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習近平の支配 独善の罠
(1)太平洋に荒波 「特朗普」発言 迎え撃つ空母
「空母『遼寧』を太平洋に進めるべきだ」。昨年12月、中国・北京で開かれた人民解放軍の幹部会議。海軍司令官の呉勝利(71)が策定したプランに、共産党総書記の習近平(63)がうなずいた。次期米大統領のドナルド・トランプ(70)が「なぜ『一つの中国』に縛られないといけないのか」と発言し、台湾を中国の一部とみなす習の神経を逆なでした直後のことだ。
現在は台湾を本拠とする国民党との内戦に勝って政権を樹立した中国共産党にとって、「一つの中国」は絶対に譲れぬ大原則だ。特に、2012年秋に総書記に就いた習は「中国の夢」を唱える。列強の侵略に遭う前の大国の地位を取り戻すという「夢」の実現には、台湾統一が欠かせない。
危機は、危険と機会を内包する。「『特朗普』が中国の核心的利益に挑むなら流血も辞さぬ」。中国語で「特朗普」と記すトランプの言動は、中国軍内の強硬派にとって対米圧力強化の声を上げる好機となった。
トランプ発言の4日後、海軍は南シナ海で米軍の無人潜水機を奪取。その後、呉は山東省威海から「遼寧」に乗り込んで中国空母として初めて西太平洋に進出、台湾の東側を回って南シナ海へ入った。年明けには艦載機の発着訓練の模様を公開する示威行為に出た。
太平洋二分論
呉は、習と同じく共産党政権樹立に携わった革命世代の子弟「紅二代」だ。2人は福建勤務時代からの旧友でもある。呉が世界に名を知られたのは07年。米側に「太平洋二分論」を持ちかけた張本人とされた。台湾統一の夢を追い、今回、異例の陣頭指揮を執った。
「補給船の運航回数は1年前に比べ3倍以上だ」。「遼寧」が戻った海南島にある清瀾港で働く女性(43)は明かす。南シナ海の中国の軍事拠点向けに物資を送り出しているのだ。
トランプは「我々の承認を得たのか」と中国による軍事拠点化を批判したが、南シナ海を自国の「内海」とみなす習は、米国の許しを請うつもりはない。西沙(パラセル)諸島の永興(ウッディ)島に地対空ミサイル装備を配備するなど、拡大を続けている。
示威行為で探り
民間も軍と並走する。週1回、海南島から西沙諸島を巡るクルーズ船が出発し、観光客らが浅瀬で国旗を掲揚し国歌を合唱する。「心が熱くなった」。参加した北京市の張羅軍(58)は涙を浮かべる。最近、定員が従来の3倍、900人の大型船に替わった。
習も米国との正面衝突は望まず、示威行為を重ねてトランプの出方を探る。だが中国では一党支配を支える軍が強く、外交ではなく、力を誇示して相手を屈服させようという空気に指導部が傾きがちだ。米中関係は世界の外交、安全保障に影響をおよぼす。太平洋は波が荒立つ新年を迎えた。
◇
米新政権の誕生など世界が激動するなか、中国共産党の「核心」として権力を集中する習近平。一党支配の維持を最優先する「中国式統治」に潜む独善のリスクを追った。
(敬称略)
=関連記事国際面に
[日経新聞1月9日朝刊P.1]
[習近平の支配 キーワード]南シナ海 軍事拠点化急ぐ
2017年の年明け早々、中国・人民解放軍の空母「遼寧」が南シナ海で本格的な訓練を実施すると、国営中央テレビは「米軍の空母が南シナ海を独占してきた状況は終わりを告げた」と訴えた。中国は、「九段線」という独自に定めた9本の境界線で南シナ海をU字型に囲い、ほぼ全域に自国の主権と管轄権がおよぶと主張している。
1950年代以降、中国はまず西沙(英語名パラセル)諸島に進出。さらに80年代から南沙(英語名スプラトリー)諸島へと実効支配を拡大した。南シナ海は中国にとって安全保障上の要だ。対米核抑止に必要な原子力潜水艦を動かしやすい自国周辺の唯一の海域であり、原油輸入などの重要なシーレーン(海上交通路)でもある。共産党関係者は「米軍が自由に動き回る状況は看過しがたい」と語る。
習近平(63)が2013年に国家主席に就くと、有事の際に米軍を寄せ付けないようにする「接近阻止・領域拒否(A2/AD)」戦略に向けて南シナ海の軍事拠点化を加速した。西沙諸島には地対空ミサイルと戦闘機を配備。南沙諸島では大規模な埋め立てで造成した7つの人工島すべてに防空設備を置いた。
15年9月に米大統領のオバマ(55)が軍事拠点化の中止を求めても、習は「主権の範囲内の行動だ」と取り合わなかった。フィリピンの申し立てを受け、仲裁裁判所が16年7月に中国の「九段線」に国際法上の根拠がないと断じた判決も、中国は無視。比大統領となったドゥテルテ(71)との間で中比関係の改善を進めている。米国の政権移行のスキを突き、中国が南シナ海でさらに強硬な姿勢に出る可能性がある。
=敬称略
人民解放軍とは
▼人民解放軍 中国共産党の軍隊。建国のカリスマ、毛沢東氏は「政権は銃口から生まれる」と語り、党支配の根幹を支える。党総書記の習近平氏が党中央軍事委員会主席として統帥権を持つ。党トップ200人の中央委員のうち、約2割は軍幹部。党中央軍事委11人の委員は習氏を除き、軍の生え抜きだ。
「党の軍」という位置づけで、政府の国防省には実質的な指揮権がない。昨年の国防予算は9543億元(約16兆円)と日本の防衛予算の約3倍。実態は公表数字の2倍ともいわれる。
[日経新聞1月9日朝刊P.4]
(2)中国式統治貫く 「ゴルバチョフにならない」
会食は緊張に包まれた。2016年12月2日、次期米大統領のドナルド・トランプ(70)が独立志向の台湾総統、蔡英文(60)と電話した日の夜。ワシントンで一人の中国人男性がまくし立てた。「明白なマイナスのメッセージだ。トランプは代償を払うだろう」
中南海の正門「新華門」。「偉大な中国共産党万歳!」の文字が躍る
民主主義はリスク
男性は、中国共産党系メディア「環球時報」の社説を担当したこともある王文(36)。米国の対中政策に40年以上も関わる米国防総省顧問、マイケル・ピルズベリー(71)は青ざめた顔色で、王に切り返した。「予測不能といわれるトランプの行為には意図がある」
「党の核心」。国家主席の習近平(63)は16年10月、共産党で7人いる最高指導部の中で別格の存在を意味する称号を手にした。米国の民意がトランプをリーダーに押し上げたのと異なり、習は密室の協議で自らを強力な指導者に仕立て上げた。習の目には「西側の民主主義」は体制を揺るがすリスクとしか映らない。
「一体、どうなっているんだ」。「核心」となってから1カ月余り後、習はいら立ちを募らせていた。
中国国内の学者らを集めて情報分析させた米大統領選は、予想に反してトランプが勝利。出方を探るため情報収集を急げと指示したところ、トランプは台湾寄りの姿勢を鮮明にした。米国の協力者の一部と連絡が取れなくなる不始末も重なり、習の怒りは増した。
ブレーンの数を絞った前国家主席の胡錦濤(74)と異なり、習は幅広いチャネルで情報を集めるのを好む。ただ、指導部に近い学者はこう話す。「どの報告がどんな判断で採用されるかは誰にも分からない。決めるのは中南海だけだ」
密室協議で決定
中南海とは、習ら最高指導部が執務室を構える北京中心部の地名だ。歴代の党指導者は故宮の西側に広がるこの地に住み、働いてきた。習は毛沢東と同じく敷地内のプールで泳ぐ。中国の国家戦略は、この中南海の「奥の院」で決まる。
「いま現実の変化に最も機敏に対応できるのは中国だ。トランプの勝利、英国の欧州連合(EU)離脱、韓国政治の混乱を見ればわかる」。ある党幹部はこう決めつける。民意が国家の行方を決めるのではなく、国家が民意を制御する。密室ですべてを決める中国式統治を貫く思想だ。
16年12月25日。ゴルバチョフ(85)の主導で政治的な自由や民主を認めた旧ソ連が統制力を失い、崩壊してから25年を迎えた。人民日報は同日付で「国民が多数決で示す願望と、政治エリートの考えは往々にして一致しない」と訴えた。習はかつて党内の会議でこう語ったという。「私はゴルバチョフにはならない」
国民党との内戦に勝った毛沢東、文化大革命後のケ小平。かつての党指導者は、強権を振るうことで混乱を乗り切った。習もまた、自身への権力の集中を進める。習の顔色をうかがう党内では、米国が広めた民主主義に代わる価値観として「中国式統治」を世界に広めようと、真顔で語る人々まで出ている。
(敬称略)
[日経新聞1月10日朝刊P.1]
[習近平の支配 キーワード]中南海 権力闘争や外交の舞台
中南海は北京中心部に位置し、元朝時代につくられた人工池「中海」と「南海」を合わせた地名だ。
歴代王朝の皇帝の庭園で、1949年以降は共産党の最高指導者やその家族が居を構えた。南側に総書記(国家主席)の習近平(63)をトップとする党、北側に首相の李克強(61)が率いる国務院(政府)の機関がそれぞれ置かれ、不仲な両氏の関係は「南院と北院の争い」と呼ばれる。
権力闘争や外交の舞台でもある。文化大革命を主導した「四人組」は中南海で逮捕された。2代前の国家主席、江沢民(90)は引退後も居座って院政をしいたが、前国家主席の胡錦濤(74)が引退時に江を道連れにして中南海を去った。引き留めようとした習に、胡は「あなたの声が届く場所にいる」と江派への対抗に協力すると伝えたという。
2014年に訪中した米大統領のオバマ(55)は習と中南海を散歩した。日本の要人では首相の安倍晋三(62)の外交ブレーン、国家安全保障局長の谷内正太郎(73)が15年7月に招かれた。
=敬称略
[日経新聞1月10日朝刊P.5]
(3)経済の論理軽視 国有企業 党の手足となれ
第8章 第155条。「取締役会や経営会議が重大な決定や人事を決める際、社内の共産党委員会は、党としての意見や提案を経営側に提出する権利を持つ」
保有資産1800兆円
トヨタ自動車の中国事業の有力パートナーである中国の大手自動車メーカー、中国第一汽車集団(吉林省)。同社は昨年4月、突如、会社の定款を変更し、こんな条文を付け加えた。
共産党委員会(党委)とは、多くの中国企業の社内にある党組織のこと。本来、党員資格を持つ従業員の支援などが目的で、経営には関与しない。第一汽車はそんな建前をかなぐり捨て、党委が経営や人事に口出しする権利を明文化した。
似たような動きは第一汽車だけでなく、中国の国有企業に広がる。党の関与を企業が率先して受け入れる不気味さ。それが問題視されないのはなぜか。その答えは昨年末、支配する側の発言として飛び出した。
「国有企業の経営に対し、党の指導を強化する」。発言の主は、国有企業を管理する国有資産監督管理委員会の研究部門首脳、楚序平(56)。楚はさらに、経営トップの董事長と党委トップの書記について「同一人物が務めるよう全面的に見直す」と続けた。
国有企業に対し、実態から表向きまで党と一体であることを迫るに等しい内容だ。楚の言葉には、国家主席、習近平(63)の対米戦略が込められている。
過去10年ほど、国有企業は党全体の意向よりも特定の党幹部の顔色をうかがい、「私物化」「腐敗」が目立った。約16万社、保有資産1800兆円を抱える国有企業の力は絶大だ。習は党の力で国有企業を束ね直し、中国が並び立つことを夢見る米国との総力戦に挑む青写真を描く。
投資先は160カ国
中国からの海外投資は2016年に世界160カ国、7千社におよび、前年比5割増の1600億ドル(約19兆円)超に上った。企業だけでなく、ギリシャや中東、インド洋の要衝などの港湾権益にも触手を伸ばす。主役は党の手足となることを誓った国有大手だ。
手足になることを拒めば、厳しい罰が待ち構える。
16年10月、珠海格力電器(広東省)を世界大手のエアコンメーカーに育て上げたカリスマ女性経営者、董明珠(62)が親会社の国有企業、珠海格力集団の董事長を解任された。党の意にそわぬ買収を進め、国資委の不興を買ったためだ。
「私のような若手のパスポートまで取り上げられ、取引先とのゴルフや食事も一切できなくなった」。広東省の金属系国有企業に勤める男性社員(36)はこう語る。習体制の発足以降、党支配による締め付けは末端にまでおよんでいる。
「勝手は許さない。(党の)思想を企業の奥深くにねじ込む必要がある」。習は大国となる夢を免罪符に、企業に対して党の言いなりになれという。経済の論理や企業の自主性を軽んじ、党支配を何よりも優先する独善は、中国経済の未来をむしばむ。
(敬称略)
[日経新聞1月11日朝刊P.1]
[習近平の支配 キーワード]中国共産党委員会 企業の意思決定を左右
中国企業には特有の組織がある。「党委」と呼ばれる中国共産党委員会だ。組織率は国有企業の9割超、民営企業でも5割超に上る。党が政府さえも指導するお国柄では、党委が企業内の人事を含め、企業の意思決定を事実上左右する存在となっている。
共産党は、党員が3人以上いる組織に党委の設置を求めている。アリババ集団、小米(シャオミ)、華為技術(ファーウェイ)、百度(バイドゥ)など、中国を代表する民間企業は軒並み党委を置く。日系企業を含め、外資にも党委は広がる。
習近平指導部は組織率「99.9%」をめざしている。党の指導を末端まで行き渡らせる狙いで、企業内の党員に党の新たな方針などを伝えるのが本来の役割だ。党規約も「業務活動は指導しない」と、これまで経営に介入しないことが建前だった。
実際は党委トップの書記を経営首脳が兼ねることが多く、企業経営も党の影響を受ける。国有企業なら経営陣の人事は党内人事に直結し、党支配はより強まる。
=敬称略
[日経新聞1月11日朝刊P.7]
(4)「6%」成功への道 札束が生む人民の格差
娘の小学校入学を控えた昨秋。上海の会社員、李慶偉(仮名、35)は100元札20枚、2千元(約3万4千円)をノートに挟み、そっと副校長に渡した。生活苦のなか、月給の3分の1をなんとかひねり出した。
支配層への切符
学校では100人に1人ほどの優秀な児童が「大隊長」に選ばれ、左肩に赤の3本線のバッジを付ける。「『大隊長』はカネで買えないといわれるが、先生たちの心証をできるだけよくしたい」。妻から「お隣は2万元を包んだらしい」と聞き、李は焦った。
意識したのは、中国人の一生を左右する通信簿、「人事档案(ダンアン)」だ。学歴や職歴、懲罰まで記録され、大隊長の名誉もそこに記される。地元当局や職場が管理し、人々に「档案が傷つけば安泰な人生は遠のく」と服従を強いる。結局、李の娘は大隊長にはなれなかったが、「優秀なクラス」に入れたことで李は自分を納得させた。
共産党が一党支配する中国。ピラミッド型の支配体制で、若いうちに「通信簿」を磨く早道は何か。その答えの一つが「入党」だ。
浙江省杭州の女子大生、呉欽(同、21)は16年春、3年に及ぶ審査や試験を経て共産党員になった。「父や祖父もなれなかった。誇りに思う」。共産党員は8800万人に上るが、中国の人口全体の6%にすぎない。呉は「選ばれし支配層」への切符を手にした。
だが、その頂点に立つ国家主席、習近平(63)は「党員が堕落し求心力を弱めている」と繰り返し訴える。広大な国土や様々な民族を束ねる要である支配層の劣化への危機感が強い。
不満抑制は限界
「上位1%が富の3分の1を所有している」。北京大学が最近まとめた報告書だ。「人民の国」で広がる格差。公平な競争の結果ならまだ我慢できるが、中国の庶民が思い浮かべるのは、自身の才覚で財をなした成功者の姿ではない。「ベッドの下に1億元の札束を隠していた」。そんな腐敗官僚の醜聞が絶えない。
英国の欧州連合(EU)離脱、米大統領選でのトランプ旋風。世界では「見過ごされてきた人々」の不満が政治を動かしたが、中国の庶民は体制を選べない。党支配の維持をめざす習が選ぶのも、民の自由の拡大ではなく、不満分子を締め付け、腐敗官僚や政敵を追い落とす強権の道だ。
「数を減らし質を高めよ」。習は党員の厳選へ大号令をかける。湖北省武漢の女子大生(21)は昨年、有名ブランドのバッグを手に街を歩いていたことを見とがめられ、党員資格試験に落ちた。ところが、10年前に党員となった上海市の女性銀行員(28)は「就職に有利だから」と、入党した理由をあけすけに語る。
支配する側とされる側の割合は「6対94」。経済の高速成長の果実をばらまき、不満を抑える手法は限界だ。党支配の強化へ若者の入党を絞れば、「94」の不満は「95」に増える。習の支配は大きな矛盾を抱え、社会にたまる不満を解きほぐせずにいる。
(敬称略)
[日経新聞1月12日朝刊P.1]
[習近平の支配 キーワード]中国共産党員 入党のハードル上がる
中国共産党員への道は険しい。数年にわたる審査の末、党員になれるのは希望者の10人に1人に満たない。特に党員の「資質向上」を訴える習近平(63)が2012年秋に党総書記に就任して以降、新規入党者は大きく減った。
希望者はまず入党申請書を提出。首尾よく「入党積極分子」という身分になれれば、党規約などを学ぶ「党課」といった活動を通じて選考を受ける。正式に入党を認められるまで3年前後かかる。
希望者が属する組織の党支部が審査する。大学在学中に党員となった20代女性は「党幹部の大学教員に真摯さを訴えた」と振り返るが、「合格」した明確な理由は今も分からないという。付け届けがはびこる一因でもある。
習指導部の発足前、年300万人を超えた新規入党者は15年に196万人まで減った。入党者の絞り込みで公務員人気が低下する現象も起きた。上海市幹部は「公務員になっても党員になれず、将来の出世が見込めない可能性に若者が目を向け始めた」と分析している。
=敬称略
[日経新聞1月12日朝刊P.7]
(5)「選良」たたき 党改革、敵対勢力そぐ手段
かつての「選良」がすっかり輝きを失っている。
共青団系の大学は新規募集停止に追い込まれた(上海師範大学青年学院)
中国共産主義青年団。「共青団」と呼ばれ、14〜28歳の9千万人が加入する中国共産党の青年組織だ。元総書記の故・胡耀邦、前国家主席の胡錦濤(74)、現首相の李克強(61)。多くの指導者を輩出してきた。
ところが実情を聞くと、「選良」のイメージとはほど遠い姿が浮かぶ。
北京市の会社員、劉建偉(仮名、26)が共青団に入ったのは中学2年のとき。厳しい選考どころか、インターネットで出回る宣誓書を印刷し、学校で読み上げただけ。活動に参加した記憶も薄い。組織内から「団員の誇りも団結力も足りない」と批判の声が上がる。
共青団はもともと若者を選抜し、優秀な党員に教育するための組織だ。1960年代から10年にわたる文化大革命をきっかけに、大量に失脚した党幹部を穴埋めする「人材急造機関」へと変貌した。だが北京市郊外の共青団幹部は「中学卒業までにほぼ全員が共青団に入るが、活動には3分の1も参加しない」という。
共青団は全入に
80年、14万人だった中国の大学など高等教育機関の卒業者は、2016年に765万人まで膨らんだ。時代は変わったのに、共青団は学生の「全入」を続けた。ある幹部は12年秋まで10年間の胡錦濤時代を「バブル」と言い切る。「ポストを得ることが目的化し、派閥化した。若者の教育という本来の役割が薄れた」
共青団出身者を「選良」たらしめたのは、その高速出世にある。例えば、共青団トップから13年に黒竜江省長に就いた陸昊(49)。当時の省長の平均年齢は56歳。45歳だった陸の若さが目立つ。出世の「追い越し車線」を走ろうと、共青団には人材が集まった。
そのバブルがはじけた。
「大衆から遊離している」。15年7月、党総書記の習近平(63)は共青団批判を展開した。見据えるのは今秋に開く5年に1度の党大会。政権2期目に入るのを控え、「党内党」となった勢力をたたきに出た。
北京市にある共青団中央のビルはがらんとしている。習の求めた改革で、4人に1人が地方の現場に派遣されているためだ。期間は半年。東北地方のある市が受け入れた共青団職員の党内序列は、市長より上。関係者は「みな怖がって仕事をさせなかった」という。
コップの中の争い
ゴミ捨てなど住民が地域のもめ事を話し合う「居民委員会」でも、共青団中央の職員が週1回は働くことが義務付けられた。予算も16年は前年の半分以下に削減。上海師範大学は共青団職員らを教育し、1千人程度が在学する「青年学院」の新入生の募集をやめた。
習は「選良」に対する党内の不満を巧みにくみ取り、自らの権威を「核心」にまで高めるとともに、かつての部下らの登用を急ぐ。結局は党大会での最高指導部人事をにらみ、敵対勢力の力をそぐ権力闘争――。習が熱を込める党改革も、14億人近い庶民の目には「コップの中の争い」としか映らない。
(敬称略)
(この項おわり)
[日経新聞1月13日朝刊P.1]
[習近平の支配 キーワード]群団組織 党や政府の別動隊
中国国家主席の習近平(63)は共産主義青年団(共青団)の予算やポスト削減を進めている。共産党が築いた社会統制の仕掛けである「群団組織」の手綱を引き締める狙いもあるが、共青団は首相の李克強(61)の支持基盤だけに権力闘争のきな臭さが漂う。
群団組織とは、群衆性団体組織の略。共青団のほか、中華全国婦女聯合会や中華全国総工会(労働組合の全国組織)、中国赤十字会など22の組織がある。一見すると、政治的に中立のような組織が多いが、職員は「公務員法を参照する」と定められている。
群団組織の実態は党や政府の実質的な別動隊だ。中国の企業活動や社会に深く入り込み、党支配を浸透させるための道具だといえる。一方で、赤十字会で寄付金が幹部の飲食に流用されるなど規律の緩みも指摘されてきた。習は党の指導強化を打ち出し、統制を強めている。
=敬称略
大越匡洋、山田周平、粟井康夫、多部田俊輔、小高航、張勇祥、中村裕、原田逸策、永井央紀、原島大介、伊原健作、島田貴司が担当しました。
[日経新聞1月13日朝刊P.6]
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