引けていると言わざるを得ない。
■名だたる大手事業者が「×」印
そして、×印を付けられた企業をよく見ると特定の事業者が多い。進研ゼミで知られる教育産業のベネッセグループの一員、ベネッセスタイルケアが目を引く。業界最大手の事業者である。
アリア深沢、グランダ田園調布、ボンセジュール町田鶴川、メディカルホームグランダ三軒茶屋、ここち多摩川大田……。施設名こそ異なるが、いずれも同社の施設。310の×印施設のうちベネッセだけで97ヵ所にも上る。3分の1近い。
ニチイホーム三鷹。ニチイホーム南品川、ニチイホーム鷺宮など、ニチイケアパレスの運営する施設も多い。ニチイケアパレスは、介護業界の最大手、ニチイ学館グループに所属する。
こうした名だたる大手事業者が×印を受けている。だが、事業者のほとんどは「厚労省が初期償却を認めている」と判断しており、×印のベネッセスタイルケアも「厚労省の事務連絡に従って契約書を作っている」と主張する。東京都のガイドラインについては「ノーコメント」と話す。
初期償却を巡っては、老人福祉法の改正時に消費者団体から強いアピールがあった。適格消費者団体のNPO法人消費者機構日本(東京)が、内閣府に「法改正で初期償却は認められないことになった」と意見書を提出。この動きに東京都が応えたともいえる。
さらに、同機構は11年11月に東京都を除く46道府県に「東京都と同じ条項を明示してほしい」と要請書を送ったが、残念ながら反応はなかった。
もうひとつ、適格消費者団体のNPO法人消費者支援機構福岡(福岡市)が13年10月にLIXILを相手取って訴訟を起こした。同社の運営する住宅型有料老人ホーム「レジアス百道」が初期償却を契約条項に加えていたためだ。その後、LIXILが初期償却契約を削除したため、昨年8月に福岡高裁の控訴審判決を受け入れた。
消費者契約法10条違反は受け入れられず、形式的には敗れはしたが、事業者が初期償却契約を削除したので「実質勝訴」となった。
今回の東急不動産を訴える裁判は、これに次ぐものとなる。共に個別の事業者相手のため、制度としての初期償却の是非を問うものとはならないかもしれない。だが、裁判の過程で、東急不動産が「厚労省の通達や指示通りに契約書を作成している」と主張し続ければ、厚労省による改正老人福祉法の解釈の是非まで踏み込んだ判決が期待できる。
裁判の行方次第では、多くの企業の社会的責任が問はれかねない。
現実の有料老人ホームの支払い法は、月次払い方式を導入する企業が急速に増え、一括前払いとの両建てが一般的になってきた。ベネッセもこの3、4年で月次払い方式を各施設で相次いで取り入れるようになった。
有料老人ホーム特有の「利用権方式」は日本独特のものである。かつて、有料老人ホームの利用者は一部の富裕層に限られていた。そのため、供給側に優位な仕組みがまかり通っていた時代があった。
だが、今や特別養護老人ホームの個室ユニットタイプと大差のない有料ホームが広がってきている。利用者も一般市民、一般消費者になり、事業者には社会性や普通の日常感覚が求められてきている。
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