「中国生活「モノ」がたり〜速写中国制造」 家政婦は見た! 中国経済の異変不景気で減る仕事 帰省できず爆竹禁止でたまる鬱憤 2016年2月18日(木)山田 泰司 爆竹・花火禁止を呼びかける横断幕やポスターが年の瀬の町の至る所に掲げられた(上海市内) [画像のクリックで拡大表示]
「爆買いはもう終了」、との声もありつつ、この春節(旧正月)も大勢の観光客が日本各地を訪れ旺盛な消費力を見せつけた。一方、中国国内、それも私の生活する上海市内に目を転じてみると、今年の春節は気になる2つの変化が見られた。1つは春節の風物詩とも言える花火と爆竹の禁止。もう1つは春節にも帰省せず上海にとどまる家政婦など出稼ぎ労働者が増えたことである。中でも帰省しない家政婦の一件は、中国経済の変調をうかがわせる、気になる現象である。 中国に来たことのない人でもニュース映像などで一度は見たことがあるのではないかと思うが、中国の春節を象徴するものの一つに、人々が爆竹を鳴らし花火を打ち上げることがある。春節の休暇期間を通じて、昼夜問わずに町のそこかしこから爆竹や花火の音が聞こえるのだが、ピークは3回ある。除夕(大晦日)から初一(春節初日)に日付が切り替わる前後の1時間、お金の神様である財神が天から地上に降臨するのをお迎えする日とされる初五(春節5日目)の未明、そして春節休暇が終わりを告げる春節15日目の元宵の夜がそれで、上海中の市民が同時多発的に一斉に鳴らすため、家の中で目の前にいる相手の声が聞き取りにくいほどの爆音と、朦々たる煙に町が包まれる。 ところが今年は、大気汚染のこれ以上の悪化を食い止めることを目的に、大都市を中心にこれを禁止する土地が続出した。上海でも中心部を取り巻く環状線の内側での打ち上げが禁止された。 日本人の想像を絶する中国人の爆竹好き 中国人は、春節に帰省すること、そして家族で爆竹を鳴らすことを人生の楽しみに、そして励みにして暮らしているようなところがある。 私はこれまで、何度も中国で春節を過ごしたが、帰省はともかく、大人になってまで爆竹を鳴らすことの何がそんなに楽しいのか、残念ながら今に至るまで、実感としては皆目分からないでいる。ただ、私が初めて中国に暮らし始めた1988年、新卒で大学の教師になった人の初任給が70元(現在のレートで約1260円)だった時代に、春節の花火と爆竹に費やす金額が1家族あたり200元(3600円)にもなるという話を聞いて、驚き呆れると同時に、爆竹を鳴らすのは中国人にとって、よく分からないけれども、とにかく特別なことなのだなということは感じた。現在でも、500〜1000元(9000〜1万8000円)程度は使うようである。 私は昨年、河南省の辺境にある農村地帯から上海に出てきて廃品回収をしている友人が帰省するのに合わせて彼の自宅にお邪魔し春節を過ごしたのだが、やはり大量に買い込んだ爆竹と花火を納屋にしまい込んでいた。そこで、何がそんなに楽しいのかと単刀直入に聞いてみると、40代の友人はきょとんとした顔で、「因為、開心嘛」(だって、楽しいじゃん)と答えた。理屈抜きで楽しい、という意味である。中国人にとって、爆竹や花火は体の深いところに訴えかける何かがあって、ストレスも何もかもを吹き飛ばす効果があるのだろう。 「自首」「通報」町に溢れる寒々しい言葉 その爆竹が大都市の多くで禁止された。上海では年の瀬から至る所に禁止を告げるポスターや横断幕が掲げられ、「違反を通報すれば報償」「違法行為を発見したらすぐ119番に通報せよ」「隠している者は自首を奨励する」といった寒々しい言葉が師走の町に溢れかえった。爆竹・花火打ち上げの3つのピークの中でも特に激しい年越しの夜に上海当局は、監視のために警察やボランティアを動員したのだが、その数なんと30万人と言うから驚く。私の住むアパートの入り口にも、年越しの夜は数人の警官が張り付いていた。その甲斐あってか見事に爆竹や花火の音は聞こえなかった。 ところで、過去数年にわたり反腐敗による幹部の摘発が相次ぐ中、春節の爆竹に対する厳しい締め付けが行われたことで、「まるで文化大革命の時代が戻ってきたようだ」、といった批評を、日本のネットや報道で見かけることがある。「通報」「自主」などという言葉の羅列を町中で目の当たりにすると、確かにいい気持ちはしない。ただ、文革のまっただ中に生きた中国人に話を聞くと、「文革時代に似てるというのはさすがに大げさ」という反応があることを伝えておきたいと思う。 北京で新聞記者の家庭に生まれたという60代のある女性は、文革のさなか両親の勤めていた新聞社の社宅のアパートに住んでいたが、「『今日は何号棟から同僚が飛び降りた』『昨日は何号棟から飛び降りた』というような話が毎日のようにあった。地獄だった」と当時を振り返る。 農村に溢れる習近平夫妻のポスターの意味 やはり文革当時、天津で幼少年時代を過ごした50代のある男性は、遊び場にしていた近所の雑木林で時々、死んだ人間が転がっていたのを鮮明に覚えているという。「子供のころ、死体を見るのは特別なことでもなかった」。この男性が生まれたのは日本で東京オリンピックが開かれた1964年。私は彼の1つ年下だが、これまで目にした死体は、亡くなった自分の祖父だけである。 中国の国や人の行動や言動を見て「どうして中国はこうなのかな」と理解に苦しむことも少なくない。ただ、同時代に生まれながら、幼少期に見たもの聞いたもの触れたものがまるで違うということを知ると、思考や価値観が違うこと自体は当然だということには得心がいく。 この春節、私が訪れた安徽省の農村部にある石畳が美しいある古村落では、自宅の目立つところに習近平国家主席のポスターを貼っている家が目立った。どこで買うのと尋ねると、村の書店で売っているとのこと。この様子を見て私も、「農村では習近平に対する個人崇拝が進んでいるのかな」ということがチラリと頭をかすめた。ただ、その村に住む20代の友人は、「お正月に指導者のポスターを買って飾るのは特に珍しいことではない」と言う。そうなのか、でも、日本に安倍晋三と夫人のポスターなんて、書店はおろかどこにも売ってないよと話したら、彼女は「へえ、そうなの」と、とても意外だという顔をしていた。 春節の農村部で多数見かけた習近平夫妻のポスター [画像のクリックで拡大表示] 中国人の自宅に国家主席とファーストレディーのポスターなどがペタペタと貼ってあるのを見ると思わずギョッとしてしまうが、話を聞いて実態を知ると、特に意味があることではなかったりもする。何をもって中国を理解するかというのは、なかなかに難しい話である。
去年の11月から急減した仕事 さて、春節を目前に控えた1月末のある日。「明日帰省しちゃうからその前にウチにゴハンを食べに来て」と同世代の友人夫婦が誘ってくれた。安徽省の農村から上海に出稼ぎに来ているハンさん夫妻である。夫は再開発に伴う建物の取り壊しの現場で肉体労働、妻は富裕層から上位中間層の家で家政婦をしている。 彼らに会うの3カ月ぶり。昨年10月に結婚した次男夫妻に子供ができたと嬉しいニュースを聞かせてくれたのだが、どことなく浮かない顔をしている。次男の嫁を「ちょっとかんしゃく持ちね」と評していたので、嫁姑問題でも勃発しているのかと尋ねると、「そんなことじゃないよ!」と笑いながら手を振り、しかしすぐに笑顔を引っ込めて、「仕事が減っているのよ」と言う。 ハンさんは、息子が結婚するのでその準備に1カ月ほど仕事を休んで帰省した。働きぶりが真面目で料理も上手なハンさんは売れっ子で、多いときには固定客だけで8軒を掛け持ちし、1カ月に過去最高で1万元(約18万円)、平均でも8000元(15万円)と、大卒サラリーマン顔負けの月収を稼ぎ出している。 「だから、1カ月ぐらい休んでも、お客さんはすぐに取り戻せると高をくくっていたの。ところが11月に上海に戻ってみると、完全に状況が変わっていた。家事を頼むお金持ちが、減っていたのよ」と言うのだ。 仕事が減っているのはやはり景気が悪くなっているから? と尋ねると、「家政婦仲間ではそういう認識。掃除だけ頼まれていた家から仕事を打ち切られたとか、掃除と食事の準備を頼まれていた家から『食事だけでいいわ』と言われたとか。そんな話がこの2カ月で急に増えた」。ハンさん自身も、最高で8軒あった固定客は2軒に減った。「いくら1カ月休んでいたからといって、2軒から増やせないとは思いもしなかった。次男が結婚して初めての春節だから、両親として帰省してくるお嫁さんを実家で迎えないわけにはいかない。でも、上海に残って少しでも稼ぎたいというのが本音よ」。 ハンさんの夫も、上海の都心部に取り壊すべき物件がほとんど無くなり仕事が減ったため、この数カ月はつてを頼って、富裕層を中心に広がり始めた床暖房の敷設工事をやり始めた。だが、解体の仕事が毎日あったころの月収には届かない状況が続いているという。 「仕事奪われるの怖い」 帰省できない出稼ぎ層 仕事が減っていると証言する家政婦はハンさんだけではない。やはり安徽省の農村出身で、シングルマザーとして4歳の一人娘を育てているチョウさんもその1人だ。チョウさんは、過去2年、スマートフォンやパソコンが日本でも人気の台湾メーカーの上海工場で夜勤の仕事をしていたが、夜中に12時間働いても月収が4000元(7万2000円)に満たないため、週末に家政婦をして家計の足しにしていた。ところが、過去2年は2軒あった得意先が、昨年の11月から1軒に減ったのだという。「切る理由は言われなかったけど、景気が悪くなったことが関係しているのは間違いないと思う」。危機感を覚えたチョウさんは、今年の春節は子供だけを帰省させ、自分は上海に残って家政婦の口を探すことにした。ただ、結果は、「1軒も見つからなかった」とチョウさんは不安そうな顔で唇をかんだ。 上海のメディア『東方網』は2月4日付で、今年の春節は家政婦の時給が50元(900円)と通常の25元(450円)の倍になったと報じている。これだけを見ると家政婦は売り手市場のように思えるが、チョウさんは、「ひとくちに家政婦といっても、料理、洗濯、掃除など家事の需要と、老人や身障者の介護、乳児や子供の世話の需要に分かれる。今年、春節の相場が倍になったのは、家政婦がいなければ家族が本当に困ってしまう介護の家政婦の方。家事だけなら同じ25元のままでしたよ」と実情を語る。 先に紹介した習近平夫妻のポスターを自宅に貼る家々がある安徽省の古村落から上海に出稼ぎに来て家政婦をして10年目になるというオウさんも、「春節は、去年までなら上海に戻るのは、早くても法定休日最終日の初六(春節6日目)。長いときには元宵節(春節15日目)まで田舎の自宅にいた。でも今年は初四(春節4日目)には上海に戻る」と言う。例年より前倒しで仕事を再開する訳を尋ねると、「景気が悪くなって仕事が減り始めていることを心配して、今年は春節に帰省しない家政婦が多いと聞いたから。他人に仕事を取られると困る。私は今のお得意さんとは長い付き合いだが、安心はできない。仕事が減れば、音楽大学に通う子供に仕送りをするのも苦しくなる」。 田舎の自宅に残って米を作り、農閑期には荷役をして現金を稼いでいるワンさんの夫が、妻や子供と顔を合わすのはこの10年間、春節に家族が帰省した時だけ。ワンさん夫妻にとって今年は、たった4日間の夫婦水入らずの時間となった。 さらに身近なところでは、上海にある私の団地のご近所さんも、今年の春節は外地に出稼ぎに行っているご主人が帰省してこなかった。隣人夫婦は江蘇省の出身だが、既に身寄りがいないため故郷には帰省せず、夫婦の自宅があり妻が働く上海で春節を過ごすのを常としていた。ところが今年はご主人が戻らない。今年はご主人が帰ってこないんですね? とも聞けずにいたが、「わが団地の情報通」と自他共に認める16号棟のオバハンが私を目ざとく見つけてすり寄ってきて、「ご近所さんと麻雀して聞いたんだけどね、アンタのお隣さんのダンナ、稼ぎが悪くて今年は春節に戻ってこられないらしいよ」と耳打ちした。私は陰でなんと言われているのだろう。ヤレヤレ、である。 強引な政策は危機感の表れ ともあれ、不景気の影響で、出稼ぎの人々の仕事が減り始めているのは間違いないことのようである。これが春節前後だけのことであれば、日本をはじめとする海外に爆買いツアーに出かけるからその間、家政婦は不要、ということも考えられるし、実際、そういう理由も一部にはあるのだろう。ただ、家政婦たちは「11月ごろから仕事が減り始めた」と口を揃える。日本での買いっぷりを見ていると気付き難いが、景気の悪化は爆買い客の主体である富裕層、上位中間層よりも、彼らにサービスを提供する出稼ぎ層に一足先に忍び寄り始めたようだ。 さらなる景気悪化の懸念が叫ばれる中、気になる現象ではある。ただ救いは、春節の爆竹禁止が都市部だけにとどまり、出稼ぎ層の帰省先である地方の小都市や村落には適用されなかったことだろうか。私が訪れた安徽省の農村でも、早朝5時ごろから深夜2時ごろまで、村人たちが連日、盛大に花火や爆竹を鳴らしていた。それでも、現地の夜空は、星に手が届きそうなほど澄み渡っていた。 高度成長を享受するという点において、出稼ぎ層は、都市出身者に比べ確実に見劣りする。家政婦をしている人で日本に爆買いツアーに出かけたことがあるという人に、少なくとも私はまだ、お目にかかったことはない。その彼らが、何よりも楽しみにしている帰省先での春節の爆竹と花火を禁止されとしたなら、鬱憤は確実にたまることだろう。 いや、今年は上海に居残りせざるを得ず、爆竹もできずに鬱憤をためた出稼ぎの人々が、昨年よりも確実に増えたはずだ。爆竹・花火の禁止を聞いたときには、大気汚染解消にはそれよりも先にやることがいくらでもあるだろうと突っ込みを入れたくなったものだ。ただ、市民の鬱憤が確実にたまるだろうことを承知で禁止に踏み切ったのは、景気と汚染の状態が、それだけ抜き差しならないところに来ていることを認識した当局の危機感の表れなのだろう。 このコラムについて 中国生活「モノ」がたり〜速写中国制造 「世界の工場」と言われてきた製造大国・中国。しかし近年は、人件費を始めとする様々なコストの高騰などを背景に、「チャイナ・プラス・ワン」を求めて中国以外の国・地域に製造拠点を移す企業の動きも目立ち始めているほか、成長優先の弊害として環境問題も表面化してきた。20年にわたって経験を蓄積し技術力を向上させた中国が今後も引き続き、製造業にとって不可欠の拠点であることは間違いないが、一方で、この国が世界の「つくる」の主役から、「つかう」の主役にもなりつつあるのも事実だ。こうした中、1988年の留学から足かけ25年あまり上海、北京、香港で生活し、ここ数年は、アップル社のスマートフォン「iPhone」を受託製造することで知られるEMS(電子機器受託製造サービス)業界を取材する筆者が、中国の街角や、中国人の普段の生活から、彼らが日常で使用している電化製品や機械製品、衣類などをピックアップ。製造業が手がけたこれら「モノ」を切り口に、中国人の思想、思考、環境の相違が生み出す嗜好を描く。さらに、これらモノ作りの最前線で働く労働者達の横顔も紹介していきたい。本連載のサブタイトルに入れた「速写」とは、中国語でスケッチのこと。「読み解く」「分析する」と大上段に構えることなく、ミクロの視点で活写していきたい。 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/258513/021700021/?ST=print
高齢者金融トラブル続出 「グロソブの島」は今 2016年2月18日(木)宗像 誠之、中 尚子 瀬戸内海の島々で、金融関連のトラブルに巻き込まれる高齢者が後を絶たない。背景には、意外な資産家の多さや島の閉鎖性に目を付けた“裏”と“表”の金融業者の存在がある。事態を放置すれば、数少ない成長分野、シルバー消費全体にも悪影響を及ぼしかねない。(本記事は「日経ビジネス」2015年11月30日号からの転載です。記事中の内容は掲載時点のものです) 瀬戸内海国立公園の特別地域に指定されている景勝地「寒霞渓」から見た小豆島町の市街地 [画像のクリックで拡大表示] 映画「二十四の瞳」の舞台となった香川県小豆島。東部にある小豆島町に50年近く暮らすA氏(74歳)の元に、怪しい電話がかかってきたのは2014年末のことだった。 電話口からは若い男の声。「X銀行本店のYと申します。重要なレターパックを送付しますので、お手数ですがご確認をお願いします」。X銀行はA氏のメーンバンクだった。 ほどなくして、電話で言われた通りレターパックが自宅に届いた。中には、「セキュリティー対策のためキャッシュカードを更新します」などと説明する書類と、個人情報取り扱いについての説明書、A氏の名前が印字された新しいカードが入っていた。別の書面には、「現在使っている暗証番号と、変更する番号を記入の上、手元にある古いキャッシュカードを同封して送ってください」。封筒にはX銀行のロゴも入っている。 住所は香川、消印は江戸川区 若い頃、金融機関に勤めていたA氏は不信感を抱いた。「キャッシュカードと暗証番号を封筒で送付など、まともな銀行がやることではない」。レターパックをよく見ると、疑わしい部分が次々と出てきた。 地元の地銀からの書類にもかかわらず、消印が「東京都江戸川区」。記載された発送元の住所は香川県だったが、郵便番号は愛媛県のものだった。 A氏は、すぐX銀行や警察に連絡。キャッシュカードと暗証番号をだまし取ろうとする、新しい手口の詐欺未遂事件として香川県警は、急きょ県全体に注意を呼びかけることになった。 こうした金融関係の詐欺事件がここ数年、この風光明媚な島で頻発している。被害に遭わずに済んだA氏は幸運な方で、多額の財産をだまし取られた事例も少なくない。 同じ小豆島町在住のB氏(78歳)は架空の投資話で約1400万円を失った。 やはり始まりは一本の電話。「Z社の株は確実に上がりますよ。うちの会社を通せば特別に、新聞に出ているレートよりも安く買えます」。バークレー・トレードという投資会社を名乗る中年男性からだった。最初は断っていたが、何度も電話がかかってくるため、「一度買ってみよう」と思い始めたという。 誘われるがまま、株を売買するための現金を指定の口座に振り込んだ。すると偶然、Z社の株が上昇。すっかり信じ込んでしまったB氏は、次々と銘柄を進められるがまま買い付けを頼み、現金を振り込む日々が続いた。 その間、投資会社は「ライズキャピタル」「旭ホールディングスマネージメント」と次々に社名を変更。B氏の投資先は20銘柄まで増え、総額1400万円に積み上がった投資額は、アベノミクス効果などで約2500万円になっている計算だった。 が、利益を確定しようとしても、投資会社は株を売らせてくれない。しびれを切らし取引解除の手紙を投資会社に送ったところ、宛先不明で戻ってきた。1400万円は今も消えたままだ。 「小豆島における高齢者を狙う金融詐欺は、残念ながら、今に始まったことではない」。香川県小豆県民センター相談員の平林有里子氏はこう話す。 小豆島を襲った金融商品詐欺 ●小豆島を襲った金融商品詐欺実際に送られてきた偽キャッシュカードや架空の投資勧誘のパンフレットなど [1]実在する銀行を装い、偽のキャッシュカードを送りつけ、本物のカードと暗証番号を返信するように誘うレターパック/[2]架空の株取引の実績を報告するために送られてきた、取引内容の明細書/[3]架空の水源の権利やインドネシアの鉱山開発への投資などを案内する金融商品詐欺のパンフレット [画像のクリックで拡大表示] 狙い撃ちされるオリーブの島 警察白書によると、全国で起きている金融商品関連の特殊詐欺事件の被害額は2014年、約125億円を記録した。単純計算で国民1人当たりの被害額は100円程度。小豆島の人口は約3万人なので、島民の昨年の金融詐欺被害総額は推定300万円となるが、「絶対にそんな規模では収まらない」と多くの島民は口をそろえる。 県民センターが把握している件数だけを見ると、小豆島を含む香川県の金融詐欺の相談件数は2〜3年前をピークに沈静化しつつある。が、平林氏は「だまされても自己責任だと抱え込んでしまったり、泣き寝入りしたりする人も多いはず」と指摘する。最近でも、株や金地金のみならず、水源権利や医療機関債、海外資源開発など怪しい投資勧誘の電話が報告されている。 ピークは過ぎたが被害額は高水準 ●金融商品関連の特殊詐欺の推移 出所:警察白書 小豆島産のオリーブ(写真=読売新聞/アフロ) インドネシア・ロンボク島の金鉱山開発への投資詐欺もその一つ。パンフレットを開くと、過去に防衛相を務めた経験を持つ、ある政治家の顔が無断掲載され、驚くほど精巧に作り込まれている。「金融詐欺で失敗した損を取り戻せますよ」といった勧誘の電話も後を絶たず、最近では老人ホーム入居権の販売詐欺なども流行し始めた。 なぜ小豆島は、詐欺グループに狙われるのか。現地取材からはいくつかの理由が浮かび上がる。 一つは、単純に、「知られざる資産家集積エリア」であることだ。 高松市の北東約20キロメートル沖に浮かぶ小豆島では、温暖な瀬戸内式気候を生かし、随所でオリーブなどが栽培されている。しょうゆやそうめん、つくだ煮、ごま油など全国区で競争力のある地場産品も多い。このため、島の一部は江戸時代には幕府の「天領」として、重要な財源になっていたほどだ。 石材の採掘も盛んで、小豆島の石は大阪城の石垣に使われた歴史もあり、今も湾岸工事用などで需要がある。こうしたことから、地場企業の経営層や地権者など富裕層が多く、実際、島を歩けば“オリーブ御殿”“しょうゆ御殿”をいくつも見かけることができる。 東京都内で発生する侵入窃盗が世田谷区と新宿区に集中するように(警視庁の自治体別侵入窃盗発生件数・平成26年より)、所得が高く資産が多い世帯が集積する地域は当然、犯罪の標的になりやすい。小豆島も例外ではなく、近畿・中国・四国地方の主要都市から近いこともあり、昭和の時代から、本土から来た押し売りに、高齢の島民が、20万円以上の高額ふとんや電気ポット、エセ健康食品などを売り付けられる被害が報告されていた。 「グロソブの島」で悪党吸引 そんな状況に輪をかけて、2000年代前半以降、「小豆島=投資好きの富裕層が暮らす島」というイメージが全国的に広まってしまった。きっかけは、当時、絶大な人気を誇った投資信託「グローバル・ソブリン・オープン(通称グロソブ)」が現地で爆発的に売れ、一部メディアで「グロソブの島」などと紹介されたことだ。 主要先進国のソブリン債券を主な投資対象とするグロソブは、毎月分配型投資信託の先駆けとして、2000年頃から全国的に流行。2000年代初頭には、7000円前後の基準価額で毎月1万口当たり60円の分配金が出ていた。仮に2000万円投資していれば毎月17万円、2億円なら170万円の分配金が出ていたことになる。年金だけでは心もとないと考えていた高齢者が、低リスクで毎月の収入を確保する手段として買い求めたのも無理はない。 その傾向が顕著に表れたのが小豆島だった。2007年頃には、人口が3万人程度の小豆島で、約100億円分のグロソブが保有されていたという。 「もともと資産がある上、島内に娯楽が少なくカネの使い道がないため、投資に回せる資金が多い。地域の人々の多くは顔見知りのため、『投資信託でもうけたカネで車を買い替えた』といった噂はすぐ伝わる。遅れてなるものかと、資産を持つ島民の多くが投資に走ってしまった」とある島民は説明する。 「『グロソブ、買った?』が島の高齢者の間の合言葉。持っていなければ仲間に入れなかった」と当時の現地の様子を振り返るのは、金融商品に詳しいファイナンシャルリサーチの深野康彦氏だ。 こうして、小豆島は詐欺グループの間で「一定の資産を保有し、投資に興味がある高齢者が数多く暮らす島」と位置付けられてしまった。香川県小豆県民センター相談員の平林氏は、「今後も悪質な金融詐欺に遭う島民が増えないかとても懸念している。島に両親を残し都会で暮らしている元島民はできるだけ連絡し、コミュニケーションを密にしてほしい」と訴える。 だが、仮に、当局の啓蒙などによって詐欺商法を防いだとしても、金融関連のトラブルに悩むこの島の高齢者は今後、減らない可能性もある。彼らに悩みの種を持ち込んでいるのは、“裏”の金融詐欺業者だけではないからだ。 10月下旬、某証券会社が島内のホテルで開いた株式セミナーに、60代以上と見られる高齢者を中心に40人ほどの投資家が集まった。中国経済の動向や欧州の金融緩和など世界の経済情勢についての説明に続き、個別銘柄の解説が始まると会場の雰囲気が一変する。 「これは宝くじ銘柄になるかもしれませんよ」 おすすめの銘柄紹介が始まると、セミナー参加者は、一斉にメモを取り始めた。この証券が島内の投資家向けに月に1度のペースで開催している同様の株式セミナーは毎回盛況で、島民の相変わらず強い投資意欲がうかがえる。 島民の動機は様々で、リスク資産への投資に前向きな島民の全員が、政府や金融機関の「貯蓄から投資へ」の掛け声に賛同しているわけではない。大量に購入したグロソブで抱えた含み損を少しでも解消しようという動機も大きい。 高齢者を中心に人気を博したグロソブだったが、2008年のリーマンショックで状況は一変する。世界的な金融緩和で超低金利時代に突入したことで、先進国の債権で運用するグロソブは、分配金が大幅に減少。リーマンショック直前には6兆円弱まで達していた資産残高は、今や1兆円を割り込むまで目減りした。 リスクが少ない投資商品としてグロソブを選んでいた投資家たちの多くは、少しでも損を取り返そうと株式や、よりリスクが大きい投資信託への投資にシフトしてきた。が、今のところ、かえって火に油を注ぐ結果になりつつある。多くの投資家がグロソブの次に向かったのが、海外の株式や債券などを、新興国通貨建てで運用する通貨選択型投資信託だったからだ。 通貨選択型投資信託は2009年から登場し、新興国の高金利や為替差益を元手に支払われる高分配金に魅力を感じた投資家の資金が集まった。中でも人気が高かったのが、ブラジルレアル建てで運用するタイプ。ワールドカップブラジル大会やリオデジャネイロオリンピック、資源高、インフレなどを材料に、2012〜13年まで大ブームを引き起こした。グロソブがきっかけで全国的に有名になっていた小豆島にも様々な証券会社が押し寄せ、「数年前までは、レアル建ての投資信託を売りまくっていた」(大手証券会社の営業担当)という。 米国利上げで小豆島も揺らぐ 高分配が続いていたレアル建ての投資信託の雲行きが急速に怪しくなったのは2013年に入ってからだ。米国の利上げ観測が強まったことを機に、新興国の通貨が軒並み安に陥る。 そこにブラジル景気の悪化も重なり、運用成績が悪化。高い分配金を維持するために、運用資産を取り崩すいわゆる「たこ足」になるファンドが続出した。投資信託協会の調査によると、「分配金が支払われた額だけ基準価額が下がる」という分配型投資信託の基本的な仕組みを理解できている投資家は3割にすぎない。 運用成績の悪化を受けて、代表的な銘柄である野村アセットマネジメントの「野村米国ハイ・イールド債券投信(通貨選択型)ブラジルレアルコース(毎月分配型)」は2011年のピークから、2015年10月末までの間に残高が2割以下まで減少。全国的に見れば、パニックに陥った投資家は手じまいを急いでいる。 そんな中でも「レアル建ての投資信託を塩漬けにしている小豆島の投資家が実は多い」と、証券会社の営業担当者は明かす。 「運用報告書を見ると基準価額が下がっているのは何となく分かるが、担当者に言ってものらりくらりかわされるだけで、売るに売れないし、相談にも乗ってもらっていない」と小豆島の投資家。「いい時はしょっちゅうフェリーで高松から訪問していたのに、レアル建てのファンドの運用成績が悪化してから、お客さんに怒られるのが嫌で、足が遠のいている営業担当が多い」(地場証券)のが現状だ。 似たような状況が起きているのは小豆島だけではない。グロソブの島とまで呼ばれなくても、同じように資産家が多く大都市圏からアクセスの良い島は瀬戸内海には点在する。 しまなみ海道で結ばれた島が狙われる ●瀬戸内海に浮かぶ島々 今治からクルマで移動できる島には、証券会社の担当者が頻繁に訪れる(写真=アフロ) 愛媛県今治市の大島を2年ぶりに訪れた湯浅真人氏は驚いた。湯浅氏は、2014年に大手証券会社を退職し、今年独立系金融アドバイザー(IFA)になったばかり。大島で新しく顧客となった70代のC氏を訪れ、現在の金融資産を確認すると、目を覆いたくなるような状態だった。 C氏の投資先は、証券マンの湯浅氏ですら事業内容を知らない新興市場の銘柄ばかり。バイオ関連の銘柄などを、市場で話題になったタイミングで購入しており、保有株の価値は2年間で3割減少していた。 なぜこんな銘柄に投資するようになったのか。事情を聞いてみると、こうした株を薦めたのは、C氏が経営する企業のメーンバンクが数年前に設立した証券会社だった。 C氏は、IFAとして資産形成のアドバイスを湯浅氏に依頼したことをきっかけに、保有株の価値がそれほどまでに下がっていると初めて気付いた。湯浅氏は、地銀系の証券会社にある銘柄を、自社が契約している楽天証券に移管。債務超過になった銘柄を売却し、ポートフォリオを組み直している。 大島は面積は約40キロ平方メートル、人口は5000人に満たない小さな島だ。だが、この島にも小豆島同様、資産家は多い。地元で採れる「大島石」は日本各地に墓石として出荷され、全国的に知られている上、造船業なども盛んで船主も多いからだ。 大手証券会社に加え、地銀系の証券会社などがこうした資産家を顧客にしようと、島に押し掛けている。湯浅氏は、「証券業務に詳しい社員がほとんどいない地銀系までが株式や投資信託の営業に乗り出したことで、大手証券会社だったらとても薦めないような銘柄を買っている人が増えている」と話す。 投資はあくまでも自己責任。だが、販売する際に金融機関が十分な商品説明とリスク説明を怠っていたとすれば、話は別だ。 投信の仕組みへの理解は不十分 ●分配金の特徴を知っている人の割合 出所:投資信託協会 「グロソブの島として新聞に取り上げられ、話題となった後、大手証券の高松支店にいる営業マンがフェリーに乗って小豆島に殺到した。当時の過熱ぶりを考えると、強引な営業をしていた業者がいたとしても不思議ではない」。島の投信ブーム以前から、唯一、島に支店を出し、地に足をつけ商売をしてきたいちよし証券小豆島支店の西村圭示支店長はこう懸念する。 小豆島と本州を結ぶフェリーや高速艇は、人や物流の大動脈 全国のシルバー消費にも影響 今後、新興国の通貨が一段と下落すればレアル建てファンドなどを抱える瀬戸内の高齢投資家の損失は膨らむ。そうなれば、その損を取り返そうとよりハイリスクな投資商品を購入したり、金融詐欺にだまされたりする人がますます増える悪循環になりかねない。 そして自殺者などが出て事態が深刻化すれば、全国の高齢者は投資を危険なものと思い、政府や金融機関が目指す「貯蓄から投資へ」は画餅に帰す。そうすれば、貯蓄を取り崩しながら余生を送ることを決めた高齢者は財布のひもを締め、数少ない成長分野として多くの産業が期待しているシルバー消費全体にも大きな悪影響を及ぼすのは間違いない。 静かに進行する“瀬戸内の金融危機”。その暴発を防ぐには、地域と当局が一体となって“裏”と“表”の金融業者の動きを監視することが欠かせない。 (日経ビジネス2015年11月30日号より転載) Special Report 『日経ビジネス』の解説記事から、読者の反響が高かったものを厳選し、『日経ビジネスオンライン』で公開します。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/278202/021700017/?ST=print
郵便局投信、「マイナス金利」下の再出発「ますますくん」は復活するか? 2016年2月18日(木)杉原 淳一 いろいろなタイプのますますくん。岐阜県の山奥出身です 世界経済への不安が高まる昨今。来たるべきリベンジの時を見据え、ひたすら牙を研ぐ一人の男(?)がいる。日本郵政グループの元祖ゆるキャラ「ますますくん」だ。2005年、日本郵政公社(現・日本郵政グループ)が投資信託販売を始めるのに際し、マスコットキャラクターとして誕生した。つぶらな瞳と、すらりと伸びた手足が特徴だ。現在はゆうちょ銀行に所属し、投信販売を象徴するゆるキャラとなっている。
当時、郵政公社は新たな収益源として、他社が組成した投信の販売に力を入れており、ますますくんも各地のイベントに引っ張りだこだった。だが、開始当初は順調だった郵便局での投信販売も、2008年のリーマンショックで急減速。その象徴だったますますくんは「戦犯」として表舞台から姿を消した。詳細は2015年7月27日の日経ビジネスオンライン「悲劇のゆるキャラ、『ますますくん』の復権なるか?」を読んでほしい。 ますますくんが姿を消してから10年近く。このまま日の目を見ることなく一生を終えるかと思われていたが、再びスポットライトが当たろうとしている。ゆうちょ銀が日本郵便、三井住友信託銀行、野村ホールディングスと共同で資産運用会社「JP投信」を立ち上げ、2月22日からオリジナルの投信を全国の郵便局やゆうちょ銀の直営店、計約1500カ所で販売するのだ。 ますますくんが再び表舞台に立つ。記者はこの日を待ち望んでいた。苦渋の時期を耐えてきたますますくんも奮い立ったに違いない。 マイナス金利で嫌な予感的中 しかし、やはり世間は厳しい。1月29日、日銀がマイナス金利の導入を決定。金利が急低下して利回りが確保できなくなり、主に公社債などで運用する低リスク投信のMMF(マネー・マネージメント・ファンド)などが募集停止となった。 実はこの時、記者は嫌な予感がしていた。「JP投信が発売する新商品のラインナップの中に、日米の国債に投資する投信があったよな…」。予感は的中。2月15日、一部投信の発売中止が発表されたのだ。 捲土重来のタイミングでまさかの逆風に、ますますくんも自らの運命を呪ったかも知れない。しかし、マイナス金利導入で預貯金の金利や低リスクの運用商品がほぼ消滅し、個人マネーは安定した運用先を求めてさまよっている。郵便局オリジナル投信が目指す「低リスクで分かりやすい運用」に対する個人投資家の期待は高まっているとの見方もできそうだ。 リーマンショック時の痛手から郵便局関係者の間でトラウマになっているとも言われる投信販売。再出発が成功するためには、「逆風の時期に耐えてどれだけ地道に続けられるか」という点が重要になると思う。 郵便局は全国に2万4000局あり、メガバンクや大手証券会社を遥かに上回るネットワークを持つ。投信の取り扱い局をさらに増やし、販売後にきめ細やかなケアを続けて顧客との信頼関係を築ければ、「貯蓄から投資へ」の流れを本格的に後押しするきっかけにもなる。ますますくんの戦いはこれからだ。 このコラムについて 記者の眼 日経ビジネスに在籍する30人以上の記者が、日々の取材で得た情報を基に、独自の視点で執筆するコラムです。原則平日毎日の公開になります。 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/221102/021700169/?ST=print
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