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大学生2人が突然死、中国振り込め詐欺の暗澹
世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」
発生件数60万件、被害総額3440億円、検挙率3%以下
2016年9月16日(金)
北村 豊
山東省の東南部に位置する“臨沂(りんぎ)市”の“羅庄区中坦村”に居住する18歳の“徐玉玉”は、6月初旬に実施された“2016年高考(2016年全国大学統一入試)”を受験し、508点の成績で“南京郵電大学”英語学部への入学を許可された。7月下旬に南京郵電大学から発送された“録取通知書(合格通知)”が徐玉玉の家に届いた時、彼女は数名のクラスメイトと共にサマーキャンプに参加していたが、母親の“李自雲”からの電話で合格通知の受領を知った徐玉玉は飛び上がらんばかりに喜び、満面の笑みをたたえて友人たちに合格通知の到着を伝えたという。
合格の喜びと費用の不安と
高校の3年間を“臨沂第19中学(臨沂第19高校)”の寄宿舎で生活した徐玉玉は、家が貧しかったために毎月の生活費をわずか200元(約3100円)で過ごし、食うや食わずの生活で空腹を抱えながらも学業に専念し、模擬試験では常に全市で50番以内の成績を収めていたから、南京郵電大学へ入学できることの喜びはひとしおだった。合格通知には、「徐玉玉さん:貴省の入試委員会の承認を経て、貴方に我が校英語学部への入学を許可しますので、本通知を持参の上、2016年9月1日に来校して到着を届け出てください」と書かれていた。
しかし、貧困家庭に育った徐玉玉は大学合格を喜んでばかりはいられなかった。南京郵電大学は臨沂市から南に直線距離で380kmほど離れた江蘇省“南京市”にあり、大学入学後は実家から遠く離れた大学の寄宿舎に入ることになるが、大学の学費に加えて寄宿舎や生活の費用を考えると、どうしてよいか分からなかった。父親である“徐連彬”の月収は3000〜4000元(約4万7000円〜6万2000円)ほどしかなく、母親の李自雲は脚が不自由な身障者で、一家の収入は徐連彬一人の肩にかかっていた。徐連彬は娘の大学費用を捻出するため、半年前から出費を抑えて節約し、ようやく8300元(約12万9000円)の資金を蓄えたが、まだ足りず、妻の妹から1000元(約1万6000円)を借りるしかなかった。
ところが、「捨てる神あれば拾う神あり」の言葉通り、8月17日に“羅庄区教育局”(以下「教育局」)から徐玉玉へ電話があり、“品学兼優(品行・学力ともに優れている)”という理由で、大学に進学する徐玉玉に対し貧困学生向けの“助学金(奨学金)”を支給することが決定したので速やかに申請手続きを行うようにと連絡があった。同日、徐連彬は徐玉玉を連れて教育局へ出向き、奨学金の申請手続きを完了したが、教育局の担当者によれば、奨学金は8月25日から9月11日までの間に支給されるだろうとのことだった。
翌18日、徐連彬は徐玉玉を連れて銀行へ行き、大学入学用に準備した9300元を徐玉玉名義の口座に預金し、キャッシュカードで引き出せるように手続きをした。徐連彬は徐玉玉に「大学が始まったら、口座から当面必要な金額を引き出し、残った額は生活費になる。それでは決して楽ではないが、毎月必ずカネを口座に入れるから待っていて欲しい」と述べたという。
支えの「助学金」が…
8月19日の午前中に李自雲の携帯電話が鳴った。李自雲が電話に出ると、市政府の職員と名乗る男が「お宅には大学に合格した学生がいますか」と質問し、「いる」と李自雲が答えると、「ありがとう」と言って電話は切れた。李自雲は奨学金に関連する電話だと考えて、何も疑問を抱かなかった。同日の午後4時30分頃、李自雲が徐玉玉と共に外出から戻ると同時に李自雲の携帯電話が鳴った。李自運が電話に出ると、先方の男は奨学金がどうのこうのと話しを始めたが、詳細が分からぬ李自運はすぐに携帯電話を徐玉玉に手渡した。電話を受け取った徐玉玉はしばらく先方の男と話していたが、電話を終えた徐玉玉が李自雲に告げたのは次のような内容だった。
【1】電話の男は教育局の幹部と名乗り、2600元(約4万円)の奨学金が支給されるから、すぐにも銀行のATM経由で受け取るようにと言ったが、今にも雨が降りそうな天候だったので、徐玉玉は明日銀行へ行って受け取るようにすると答えた。
【2】すると、男は「今日(19日)が奨学金支給の最終日で、これを過ぎると奨学金は受け取れなくなる。午後5時までに銀行のATMに出向き、自分の指示に従ってATMを操作すれば奨学金を受け取ることができるから、大至急ATMのある銀行へ行き、ATMに着いたら自分の携帯電話に連絡を入れるように」と述べたという。
徐玉玉は李自雲に早口で電話の要旨を伝えたが、その時すでに5時までに残された時間は30分もなかった。「もう時間がない」と焦る徐玉玉は雨合羽を持つと自転車に飛び乗り、自宅から一番近い、3km離れた場所にある“中国建設銀行”のATMへ向かった。この時、徐玉玉が少しでも冷静であったなら、奨学金は8月25日から9月11日までの間に支給されると言った教育局担当者の言葉を思い出したはずだが、午後5時を過ぎれば奨学金は受け取れなくなるという脅し文句に動転した彼女には疑念を抱く心の余裕はなかった。
自転車で息せき切って中国建設銀行のATMに到着した徐玉玉は、男の携帯番号に電話をかけ、電話口に出た男の指示に従ってATMを何回か操作したが、上手く行かなかった。すると、男は徐玉玉に「何か銀行のキャッシュカードを持っていないか」と聞いて来た。この時、徐玉玉は父親が9300元を預け入れてくれた自分の口座のキャッシュカードを持っていたが、口座の残高は1万元(約15万5000円)であった。疑うことを知らない徐玉玉がこの事を電話の向こうにいる男に告げると、男は「そのキャッシュカードは発行されたばかりで、まだ有効になっていないから、先ずそのカードで9900元を引出してカードを有効にし、それからその9900元を自分が指定する口座へ振り込んでくれれば、30分以内に奨学金の2600元を加えた1万2500元(約19万4000円)を貴方の口座へ振り込む」と述べたのだった。
「電源が入っていません」
誰が考えても、銀行の口座に奨学金を振り込むのに、その口座の残高を一時的に指定口座へ移し、その金額に奨学金を加えた総額を元の口座へ振り込むなどという奇怪な話がまかり通るはずがない。しかし、相手の男を教育局の幹部と思い込んでいる徐玉玉は男の指示に従い、ATMからキャッシュカードで引き出した9900元を男が指定した銀行口座へ振り込んだ。指定口座への振り込みを終えて、これで奨学金は問題ないと胸をなでおろした徐玉玉は、しばらくして不吉な胸騒ぎを覚えて我に返った。男の言うままに9900元を指定口座に振り込んだが、本当に奨学金の2600元を加えた金額が自分の口座に振り込まれるだろうか。心配になった徐玉玉は男の携帯番号に電話をかけたが、その電話はすでに電源が切られていて、「この電話は電源が入っていません」と言う録音された女性の声がむなしく繰り返されるだけだった。
そぼ降る雨の中、雨合羽を着た徐玉玉はATMの前で自分の口座に1万2500元が振り込まれるのを期待して待ったが、キャッシュカードで口座を何度確かめても残金は100元で変わらなかった。30分が経過する頃には、いつの間にか勢いを増した雨の中で、徐玉玉はまんまと男に騙されたことを自覚し、口惜しさと悲しさが入り混じった涙を流してむせび泣いた。9900元が詐取されたと判断した徐玉玉は、大雨を突いて自転車で自宅へ戻ったが、李自雲の顔を見て、「お母さん、騙された、学費は全部無くなった」と言い終わると同時に泣き崩れた。この言葉で何が起こったかを理解した李自雲は徐玉玉を責めることなく、「おカネを騙し取られたことで良い教訓を得たじゃないか。学費はまた準備するから、我が家にできないことはないから」と徐玉玉を慰めた。
一般の家庭では1万元は大した金額ではないが、父親の収入が唯一の収入源である徐玉玉の家にとっては3か月分の収入に相当する金額であり、爪に火を灯すように節約に節約を重ねること6か月でようやく蓄えることができる大金だった。それを良く知る徐玉玉にとって、怒りも見せない母親が発する慰めの言葉は自責の念を強めることに作用した。19日の夜7時頃、父親の徐連彬は三輪車の荷台に徐玉玉を乗せ、家から近い“羅庄公安分局”傘下の“西高都派出所”へ出向いて事件を届け出た。応対した警察官は徐玉玉から事件の全貌を聴取して記録を取ると、2人に家へ戻って待つように言い、2人は三輪車に乗って派出所を後にした。走り始めてしばらくすると雨が上がって涼しくなったので、三輪車をこいでいた徐連彬が徐玉玉に上着を着るように言おうと後ろを振り返ると、徐玉玉が頭を傾けたまま荷台に倒れていた。何かおかしいと思った徐連彬が三輪車を止めて荷台に駆け寄り、徐玉玉を抱き起すと、その身体は力無く、人事不省に陥っていた。
頭を傾けて荷台に倒れ…
徐連彬は慌てて救急の120番に電話をかけ、駆け付けた救急車が徐玉玉を医院へ搬送した。徐玉玉は医院の応急手当を受けて一時的に生命を取り止めたが、危機的状況を脱することができず、2日後の8月21日夜9時30分頃、この世を去った。22日午前中に徐玉玉の葬儀が行われ、彼女の同級生、親友、学校の教師などが参列して徐玉玉を見送った。葬儀の席上、両親の悲しみようは尋常ではなく、周囲の人々の涙を誘った。徐連彬はメディアの記者に「あの詐欺師は娘の命を奪った」と述べて、警察が早急に犯人を逮捕することが娘の供養になるし、第二第三の犠牲者を出さないことにつながると語ったのだった。
8月21日夜に「学費を騙し取られた女学生が死亡」という書き込みがネットの掲示板や“微信(WeChat)”を通じて全国に報じられ、翌22日にはメディアが徐玉玉の死を報じたことにより、事件は世間の注目を集めた。事件が全国に報じられたことから、臨沂市公安局は専従捜査チームを発足させ、事件の早期解明と犯人逮捕に全力を挙げることを表明した。また、中央政府“公安部”も同事件に関し全国の各省・自治区・直轄市の公安局に対し協力を指示した。
事件の唯一の手掛りは、徐玉玉が犯人の男から知らされた「171」から始める携帯電話の番号と指定された銀行口座だった。しかし、「170」と「171」から始まる携帯番号は山東省のみならず、江蘇省、広東省、福建省、浙江省、湖南省、陝西省などの各地で“電信詐騙(電気通信詐欺)”<注>で多用されている。中国では携帯電話の実名登録制が実施されているにもかかわらず、170と171から始まる携帯電話は依然として闇業者によって実名登録なしで販売されている代物で、犯人逮捕の手掛りにはならなかった。また、銀行口座は赤の他人の身分証明書を使って開設されたもので、何の手掛りにもならなかった。
<注>“電信詐騙(電気通信詐欺)”とは電話、インターネットおよび“微信”などの電気通信を通じて、虚偽情報をねつ造して被害者をペテンにかけ、被害者を遠隔操作してカネを振り込ませたり、振替させることによって被害者のカネを騙し取る悪質な詐欺。
そこで、捜査の方向を電気通信詐欺グループや情報漏えいの根源を解明することに転換した専従捜査チームは捜査を進めた結果、犯罪容疑者として“杜某”が浮かび上がった。杜某はIT技術を利用して「山東省2016年全国大学統一入試ネット出願情報システム」に侵入し、ウェブサイトにトロイの木馬型ウイルスを埋め込んでアクセス権限を取得し、徐玉玉を含む受験生の志願情報を大量に盗み出した。7月初旬、犯罪容疑者の“陳文輝”は江西省“九江市”に住宅を借りて詐欺活動の拠点とし、ネット検索で「全国大学統一入試データ」や「学生資料データ」の内容を調べると同時に、関連個人情報の購入希望を当該データ内の掲示板に書き込んだ。
この書き込みに反応して連絡を入れたのが杜某で、陳文輝は杜某から1件当たり0.5元(約8円)で1800件、すなわち1800人分の大学受験志願者情報を買い入れた。これで準備を整えた陳文輝は“陳福地”、“鄭金鋒”、“黄進春”などを雇い入れ、教育局や財務局の職員を装って大学合格者に電話を掛け、奨学金を支給するとして詐欺を行ったのだった。彼らは杜某から買い入れた大学受験志願者リストから選んだ受験生に電話をかけ、事前に彼らが大学に合格したことを確認した上で、改めて大学合格者に電話をかけ、市政府職員を装って詐欺を行っていたのだった。
8月26日午後、中国政府“公安部”は、「8月19日に犯罪容疑者の陳文輝、陳福地、鄭金鋒、“熊超”、“鄭賢聡”、黄進春は教育局幹部を装い、奨学金を支給するという名目で山東省臨沂市の学生“徐玉玉”から9900元を詐取した。容疑者の陳福地、鄭金鋒、黄進春はすでに逮捕済みであり、容疑者の陳文輝、熊超、鄭賢聡の3人は逃亡中である」と発表した。それから間もなくして容疑者の熊超は逮捕され、逃亡中の容疑者は2人になった。彼ら2人には公安部の“A級通緝令(A級指名手配)”が出され、1人当たり5万元(約78万円)の懸賞金が掛けられた。28日、公安部は逃亡していた鄭賢聡が自首したことで6人の容疑者全員が逮捕されたと発表し、事件は発生から10日間という短期間で決着した。
検挙率3%以下の暗澹
徐玉玉が死亡した翌日の8月22日には“山東理工大学”2年生の“宋振寧”が、電気通信詐欺により銀行口座から大学の学費・生活費に充てる予定の1996元(約3万1000円)を騙し取られた。宋振寧は1996元を詐取されたことを両親に話したが、両親は起きたことは仕方ないと彼を責めることはなかった。翌23日の朝、なかなか起きて来ない息子を案じた母親が息子部屋で見たのはソファーに横たわって死亡している息子の姿だった。死因は突発性心停止(SCA)であった。
徐玉玉と宋振寧はいずれもカネを詐取されたことに強い自責の念を覚え、やり場のない怒りにさいなまれた末に突発性の死を迎えたものと思われる。なお、宋振寧事件はその後の捜査で電気通信詐欺の容疑者14人が逮捕された。
8月30日付の北京紙「新京報」によれば、2015年に全国で発生した電気通信詐欺の件数は59.9万件に達し、その被害総額は222億元(約3440億円)に上ったが、その検挙率は3%にも達していないという。浙江省を例に挙げると、2015年に浙江省公安局が届けを受理した電気通信詐欺事件は10.7万件以上で、被害総額は15.4億元(約239億円)に上っている。
日本の振り込め詐欺は主として高齢者の老後資金を対象としているが、中国では大学生にまで触手を伸ばし、わずかな学費まで詐取する事例が多発している。被害者の学生が2人も突発性の死を遂げたことを考えると、電気通信詐欺は人非人の仕業と言える。
このコラムについて
世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」
日中両国が本当の意味で交流するには、両国民が相互理解を深めることが先決である。ところが、日本のメディアの中国に関する報道は、「陰陽」の「陽」ばかりが強調され、「陰」がほとんど報道されない。真の中国を理解するために、「褒めるべきは褒め、批判すべきは批判す」という視点に立って、中国国内の実態をリポートする。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/101059/091400065
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