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小児甲状腺がんが多発する福島で、甲状腺検査の見直し議論が出ている(※イメージ)
福島県立医大「甲状腺一斉検査は過剰診断につながる」に異論が続々〈週刊朝日〉
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161012-00000264-sasahi-soci
週刊朝日 2016年10月21日号
小児甲状腺がんが多発する福島で、甲状腺検査の見直し議論が出ている。検査を行う福島県立医科大学は、一斉検査をすることで手術の必要がない潜在がんを発見していると対象者の縮小を訴える。一方、患者会などは原因がはっきりしない以上、検査を続けるべきと反発する。ジャーナリストの桐島瞬が取材した。
9月26、27日に福島市で開かれた第5回放射線と健康についての福島国際専門家会議(主催・日本財団)。福島県立医大などが共催するこの会議は、福島県が甲状腺検査の方向性を決める際の参考にする重要な位置付けとなる。
そこで国内外の報告者から次々に出たのは「一斉甲状腺がん検査ではスクリーニング効果が出やすい」「過剰診断は県民に不安を与える」といった現在の甲状腺検査を否定的にとらえる意見だった。スクリーニング効果とは、幅広く検査を行うことで手術をしなくても済む「潜在がん」を見つけてしまい、それが過剰ながん診断につながっているという意味だ。
あまりに放射線の影響を考慮しない報告が続いたためか、会議を聴きに来ていた参加者から疑問の声が相次いだ。その中の一人、岡山大教授の津田敏秀氏(疫学)は、パネリストたちに向けてこう質(ただ)した。
「聞いているとスクリーニング効果や過剰診断ばかり強調するが、福島はそうではないのが明白。会議の報告は、チェルノブイリでの甲状腺がんでさえ原発事故の影響ではないとしてしまうような、あまりに無謀な主張ではないのか」
津田氏は昨年、福島の甲状腺がん多発に関しての疫学論文を国際環境疫学会の医学専門誌に書いている。福島の甲状腺がんは、そのほとんどがスクリーニング効果や過剰診断ではなく、被曝の影響と主張する一人だ。
だが、津田氏の問いかけをパネリストたちは真っ向から否定。福島県立医大の教授は「あまりに外れた意見だ」と突き放した。
福島県で甲状腺検査が始まったのは2011年。チェルノブイリ原発事故では事故5年目あたりから周辺に住む子どもを中心に甲状腺がんが爆発的に増えた。事故直後に大気中に放出された放射性ヨウ素を甲状腺に取り込むと、甲状腺がんになるリスクが高まる。原発事故が起きた福島でも小児甲状腺がん患者が増えるかもしれないため、検査が始まった。
事故当時18歳以下の約38万人を対象に超音波エコー検査を行い、現在検査は3巡目。今までに174人が甲状腺がんや、その疑いがあると診断された。
小児甲状腺がんの発症率は年間100万人に1〜2人ともいわれる。それを考えれば福島では明らかに多発。有識者で構成される県民健康調査の検討委員会が今年3月に出した中間取りまとめにも「がんの罹患統計などから推定される有病数に比べて数十倍のオーダーで多い甲状腺がんが発見されている」と書かれた。
ただその一方で検討委員会は、甲状腺がんは多発しているものの放射線の影響は考えにくいとする。その理由が、先の「一斉検査で過剰診断となり、もともと手術しなくてもよいものを見つけてしまっている」という説明だ。
冒頭の国際会議に登壇した日本医科大大学院の杉谷巌教授は、「亡くなった人の10人に1人から甲状腺がんが見つかる。甲状腺がんで多い乳頭がんは10年生存率が99%のうえ、高リスクに変わるものでもない」と説明し、過剰診断が県民の不安につながっているとした。
こうしたことから福島ではいま、甲状腺の一斉検査の見直し議論が進んでいる。福島の甲状腺がんの問題を追い続けているジャーナリストの野原晄氏によると、発端は14年の夏ごろに遡るという。
「検討委員会のなかから、過剰診断があるのではないかとの話が出てきたのです。その年の11月に開かれた検討委員会甲状腺検査評価部会でもずっとその議論をしていたときがありました。県民の関心は放射線による健康被害なのに、突然そこから外れたテーマに違和感を持ったのを覚えています」
そのときの議論ではこんなこともあったという。
「甲状腺検査の責任者だった福島県立医大の鈴木眞一氏(甲状腺内分泌学講座主任教授)が強い調子で『必要のある患者だけに手術をしている』と、過剰な治療や手術はしていないことを説明したのです。鈴木氏はそれからしばらくして担当を外れました」
検査見直しの流れは今年に入ってからもさらに強まる。甲状腺検査を行う際に記入する「同意確認書」。4月から不同意の欄が設けられ、「同意しません」にチェックをした人には、県立医大は受診案内を追加で送らないようにした。8月に入ると地元紙は1面とオピニオン欄を使い、すぐにでも甲状腺検査の対象者縮小や検査方法の見直し議論を始めたいとする検討委員会の星北斗座長の考えを載せた。また、福島県の小児科医会は、検査対象を同意が得られた人だけにするなどして絞り込む必要があるとする要望書を県に提出した。
さらに県立医大から検査対象者に送られてくるお知らせ「甲状腺通信」の8月発行号には、同意確認書の説明とあわせて「甲状腺検査は必ず受診しなければならないのでしょうか?」と題して、甲状腺検査を受けなくても良いと受け取られかねないQ&Aが載った。また、チェルノブイリ原発事故後10年間と福島での5年間での年齢別甲状腺がん発症数という本来比較できない数字を示し、福島では「放射線による被曝の影響とは判断できない」ともした。
先の国際会議では、県立医大の緑川早苗准教授がこの「同意確認書」に関してこんな発言をしている。
「同意は20%、同意しないは5%。残り75%は返事がない。つまり75%は消極的に検査を希望しない可能性があるのではないか」
無回答者をすべて検査拒否に含めようとするのは強引に思えるが、裏を返せばそれだけ検査を縮小したい気持ちの表れと受け取れる。
こうした議論の背景にあるのは、一斉検査を行うことで県民に不安が生まれ、福島で甲状腺がんが多数見つかったという風評被害が残るとの考え方だ。
だが、そもそも甲状腺検査は、放射線の影響から子どもの健康を守るために長期間の追跡調査をするものではなかったのか。それに子どもの甲状腺がんは臨床データが足りないため、専門家でさえ手術をしなくてもよい潜在がんなのかどうかわからないのが実情だ。
道北勤医協・旭川北医院の松崎道幸院長は、検査見直しの動きにくぎを刺す。
「甲状腺がんの潜伏期間や男性の発症が通常より多いことなど複数の要因を考え合わせると、被曝と関係ないとは言えません。むしろ70%ぐらいはあると見ている。何より2巡目の検査で数十人からがんが見つかっているのに、検査を縮小するというのは無責任。県民に不安があるからこそ検査を続けるべきです」
松崎氏は、検査を縮小して追跡期間が短くなると、正反対の結果が出ることもあると言う。
「原爆被爆者の追跡調査を見ると、被爆から20年後までは1ミリシーベルト以下の被曝でがんなどにかかるリスクが下がる。しかし、その後に死亡率が上がっているのです。被爆者の健康被害がある程度まで解明されるのに50年かかったのに、わずか5年でわかるわけがありません」
「311甲状腺がん家族の会」で事務局長を務める武本泰氏も検査見直しには断固反対する。
「県立医大は小児甲状腺がんの予後が良いというが、それは被曝を考慮しない場合。福島では放射性ヨウ素の正確な初期被曝量さえわからないのに、多発する甲状腺がんに被曝の影響がないなどと言えるわけがありません」
そのうえで、いま見直し議論が出てくること自体がおかしいと言う。
「福島には5年前の原発事故で放射性物質がまき散らされた。県民ががんの心配をするのは当然です。命がかかっているのだから、検査を縮小するなら客観的な証拠に基づいて被曝との因果関係を排除する必要がある。できないなら、今までどおり続けるべきです」
原発事故から5年が経ち、政府は来年3月までに帰還困難区域を除き、全面的に避難指示を解除する方針。一般の被曝限度も年間1ミリシーベルト以下から、福島では年間20ミリシーベルト以下まで引き上げられた。甲状腺がんの検査見直し議論は、原発事故を幕引きにしようとする動きとは関係ないのか。前出の野原氏はこう指摘する。
「このタイミングで検査縮小の議論が出てくるのは、福島でこのままがんや疾患が増えたら今後の補償問題や原発事故の裁判にも影響を及ぼすからではないか。何とかして被曝影響を減らしたいという政治的な匂いも感じます」
それが狙いだとすれば、検査見直し議論はこれからも進むことになる。
9月14日に開かれた県民健康調査の検討委員会では、出席した12人の委員のうち清水一雄氏(日本医大名誉教授)、清水修二氏(福島大特任教授)、春日文子氏(国立環境研究所特任フェロー)の3人が、今後も検査を継続するべきと述べた。甲状腺がんの専門医でもある清水一雄氏はこう語る。
「むやみな検査縮小をすれば今までの検査が無駄になるうえ、しっかりとした情報発信もできなくなる。何よりがん診断を受けた被災者が縮小を望んでいない」
だが、星座長は検討委員会の最後に「(検査を)やめる、やめないだけでなく、今後も議論を進めたい」と話した。参議院議員の山本太郎氏は憤る。
「すでに174人もの子どもたちが甲状腺がんやその疑いがあると診断されているのに、検査見直し議論が出てくるばかりか、国や環境省に至っては多発さえ認めず調査をするだけ。それこそが問題なのです」
子どもらの健康が失われることがあってはならない。
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