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イスラム台頭 アラブの春5年・第1部/下 弾圧「対テロ」にすり替え シリア・政権が招いた混乱  毎日新聞
http://www.asyura2.com/15/warb16/msg/835.html
投稿者 ダイナモ 日時 2016 年 1 月 17 日 13:44:16: mY9T/8MdR98ug g1@DQ4Npg4I
 

 シリア政府軍の離反将校を中核とする武装組織「自由シリア軍」は約5年に及ぶ内戦の初期、反体制派の旗頭だった。しかし、過激派組織「イスラム国」(IS)などイスラム勢力の台頭と入れ替わるように存在感は急速に薄れた。「副司令官としての私の役割は遠い昔に終わった」。滞在先のトルコ南部アンタクヤで11日に取材に応じた自由シリア軍の元ナンバー2、マリク・クルディ氏(52)は視線を落とし、首を4度左右に振った。

 海軍大佐だったクルディ氏は2011年8月に軍を離れ、反体制派の緩やかな連合体である自由シリア軍に参加した。自由シリア軍は12年夏までに首都ダマスカス郊外や北部アレッポを拠点化。クルディ氏も「最盛期には数万人が指揮下にあった。政権打倒への手応えがあった」と語る。

 だが同じ頃、北西部イドリブ県で「異変」は起きていた。「アフラル・シャム(シリアの自由人)」を名乗る集団が「聖戦」を掲げ、大規模な勧誘を進めていた。中心になったのは、「アラブの春」以降にアサド政権が釈放した反体制派のイスラム主義者だった。

 アサド政権は一連の釈放を「法に沿った手続きだ」と説明する。だが、クルディ氏は「過激派を含むイスラム勢力を意図的に増殖させることで、武力弾圧を『対テロ戦争』にすり替えるのが政権側の狙いだった」とみる。

 周辺国もイスラム勢力の台頭に手を貸した。隣国トルコは外国人戦闘員や物資の越境を黙認。アラブ諸国からは「聖戦支援」の名目で集めた資金が流入した。さらに、アフガニスタンやイラクで戦闘経験のある戦闘員が加勢した。

 一方、自由シリア軍の大半は戦闘経験のない市民だった。派閥争いや占領地域での略奪が横行。13年以降は目立った戦果を上げられず、現在はヨルダン国境付近以外では小規模な部隊が散在するだけだ。イスラム勢力支配下のイドリブのエンジニア、アブドラ・カッサブさん(36)は「腐敗した自由シリア軍より、無差別空爆を続ける政権に対抗できるイスラム勢力の方がマシだ」と話す。

 アサド政権をはじめ、関係周辺国などの思惑も相まって増大したイスラム勢力だが、政治方針はさまざまだ。

 ISは敵対勢力を一切排除するが、ISの前身組織から分離したヌスラ戦線は他の反体制派と連携する。シリア人主体のアフラル・シャムやイスラム軍は対話による解決にも前向きで、サウジアラビアで昨年12月、和平協議に向けて開催された反体制派の会議にも参加した。

 「我々はイスラム教徒だが、過激派ではない。自由と社会正義の実現を目指し、自由選挙も支持する」。イスラム軍の広報担当、イスラム・アッルーシュ氏(35)はそう訴える。アサド政権などは同軍などイスラム勢力の和平協議への参加に難色を示すが、アッルーシュ氏は「軍事、政治両面でイスラム軍の存在は大きいと自負している。我々を除外した和平協議など意味がない」と強調した。【アンタクヤ、イスタンブールで秋山信一】


■ことば

シリア内戦

 アサド政権が2011年3月に改革要求デモを武力弾圧し、内戦に発展した。政権、反体制派、IS、クルド人勢力が互いに抗争。反体制派には世俗派もいるが、イスラム勢力が優勢だ。国連などによると、死者は25万人以上、周辺国に逃れた難民は約460万人、国内避難民は約760万人に上る。アサド政権はロシアやイラン、反体制派は米欧やサウジアラビア、トルコなどからそれぞれ支援を受けている。


http://mainichi.jp/articles/20160117/ddm/007/030/069000c
 

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コメント
 
1. 2016年1月17日 21:00:31 : 9xd5XAf7HI : 4o9Y2E@I5YY[1]
まあた、ダイナモの好きな「シリア政権批判」かよ。シリアの政権がどんな独裁で悪辣であろうと、欧米がこれまでイスラムに対してとってきた政権を自分たちの好きなようにいじくりまわすことに比べれば天と地の差だってことがわからないか。ダイナモは。
欧米政府さえ介入しなければ何万という死者も難民も出ていなかったんだよ。あほう。

2. 2016年1月18日 03:07:08 : QggVCEbRb6 : oHnlRn4UN7A[2]

1月末に予定されている、シリア内勢力間での和平交渉に向けての記事と思われる。

7万人もの穏健派反体制派を創出するとの大言壮語を吐いたキャメロン首相は、発言を撤回したが、かように数字ほ伸びたり縮んだりするもんだ。

内戦? 外部からの代理戦争? どのように認識するかによって、将来への願望は異なるであろうが、到達するであろう状態については、ほぼ一致しているかと思われる。大勢に、もはや棹をさせなくなっている。

テロリストはシリア内和平交渉から除外するとの外交的な修辞が合意されている、従って代理戦争と認識しているサイドの外交的な勝利の文脈の中での交渉になる。

現在のシリア内の軍事情勢は、エスニック・グループと反アサド派部族の政府軍への協力が進展しており、SIL、アル・カイーダ並びにとその派生組織は劣勢に陥っている。シリア人反政府勢力の、政府への投降は止むことなく続いている。シリア内クルド人勢力(YPG)は、S-400配備の結果、トルコ空軍によるトルコからの越境してのシリア内へのYPGへの空爆がなくなり、テロリストへの攻撃態勢を十分にとれるようになっている。政府軍の快進撃の一旦の理由である。もうそろそろ、戦況の大転換点に達する可能性が高い。

和平交渉参加メンバーの選定では、サウジ、カタール支援組織の参加とYPGの参加をめぐって実際の交渉の進展は望めないだろうと予想する。

それでも、軍事面は進展する。

軍事面で広範な政府勢力への結集と団結のもとで、究極的には、シリア政府が認める反体制派と現政権との交渉がなされ、少なくとも、クルドの大幅な自治権を認める形での憲法草案のもとでの移行政権下(クルド勢力その他が現政権に参加する形態になろう)大統領選挙へと進行する。

このようになったとして、この結末はシリアの将来はシリア国民が決定するとの国連決議に正しく沿っている。

結局のところ、トルコは国内ではクルド問題が未解決のままにおかれ、国内20パーセントの人口を占めるクルド人問題に向き合わねばならない。必然的にトルコ現政権は政権の維持が困難となろう。

サウジはシリアへの投資が回収できない状態に直面することになり国家財政を立て直す過程でロシアへの距離を縮めざるを得なくなるであろう。

人はそれをロシアの中東地域での影響力の増大と評するのであろうか?


3. ダイナモ[7] g1@DQ4Npg4I 2016年1月18日 14:04:51 : na10kM6Rl6 : znEUfZ2BBZY[5]

自由シリア軍は米国からまったくなんの支援も得られずに事実上消滅した。

米国はブッシュが行なったイラク侵略戦争がトラウマとなっている。
 


4. 2016年1月18日 16:21:35 : 3EpTaAeVTS : DYB9EGQfUpM[5]

ゴミ記事の貼り付けが仕事か?

笑。




[32初期非表示理由]:担当:意味なし

5. 2016年1月18日 23:38:02 : GgJ1lcq0Q6 : oTQYDn6ZxFQ[1]
>自由シリア軍は米国からまったくなんの支援も得られずに事実上消滅した。

自由シリア軍はヌスラやISが台頭する前までは、クルド勢力にとって戦い倒すべき敵であった。
ダイナモは自由シリア軍をやたら持ち上げるが、初期の理想がどうであれ早い時期から自由シリア軍が宗派対立のみならず民族主義の観点からもシリアの各民族を吸い寄せる力を持っていなかったことを認めたくないらしい。

<シリア現地報告>21 クルド組織YPGと自由シリア軍の激戦地へ
2013年5月23日 17:08

ハサカ県西部、トルコとの国境の町、ラアス・アルアイン(クルド名:セレカニエ)に入った。この町では、昨年11月から、クルド組織、人民防衛隊(YPG)と自由シリア軍とのあいだで大規模な戦闘がおこなわれ、3か月で数百人の死傷者が出た。

自由シリア軍が、シリア政府軍に攻勢をかけ、町を占拠したことが、そもそものきっかけだった。
ラアス・アルアインは人口3万ほどの町で、クルド人、キリスト教徒が多数を占め、アラブ人は少数だ。ほとんどがアラブ人からなる自由シリア軍による町の支配に市民は大きく反発、地元のクルド人たちが大規模な反対デモをおこなった。自由シリア軍は、そのデモ隊に発砲、市民に暴行を加えたのだった。

これに対し、YPGはクルド人防衛を名目に、自由シリア軍へ攻撃を開始した。およそ3か月にわたる戦闘で、自由シリア軍は敗退、2月末、停戦合意が交わされた。現在、町の南地区をYPGが、北地区を自由シリア軍が支配する状態だが、緊張は続いている。

町の中心部は、どの建物にも無数の弾痕が残っていた。クルド人の女性(写真)は戦闘がはじまった時、自由シリア軍に家を追い出された。戦闘が終わり家へ戻ると、壁や部屋の中は銃弾のあとだらけで、貴重品はすべて盗まれていたという。

「シリア政府とは関係のない戦闘で、たくさんの人が死んだ。彼らが何の目的で戦っていたのか分からない」
と女性は話した。

【ハサカ県ラアス・アルアイン 3月下旬 玉本英子】

http://www.asiapress.org/apn/archives/2013/05/23170831.php


6. 2016年1月19日 00:10:51 : GgJ1lcq0Q6 : oTQYDn6ZxFQ[2]
追記

シリアのスンニ派は政治的運営能力の欠片もない。

少数派のアラウィー派に取って代わられたのは結局それに尽きる。

アサドを罵っていればシリアの独裁の歴史はアサドにだけ還元され、アサドが消えればシリアはすべて上手く回り始めるというような間抜けたことをジャーナリストと名のつく評論屋が得意げに語っているが、問題はそんなところにない。

なぜ少数宗派のアラウィー派が政治の実権を握るに及んだのか?

なぜ最大多数派のスンニ派がアラウィー派の下に置かれているのか?

それはアラウィー派が軍事力やその他もろもろの力を行使し、スンニ派を抑え込んでいるからか?

そんなバカなことはありえない。

行政機構をアラウィー派が握っていたとしても、執り行うのは多数派のスンニ派の人たちであり、スンニ派がそれをボイコットし投げ出してしまいさえすればアサド政権は下部から崩壊することは容易である。

ところが今に至るまでそんな兆候はない。

たとえば現在行われているリオ五輪のサッカーアジア最終予選にもシリア代表は出場している。

行政が機能していないなら、サッカーどころではないはずだ。

ちなみにシリアのサッカー代表を紹介したサイトによれば、シリア代表はシリア国内の民族宗教を反映した構成になっておりなかなかに興味深い。

たかがサッカーというなかれ。混在した民族宗派の国では政治情勢を見るとき、こうしたスポーツから入っていくほうがわかりやすいこともあるのだ。

それを考えずしてシリアの平定など語れない。



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