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カナダ西部アルバータ州で遠方に立ち上る山火事の煙(2016年5月7日撮影)。(c)AFP/Cole Burston〔AFPBB News〕
サウジの「自覚」にかかる原油市場の先行き 原油価格50ドル超えをうかがうも楽観はできない
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46821
2016.05.13 藤 和彦 JBpress
主要産油国の増産凍結協議が4月17日のドーハ会合で決裂して以降、事前の予想に反して原油価格は1バレル=40〜46ドル台で推移している。
その要因はクウェートの石油産業労働者の大規模スト(4月18日から日量約170万バレル減少、デモは3日で終息)とカナダ・アルバータ州の大規模な山火事(5月1日に発生、日量約100万バレルのオイルサンドの生産が停止)である。
このところ原油市場では、米国での原油在庫が高止まりしているにもかかわらず、シェールオイルの急速な減産を見込んで原油価格が上昇するとの見方が優勢だった(5月2日付ブルームバーグ)。これにクウェートのストやカナダの山火事が加勢したため、原油価格は2016年2月に付けた最安値(1バレル=26.19ドル)から約60%以上の急回復を示している。
4月27日付ブルームバーグによると、原油価格が同45ドル近辺に回復したことで「石油業界の新たなマジックナンバーは50ドルだ」と言われ始めているという。石油業界関係者が「原油価格が1バレル=50ドルを上回れば石油会社の掘削活動が盛んになり、必要とされているキャッシュフローの押し上げにつながる」との予想を相次いで示しているからだ。油田コンサルタント会社ウッド・マッケンジーも「原油価格の平均が1バレル=53ドルなら世界の石油業界の上場企業大手50社は損失を食い止めることができる」としている。
業界関係者の期待どおり、原油価格は年後半に向けて1バレル=50ドル超えとなり、その後安定的に推移していくことになるのだろうか。
■サウジの“大物”石油大臣が退任
そこで気になるのはやはりOPECの動きである。
4月30日付ブルームバーグによれば、OPECの4月の原油生産量は前月から約48万バレル増加し、日量約3322万バレルに達した。これはブルームバーグが調査を始めた1989年以来最も高い数字である。クウェートがストで減産したにもかかわらず、イランが2011年12月以来最大の日量350万バレルを記録するとともに、サウジアラビアも前月比8万バレル増の同1027万バレルになった(2015年11月以来で最高)。
5月に入るとイランは原油生産量を日量380万バレルに引き上げた(5月4日付ブルームバーグ)。また、サウジアラビアは今後数週間で原油生産量を日量1050万バレルにまで引き上げるようだ(4月30日付ロイター)。
サウジアラビアとイランの増産競争が激化する最中の5月7日、サウジアラビアのサルマン国王は、20年以上にわたって同国の石油政策を担ってきたヌアイミ石油鉱物資源相を退任させ、国営石油会社サウジアラムコ会長で保健相のハーリド・ファリハ氏を起用する人事を発表した。
ヌアイミ氏は80歳と高齢であるため、退任は時間の問題と言われていた。だが、なぜOPEC総会を来月に控えたこのタイミングだったのだろうか。
4月のドーハ会合で、当初サウジアラビアは増産凍結を支持する意向を示唆していた。だがサルマン新国王の体制下で権限を一手に握るムハンマド副皇太子がイランにも同調させることにこだわり、土壇場でこの方針を覆してしまった。そのため、ヌアイミ氏の面目は丸つぶれとなった。
後任のファリハ氏がムハンマド副皇太子の側近であることなどを踏まえると、ヌアイミ氏自身が「会議に出席してもなんら決定権のない石油鉱物資源相なら辞任した方がましだ」と考えても何ら不思議ではない。
ヌアイミ氏と言えば、サウジアラビアの伝説の石油相だったヤマニ氏に匹敵するほどの大物の石油大臣だった。ヤマニ氏は1962年から1986年にかけて石油相を務めたが、在任中に1973年の第1次石油危機を演出したことで有名である。しかし石油を「政治の武器」にしたことで手痛いしっぺ返しに遭い、1986年の逆オイルショックを引き起こしたとして責任を問われて解任され、その後も自宅軟禁の憂き目にあった。ヌアイミ氏の頭に「ヤマニ氏の二の舞は避けたい」との懸念もよぎったのではないだろうか。
■「目標価格帯を設けない」という一大転換
5月2日のOPECの理事会でも、ヌアイミ氏の退任を示唆する出来事が起きていた。サウジアラビアのマディ理事が「過去数年で事態が大きく変わったので、目標価格帯の設定は無益になった」との見方を示したのだ(5月5日付ロイター)。
「目標価格帯」とは原油価格を安定させるために2000年3月にOPEC総会が非公式に取り決めた合意事項のことである。サウジアラビアはこれまで一貫して目標価格帯を尊重し、現状の価格水準が望ましくないと判断すれば、OPEC内で減産または増産を主導してきた。例えば2008年、当時のアブドラ国王はヌアイミ石油鉱物資源相とともに1バレル=75ドルを適正な原油価格と設定し、リーマンショック後暴落した原油価格を支援するための減産を主導した。その後、減産により1バレル=40ドル未満だった原油価格は同100ドル超にまで上昇した。
このように目標価格帯の放棄は、ヌアイミ氏がこれまで実施してきた石油政策を全否定することになると言っても過言ではない。
目標価格帯を放棄する理由としてサウジアラビアは「OPECは、市場が独占的ではなく競争的になったことが明白なように構造変化が起きている点を認識しなければならない」としている。このことは、5年前に生じた米国のシェール革命などにより「原油が希少な資源だ」という考え方が通用しなくなったことを意味する。
原油が稀少とみなされていた時代には、サウジアラビアにとって「競争相手にシェアを奪われても、減産して長期的な収入を最大化しなければならない」とする戦略が正しかった。だが、原油の希少性が薄まった現在は「低価格でも増産した方が、減産して市場シェアを奪われ少ない量の原油しか売れなくなるよりましだ」という理屈である。
さらに、過去には原油価格が低下すれば世界的な需要は大きく増加したが、今は自動車の燃費向上や環境規制などのため需要の伸びは抑えられている。
「目標価格帯を設けない」という考え方は、「原油立国」から「投資立国」へとサウジアラビア全体の大転換を図ろうとしているムハンマド副皇太子が主導していることは言うまでもない。
これまで何度も「OPECは死んだ」と言われてきた。だが、サウジアラビア代表がOPECの席上で「すべての生産者の利益のために減産して価格を下支えするという昔に戻ることは決してない」と明言したことは、1960年に設立されたOPECの歴史上初めてだろう。6月2日に開催される総会でOPECはついに死んでしまうのだろうか。
■原油価格50ドルはシェール企業の生命線そのもの
上昇基調にあった原油価格も、5月9日に入りカナダの山火事がオイルサンドの生産に与える影響が少ないとの見方が広がると、1バレル=46ドル台から43ドル台に急落していた(11日の原油市場は米原油在庫の予想外の減少とナイジェリアの供給懸念で同46ドル台に急上昇した)。
カナダの山火事が発生する直前にBNPパリバとUBSの専門家は「5月中に原油価格は1バレル=30ドルに戻る」と予想していた。ゴールドマン・サックスも相変わらず弱気の姿勢を崩していないことから、市場外での供給途絶要因が新しく発生しなければ、原油価格は今後下がることはあっても上がることはないだろう。
原油価格が再び下落すれば、米国のシェール企業がますます窮地に追い込まれることは必至である。シェール企業の昨年からの倒産件数は60社を超え、負債総額が既に約200億ドルに上っている(4月25日付日本経済新聞)。
米ウェルス・ファーゴは「シェール企業の安定的な事業継続のために原油価格は1バレル=50〜55ドルまで回復する必要がある」と指摘する。米金融オッペンハイマーに至っては「1バレル=50〜60ドルに戻ったとしても、シェール企業の半数は事業を継続できる状況にない」と手厳しい。原油価格50ドルは石油業界全体にとっては望ましい水準かもしれないが、シェール企業にとっては生命線そのものである。
■今年の第1四半期で15社のシェール企業が破産申請
米国の金融機関もシェール企業への融資の引き揚げに高い代償を支払っている(4月27日付ブルームバーグ)。金融機関の多くは、埋蔵されている原油や天然ガスを担保にする融資債権を損失を出しても売却していると言われている。このような事情もあり、金融機関が年初以降にシェール企業から引き揚げた融資総額は64億ドルと2年前に原油相場が下落して以来最大となっている。
5月4日付ロイターは「米国のシェール企業の破産申請数が59社に達し、米国のテレコム企業の倒産が相次いだ2002〜2003年の破産申請数(68社)に迫りつつある」と報じた。2016年の第1四半期だけで15社のシェール企業が破産申請したが、「第2四半期の破産申請数はさらに増加する」と専門家は指摘する。
テレコムブームだった1998年から2002年にかけて発行された社債総額は1771億ドルだったのに対し、シェールブームの期間である2010年から2014年にかけて発行された社債総額は約3507億ドルと約2倍である。さらに問題なのはテレコムブーム企業が発行した社債に占めるジャンク債の割合が10%以下だったのに対し、シェール企業が発行した社債に占めるジャンク債の割合は50%を超えていることである。
年初来の原油価格の上昇とともに3カ月にわたって値段を上げてきたジャンク債市場だったが、5月に入り勢いを失いつつある。世界最大の資産運用会社である米ブラックロックが運用するジャンク債ETF(上場投資信託)が4営業日で約26億ドルが償還されるなど警戒信号を発しつつある(5月6日付ブルームバーグ)。年率20%超の値上がりをしたジャンク債の活況に一部の投資家の間に疑念が生じたことが原因だ。
シェール企業の倒産が今後も高水準で続けば、ジャンク債の売りは「確証」に変わり、これによるリスクオフ効果で米国をはじめとする世界の金融市場は大揺れになるだろう。
■サウジはOPECの雄としての自覚を取り戻せ
国際エネルギー機関(IEA)のピロル事務局長は5月1日、ロイターとのインタビューに対し「原油相場の底入れは世界経済の情勢次第である」と語った。だが、むしろ原油相場の推移が今後の世界経済に与える影響の方が大きいのではないだろうか。このことから原油価格50ドルは石油産業のみならず世界経済にとってもマジックナンバーなのではないかと思えてくる。
サウジアラビアは石油を「政治の武器」に使う傾向が出ているが、ヤマニの教訓を忘れてはならない。また投資立国に舵を切ったからこそ、世界の金融市場に大きな影響を与える原油価格の動向を無視できないはずだ。そのことをサウジアラビアはいつ気づいてくれるのだろうか。OPECの雄としての自覚を取り戻すことを願うばかりである。
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