http://www.asyura2.com/16/genpatu45/msg/557.html
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自主避難したまま戻らぬ「ナチュラル妻」
2016年04月25日(月)村中璃子 (医師・ジャーナリスト)
福島の被ばくと子宮頸がんワクチン。この2つのテーマに共通して潜む「支援者」や「カルト化」という問題を、福島出身の社会学者、開沼博さんと、医師・ジャーナリストの村中璃子さんが語り尽くした対談記事はこちら(前篇、後篇)。本記事は対談の内容に関連するコラムです。
「あなたのホテルに送ったから持ってきて」
物流も交通も麻痺した震災直後、福島に住む妻が、東京出張中だった夫に届けて欲しいと求めたのは、ホメオパシーで使う「レメディ」だった。自然治癒力に作用するという砂糖玉だ。
海外の大学で教育を受けた妻は、根っからのナチュラル志向。オーガニック好きで玄米菜食を是とするマクロビオティックを実践し、原則、牛乳と肉は口にしない。思い返せば結婚前から、ヤマザキパンは危険だと食べず、コンビニのサンドイッチを買うとハムをどけていた。
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電子レンジを使わず、携帯電話はイヤホンマイク、子供にはテレビも見せなかったという妻は、仕事のある夫と離れ、娘と関東へ避難。その後、原発からもっと離れようと関西に避難したが、5年たった今も戻って来ない。当時2歳だった娘はもう小学2年生だ。
子供にも自然が一番、人工的なものは良くないと、定期接種含む一切のワクチンを拒否。熱を出した時も病院でもらったシロップを与えなかった。食事は大豆肉や西日本の有機野菜を使い、給食のある小学校にも弁当を持たせている。
「食べ物は百歩譲るとして、ワクチン受けさせないのは虐待じゃないの?」
口を開けば喧嘩になるが、妻は子供のためだと譲らない。2014年の漫画「美味しんぼ」の鼻血騒動に怒りを感じ、勉強を重ねた夫が、放射線量が下がったことを示すリンクや放射能に関する正しい理解を促す本を与えても「これ、私のじゃないから」と見ない。
福島は無理でも、せめて東京で同居しようという話は何度もしたが、国は放射能汚染を隠しているといった陰謀論を吹き込む人やSNSに囲まれ、聞く耳を持たない。心配してフェイスブックの内容に意見すると、ブロックされ、投稿を読めなくなった。
「それでも避難先の人からすれば、子供を守るために避難し、頑張っているママということになるんです」
適切な医療を受けられず、父親を失ったままなのに、子供は守られていると考える矛盾。
「父親が子供と一緒に居られないのは君の勉強不足じゃないのと言っても、私のせいじゃない、原発のせいとなる。確かに、事故がきっかけです。でも、もう事故のせいなのかどうかも分かりません」
対話の糸口が見つからない妻との連絡が減る中、娘とは昨夏から会えていない。
〔関連記事〕開沼博×村中璃子対談「放射能と子宮頸がんワクチン カルト化からママを救う」前篇はこちら、後篇はこちら。
【編集履歴】
・本文冒頭にリード文、末尾にリンクをつけ、写真の更新を行いました(2016/4/25)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/6620
放射能とワクチン
不安に寄り添う怪しげな「支援者」
対談 開沼博×村中璃子(前篇)
2016年04月20日(水)Wedge編集部
福島の被ばくと子宮頸がんワクチン。弊誌Wedgeが取り上げ続けてきたこの2つのテーマには似通った問題が潜んでいる。福島出身の社会学者、開沼博さんと、医師・ジャーナリストの村中璃子さんが、縦横無尽に語り尽くす。
※本記事は4月20日発売のWedge5月号の記事の一部です。
編集部 被ばくとワクチンをめぐってどのようなことが起きているのか、実態を教えてください。
開沼博(以下、開沼) 福島の惨事に便乗する言説によって、二次被害と呼べる問題が明確に出てきています。
事故直後の「急性期」には、避難する過程で多くの人が命を落としました。放射線の危険性を過剰に煽る報道によって、農業や漁業に従事する人の中に自殺したり、将来への悲観から廃業したりする人が出ました。
しかし、状況がある程度落ち着いた「慢性期」の現在もそういった惨事便乗型言説による実害は発生し続けている。避難をし続けて、心身に不調を来たして亡くなった方は2000人を超え、福島で地震・津波で亡くなった約1600人を上回っています。相馬・南相馬で避難経験を持つ人の糖尿病が1.6倍に。福島で小さな子を育てる母親のうつ傾向が高まり、子供の肥満は一時、全国1位になってしまった。
事故直後のパニックの中で、さまざまな言説が許容される余地はある。しかし、6年目の現在、さまざまなデータが出揃った中、甲状腺がんを残し、現在も今後も内部・外部被ばくによる健康被害の可能性は極めて低いと勝負がついた。過剰避難などの過剰反応を煽り続けることは明らかに有害です。
開沼博(かいぬま・ひろし) 社会学者
東京大学文学部卒、同大学院学際情報学府博士課程在籍。立命館大学衣笠総合研究機構特別招聘准教授などを務める。
Photo: Naonori Kohira
もはや「辛いですね、不安なんですね」と情緒的な話で終わらせてはいけない。過剰反応に適切な対応を取ってこなかったことの問題を議論すべき時期が来ているのに、「放射能の被害を軽視するのか」「あの当時の過剰反応は否定できない」という、5年前の視点にとどまった議論がまかり通るのは「被害の矮小化」です。これ以上の被害拡大を食い止めなければならない。
村中璃子(以下、村中) 放射線もワクチンも目に見えないから不安になりやすく、誤った情報が拡散しやすいんですよね。重篤な副反応があるかもしれないという疑義が生じた時点で子宮頸がんワクチンの接種推奨をいったん止めたことは良いとして、国内外で安全性に関するエビデンスが蓄積されているにもかかわらず、接種を停止し続ければ、ならなくて済む子宮頸がん患者を生むことになる。
被害を訴える少女たちに対する、適切かどうかわからない侵襲性の高い治療や代替医療も有害です。自己免疫による脳神経障害であることを前提に、ステロイドパルスという高濃度ステロイド点滴や、血を濾しながら抜いて入れ替える血漿交換という治療法がよくなされますが、患者さんの身体への負荷も経済的負担も大きい。
究極の姿は、脊髄電極刺激法(SCS)です。これは女の子の身体にメスを入れ、脊髄に金属の電極を埋め込む手術をして痛みを抑える治療ですが、「してもらった感」だけで一時的に良くなる人もいる。一方で症状が悪化する人もおり、また、一時的に良くなった人も必ずと言っていいほどリバウンドするのでやっぱり治らない、治療費がかかるとなって、ワクチンをもっと憎むようになるわけです。
村中璃子(むらなか・りこ)
医師・ジャーナリスト
一橋大学社会学部・大学院卒、社会学修士。北海道大学医学部卒。WHOなどを経て京都大学医学研究科非常勤講師も務める。
Photo: Naonori Kohira
村中 ワクチン不信は医療不信につながりやすく、代替医療を探す動きも盛んです。代表例は、高濃度のビタミンCを大量に点滴するビタミンパルス療法です。これは、女優の故・川島なお美さんが最後まで舞台に立ちたいという理由で抗がん剤を拒否して選択したことで有名になりました。推進する医師はがんにも被ばくにもワクチン副反応にも効くと言っていますが、エビデンスはなく、1クール10万円と高額です。
薬害を主張する医師たちは、子宮頸がんワクチン関連神経免疫異常症候群(HANS:ハンス)という症候群を勝手に作って、ワクチンを打てばその後何年たっても副反応は発生するし、何度でも再発すると言う。意図的かは分かりませんが、ワクチンを打った子の病気は全部ハンスと主張できますから、将来にわたって患者が生まれ続けてくれる構図です。
開沼 誤った言説を信じる人の周辺には、そこから経済的、政治的に利益を得ようという人が群がっています。「この食べ物を食べれば安全です」などと弱い立場に置かれた人の不安につけ込んで、金づるとして囲い込むのが典型的な手口です。
例えば、有名なニセ科学のEM菌。「EM菌で除染できる、放射能を排出する」などと、それらしいデータをでっち上げる得体のしれない「専門家」とセットで商品を売りつける。「これで末期がんが治る」などと煽る商売と構造は同じです。
怪しげな「支援者」が集う「不安寄り添いムラ」
開沼 これはトラウマを抱えた自主避難者などの不安当事者側ではなく支援者側に責任がある問題です。支援者といっても、事態を悪化させている、かぎかっこ付きの「支援者」です。NPO、法律家、自称ジャーナリスト、自称専門家など多様な主体で構成され、共通点は勉強していないことです。
言説を分析すると、放射線に関する知識をほとんど持っていない。にもかかわらず、「危ない福島」を前提にしながら、不安には寄り添わなければならない、自分たちは正義だと自己正当化する。原子力ムラならぬ、「不安寄り添いムラ」が形成されています。
これに対しデマの実害を指摘する声が強まる一方、「それでは弱者の不安に寄り添っていない、あまり批判するな、楽しくやろう」というノーテンキな反・反デマ言説がデマ温存に加担するのがこの1年の状況です。不安は絶対的に肯定されるなら、ヘイトスピーチやIS(イスラム国)も圧倒的な不安感をベースにした運動であり、肯定されてしまう。こういう悪しき相対主義は、差別、暴力を助長し、それを正す動きを阻む。
それを利用して、「声をあげる専門家らは、不安にさいなまれる弱き人を潰そうとしている人たちだ」という印象を外野の聴衆に与え、圧力をかけて言論を潰すというのが不安寄り添いムラのやり口です。「支援者」は不安当事者とある種の共依存関係をつくり、得られる限りの利得を得続けていく。
村中 子宮頸がんワクチン問題でも、因果関係を十分検討せずに、症状がある少女たちはかわいそうでワクチンは危ないとする「支援者」たちが目立ちます。彼らは、ワクチンを否定しない人を見つければ、利益相反だの誰かの手先だのと攻撃を加え、「ワクチンのせいではなく"身体化"なのではないか」と言うまともな医師たちを悪者に仕立て上げます。
子宮頸がんワクチンを打った後に現れた、ありとあらゆる症状がワクチン成分による副反応だと一括りにしたのがハンスです。全身の強い痛みから、歩行困難、不随意運動と呼ばれる激しいけいれんや月経異常。さらには漢字が書けなくなった、英単語が覚えられないといった訴えをワクチンによる「高次脳機能障害」であるとし、不登校も学業不振もハンスだとする。日本政府がこうした科学的裏付けを欠く「世論」を恐れて子宮頸がんワクチンの接種を停止したままにしていることに対し、WHO(世界保健機関)は昨年も名指しの日本批判をしました。
どんな医薬品にもごく稀ですが副反応が発生します。市販の風邪薬の副反応で重篤な症状を示す人もいますから、ワクチン後に症状を訴えている少女の中にも、もちろんそういう子はいるでしょう。しかし、副反応を検討する厚生労働省の専門家委員会も、多くは"身体化"、つまり、心がきっかけとなった身体の病気であると繰り返し結論づけています。
"身体化"は心の病気ではなく、心をきっかけとした身体の病気です。しかし、当初、多くの医師が口にした"心因性"という言葉が、心の病気、気のせいというイメージを抱かせました。そうやって傷ついた少女や母親たちには、ワクチンによる脳障害だと断じる医師たちが「いい先生」に見えてしまう。そして、新しい病気を発見したと主張したいハンス派の医師たちにとっても、彼女たちは欠かせない存在であり、共依存するわけですね。
風評から差別へ 被害が実体化し攻撃的に
開沼 その結果、悪化しているのが風評被害です。風評は、外国で講演すると単にrumor=噂と訳されてしまうんですが、economic damage(経済的損害)やdiscrimination(差別)の方が正確です。前者は福島の野菜が売れないなどのよく知られた話で継続的な対応が必要ですが、問題は後者です。
開沼 例えば、福島の農家が都会に直販しに行くと客に罵倒され、漁師さんが試験操業で魚が取れました、おいしいので食べてくださいと言ったら、毒売るなという電話が漁協に殺到する。地元のNPOが子供たちと一緒に国道6号線を清掃しようとしたら、子供を傷つける殺人者などという言葉を浴びせられる。(参考記事:「福島の被ばく報道はデマだらけ」)
地元を復興させようとする人々の行動を全否定する動きを取るのが、先ほど言ったカギカッコ付きの「支援者」です。この差別行為を不安寄り添いムラは看過するんですよね。法律家や学者が入っているはずなのに。
村中 ワクチンでも、「支援者」たちがある種の攻撃性を帯びています。実は、ワクチン接種後の症状から治った少女も、たくさんいるんです。けいれんや歩けないなどの重い症状でも、時間をかけて、大学入学などの生活の変化とともに良くなり、もう触れないでほしい、という感じの子たちがいます。(参考記事:Wedge4月号「暴走する大人と沈黙する子供たち 子宮頸がんワクチン"被害"からの解放」)
しかし彼女たちは、それを言えません。今となってはワクチンのせいじゃなかったかもと思っても、口にすれば、ワクチンのせいと主張する「支援者」から攻撃されるからです。
そうしているうちに、被害の存在が固定していくんですね。本来は疾患としてありえないハンスという疾患概念が、実体を帯びてくる。
開沼 原発事故後の被ばく問題の構造と同型です。多数の日常に戻れた人と、少数のそうじゃない人がいる中、後者に「支援者」が群がり冗舌に弱者としての権力を振るう。実状を知っている人が、いくらおかしくなっていると思っても、それを口外できない。
不安当事者も、個別に話を聞くと現状への違和感は口にする。ただ、その人間関係で5年経つと、もう振り上げた拳を振り下ろせない状況に追い込まれている。周囲が説得しても聞かないので、多様性を認め合うと言えばきれいに聞こえますが、要は相手にされなくなる。そうなると自分たちは蔑まれているという感覚に至り、孤立化し、言説が過激になっていきます。
村中 子宮頸がんワクチンに対する過剰反応の中で、行き過ぎと思えるのが、子宮頸がんサバイバーやがんで家族を失った人への攻撃です。
子宮頸がんは性感染症なので、男遊びしてなったとか、製薬会社からカネをもらってワクチンを勧めていると言いがかりをつけられ、誰も表に出なくなったと聞きます。最近の子宮頸がん予防キャンペーンは、検診は勧めるがワクチンは勧めないスタイルになりました。がんに傷つけられた人たちが、ワクチンを憎む人たちにさらに傷つけられ、声をあげられなくなっています。
子宮頸がんの犠牲者は決して少なくありません。年間3000人が亡くなるだけでなく、毎年1万人以上が、前がん病変や初期で見つかったがんを取り除く、円錐切除という子宮の入り口を切り抜く手術を受けています。
この手術は比較的簡単な上、子宮を失わずに済むので、ワクチン不要論者は検診と手術で十分と言いますが、円錐切除を受ければ流産しやすくなるし、性生活や妊娠に対して消極的になるなど、表に出ない深刻な問題がたくさんあります。また、がんに一度なれば、取り切れてないかも、再発するかも、という不安にも襲われ続けます。
亡くなっても生き残っても辛いがん患者に接する機会の多い産婦人科医は当然、ワクチンに好意的な立場をとりますが、利益相反と言われ、世間から黙殺されています。ちなみに、ワクチンが普及すれば患者は減って産婦人科医の利益は減りますので、おかしな誹謗中傷ですよね。
※後篇はこちら
※関連コラム「子宮頸がんワクチンとモンスターマザー」はこちら
※関連コラム「自主避難したまま戻らぬ"ナチュラル妻"」はこちら
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/6614
放射能と子宮頸がんワクチン
カルト化からママを救う
対談 開沼博×村中璃子(後篇)
2016年04月21日(木)Wedge編集部
福島の被ばくと子宮頸がんワクチン。弊誌Wedgeが取り上げ続けてきたこの2つのテーマには似通った問題が潜んでいる。福島出身の社会学者、開沼博さんと、医師・ジャーナリストの村中璃子さんが、縦横無尽に語り尽くす。
※本記事は4月20日発売のWedge5月号の記事の一部です。
※前篇はこちら
両論併記のメディアが誤った少数意見をばらまく
編集部(以下、――) 前篇記事で紹介したように、目に見えない放射能やワクチンに対して不安を抱える人に、カギカッコ付きの「支援者」が群がり、「不安寄り添いムラ」を形成し、攻撃性まで帯びてしまう。どうしてこんな悲しい事態に陥るのでしょうか。その原因は、メディアにもあるのではないでしょうか。
開沼博(以下、開沼) 「不安寄り添いムラ」は、メディアが定期供給するニセ科学言説資源を利用して生き延びていますから、それがなければここまで状況は悪化していなかったでしょうね。
漫画「美味しんぼ」をはじめ、一部の週刊誌やテレビ番組などさまざまな媒体が、ニセ科学、デマを再生産して利益を得てきましたが、ムラの中で流通する言葉は社会全体から見ればごくごく少数の言説をかき集めただけ。甲状腺がんの問題もよく話題になりますが、「福島で甲状腺がんが多発している」と論文にしている専門家は、岡山大学の津田敏秀さん以外に目立つ人はいない。その論文も出た瞬間、専門家コミュニティーからフルボッコで瞬殺されています。
この構造を把握していない人たちを利用する「支援者」や自称科学者たち。大手メディアも、普段のクセで両論併記をして、まともな専門家と同じ分量を割くから、50対50の論争なのかと勘違いする人が出てくる。
村中璃子(以下、村中) この前、面白いことがありました。ある女性ファッション誌が、子供に子宮頸がんワクチンを打たせるか打たせないか、というような特集を組みたいと取材に来たんです。
村中璃子(むらなか・りこ) 医師・ジャーナリスト
一橋大学社会学部・大学院卒、社会学修士。北海道大学医学部卒。WHOなどを経て京都大学医学研究科非常勤講師も務める。
Photo: Naonori Kohira
小さい子供のいる若い女性のライターさんが言うには、「ワクチンは危ないと言っている医師ばかりかと思っていたのに、村中さんの記事に出てくる人以外に探せない」と。でも「ゼロベクレル派」で有名な編集長は「両派5人ずつ探せ」と言っているらしく、ワクチン危険派を5人も探せないからどうにかして欲しいって言うんです。
開沼 ノイジーマイノリティーとサイレントマジョリティーの話なんですよね。メディアは、サイレントマジョリティーを無視しようとする。自主避難し続ける人は取り上げるけれども、その何倍も存在する自主避難から戻ってきた人や残された父親の筆舌に尽くしがたい不条理は取り上げない。
(参考記事:「自主避難したまま戻らぬ"ナチュラル妻"」)
開沼博(かいぬま・ひろし) 社会学者
東京大学文学部卒、同大学院学際情報学府博士課程在籍。立命館大学衣笠総合研究機構特別招聘准教授などを務める。
Photo: Naonori Kohira
開沼 拙著「はじめての福島学」では、冒頭で、あるクイズを紹介しています。福島から震災後避難して県外に移った人って震災前の人口の何%だと思いますかと講演などで聞くと、たいてい20〜30%などという答えが返ってくる。避難者の話をよく聞いているという関西の地方紙の記者は40%と答えました。でも、正解は2%。極端な情報ばかり流れてきた証左です。
村中 フェイスブックやツイッターといったSNSの影響も大きいですよね。社会全体で見れば自分と同じ価値観の人は少ないのに、せいぜい100人くらいの相互フォローのバーチャルサークルにこもれば、学校に行かれていない女の子や母親も端末をいじっているだけで、みんなから評価された気持ちになれます。
リアルなコミュニティーが崩壊していることも大きい。ある地方取材に行ったら、昔ならああいう親や子供に「あんた、いい加減にしなさいよ」と言ってくれる親戚のおばさんや近所のお年寄りがいたのにね、という人が多くてハッとさせられました。
開沼 3・11の後、「SNSで社会を変える」みたいな、のぼせた議論が出てきました。ばらばらだった個人をネットがつなぎ合わさせて可視化し運動体になるという議論ですが、まさにそのとおりのことが悪い方向で起きてしまいました。
SNSが「カルト」を作り「支援者」に消費される
――被ばくもワクチンもママが目立ちますね。
開沼 「ママたち、子供たちを守れ」と「弱者憑依」して水戸黄門の印籠のように掲げることで、都合の悪い議論を全て封殺して利益を得続けていくのが、不安寄り添いムラのワンパターンだけど最強の手口です。
村中 病気になると、例えば周囲に優しくしてもらえる、といった主に心的な利得が発生します。それを求めて病気になろうとすることをミュンヒハウゼン症候群というんですが、代理ミュンヒハウゼン症候群というものもあるんですね。
自分の家族が病気になったことで得られる利得のことで、例えば、生活が苦しい家庭で、子供が公費で入院したので、自分も温かいベッドで寝られるといった状況を指します。これにも心的なものがあって、母親が注目を浴びるといった自己実現的な利得を考慮しなくていいかどうか。
子宮頸がんワクチン接種後の症状に苦しむある少女はこう言っていました。「子供同士もツイッターやLINEでつながっているけど母親同士ほど盛り上がってない。大人たちの騒ぎに子供は引いている」。子供が身体化した症状を示す場合、親もケアするのが一般的です。
開沼 放射線でも全く同じで、因果関係を示すエビデンスがゼロどころか、実際に起こったか裏が取れない話でも「子供の体調が悪くなった」というのは通りのいいレトリックですね。子供は発言しなくていいし帯同しなくてもいい。自己正当化・自己防衛に極めて有用な言説資源です。母親本人は元気に毎日アクティビストとして動くことができる。子供のことを心配した選択だと言えば、責められることはない。
村中 少女たちを診ている医師は、怒っている子供を見たことがないと口を揃えます。ワクチンのせいじゃないと思うと言うと、怒るのはまず母親。中高生であれば、症状の説明は自分でできるのに、連れてきた親が全部説明して口を挟ませない。医師、治療法の選択からSNSの情報発信まで全部親がやっているケースが多い。私が会った子たちも静かな子ばかりでした。
(参考記事:「子宮頸がんワクチンとモンスターマザー」)
――そして、反ワクチンのママは、プロフィルを開くとたいてい反原発や反安保など反○○が並ぶんですよね……。
開沼 それはこの言説を追っている人の中では完全に常識ですね。グローバルな社会運動の歴史の転換点は70年代にある。それまでマルクス主義ベースの政治の問題を扱った運動が衰退する中で、公害やオイルショック、ベトナム戦争などを受けてエコロジーなど生活の問題が大テーマになっていく。
赤から緑への転換とも言えますが、緑のエコ運動の中には、反資本主義、反科学、反人工物などがある。思考停止してそのセット志向に従っておけば、政治的に考えた感じになれて周りと共感しあって安心できる。
村中 政治的な立場はどんな立場でも尊重されるべきだと思いますが、ワクチンは政治やイズムではなく科学なんです。でも、いわゆるエコな人たちって、自然志向でオーガニックでゼロベクレルで免疫力アップ! というようなことを言いますよね。
免疫という言葉はファジーで、すごく難しいんです。簡単に言うと、免疫には自然免疫と獲得免疫があって、自然免疫は風邪をひきにくいとかちょっとした怪我が治りやすいというようなことで、獲得免疫は特定のウイルスや細菌などをターゲットにした免疫。この2つは全く別の次元のもので、将棋で言うと歩と飛車角ぐらいの違いがあります。それをごっちゃにして、有機野菜やビタミンCを摂っていれば元気だからワクチンも抗がん剤も要らないとするのは明らかな間違いです。
開沼 エコって共産主義、新興宗教よりも心理的ハードルが低いですからね。生活の中で実践できるので。そこに「メディアは報じない○○」というような陰謀論が吹き込まれていくと、一気に政治的な問題にも目覚める。
――ツイッターなどの"半匿名性"によって、同じようなことを言う人だけがどんどん集まり、コミュニティー内の同調圧力が高まってカルト化するという話を聞いたことがあります。
開沼 「SNSによるママのカルト化」は非常に深刻な社会問題です。自分たちに都合のいいネタを提供してくれる自称ジャーナリスト・自称専門家を追い、攻撃対象を常に探し、教祖様の講演会を開き「お布施」を払う。その全てをSNSに上げて煽る。狭いコミュニティーの中で普通の人がぎょっとするような話で盛り上がりながら虚ろな「救済」を求めるという構造ですね。
社会学では「予言の自己成就」といいますが、自分で思い込んだ不幸を予言し続けることで、本当にその不幸が実現してしまう。あそこには二度と帰ってはいけないということを繰り返し言ってくれる教祖様に従属すればするほど、自分の感覚・社会関係が元々住んでいた地域や仲間から切り離され、本当に帰れなくなる構造が強化されていく。
自分たちは被ばくしたあの日以来体調が悪いんだと言い続けて、ゼロベクレル商法にはまって栄養の偏った食事と避難の経済負担を重ね、子どもにストレスをぶつけるから、本当に母子ともに心身の健康が悪化する。
行政とメディアの役割
解除のアナウンスを流す「場」
――ここまで膠着してしまった状況をどうすれば変えられるのでしょうか。
村中 個別の科学者同士の議論や学会の声明はもはや無力です。行政は、「積極的勧奨を控える」なんていう意味不明な状態のまま副反応をエンドレスに「引き続き調査」するのではなく、いい加減に決断しなければいけない。専門家委員会が繰り返し同じ結論を出し、WHO(世界保健機関)にこれだけ言われ、日本人の集団においてもワクチン接種と症状の因果関係を否定する名古屋市の調査結果があるのですから。
米国では、ワクチン政策を決定する組織と、それに対して意見を言う専門家委員会は別々になっています。専門家は専門家としての評価を言うまでが仕事で、政治決定は別の組織がやる。でも、日本では、大臣や行政がやるべき判断まで専門家委員会に委嘱しているような運用になっています。
開沼 原発事故でも、専門家個人が「政治家化」されてしまいました。政治決定の根拠を科学者が前面にたって言わざるを得ない状況に追い込まれ、いくつかの大きなコミュニケーションミスがあった際に、そこに責任と意思決定根拠が押し付けられた。専門家は政治・行政判断の選択肢を示すことはあっても、政治決定とそれに関わるコミュニケーションは政治のプロである政治家が前面にたつべきことだったでしょうし、いまもそうです。
――過剰避難にしても積極的勧奨の差し控えにしても、状況がわからないときに、まず安全サイドに立って判断したということですよね。であれば、状況がわかってきたら判断を更新していくべきではないかと思うんですが。
開沼 その通り。そこにつきます。専門家集団や政治・行政のあり方に問題があるのは事実でしょうが、世論やメディアの状況も早急に改善する必要があります。特にウェブにおいて、ノイジーマイノリティーに席巻されるのを放置せず、サイレントマジョリティーを可視化する「場」を作っていく。普通の人が、判断をするための前提知識を更新できる土壌を準備することが重要です。
村中 昨年12月、毎日新聞に東京大学の坂村健教授が「事態がわからないときに、非常ベルを鳴らすのはマスコミの立派な役割。しかし、状況が見えてきたら解除のアナウンスを同じボリュームで流すべき」と書かれていて、心から同意しました。専門家の多数が抱いている「相場観」をきちんと世に提示していく使命がメディアにはあるはずです。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/6618
子宮頸がんワクチンとモンスターマザー
2016年04月22日(金)Wedge編集部,村中璃子
福島の被ばくと子宮頸がんワクチン。この2つのテーマに共通して潜む「支援者」や「カルト化」という問題を、福島出身の社会学者、開沼博さんと、医師・ジャーナリストの村中璃子さんが語り尽くした対談記事はこちら(前篇、後篇)。本記事は対談の内容に関連するコラムです。
中2で子宮頸がんワクチンを接種した頃から失神を繰り返し、現在では、歩行障害と光過敏で杖とサングラスが手放せないという少女がいる。
しかし、周囲から聞こえてくる話はこの一文から想像される物語とは少し違っていた。
周辺取材から明らかになった事実
母親は、少女が小学生の頃から学校では知られた人物。「娘がいじめられている」と言っては、少女が副キャプテンを務めるクラブ活動の、キャプテンの少女やその親などに繰り返しクレームをつけていた。
中学に入り2年生になった時、ある事件が起きた。部活動中の体育館に突然乗り込んできた母親は薬袋を示し、他の部員が心労をかけるため娘は心の病になったと主張。部員と父母会、学校に謝罪させた。処方されていたのは偏頭痛のための鎮痛薬だった。同学年の部員は全員部活を辞めた。
地元の名門校に進学した少女は、高校では「よく失神する子」として知られるようになる。しかし、今ではワクチンのせいということになっている失神に対し、冷ややかな反応を示す同級生も多い。
「最初は救急車が来たりして驚いたけど、今はまたかって感じです」
先生の話が長い、テストができないなど面倒な状況になると少女は失神する。失神と言っても静かなもので、突然、机にうつぶせになってから、ゴロンと受け身をとるように床に崩れ落ちるため、決して怪我をすることはない。クラスでも失神に対処するためのルーティンができていて、うつぶせになると教師の合図で周りの生徒が机や椅子をどけ、空いたスペースに倒れると担架が準備され保健室に運ばれるという。
歩行障害や光過敏も訴えるようになった少女は高2からほとんど授業に出ていないが、母親は卒業に必要な補習を受けさせることに納得しない。
本人に直接取材を申し込むと内容証明が届いた
「訴えられかねないので……」としながらもある人が明かしてくれたところによれば、卒業直前の年明け、母親は突然、娘を特別支援学校に転校させた。しかし、転校のほんの数週間後、なぜか元の高校に再び転入。結局、少女は補習を受けずに普通高校を卒業することになった。他の生徒や親の間では、不公平感が広がっている。
少女が置かれた環境を懸念して本人に直接取材を申し入れたが返事はなかった。プライバシーには配慮しているが、後日取材方法に抗議し記事化しないことを求める内容証明が両親の代理人から編集部に届いた。
ワクチン被害を訴える親たちの背景には、彼らの主張からは見えない事情が存在することがある。
〔関連記事〕開沼博×村中璃子対談「放射能と子宮頸がんワクチン カルト化からママを救う」前篇はこちら、後篇はこちら。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/6587
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