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メディアが報じない原発禍の街の真実 <第1回>深刻な医師、看護師不足で病気ひとつできない
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/178732
2016年4月4日 日刊ゲンダイ
南相馬市立総合病院(C)岡邦行
震災から丸5年。ひとつの区切りとあってメディアは3・11前後に大騒ぎした。ところが、“震災週間”を過ぎたら何事もなかったかのように報じられなくなった。しかも、報道そのものも放射能汚染や避難民がいまだ帰れないといった、判で押したような同じ内容ばかり。だが、被災地における悩みはそんな表面的なことではない。昨年に続いて、南相馬市出身のルポライターが原発事故の現場に迫る。
福島県太平洋側の浜通り。福島第1原発を擁する相双地区は、いまだ放射能禍に喘いでいる。悲惨だ。
「病気になったら死を覚悟せよ!」
南相馬市が故郷の私はそんな住民の声を何度か耳にした。
「この2月、69歳の女性が腹痛で救急車を呼んだところ、虫垂炎だとわかった。ところが、病院が見つからず、たらい回しにされたあげく、破裂して亡くなった」
今どき、虫垂炎で死ぬ――。
JR原ノ町駅前通りの商店主は続けて語る。
「ここ最近は除染関係の車両の往来が増え、よく交差点で人身事故を起こす。でも、救急車が来ても、搬送先の病院が決まらず、その場に2時間以上も止まっている。医者も看護師も少なくて、搬送先が決まらないのが理由です」
もともと相双地区は看護師や医師が少ない“医療過疎地”とされていたが、原発事故後は放射能を恐れ、看護職員が避難してさらに離職。医療体制が十分に機能しなくなった。
南相馬市には市立総合病院(写真)の他、2つの総合病院があるものの、スタッフ不足は深刻になる一方だ。
「南相馬市立総合病院の場合、震災後は新規の看護師の採用年齢を50歳まで引き上げても、集まらない。たとえ採用しても臨床経験が浅い若手のため、230床のうち稼働しているのは150床ほど。他の病院も同じ状況ですね」(病院関係者)
原発事故後、県は医療再生のために県外の病院からスタッフを呼び込もうと、前の職場との給与差額の一部を補填する制度を設けた。
さらに、原発禍の街の医療体制を学ぶバスツアーも企画したが、看護学生や高校生を募集しても参加者は少なく、いずれも解決策には至っていないという。
唯一の吉報は来春、原発事故後に休校に追い込まれていた公立双葉准看護学院を南相馬市に開設することだろう。もっとも開設は大幅に遅れた。その原因は誘致をめぐり、南相馬市と相馬市が対立したことだという。
「原発事故のときは南相馬からの避難民に対して、相馬市は『住民票を移せば避難させる』というほど昔から仲が悪い」(市職員)
もちろん肝心の医師も不足している。その打開策として、南相馬市立総合病院は月額基本給を1年目は66万2500円、2年目は72万8750円と設定して研修医を急募。現在は「除染作業員と放射能汚染」などを研究テーマに博士号を狙う研修医をはじめ、6人が在籍している。
「手当を入れれば年収は1000万円近い。たぶん研修医の年収としては日本一でしょう。看護師の中には『注射もろくに打てないくせして』と皮肉る者もいますが、それでも、医師がいるだけで多くの住民は安心するんです」(前出の関係者)
その結果、被災地の住民は「病気ひとつできない」と嘆くのだ。
岡邦行ルポライター
1949年、福島県南相馬市生まれ。ルポライター。第3回報知ドキュメント大賞受賞。著書に「伊勢湾台風―水害前線の村」など。3・11後は出身地・南相馬中心に原発禍の実態を取材し続けている。近著に「南相馬少年野球団」「大島鎌吉の東京オリンピック」
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