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止めたくても止められない、英国の中国製原発の悲劇
2016/10/24
岡崎研究所
英国のメイ首相は、新たな条件付きでヒンクリーポイントの原子力発電所のプロジェクトを承認しましたが、エコノミスト誌9月15日号は、プロジェクトの経済性と合理性に疑義を表明し、同首相はこのプロジェクトを否認すべきであった、との趣旨の解説記事を掲載しています。要旨、次の通り。
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政治的考慮の勝利
就任後の最初の2カ月、メイ首相はキャメロン首相の政策と決別することを常としてきた。従って、7月にヒンクリーポイントの原子力発電所プロジェクトの承認プロセスに待ったをかけた時、またもやUターンかと思われた。しかし、9月15日、新たな条件付きであるが、プロジェクトに青信号を出した。これは経済的考慮に対する政治的考慮の勝利である。
メイの主たる懸念は巨大でリスクの大きいプロジェクトへの外国、特に中国の関与にあったと思われる。フランスのEDFが建設するが、中国がコストの3分の1に当たる60億ポンドを投資する。安全保障に関する恐怖を鎮めるために、英国政府は将来のすべての原子力プロジェクトにおいて「黄金株」を取得すること、外国の所有の意味合いを十分吟味するため「枢要なインフラの所有と支配」に対するアプローチを変更することを表明した。また、EDFは英国政府の同意を得ることなくこのプロジェクトの完成前に撤退することは出来ないとの合意をEDFから取り付けた。
プロジェクトの進行を認めることで、メイはEU離脱についてその協力が必要なフランス、および将来の投資の大きな源泉である中国との関係を毒することを避けた。政府の発表はブラッドウェルで中国の設計による原子炉を建設するという中国の希望、あるいはサイズウェルの原子力発電計画への中国の参加の可能性には触れていないが、中国広核集団(China General Nuclear Power、ヒンクリーポイントに投資する国営企業)は「これでヒンクリーポイント、サイズウェル、ブラッドウェルにおいて原子力発電能力の提供に前進することが出来る」と述べている。
このプロジェクトのコストの60%は英国に落ちるので製造業界はハッピー、そのピーク時には建設関係の雇用に加えて5000人の雇用を生むので労働組合もハッピーであろう、とされる。
しかし、以上のようなことはすべて的外れである。安全保障の問題はどうであれ、政府は劣悪な取り引きに陥った。電力の買い取り価格は現行の価格の2倍以上のメガワット当り92.50ポンドが35年間にわたり保証されている。風力や太陽光のような再生可能エネルギーのコストが下がり、また蓄電技術のような新しい技術が進化するに伴い、ヒンクリーポイントの電力コストはさらに高値に見えることとなろう。また、EDFが手がけるフランスとフィンランドの同様のプロジェクトで何年もの工事の遅延が発生していることに見られるように、このプロジェクトの欧州加圧水型炉の技術は確立されていない。
ヒンクリーポイントの進行を認めることでメイは短期的な政治問題を解決したが、長期的な経済合理性の問題を作り出した。
出典:‘Hinkley Point gets the green light’(Economist, September 15, 2016)
http://www.economist.com/news/britain/21707303-theresa-may-puts-political-considerations-economic-and-energy-related-arguments-hinkley
英国では現在16基の原子力発電所が稼働していますが、老朽化に伴い、順次その更新を図る計画が進行中です。ヒンクリーポイントのプロジェクトはその起点となる総額180億ポンドの巨大プロジェクトです。EDFが欧州加圧水型炉を2基建設しますが、EDFと中国広核集団がそれぞれ3分の2、3分の1を出資します。中国はこのプロジェクトを跳躍台として、ブラッドウェルとサイズウェルでも原子力発電所の建設に参画することを目論んでいますが、特にブラッドウェルでは3分の2を出資して(3分の1はEDF)中国主導で中国の設計による原子炉「華龍一号」を建設することが予定されています。実現すれば、先進国における最初の中国の原子炉となります。
メイ首相が英中「黄金時代」の目玉であるヒンクリーポイントのプロジェクトに一旦待ったをかけたのは、この記事がいうように、安全保障上の懸念であったと思われ、承認するに当たって次の措置を講じました。即ち、英国政府の同意がなければプロジェクトの完成前に3分の2の保有株式を売却して撤退することは出来ないことにEDFの合意を取り付けました。プロジェクトが立ち枯れとなることを防ぐとともに、プロジェクト全体が中国の手に落ちる可能性を塞ぐ意図かと思われます。もう一つ、今後の枢要なインフラに対する外国の投資については、新たな法的枠組みを設けて安全保障の観点から審査を厳格化すること、その一環として、今後の原子力プロジェクトについては政府が「黄金株」を取得すること(これによって政府の同意なくして重要な株の売買は行われないこととなる)を表明しました。一方で、批判が根強いプロジェクトの商業条件には手をつけていません。
他山の石にすべし
この記事は、高額の建設費および高値の電力買い取り価格の保証という劣悪な商業条件、技術の信頼性に関する不安、そして再生可能エネルギーが進化しつつある状況でのプロジェクトの合理性に強い疑念を表明しています。エコノミスト誌の立場は、この理由のゆえに、メイはこのプロジェクトを否認すべきであったというものです。
他方で、エコノミスト誌は中国に関する安全保障上の懸念にあまり重きを置いていないようですが、メイが示した慎重姿勢は健全なものと思われます。原子力発電所のような枢要なインフラについて中国に重要な関与を認めることには大きな不安があって然るべきです。情報機関は中国の関与を認めることは安全保障に対する脅威だと警告していたとの報道があります。中国が建設する発電所となれば、中国によるサイバー攻撃の標的になり得るよう細工することは容易と思われます。恐らく、今後策定される新たな法的枠組みは中国が主導するブラッドウェルのプロジェクトを念頭に置いたものでしょう。この法的枠組みが障害となり、このプロジェクトが中国の思惑通りに進まないといった事態になれば、ヒンクリーポイントのプロジェクトに対する中国の態度にも影響するかも知れません。
安全保障上の問題にしろ、プロジェクトの経済性の問題にしろ、背景には英国が原子力発電所建設の能力を喪失し、フランスや中国、あるいは日本(日立、東芝)に頼らざるを得ないという弱みがあるやに思われ、エネルギーに乏しい我が国としては、他山の石とすべきことのように思われます。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/8029
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