中国リスク倒産、負債額11倍、今年はさらに 東京商工リサーチ友田常務、企業経営への衝撃を警戒 2016年2月17日(水)鈴木 哲也 中国経済の減速が世界中の企業の経営を直撃している。2月8日号日経ビジネス特集「世界を揺さぶるチャイルショック リーマンより怖い現実」では、日本企業の業績への影響についてもリポートした。企業の信用情報などを調査する東京商工リサーチによると、中国関連のリスクを要因とする企業倒産も昨年から急増しているという。今年その流れは加速するのか。対応策はあるのか。同社の情報本部長、友田信男常務に聞いた。 (聞き手は鈴木哲也) 中国経済の変調を要因とする倒産の増加に警鐘を鳴らしています。最近の象徴的な倒産事例は何ですか。 友田信男(ともだ・のぶお) 氏 東京商工リサーチ・常務取締役情報本部長。1980年、銀行勤務を経て東京商工リサーチ入社、2011年に取締役情報本部長。2015年から現職。財務省研修所や全国信用金庫研修所で講師を務める。リーマンショックの影響について参議院の参考人として呼ばれたほか、自民党政務調査会などで中小企業の実態を説明する機会も多い。中小企業金融円滑化法の制定にも関与した。 友田:精密機械部品の製造などを手掛けるテラマチ(愛媛県西条市)が今年1月に民事再生法の適用を申請しました。小惑星探査機「はやぶさ2」の部品加工の一部を担った実績もあり、人気テレビドラマの「下町ロケット」に登場する佃製作所のように高い技術力を持っています。中国の建設機械需要の拡大を見越して、積極的な設備投資をしてきたのですが、最近の中国の景気減速による建機需要の縮小で、見込んでいた受注が消えて、資金繰りが悪化したのです。たとえ技術力があっても抗しきれないぐらいに、中国の景気減速は大きな流れで進んでいるということを示す事例です。 東京商工リサーチでは「チャイナリスク関連倒産」という集計をしていますね。2015年の動向はどうでしたか。 友田:件数では76件で、2014年と比べて1.6倍。負債総額では2346億2800万円で前年比で11.5倍と大幅に膨らみました。零細企業から中堅企業以上へと影響が広がり始めているため、負債総額が増えているのです。チャイナリスクといってもリスクの種類は複数あります。初めは生産地である中国の人件費の上昇によって製造や輸入のコストが上昇し、日本のアパレル企業などが影響を受けました。例えば昨年10月、下着製造のアイリス(徳島県美馬市)が破産開始決定を受けたのは中国での人件費上昇が一因です。 今は、だんだんと中国の景気減速と需要の減少が影響した倒産が増えてきています。市場としての中国が変調し、中堅以上の企業にも影響が及ぶという「第2段階」にあるのです。例えば、海運中堅で東証一部上場の第一中央汽船は2015年9月に民事再生法の適用を申請しました。赤字決算が続いていたところに、中国の景気減速によって需要が一気に落ち込み、追い打ちをかけたのです。 2016年の見通しはどうですか。 友田:流れを見ていると昨年まではチャイナリスクの入り口で、いよいよ今年はチャイナリスクが本格化するかもしれないと思いますね。 第3段階は余剰製品が日本に押し寄せる 「第3段階」として新たな懸念材料がありますか。 友田:世間的には日本のデフレ脱却が見えてきたとか言っていても、企業間の価格競争というのはなかなか解消してないんですよ。そういう環境で、中国の景気の減速がどう影響するかという点に、私は非常に注目しています。生産力が高まった中国企業が作り出す製品は、これまで多くは中国国内で消費できていたのですが、中国景気が減速していくと当然、過剰生産になってきます。その過剰生産された商品がどうなるかということを考えたときに、一番近くて経済が発展している日本、あるいは韓国に、安い中国製品が流れ込んでいくことになるでしょう。経済のグローバル化の中では当たり前のことです。安い商品が流れ込んでくることで、日本の中小企業がより激しい価格競争にさらされる可能性があります。 一例として生産過剰がよく指摘される鉄などがありますが、精密機器を除く様々な製品で起こっても不思議ではない。長い間、日本企業が中国の企業に対して技術供与してきたこともあって、中国製品は品質面での競争力も向上しています。そうした製品が言わば「逆流」し始めているのです。この意味でのチャイナショックは、これからが本番だと思っています。 チャイナリスク関連倒産月次推移 東京商工リサーチ調べ 一方で中国に進出した日本企業の倒産も引き続き拡大しそうですが、何か対応策は考えられますか。 友田:進出と簡単に言いますけれども、中小企業は命運を懸けて進出していくわけですね。設備投資をして何か計画が狂うと一気に経営に影響してきます。進出のときは国や金融機関が当然支援します。しかし、いざとなったときに支援がないんですよ。資本主義だから何でも自己責任という今の状況はどうなのか。倒産の面倒を見ろと、私は言うつもりはないんですが、問題が起きたときの何らかのバックアップというのはあってしかるべきだと思います。そうしないと企業は安心して海外進出はできないですよ。 例えばどういう支援があり得えますか。 友田:1つは情報です。進出している地域の商取引や独特の商慣習などの情報をどんどん提供していくことが必要です。例えば日本ではちょっと考えにくい話なんですが、中国では経理担当者はお金を払わない方が評価されるという面があります。だから売掛金が回収できないという想定外のことが起こりがちです。最近、倒産した中堅企業の事例では、現地法人の責任者に据えた中国人が、自分の身内の会社にどんどんお金を流していたのに、本社がそれを把握できていなかったということもありました。 東京商工リサーチは米国の大手調査会社、ダンアンドブラッドストリート(D&B)と提携しています。D&Bは中国に進出しているのですが、苦労もあります。企業の決算書を国が管理していて入手しにくいということと、その決算書が本当かどうかを検証しにくいという事情があります。経済が減速してくると実態はより見えにくくなるでしょう。進出している日本の中小企業にとっては、確認がより難しいでしょうから、金融機関などの情報支援が必要なのです。 民間ファンドなど新たな後ろ盾必要 情報以外で求められる支援はなんでしょうか。 友田:やはり企業に資金を付けてあげることです。これまでも何もしていないわけではなく、日本の政府も金融機関もずいぶん融資の姿勢というのは変わってきてはいるんですよ。昔は土地がないと担保になりませんと言っていたのが、今は在庫でも売掛金でも担保になります。ABL(動産・債権担保融資)ですね。しかしちょっと経営が傾き始めたら、昔のまま、やはり債権保全の方が優先されてしまいます。 突然、資金回収を始めてしまうということですか。 友田:そうです。だから金融機関や政府だけに任せておくのはもう無理なんです。私はもっと民間ファンドの活用を、積極的に国もやっていくべきだと思います。民間ファンドというのは今の財務データだけでなく、対象とする会社の強み、弱み、特性、例えば特許を持っているかとか、技術力や販売力、市場開拓力があるかとか、そういう数値化できないものでも会社の将来性として見ていくわけですよ。だから、民間ファンドの方がリスキーな部分にも手を出してくれます。 そういう資金の出し手があれば、今のような混乱した状況でも、企業が事業を継続しやすいと。 友田:今の政府が進めている中小企業政策というのは、やはり安定というのを前提にしているわけですよ。だから困ったときにニューマネーが出てこない。民間ファンドのすべてがいいとは言いませんが、民間ファンドは企業の将来にかけて出資するわけですから、何か想定外の出来事が起きたときでも、支援をしてくれることが多いのです。 一方で多方面でチャイナリスクが急速に高まった場合、より緊急的な中小企業支援策が必要になるかもしれませんね。 友田:当然、私は必要だと思います。特に一番懸念しているのは、先ほどお話しした中国からの安い製品が流入してくることによって、国内の企業が大きな影響を受ける可能性です。まず経済産業省など政府が音頭をとって、全国の信用保証協会や、日本政策投資銀行のような政府系金融機関を動かすことが必要になってくるかもしれません。 中国リスク関連以外も含めた日本全体の倒産状況をみると2015年は倒産件数が7年連続で前年を下回りました。負債総額は3年ぶりに前年を上回りましたが依然、低水準です。企業の経営状況は悪くないように見えます。 友田:企業倒産の数字は減っていますが、中小企業の業績が良くなって減っているのではなく、政策で抑制されたのだとみています。今の中小企業は実は業績の2極化がはっきりしているんですよ。それなのに、倒産が減っているというのは、明らかに政策的に抑制しているということでしょう。中小企業金融円滑化法は2013年の3月で終了したのですが、法律の趣旨は今も継続して実現されているのです。貸付条件の変更などに金融機関が応じており、豊富に中小企業の資金が供給されています。金融緩和政策の影響もあって、中小企業の資金繰りは楽になっている。だから倒産が今は少ないんですね。 次の消費増税、「97年シナリオ」再来か 言葉は悪いですが「ゾンビ企業」がかなり存在する可能性がある。 友田:その通りです。業績が悪い企業が何とか政策で下支えされている。そこにもってきて、新たにチャイナリスクが起きたりすると、中小企業の経営は打撃を受けます。今年1月の倒産件数を見ると、25年前のバブル期並みの低水準なんですね。バブルのときは日本の経済が右肩上がりだったんです。日本全国、大企業から中小企業まで、みんな好景気に沸いていたわけですね。だから、倒産が少なかったんです。今も日本の景気はそんなにいいのかとなると、違うわけです。政策支援があるからなのですけれど、政府が打つ手は最後まで打ってしまっていて、もう打つ手がないんですよ。だから中小企業の業績が良くならない限り、倒産数としては今を底として反転していく。そういうタイミングに差しかかっている時期が今ですね。そこにチャイナリスクなども入ってきますから、今年は急増はしなくても、反転して緩やかな増加傾向をたどっていくだろうと見ています。 チャイナリスクに加えて、原油安が世界経済の混乱の要因ですが。これは倒産件数どう影響していますか。 友田:今の倒産が減っている要因の1つには、電気代とか、あるいはプラスチックとか、原油を素材としたいろいろな化学製品の調達価格が下がっていることがあります。原油安はそういった意味でプラス効果の方が先行して出てきているように感じます。チャイナとオイルの「チャイルショック」という視点で中小企業をみると、マイナス要因のチャイナと、プラス要因のオイルがちょうど引き合っている綱引き状態なのです。 2017年は消費税が10%に上がる予定です。こちらは倒産状況にどんな影響が予想されますか。 友田:消費税と倒産の流れというのは実はリンクしてないんです。1989年に3%の消費税が導入された後は、バブル期でしたから倒産は減りました。1997年に3%から5%になったときは増えたんです。そのときはアジア通貨危機などもあり最悪のタイミングで上がったんです。そのときどきの景気動向に大きく左右されるわけです。前回、2014年に8%になったときは減っていきました。それは先ほどお話しした政策要因です。では来年10%になるとどうなるか。私は増加していくと思います。 1997年のときのパターンになるという予測ですね。 友田:そうです。なぜかというと、中小企業の体力が疲弊しているんですよ。付加価値をつくる競争力が弱い会社は、消費税が上がった時は、さらに価格競争にさらされますから。政策支援があるからすぐに増えるとは思いませんけれども、私は倒産は増加傾向の方に向くと見ています。 キーパーソンに聞く 日経ビジネスのデスクが、話題の人、旬の人にインタビューします。このコラムを開けば毎日1人、新しいキーパーソンに出会えます。 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/238739/021600134/?ST=print
「中国新聞趣聞〜チャイナ・ゴシップス」 「貨幣戦争」中国の本当の敵は誰か 欧米の投機筋? 日本のマイナス金利? それよりも… 2016年2月17日(水)福島 香織 中国で最近の経済系ホットワードは「貨幣戦争」ではないだろうか。中国人民銀行総裁の周小川が外貨準備高を“弾薬”にして、人民元の空売り攻勢を仕掛けようとする外国投機筋を迎え撃つ姿勢を示したため、2月15日には人民元はここ10年余りで最大の上昇幅を記録したとか。2月以降の中国メディアの記事も「貨幣戦争」というワードが散見され、金融政策の“軍事化”というか、妙に勇ましい論調が多い。確かに軍事と金融こそが、国家の具体的“力”であり、その力を外国と争うという意味で、これは戦いだ。では、中国の敵は誰なのか、勝者は誰になるのだろうか。 欧米主要金融勢力集団の陰謀? 中国で「貨幣戦争」と言えば、2006年からベストセラーになった宋鴻浜の著書シリーズを思い出す。日本でも翻訳されているので、ご存知の方も多いだろう。彼は、米国のリーマンショックなどの予想を的中させ、米ビジネスウィーク誌が選ぶ中国で最も影響力のある40人(2009年)の一人にも選ばれた。 彼の描く「貨幣戦争」とは、有り体に言ってしまえば、欧米国際金融陰謀論だ。中国にとっての敵は欧米主要金融勢力集団となる。彼の著書『ロスチャイルド、通貨強奪の歴史とそのシナリオ 影の支配者たちがアジアを狙う』(武田ランダムハウスジャパン)では、彼らが将来的に中国に攻撃を仕掛ける手法についても予測していた。 国家の辺境は陸の境、海の境、空(宇宙)の境のほかに金融の境があり、いずれの境の防衛も大事だが、中でも金融の境を攻撃され崩されれば、政権は必ず倒れる。清の滅亡は、英国金融資本の攻撃によって、中国の銀本位制が崩されたからだ、という。領土領空を守るように、金融の国境を守れなければ、いかに富国強兵をやろうとも工業が盛んになろうとも、国家は亡びるのだ。 そして、宋鴻浜の予言通り、いよいよ今年、通貨戦争の狼煙が上がった、ということになる。 中国メディアの報道ぶりをみれば、その先陣を切ったのが、安倍政権による「マイナス金利」ということになる。財経誌は「日本のマイナス金利ブラックスワンが中国を狙い撃ち 北京はきらめく剣でもって貨幣戦を迎え撃つ」という見出しの記事で、次のように報じている。 日銀「マイナス金利」政策が先陣? 「日銀のマイナス金利政策はFBRの利上げを受けた国内経済刺激策である。…欧州中央銀行もおそらく、刺激策を強化してくるだろう。米国の金利政策と日本、欧州の本道に外れた行動は、報酬率が比較的高い米国資産に投資家を殺到させ、ドルのさらなる利上げ圧となっている。 このため、米国のインフレを抑えようとする圧力がさらに進み2012年以来、米インフレ率はFRBの目標の2%に到達していない。 我が国は実業資本の豊富な国家である。世紀の金融大決戦はすでに幕が切って落とされた。金融投機資金はすでに飢餓に耐えがたく、必ずや最後の賭けに出て、我が国に対して最大の努力をもって攻撃を発動するだろう。そして我が国を貨幣投機の天国、実業資本の地獄にするつもりなのだ」 「(マイナス金利によって)日本経済が良くなれば、グローバル経済にとっても、中国経済にとっても当然、促進作用がある。しかし、中国商品が日本商品と競争するとき、その競争力は下降する。円のマイナス金利は短期的には我が国の株式市場を刺激するかもしれないが、長期的には我が国の経済にとって不利な一面があり、日本の経済の衰退のツケを我が国の庶民に支払わせることと同じである。 我が国としては、日本の貨幣政策の過剰な緩和がもたらす影響を無視できない。これは“近隣窮乏化政策”であり、日銀のこの“大放水”政策の最大の影響を受けるのは隣国である。… 華林証券策略アナリストの胡宇は、円のマイナス金利時代は、貨幣戦争の開始を意味する、という。…グローバル経済とっては、通貨切り下げ競争という負のスパイラルが激化し、株式市場にとって表面上よいニュースであっても、実際上の意味は経済の展望に対する不安を一層深めるものであり、短期的に反発があっても今後さらに下がっていくだろう、と分析する。 我が国はどうすればよいのか。もし金融緩和政策と人民元切り下げによって、グローバル実業資本争奪戦に参戦していけば、米国資本の乗っ取り計画は無に帰し、金融投機資本は十分な栄養を見いだせず、再度金融危機が起きるだろう。現在のグローバル金融の反応はこのような心配を反映している。 我が国はあえて“きらめく剣”をもって、“手段を選ばずに潰しにくる攻撃者”を迎え打つと同時に、伝統産業の併合を加速して生産過剰が金融リスクをもたらす原因を解消せねばならないのである。将来、我が国の為替政策は国内経済の需要に応じてスタートするべきで、人民元が順調にSDR貨幣バスケットに加入することはもとより重要だが、もし、本当に最後の手段が必要になれば、放棄すべきは放棄し、先延ばしすべきことは先延ばしすべきだろう」。 日本のマイナス金利の中国経済に対する影響はそんなに大きくない、という見立てもあるのだが、最近の中国はどうも安倍政権のやることなすこと中国に敵意があるとみなしがちである。だが、中国としては、外国投機筋から人民元を守るべく為替介入していくつもりであり、そのために、SDR加入の延期も辞さない覚悟も見せている。 ソロスの空売り攻勢か? チャイナデイリー(2月1日付)の「貨幣戦争?人民元が勝つ!」というタイトルの商務部国際貿易経済合作研究院研究員・梅新育の論文も話題を呼んだ。 「2016年、ソロスは“貨幣戦争”発動を宣言し、人民元を含むアジア貨幣に空売りを仕掛けた。…ソロスの人民元に対する挑戦は成功不可能だ。2015年から人民元は対米ドル貨幣価値が下落し、中国経済の成長率は減速、株式市場は不安定だ。だが、グローバル経済総体があまりよくない状況で、中国は依然良好なファンダメンタルズを維持している。…確かに2015年中から、人民元の小幅な下落は続いているが、20年来、米ドル為替率は安定を維持し、むしろ上昇の趨勢にあった。 大幅な人民元上昇の後、(現状のように)適度に切り下がるのは自然なことだ。中国は世界第二の経済体であり、人民元は永遠にドルにペッグされることは不可能でもある。 国際社会での資本の流動性は非常に高く、この状況下で、中国が貨幣政策の独立性を維持したいと考えれば、人民元は正常な変動が望まれる。投資家たちは早晩、状況の趨勢が分かるようになり、この数か月前からの人民元の不安定さを再演することはないだろう。これは投資家たちの過剰な反応なのだ。… 長期的に見れば、ドルは新興国通貨に対する強硬姿勢を維持していくだろうが、人民元は別である。目下、中国の貿易黒字は続いており、これからも継続していく。米国経済はすでに深みにはまっている。経済成長と異なる産業の盛衰には因果関係があり、同時に実体経済の基礎計画の一部である再工業化戦略を地固めするのは、かなり難しい。 米国経済が回復したとしても、その貨物貿易状況は悪化しているだろう。…60年代以来、何度かドル危機は起きたが、悪化し続ける貿易状況と経常収支状況と財政赤字がドルの自信を打ち砕いてきた。最近のドルの人民元に対する強気の姿勢は、最終的には“トリフィンのジレンマ”に陥るだろう。 ソロスのアジア貨幣戦争勃発を別の角度から見れば、中国にとっては一つのチャンスだ。つまり、中国とその他アジア各国の金融・財政領域および、中国が発起した“一帯一路”戦略の協力を進化させる契機となる。…中国とその他アジア新興経済体との金融領域の協力、協調はさらに強化されることだろう」 「トリフィンのジレンマ」とはエール大学のロバート・トリフィン教授が1961年に唱えた説で、「米ドルが国際的な準備通貨であるためには、諸外国がドルの外貨準備を保有できるよう、米国は余剰流動性を供給しなければならない。このため、米国は経常赤字を容認しなければならないが、これは米ドルの信認を揺らがせかねない。だが、米国が米ドルの信認を保つために経常収支を均衡させてしまうと、国際市場へのドルの流動性供給が滞り、結果的に米ドルが準備通貨の役割を果たせなくなってしまう」というブレトンウッズ体制の抱える矛盾を指摘している。 梅新育の論はドルの国際通貨時代の終焉に代わり、人民元が「一帯一路」戦略を通じて国際通貨にのし上がるという、中国の野望を表現したものだといえる。 最後に新浪財経の「人民元が最後に世界を救う責任を担う!」という記事。 人民元には「世界を救う重責」? 「中国人民銀行金融研究所長の姚余棟は、米ドル利上げ後、グローバル経済の流動性が緊縮し人民元が世界を救う重責を担う情勢となった、と指摘する。… 歴史上、我が国の北宋時代は経済が繁栄していた。それは白銀と銅の交換率が上昇するとの予測があったからだ。このため多くの白銀を備蓄したが、結果、流動性が不足し、デフレとなった。同じことが、白銀が米ドルとなって現在起こっている。姚余棟はこの例をひいて、ドルの利上げはドル不足をもたらし、グローバル経済の流動性不足を激化させる、と警告。 ドル利上げによる資本流出は中国において非常に巨大で、12月の外貨準備は3.33兆ドル、前月比1079億ドルも減少する。これは史上最大の単月下げ幅を記録。2015年通年で、中国は累計5126.6億ドルも外貨準備を減らした。さらに3000億ドルの貿易黒字を考慮すると、2015年の中国の資本流出は8000億ドルを超える。これは全体的に言って憂慮すべき数字だ。 マクロ的データの表層での情緒はすでに一般の個人投資家に伝播し、上海、深圳の銀行では大勢の人が群がり、かつての中国版ミセスワタナベたちはドルへの兌換に詰めかける新勢力となって、人民元為替レートの将来を不安がる人心は、すでに一種のパニック的ムードを形成している。… 姚余棟によれば、中国が単なる製造業国家であり、貨幣が国際通貨でなければ、人民元は長期的に下げ圧力にさらされる。しかし、去年、人民元はすでにSDR入りを認められ、局面はすでに変化している。もはや中国は単なる製造業国家ではない。グローバル経済の流動性を強化するため、人民元は世界を救う重責を担わねばならないのだ。人民元が流動性を補えば、来るべき冬はさほど寒くはないだろう。… 人民元が世界を救うには二つの前提がある。一つは、実際に人民元が国際化すること。二つに、人民元が兌換できる通貨バスケット通貨の相対的な安定だ。中央銀行はすでに同様の思考を明らかにしている。中央銀行研究局首席エコノミストの家馬駿は、『人民元レートの形成メカニズムはすでにドルにペッグされていない。完全な自由変動制ではないが、バスケット通貨の影響力は増しており、バスケットレートの安定を保持するようになっている。これが、将来的な人民元レート形成メカニズムの基調となる。この種のメカニズムを実施すれば、人民元のバスケット通貨レートに対する安定性が増し、人民元の米ドルに対する双方向の変動は一層大きくなるだろう』。… 李稲葵(清華大学世界経済研究センター主任)によれば、ドルが回流し、人民元が国際通貨となれば、長期的にはむしろ人民元価値は上昇するという。いわく、人民元の下落は長期的には続かない。国外のマーケットは中国への空売りを唱え、また中国政府が通貨切り下げの方法で経済を救済しようとしているとも言うが、これはマーケットが煽る人民元下落予測に過ぎない。国内マーケットの場合、これは大衆のパニックが元の下落を引き起こしているのであって、目下の経済調整に非常に有害である。 だが、フリーのエコノミスト、呉裕彬は李稲葵らに反対の観点から次のように語る。『目下の外貨準備資産の流出は5500億ドル。おそらく今年の8月ごろ、外貨準備資産は底をつく。この時、為替市場の伏兵が四方から立ち上がり、中央銀行は“兵”を調達することができず、人民元レートはただ自由落下運動の状態になるだろう』。…」 このほか、論評はいろいろあるのだが、総体的にまとめれば、中国政府の目下の貨幣戦争における戦術は、とりあえず3.3兆もの“弾薬”を使って、宋鴻浜の言うところの欧米国際金融勢力を撃退することから始まるようだ。然る後に中国経済の都合に合わせて事実上の対ドルペッグから変動為替制に移行していく。中国の国際収支状況は良好で、国際競争力も依然強いのだから、長期的に見ればむしろ上昇するはず、そうしたらドルに代わって世界金融の救世主になるのは人民元だ、という極めて希望的シナリオを描いている。 改革を断行する勇気は? しかしながら呉裕彬の予測のように“弾薬”が8月に尽きるという予測もある。そもそも、外貨準備を使っての人民元防衛は戦術的に誤りだという指摘もある、と仄聞している。人民元が国際通貨入りを目指すならば、早々に変動為替制に移行すべきで、それによって習近平政権が強引に2割も上げた人民元が2、3割下がるのは必要な洗礼だろう。それよりも遅々として進まぬ国有企業改革や生産調整の大ナタを振るう方が先ではないか、と。どうも、戦術的に戦略的にも、中国内部で方針が絞り切れていないような話もある。 「通貨戦争」の狼煙は確かに上がっているようだが、中国の真の敵は、外国投機筋でも、日本のマイナス金利でもなく、痛みに耐え抜いて改革を断行する自らの勇気のなさの中にあるのかもしれない。 新刊!東アジアの若者デモ、その深層に迫る 『SEALDsと東アジア若者デモってなんだ! 』 日本が安保法制の是非に揺れた2015年秋、注目を集めた学生デモ団体「SEALDs」。巨大な中国共産党権力と闘い、成果をあげた台湾の「ひまわり革命」。“植民地化”に異議を唱える香港の「雨傘革命」――。東アジアの若者たちが繰り広げたデモを現地取材、その深層に迫り、構造問題を浮き彫りにする。イースト新書/2016年2月10日発売。 このコラムについて 中国新聞趣聞〜チャイナ・ゴシップス
新聞とは新しい話、ニュース。趣聞とは、中国語で興味深い話、噂話といった意味。 中国において公式の新聞メディアが流す情報は「新聞」だが、中国の公式メディアとは宣伝機関であり、その第一の目的は党の宣伝だ。当局の都合の良いように編集されたり、美化されていたりしていることもある。そこで人々は口コミ情報、つまり知人から聞いた興味深い「趣聞」も重視する。 特に北京のように古く歴史ある政治の街においては、その知人がしばしば中南海に出入りできるほどの人物であったり、軍関係者であったり、ということもあるので、根も葉もない話ばかりではない。時に公式メディアの流す新聞よりも早く正確であることも。特に昨今はインターネットのおかげでこの趣聞の伝播力はばかにできなくなった。新聞趣聞の両面から中国の事象を読み解いてゆくニュースコラム。 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/218009/021500032/?ST=print
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