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中東地域における二大大国のイランとサウジアラビアがにわかに対立を深めている。2日にサウジアラビアがニムル・ニムル師を含む48人を処刑すると、イランの首都テヘランで抗議デモが発生し、暴徒の一部がサウジアラビア大使館を襲撃した。これを受け、サウジアラビアはイランとの国交断絶を宣言、バハレーン、スーダン、クウェートといった国もこれに続いた。
両者の関係悪化、とりわけサウジアラビアの強硬姿勢の背景には、イラン核開発問題の進展に伴うイランと米国の対立緩和、イエメン情勢をめぐる対立に加えて、シリア紛争をめぐる最近の動きが影を落としているとされ、イランの台頭に危機感を強めるサウジアラビアが反転攻勢に転じるための機会を窺っていたとの見方が強い。
その一方で、両国の対立を「イスラーム教スンナ派の盟主」と「シーア派大国」の宗派対立とみなす安直な解釈も散見される。シリア情勢との関連では、スンナ派のサウジアラビアがスンナ派のシリア国民を後援しているのに対して、シーア派のイランはシーア派の一派であるアラウィー派によって主導されるバッシャール・アサド政権を支援、またサウジアラビアは、イラン・イラク・シリア・レバノンからなる「シーア派ベルト」の形成を警戒しているのだという。
「逆立ちしたイスラーム原理主義」に依拠したこうした宗派主義的言説が、今回の対立だけでなく、中東地域の政治的事象を何ら説明し得ないことは、『「アラブの心臓」で何が起きているか』で詳しく述べた通りであるが、だとしたら両国は実際にどのように対立しているのだろうか?
以下では、筆者の主要な研究対象国であるシリアでの紛争をめぐる両国の対立の実態、具体的にはサウジアラビアのシリア政策がどのように窮地に立たされているのかを概説する。
「人権」対「主権」、戦略の有無
サウジアラビアとイランは、シリア紛争をめぐる干渉政策をそれぞれ「人権」、「主権」に依拠して正当化している。サウジアラビアは、欧米諸国、トルコ、カタールとともに、シリア政府が「民主化」を求める国民を弾圧、無差別殺戮しているとして、アサド政権の統治の正統性を一方的に否定し、「保護する権利」を行使するかたちでその退陣と体制転換を主唱している。対するイランは、ロシア、中国、IBSA諸国などと同様、こうした干渉政策を「主権」侵害とみなし、シリアの内政問題はシリア国民が対処・解決すべきだと主張し、国際法や二国間合意に基づくとしてアサド政権を物心面で全面支援している。
むろん、これらの主張が実態を伴っていないことは、サウジアラビアがシリア以上に非人道的、非民主的であることや、イランが時としてバハレーンなどの周辺諸国に対して内政干渉とも言うべき覇権主義的な政策に打って出ることを踏まえれば一目瞭然だ。だが、プラグマティクな側面から両国のシリア政策を見ると、そこには戦略の有無という点で大きな違いがあることに気づく。
イランの政策には、ハーフィズ・アサド前政権以来の同盟者であるシリアの現政権、そしてその存続を可能たらしめる政治体制の維持という具体的な戦略目標を見てとることができる。制裁下のシリアへの経済・財政支援、革命防衛隊クドス旅団将兵やイラク人・アフガン人民兵の派遣に代表される軍事支援は、その是非はともかくとして、この戦略目標を実現するために行われており、これに抗するあらゆる内政干渉が主権侵害なのである。
しかし、サウジアラビアに首尾一貫した戦略があるようには思えない。対シリア経済制裁や、アラブ連盟、国連でのシリア・バッシングがアサド政権打倒をねらったものだということは理解できる。だが、体制転換後の「民主化」に関しては、何らの具体的なヴィジョンも示されてはいない。このことは、反体制派への支援のありようにもっとも端的に現れている。
サウジアラビアは、イスラーム軍、シャーム自由人イスラーム運動をはじめとするアル=カーイダ系・非アル=カーイダ系のイスラーム過激派を支援してきたことで知られている。「穏健な反体制派」、ないしは「自由シリア軍」として知られる反体制武装集団が脆弱ななか、イスラーム過激派に肩入れすることは、アサド政権打倒という目的に沿っていたとしても、その軍事的勝利が「民主化」とはほど遠い現実の出現を意味していることは、誰の目からも明らかである。
「テロとの戦い」の脅威
むろん、イスラーム過激派を支援するサウジアラビアのシリア政策は、欧米諸国もアサド政権打倒に固執し、それを「民主化」として黙認している限り支障はなかった。だが、シリア難民・移民の欧州への流入に対する欧米諸国での関心の高まりやパリ連続襲撃事件の発生を契機として、欧米諸国が「民主化」に代えてダーイシュ(イスラーム国)に対する「テロとの戦い」を最優先に掲げ、シリアで大規模空爆を行うロシアとの連携を強めていくと、サウジアラビアはトルコとともに疎外感に苛まれることになった。
ロシアと欧米諸国の連携強化を受けて採択された国連安保理決議第2254号は、停戦プロセスと政治移行プロセスを同時並行で進める一方で、「テロとの戦い」を推し進めることでシリア紛争の解決をめざしている。しかし、この動きは、アサド政権の存続を前提とした秩序回復と、武装闘争に固執するすべての反体制派の殲滅をめざすロシアやイランの意図に沿って進行している。
両国の軍事的支援を受けたシリア政府(シリア軍)は国内で反転攻勢に転じ、支配地域を徐々に拡大、各地で停戦合意を結び、ダーイシュとイスラーム過激派を排除している。サウジアラビアが後援するアル=カーイダ系・非アル=カーイダ系のイスラーム過激派は新たな合同作戦司令部を設置して抵抗を試みたが、イスラーム軍のザフラーン・アッルーシュ司令官が空爆で死亡するなど、劣勢を強いられている。
欧米諸国は、ロシアの軍事介入がダーイシュ以外の反体制派や民間人をも標的としていると非難した。だが、軍事バランスの変化に対応するかのように、米国はイスラーム過激派と連携する「穏健な反体制派」の軍事教練を断念し、人民防衛部隊(YPG)が主導するシリア民主軍への支援を強化していった。YPGは「反体制派」ではあるが、その事実上の母体であるクルド民族主義政党の民主統一党(PYD)は、武力による政権打倒をめざすイスラーム過激派とは一線を画し、政治プロセスを通じた体制転換をめざし、ダーイシュやヌスラ戦線を含むイスラーム過激派と激しい戦闘を続けている。米国は、サウジアラビア、トルコに配慮し、イスラーム過激派を「テロ組織」とみなすことを控えてはいる。だが、ロシア、イラン、そしてアサド政権とともに、イスラーム過激派の掃討に力を注ぐようになったのである。
政治移行プロセスでの主導権維持をめざす試み
こうしたなか、サウジアラビアは孤立化を回避するかのように、シリア政府と反体制派の和平交渉(政治移行プロセス)への関与を強め、12月上旬には首都リヤドで反体制派合同会合を主催した。この会合では、シリア政府との交渉にあたる反体制派統一代表団の人選を担当する最高委員会が設置され、イスラーム軍、シャーム自由人イスラーム運動もこれに参加した。だが、リヤドでの会合は、トルコ政府の主張に準じるかたちで、クルディスタン労働者党(PKK)とつながりがあるPYDを排除、サウジアラビア政府もこの決定を支持した。
これに対抗したのがイランとロシアだった。両国はシリア民主軍の参加組織や支援組織を一同に会した総会のシリア国内での開催を後援し、トルコやサウジアラビアにPYDの統一代表団への参加受諾を説得する米国と共同歩調をとった。また「ロシアと米国が、シリア民主軍、シリア軍と連携し、ダーイシュとヌスラ戦線主導の反体制派掃討を本格化か?」で述べた通り、ロシア、米国、そしてイランは、アレッポ県北部でダーイシュだけでなく、イスラーム過激派に対しても軍事攻勢をかけるシリア民主軍を共に支援していったのである。
「テロとの戦い」に代わるパラダイムとしての「宗派主義」
サウジアラビアとイランの対立は、ロシア、米国、そしてイランが、シリアでの「テロとの戦い」において戦略的協力関係を強め、サウジアラビアとトルコが支援してきたイスラーム過激派が「事実上のテロ組織」として扱われるようになる最中に激化した。この対立を宗派対立だとする見方は、シリアをめぐる各国の綱引きを何ら説明してはいないが、そこに政治的な意味がないわけではない。
イスラーム過激派と関係を維持するサウジアラビアが、トルコとともに「テロとの戦い」というパラダイムのなかで、非難・疎外される「少数派」に追いやられるなか、今回の対立が「スンナ派対シーア派」として理解されれば、サウジアラビアは宗派主義というパラダイムのもとで「多数派の盟主」としてのプレゼンスを誇示できる。サウジアラビア政府がこうした意図をもとにニムル師らを処刑したかどうかはともかく、「逆立ちしたイスラーム原理主義」のもとで中東情勢を安直に理解する傾向が強い日本をはじめとする欧米諸国の近視眼が、こうした誤認に貢献していることだけは確かである。
しかし、「トルコマン人の保護」や「主権侵害阻止」を主張してロシア軍戦闘機を撃墜したトルコ政府に対する欧米諸国の対応が冷ややかだったのと同様、ニムル師処刑に伴う対立激化が、シリア情勢において劣勢に立たされたサウジアラビアにとっての起死回生の一打になることはないだろう。欧米諸国は、ロシアとともに事態の悪化を回避するための仲介に動き始めているが、こうした冷静な姿勢は、サウジアラビアのシリア政策が欧米諸国の理解や同調を得られないことを示している。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/aoyamahiroyuki/20160106-00053172/
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