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逆転の大中国史 楊海英著 遊牧文明からの刺激的な考察
刺激的な本だ。著者は内モンゴルのオルドスの出身で、日本に帰化した学者である。本書には、故郷の現状や祖先に対する著者の熱い思いがみちている。
著者の見解では「中国四千年の歴史」も「中華」も実は虚妄だ。ユーラシアの中心をなす草原地帯・沙漠(さばく)地帯に住む遊牧騎馬民族は、古来、スキタイも匈(きょう)奴(ど)も鮮卑もモンゴルもマンジュ(満洲)も、人種や出自にこだわらない開放的な価値観を有してきた。
遊牧文明の視点から見ると、「中国文明」はローカルな地域文明にすぎない。事実、漢民族の「中華思想」の狭小な視野からは、世界の人々を引きつける魅力ある世界システムの構想も、斬新な学説も生まれたためしがない。歴史上「中国」がさかえたのは、異民族による国際主義で統治された時代だった。鮮卑系の唐も、モンゴル帝国の一部であった元も、満洲人とモンゴル人が統治した清も、他の民族や宗教に寛容で、豊かな文化が花開いた。
残念ながら、現在の中国は実質的には偏狭な漢民族中心主義だ。漢字文化に親しみすぎた日本人も、中国目線でしか歴史を見ない。――そんな過激とも思える主張を、著者は、先学の言説や考古学の成果を引用しつつ展開する。
著者自身の体験も興味深い。中国人や日本人が「万里の長城」と立派な名称で呼ぶ遺構を、モンゴル人は「白い土塀」と呼ぶ。著者は5、6歳のころ、実家の近くの長城に行ってみた。著者の馬は軽々と長城を超えた。童話「裸の王様」のような象徴的な挿話だ。
著者は北京の大学で日本語を学んだあと、日本に渡り、文化人類学を研究した。生前の梅棹忠夫に会ったとき、著者は単刀直入にきいた。「私はじつはモンゴルの出身なのですが、梅棹先生は遊牧民族の文化、生き方を実際に調査し、高く評価しているのに、なぜ『悪魔の巣』とか『ものすごくむちゃくちゃな連中』と表現するのですか」。梅棹は京都弁で「いやあ、あれはパワーや」と答えた。著者は「これはなかなか絶妙な答え」と評している。
正直、本書を読み違和感を覚えたところもある。古代の漢民族は「三国志」の時代に事実上絶滅した、とか、中国語はアルタイ語化した、など、学界では非主流の説も援用されている。一方、この著者にしてはじめて書ける痛快で興味深い記述も多い。異論や反論も出てくるだろうが、本書は、世界地図を上下さかさまに見つめ直すような面白さと刺激に満ちている。
(文芸春秋・1550円)
よう・かいえい 64年モンゴル生まれ。静岡大教授。専門は文化人類学。著書に『墓標なき草原』『チベットに舞う日本刀』など。
《評》明治大学教授
加藤 徹
[日経新聞9月11日朝刊P.23]
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