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コラム:ドル121円回復は6月まで期待薄か=村田雅志氏
http://jp.reuters.com/article/column-forexforum-masashi-murata-idJPKCN0VK03V
2016年 02月 11日 11:58 JST
村田雅志ブラウン・ブラザーズ・ハリマン 通貨ストラテジスト
2月11日、ブラウン・ブラザーズ・ハリマンの通貨ストラテジスト、村田雅志氏は、ドル円が日銀のマイナス金利導入直後に記録した121円台を取り戻すには、少なくとも6月の米連邦公開市場委員会(FOMC)まで待つ必要があると指摘。提供写真(2016年 ロイター)
[東京 11日] - 日銀が1月29日にマイナス金利導入を決めてから、金融市場は慌ただしい動きが続いている。
ドル円は2月1日に121円台半ばの高値を記録してから下落基調で推移し、10日のニューヨーク外為市場ではイエレン米連邦準備理事会(FRB)議長の議会証言を受けて113円台前半と2014年11月以来の安値に下落。アジア時間11日の取引でも円高ドル安が進み、東京時間午前11時半時点で112円台後半で推移している。
市場関係者の一部が指摘しているように、黒田東彦日銀総裁がマイナス金利導入を決めた理由の1つに円高抑制があったのだろう。円債のイールドカーブは、日銀の期待通りにマイナス金利の水準に全体的に大きく下方シフト。円買いの動きが抑制されるはずだった。
黒田総裁にとって不運だったのは、マイナス金利導入発表後、中国景気の減速懸念や原油安に加え、欧米でドル円の新たな下押し材料が出現したことだ。マイナス金利導入で円債利回りのボラティリティーが大きく拡大したこともあって市場のリスク回避姿勢が強まり、ドル売り・円買いの勢いが増した。
米国でのドル円下押し材料は、米連邦公開市場委員会(FOMC)メンバーの発言と米経済指標だ。ニューヨーク連銀のダドリー総裁は3日、米系メディアとのインタビューで、金融情勢は昨年12月のFOMC会合時よりかなり逼迫(ひっぱく)していると指摘。最近の金融市場の混乱が経済見通しの変更を迫る可能性があるとの考えを示すとともに、世界経済が悪化し、さらにドル高が進めば米国に重大な影響を及ぼしかねないと述べ、ドル売りの動きを強めた。
2月発表の米経済指標もドル売りの動きを後押しした。1月のISM非製造業総合指数は53.5と市場予想を下回り、14年2月以来の低水準。1月の米雇用統計では非農業部門雇用者数が15.1万人増と市場予想を大きく下振れ。失業率は4.9%と5%を割り込み、平均時給は前年比2.5%増と、ともに市場予想を上回る改善となり、米労働市場の改善は続いているとの見方は維持されたが、1月の米労働市場情勢指数は0.4ポイントの上昇と、市場予想を大きく下回り、14年4月以来の低い伸びとなった。
イエレンFRB議長は10日、下院金融委員会での質疑応答でFOMCが近く利下げを行う必要に直面するとは想定していないとしながらも、(金融)市場では景気後退リスクへの懸念が高まっているようだと指摘。世界金融市場の動向を非常に注意深く見守っているとも述べ、3月FOMCでの追加利上げ観測が大きく後退。円買い・ドル売りに拍車をかけた。
欧州では銀行株が大きく下落したことで金融システム不安が再燃。市場のリスク回避姿勢を強めた。中でもギリシャの株式市場は、同国と国際債権団の債務再編協議が行き詰まるとの見方から、1989年12月以来の安値に大幅下落。ドイツでも、同国大手銀行が自己資本補強を目的に発行したCoCo債(偶発転換社債)の一部で利払いが遅れるとの指摘から株価が大きく下落した。
なお、ギリシャ債のクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)に絡みドイツ大手行が破たんする恐れがあるとの指摘も目にするが、こうした指摘は行き過ぎたものだろう。確かに株価は大きく下げ、一部CDSは上昇しているが、CDSプレミアムの水準は世界的な金融危機にあった09年当時から見れば依然として低い。
そもそもCoCo債など新型ハイブリッド債は、自己資本増強策の1つとして発行されたもの。債券保有者の損失が拡大する可能性はあるが、同行の自己資本が急速に縮小する恐れは少ない。08―09年に起きたような世界的な金融システム不安が再び強まるとは考えにくい。
<ドル円下落が続くリスクシナリオ>
米国についても過度な悲観論をメインシナリオとすることには違和感を覚える。金融市場が不安定な動きを続ければ、FOMCが利上げを一時的に休止する可能性は否定しないが、米国景気が拡大基調を維持すれば、FOMCは金融市場や米景気動向を注視しながらも来年を含め、利上げを続ける姿勢を維持するとみられる。
一部では、利上げにより米金融情勢は逼迫しており、米景気は後退入りする可能性が高まったとの指摘もあるようだが、仮に米国が計1%程度の利上げを実施したとしても、インフレが1%台半ばである以上、実質で見たフェデラルファンド(FF)レート(政策金利)はマイナスのままだ。リーマンショック後、潜在成長率が下がったとはいえ1%台後半から2%近辺を維持している米国が、実質政策金利がマイナスの状態で景気後退に入るとは考えにくい。ドル円がドル売り主導で下げ続けることもないだろう。
ドル円が下がり続けるとしたら、日本の景気が後退入りし、国内の機関投資家が対外証券投資の動きを後退させる場合だろう。昨年12月の現金給与総額は、冬のボーナスの減少を主因に前年比0.1%増と伸び悩み。日本株が大きく下落したことで逆資産効果が今後強まる恐れもあり、個人消費の低迷傾向が深まる可能性もある。
設備投資も企業業績の下方修正を背景に先送りされる可能性がある。一部メディアが報じるように、自動車など主要製造企業は、円高進展を受けて想定為替レートの見直しに着手。従来計画から円高に再設定されることで営業利益が目減りする可能性が高まっている。中国だけでなく米国景気の先行き不透明感や金融市場の動揺も考慮すると、日本企業が設備投資に慎重な姿勢を強めることも考えられる。
ドル円が113円を割り込み、日経平均が1万6000円を割り込む事態を迎え、一部識者からはアベノミクスの終焉を指摘する声も出ている。夏に参議院選を控え、本来ならば安倍政権が景気テコ入れに動くべきなのだろうが、今後の政治日程を考えると迅速な対応は期待しにくい。今年度補正予算は1月20日に成立したばかり。国会が来年度予算を審議するなか、安倍政権が円高株安を理由に第2次補正予算案を国会に提出することは考えにくい。
日銀もマイナス金利導入を決めたばかりだ。緊急会合の可能性も考えられるが、今月26―27日には20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議が控えている。円安誘導と受け止められかねない追加緩和を緊急会合で決めることは国際政治上、難しいだろう。
筆者は市場のリスクオフ姿勢が強まる場面があっても結局は日米金融政策の違いをメインテーマにドル円の上昇基調が続くとの見方を示し続けてきた。しかし、足元で金融市場の動揺が続く中、安倍政権も身動きが取れないことを考えると、ドル円が早期に上昇基調を取り戻すと期待するのはさすがに無理があるように思われる。
13年5月に起きたバーナンキショックの際にドル円は103円台後半から93円台後半へと10円近く下落。バーナンキショック前の高値を上回るには、FRBがテーパリング開始を決めた同年12月まで7カ月近くを要した。
今後、ドル円は金融市場の落ち着きとともに下値を固める展開が予想されるが、日銀のマイナス金利導入直後に記録した121円台後半から9円も下げたドル円が同水準を取り戻すには、FRBが利上げ継続の意思を改めて示すと予想される6月のFOMCまで少なくとも待つ必要があると思われる。
*村田雅志氏は、ブラウン・ブラザーズ・ハリマンの通貨ストラテジスト。三和総合研究所、GCIキャピタルを経て2010年より現職。著書に「名門外資系アナリストが実践している為替のルール」(東洋経済新報社)
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