http://www.asyura2.com/16/china9/msg/157.html
Tweet |
2016年6月27日 吉田陽介[日中関係研究所研究員]
中国の過剰生産、政府の意図に反して生産量が拡大する理由
中国では目下、過剰生産能力の解消が政策として進められている。
この方針は、新常態下の中国が進めている「五つの任務(過剰生産能力の解消、過剰債務の縮減、過剰在庫の消化、コストの引き下げ、脆弱部分の補強)」の一つであり、中国の製造業の高度化、高次元での競争を促すうえでも重要である。また、今年2月の国務院6号文件では、5年間で1億〜1億5000万トンの過剰生産能力を削減する目標が明記された。
今年3月に開かれた全人代で、李克強首相は「政府活動報告」の中で、「この3年で、製鋼・製鉄9000万トン以上、セメント製造2億3000万トン」などの旧式生産能力を廃棄したと、これまでの成果を強調し、「生産能力の新規拡大を厳しく抑え、旧式生産能力を断固廃棄し、過剰生産能力を秩序立てて解消する」という意気込みを語った。
だが、過剰生産能力解消「元年」となるべき今年は、必ずしも政府の方針のように生産能力減少に向かっているとは言い難い。
新華社の報道によると、中国の5月の粗鋼生産量は、前年同月比1.4%増、前月比1.5%増の7050万トンとなった。3〜4月の粗鋼生産量は増加傾向にあり、3月は7065万トン、4月は「清明節」の連休もあって前月よりも3日間営業日が少なかったことも影響してか6942万トンとやや減少したが、同月の1日当たり粗鋼生産量は231万4000トンに上り、2014年6月の記録した過去最高の生産高を上回った。5月の1日当たり生産量は227万4000トンで先月よりもやや減少したが、依然として高い水準にあり、「供給側改革」の難しさを物語っている。
「過剰生産能力の解消」が強力に推し進められているにもかかわらず、なぜ生産量が増えるのだろうか。
生産能力は減少しているのに
生産量は増えるという奇妙な現象
中国の現在の経済成長率は7%を割り込んでいるが、2000年代前半は二ケタの成長率を保っていた。その当時、国内需要の拡大を背景にして生産能力が拡大し、生産能力過剰の原因となった。2008年にリーマンショックが起こった後、中国は4兆元にも上る景気刺激策を打ち出して投資を増やし、労働力を比較的吸収しやすい鉄鋼工場が多く設立された。
鉄鋼や石炭などの生産能力の拡大は生産能力の過剰問題だけでなく、環境にも影響を及ぼす。それゆえ、政府は過剰生産能力の解消に真剣に取り組もうとしている。
ここでは過剰生産能力を抱える鉄鋼、製鉄産業が多く存在し、政府の規制の対象になっている河北省のケースを見てみる。
蘭格鉄鋼研究センターのデータによると、2015年に河北省では製鉄、製鋼分野の旧式生産能力がそれぞれ831万5000トン、1313万トン廃棄されたが、それは全国で廃棄された旧式生産能力の58.9%、76.6%を占めており、昨年全国で圧縮・削減された鉄鋼分野の過剰生産能力の半分以上が、河北省で廃棄されたことになる。
それに反して、生産量は増加傾向にある。2015年の河北省の粗鋼、鋼材、銑鉄生産量はそれぞれ1億8800万トン、2億5200万トン、1億7400万トンに達し、それぞれ1.3%、5.5%、2.6%の伸びを見せた。
「生産能力が減少しているのに生産量が増えている」という現象は、実は以前から存在する。5月28日付の「経済観察報」の報道によると、河北省は毎年過剰生産能力の解消に大いに力を入れているが、鉄鋼の実質生産量はほぼ毎年増えているという。
同報道は、河北冶金工業協会と関連企業の関係者の話を引用するかたちで次の事実を伝えている。第12次五ヵ年計画(2011〜2015年)期間中、河北省は一貫して新たな鉄鋼関係のプロジェクトを申請しなかった。高炉の撤去が続き、新たなプロジェクトもないという状況の下では、生産能力は年々減少していき、その減少幅も大きくなるのが普通だが、実際にはそうはならなかった。
だが、前出の関係者は、「生産能力は減少し続けているが、それは生産量の継続的増加の妨げにはならない。政府は過剰生産能力の解消に取り組んでいるが、生産量の拡大は市場行為による結果だ。つまり、この二者の間には必然的関係がない」と述べている。これは「生産能力」は「生産量」をコントロールできず、「生産量」は市場が決めるため、政府の規制が効果をもたないことを意味している。
実は、「生産能力が減少しているのに生産量が増えている」という現象は河北省だけで起こっているものではない。5月26日付の「21世紀経済報道」によると、多くの省が鉄鋼分野の生産能力の圧縮・削減目標を掲げているが、実際の生産量は増え続けており、広西省、山東省などでも同様の現象が見られるという。
さらにいえば、このような奇妙な現象が起こっているのは鉄鋼産業だけではない。公表されたデータによると、今年前半の4ヵ月は、石炭産業が4月に一日当たり生産量がやや減少したほかは、セメント産業、非鉄金属産業の1日当たり生産量は月を追って増加している。さらにいえば、一部の省で今後さらに生産量が増える可能性がある。
削減目標の数字はほぼ「一律」
「まるで計画経済に戻ったよう」
政府が過剰生産能力の廃棄を呼びかけているにもかかわらず、鉄鋼企業の生産量が増加し続ける最たる原因は、4月に先物市場での大口商品価格の大幅な値上がりがもたらした「ニセの需要」である。
上海先物商品取引所のデータによると、4月下旬、スクリュー・スチールの先物の主力契約価格が昨年末に比べ72%上昇し、最高で1トン当たり2787元に達した。先物市場の価格上昇は現物市場に直接影響を与え、多くの鋼材の生産者価格は一度に1トン当たり3000元以上に上昇した。この影響を受けて、鉄鋼企業は生産を加速するようになり、生産を停止した企業も再び生産を始めた。6月14日付の「中国産経新聞」によると、鉄鋼企業は過剰生産能力を解消するつもりはなく、市場価格の上昇はさらに過剰生産能力の解消への決意を揺るがしていると伝えており、これらの企業は政府の思惑とは裏腹に短期的利益の獲得に向かっていることを示している。
「21世紀経済報道」は、各レベルの省政府部門が出した過剰生産能力の減少の数字は「ニセモノ」であるという、ある鉄鋼産業関係者の話を紹介している。それによると、これまで毎年取り組んできた過剰生産能力減少の任務の多くは、すでに生産を停止している生産能力を再度廃棄の対象として申請するというもので、さらに、ある生産能力はすでに生産をストップしているが、状況によっては再び生産を始める可能性もあるという。
また、6月1日付の「経済参考報」は別の角度から鉄鋼産業の生産量拡大に歯止めをかけるのが容易でない理由を説明している。同報道は、生産量拡大が続いてるのは資金獲得の理由からで、正常に生産していることが銀行から融資を受けるうえでの条件となっているので生産を減らすことがなかなかできず、とりわけ国有企業は資金面での「強み」があって資金調達も難しくないため、生産増加に歯止めをかけるのは容易ではないと指摘している。
そういう理由もあって、大部分の企業が自発的に生産能力を減少させる気はなく、過剰生産能力の圧縮・削減の任務達成は、生産能力が旧式か先進的かどうかにかかわらず、地域の鉄鋼企業への「割り当て」に頼るほかに方法がない(4月12日付「財新網」)。つまりこれは、各省は少なくとも生産能力を13.3%減らすようにするというもので、削減目標の数字はほぼ「一律」である。これは、業界関係者に「まるで計画経済に戻ったよう」な印象を抱かせた。
また、「財新網」は4月末、中国人民銀行貨幣政策委員会委員も務める黄益平・北京大学国家発展研究院副院長の「現在公表されている全国の過剰生産能力解消計画は市場の予想とかなりの開きがあり、現在の構造的問題の解決に役立つことはないだろう」との見方を紹介し、過剰生産能力解消は当面のところ厳しい状況にあると見ている。
これまで見てきたように、中国の過剰生産能力解消は政府の意気込みに反して、かなり困難な取り組みである。
政府の改革の意気込みほどには
企業の意識転換は進んでいない
5月9日付の「人民日報」に現在の中国経済について“権威人士(権威ある人)”なる匿名の人物へのインタビュー記事が掲載されたが、そこで“権威人士”は過剰生産能力によって支えられた短期的な経済成長は持続可能ではなく、受ける苦しみがさらに増し、苦しむ時期もさらに増すことになると指摘した。それゆえに、中国政府はこの現象を放置することができなくなっており、かなり厳しい戦いになることは間違いないだろう。
習近平総書記は今年1月18日に行われた省・部レベル指導幹部を対象にした第18期五中全会の精神に関する学習会での講話(「人民日報」には5月10日に全文掲載)で、中国が進めている「供給側改革」は「供給側の構造改革」と述べ、この改革の重点は「社会の生産力を解放・発展させることであり、改革の手法で構造調整を推し進め、効果を生まない、ローエンドの供給を減らす」ことにあるとしている。つまり、現在の中国にとって必要なのは、需要を増やすのではなく「有効供給」を増やすことであり、そのためには過去の政権から積み残された「負の遺産」を処理する必要があるということである。
本稿で見てきた「過剰生産能力の削減の一方で生産量が増加している」という現象は一時的な値上がりの要素もあろうが、改革がまだ途上にあるため、企業の意識転換が進んでおらず、政府が意図する方向に進んでいないこともある。
中国は改革開放路線がとられて以降、市場経済の発展を重視して経済を活性化させてきたが、「市場経済化」は一方で人々に「もうかれば何でもいい」という考えを抱かせがちだ。これは一部製造業のユーザーからの視点を欠いた製品の生産や、一部サービス業の誠実さを欠いたサービスの提供にも見られる。本稿で取り上げた鉄鋼業の現象をみると、鉄鋼製品の値上がりを受けて、生産を停止している企業までもが生産を再開しており、短期的な利益を得ようという意図がうかがえる。
筆者は3月28日に発表した「管理を強める『習近平経済学』への転換で中国は浮上できるか」と題した記事で、現在の習政権の経済政策は、市場の重要性を認めつつも管理を強化しようとしていると指摘した。現在の中国は上述の要因もあり、まだ「秩序ある市場競争」の条件が整っていない。ゆえに管理を強化しようとしている。先に述べた河北省のケースでいうと、同省政府は全省の鉄鋼産業が生産能力を新たに増やすことと、すでに生産停止となっている設備で再び生産することを禁じ、違反した者は厳重に処罰するという措置を講じた。
“権威人士”は、2013年11月に開かれた第18期三中全会で提起された「市場が資源配分において重要な役割を果たす」という考えのように、すべてが市場による調整がなされることが理想だとしてうえで、市場メカニズムがうまく機能している消費財分野については市場による調整が可能だが、生産能力の解消はまだ行政介入が必要なことを示唆している。行政介入によって管理を厳格化しても、それが「貫徹・実施」されなければ意味をもたない。それゆえ、第18期三中全会以降、習政権は「貫徹・実施」という言葉をよく使って関連機関に呼びかけている。また、”権威人士”も指摘するように、ひとつの政策が「貫徹・実施」されるには政府自体のさらなる改革も必要である。
中国は国土が広く発展レベルもアンバランスであるため、政府の政策は各地の具体的状況に基づいて実施すればよいとしているが、各地の政府の管理レベルもまちまちであり、全面的に履行されるようになるには時間がかかる。さらに、国有企業の改革も進んでいるとはいえず、これら企業の意識転換もなかなか進まないだろう。強力な措置で生産量のみを抑えるのは限界があり、政府や国有企業、市場秩序などが「ワンセット」で改革されなければ過剰生産能力の解消の一方で生産量拡大という現象はなくならないだろう。その過渡期として、習政権は管理を強める措置をとっている。
過剰生産能力の解消についてもそうだが、中国は「構造的」問題が解決していないため、習政権はその他の取り組みついても「殲滅戦」ではなく、「持久戦」で臨もうとしている。習政権の「供給側の構造改革」の成否は政策が「貫徹・実施」されることにかかっている。
http://diamond.jp/articles/-/93706
投稿コメント全ログ コメント即時配信 スレ建て依頼 削除コメント確認方法
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。