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http://tanakanews.com/151213kurd.htm
イラクでも見えてきた「ISIS後」
2015年12月13日 田中 宇
12月3日、トルコ軍が北イラクに「侵攻」した。トルコ軍は、150人の歩兵と25台の戦車からなる部隊で、国境を越えてイラク国内を120キロ進軍し、北イラクの大都市モスルから北東に20ロ離れた町バシカ(Bashiqa)の郊外にある既存の基地に入った。モスルとバシカは、昨年からISIS(イスラム国)が占領しており、トルコ軍が入ったバシカの基地は、ISISが占領するバシカの市街地のすぐ外にあり、クルド自治政府が統治する地域だ。(Turkey Refuses to Withdraw Its Troops From Northern Iraq Despite Ultimatum)
トルコ政府によると、バシカの基地には今年3月からトルコ軍兵士が駐屯し、ISIS(イスラム国)と戦うアラブ人やクルド人の軍勢(民兵)を訓練してきた。今回は、訓練要員を増派したのだという。トルコの野党系メディアによると、バシカの基地にはすでに600人ほどのトルコ軍が駐留している。トルコ政府は「イラク政府も今回の越境進軍を了承している」と発表したが、イラク政府は「何も知らされていない」と反論し、トルコ軍にすぐに出ていくよう命じた。トルコ政府は、イラク政府の命令を無視して軍を駐留している。(Iraq's foreign minister warns Turkey anew)(Turkey Refuses To Withdraw Troops From Iraq, Threatens To Slap Sanctions On Russia)
トルコ軍が駐屯した地域には、ISISがモスル近郊の油田で産出した石油を、タンクローリー車の隊列を編成してイラク・トルコ国境に送り出してきたルートがある。以前の記事に書いたように、ISISが国境まで持ってきた石油は、イラクのクルド人が持ってきた石油と混ぜ、トルコの商人(トルコやイスラエルの諜報機関の代理人)が買い取り、トルコの地中海岸のジェイハン港まで運んでタンカーに積み、イスラエルのタンクを経由する「石油ロンダリング」を経て国際石油市場で売られている。(露呈したトルコのテロ支援)
トルコのエルドアン大統領の息子(ビラル・エルドアン)がこの取引で利益を得ており、それがエルドアンやトルコの与党AKPの政治資金、トルコ諜報機関の活動資金になっていると、トルコの野党が指摘している。この石油取引では、ISIS、トルコ政府与党、イスラエルが儲けている。トルコ軍がモスルの郊外に進軍した真の理由は、ISISが石油を送り出すルートをトルコ軍が防衛し、エルドアンやAKP(やイスラエル)が石油で儲ける態勢を保持するためでないかと疑われている。(Did Turkey just invade Iraq to protect Erdogan's ISIS oil smuggling routes?)(Turkey's First Son enjoys dinner with leaders of ISIS)
ISISの占領地はイラクとシリアにまたがっている。トルコ当局は対シリア国境を経由して、イラクだけでなく、シリアでもISISを支援してきた。だが、10月からシリアに軍事進出したロシア軍が、トルコからISISへの補給路を空爆で潰している。このため、トルコは対シリア国境からのISIS支援をあきらめ、対イラク国境からのISIS支援の補給路を強化する意味で、今回の北イラクへの軍事進出(増派)を実行した、とも考えられる。(Turkey defends ground troops in Iraq as war escalates)(Erdogan to Resist US Pressure on Closing Turkish Border to Daesh_)(Russian military reveals new details of ISIS-Turkey oil smuggling)
(NATOの一員であるトルコが、シリアやイラクで、テロ組織であるISISを支援するのは、シリアやイラクの政府の了承を得ていない国際法違反の行為で、テロリストを助けている点でも違法だ。対照的に、ロシアのシリアへの軍事進出は、シリア政府の要請に応たえた合法的なもので、残虐なテロ組織てあるISISを退治する点でも世界的に賞賛されるべき行為といえる。だがマスコミは、いろいろな濡れ衣をロシアに着せ、むしろロシアを批判する論調を出し続けている)(勝ちが見えてきたロシアのシリア進出)(Russian jets destroy Isis oil convoy after Putin accuses Turkey of buying oil from jihadist group)
イラク政府は、トルコ軍に撤退を求めたが無視され、NATOを通じてトルコと同盟関係にある米国にも、トルコに出ていくよう言ってくれと要請したが、ほとんど無視されている。イラク政府は、ISISを潰すふりして実は支援している米軍に出ていってもらい、代わりにISISを本気で潰してくれるロシア空軍にイラクに駐留してもらうことを検討していると表明している。もし今後、ロシアがイラク政府の要請を受諾し、露軍機がシリアだけでなくイラクも空爆する展開になると、露軍機が北イラクのトルコ軍基地を空爆したり、トルコ軍が北イラクで露軍機を撃墜したりする事態になり、トルコつまりNATOとロシアとの「第3次世界大戦」に発展する懸念がある。(`Great partners': Pentagon rejects Russian evidence of Turkey aiding ISIS)(Baghdad says would welcome Russia strikes in Iraq)(敵としてイスラム国を作って戦争する米国)(露呈するISISのインチキさ)
世の中には洋の東西を問わず「第3次世界大戦」の勃発を予測したがる人がけっこういて、この手の分析は、そういった人々に好まれる。だが事態を詳細にみていくと、この分析と矛盾する事実がいくつも出てくる。
一つは、ロシアがイラク政府の要請に応え、シリアで行っている空爆をイラクに拡大する可能性が低いことだ。それは、単にシリアの内戦がまだ終わっていないのでイラクの空爆を後回しにしているということではない。シリアは、ロシアが軍事進出してISISやヌスラ戦線を退治することで、アサド政権が継続するかたちで内戦が終わって安定が復活し、ロシアが成功裏に軍を撤退して凱旋できる政治的なシナリオが事前に見えていた。だがイラクは、ISISを退治した後のスンニ派アラブ地域を安定化できる政治的シナリオが見えていない。軍事行動は、戦闘終結後の安定への政治的なシナリオが存在していないと成功しない。そのことを、米国のタカ派(軍産、ネオコン)はわざと無視し、日本の「軍事おたく」は理解しないが、政治の水面下で動く諜報界出身のプーチンは理解している。(負けるためにやる露中イランとの新冷戦)(シリア内戦を仲裁する露イラン)
イラクの政府と議会と軍は、シーア派が握っている。彼らは、イラク国家の統合維持を主張し続けるが、少数派であるスンニ派やクルド人(それぞれ人口の1−2割。シーア派は6割)に財政資源をわたさず冷遇し続け、スンニやクルドが中央政府を敵視してイラクの国家統合が崩れる結果を招いている。イラクのシーア派は、国家統合維持によって全イラクの利権を掌握したいが、見返りに利権の一部を地元のスンニやクルドに分配して仲良くやっていく気がない。(クルド人も宗教はスンニ派イスラム教徒なので「イラクのスンニ派」というとクルド人も入ってしまうが、ここでは「スンニ派アラブ人」を「スンニ派」と呼ぶ)
イラクは16世紀来、オスマントルコからフセイン政権まで、少数派のスンニ派が多数派のシーア派を支配する政治体制だった。米国は03年にフセインを倒す一方、スンニ派に「フセインの残党」「アルカイダ」のレッテルを貼って弾圧し続けた。米国はイラクを「民主化」し、多数派のシーア派が政権を握り、イランの隠然支配下に入った。イランは、イラクのシーア派を傘下に入れることしか関心がなく、イラクの国家統合が崩れて3分割してもかまわないと思っている。昨年6月、ISISが台頭してモスルやキルクークといった北イラクのスンニ派の大都市を相次いで攻略した時、イランの傘下にあるイラク政府軍は、戦闘せず守備を放棄し、敗走(部隊を解散)した。こんな感じだから、イランは、イラクの統合を維持する合理的なシナリオを描かず、配下のイラクのシーア派政治家が、クルドやアラブから利権を剥奪するのを黙認している。(イラク混乱はイランの覇権策?)
スンニとクルドのうち、クルド人は以前から自治組織や軍隊(ペシュメガ)を持ち、しかも指導層がイランと親しい。クルドは、シーア派主導のイラク政府と互角に戦う政治力がある。問題は、真に冷や飯を食わされているスンニ派だ。ISISは、シーア派によるスンニ冷遇策の上に、イラクを占領していた米国(軍産)の「強敵を意図的に作る好戦策」が重なって生まれてきた。軍事的にISISを潰しても、政治的にイラクのスンニ派が安定して生活できるシナリオを描いて具現化しないと、第2第3のISISやアルカイダが出てくる。ロシアはイランの事実上の同盟国であり、イランにやる気がないのにロシアが出ていくことはない。(隠然と現れた新ペルシャ帝国)
しかしISISは、シリアとイラク(スンニ派地域)にまたがっている版図のうち、シリアから追い出されようとしている。ISISを潰すなら、シリアを放棄してイラクに退却していくこれからの時期が好機だ。これを逃すと、ISISはイラクだけで再起を図り、イラクのスンニ派に安定化のシナリオがないことに便乗し、延々と存続し、地元民を残虐に支配し続け、欧州などでテロを続ける。ISISは地元の子供たちに捕虜の処刑や拷問を手がけさせ、殺戮と過激な教えを刷り込み、すべての子供を兵士(テロリスト)として育てている。あと10年も放置されれば、イラクのスンニ派の全員が立派なテロリストとして成長する。その後で安定化策のシナリオを立てても遅すぎる。シナリオを立て、ISISを潰し、イラクのスンニ派地域を安定させる策を始めるとしたら、今しかない。(The ISIS papers: leaked documents show how Isis is building its state)
トルコ軍が今回、北イラクの町バシカの基地に駐留軍を増派したことは、よく見ていくと、ISISに対する支援策ではなく、逆に、まさに上に書いた「ISISを潰し、北イラクのスンニ派地域を安定させる策」なのかもしれないと思える点がいくつもある。その一つは、トルコ軍のバシカへの増派が「スンニ派のイラク人民兵団を軍事訓練し、ISISと戦って勝ち、モスルを奪還できるようにすること」を目的としている点だ。トルコ軍はバシカ基地で「ハシドワタニ」(Hashid Watani、国家総動員部隊)という名前の民兵団を、今年3月から訓練している。この民兵団は、クルド自治政府に支援され、クルド地域とISISの支配地の間にあるバシカの基地を拠点とし、モスルなどISISの統治下から逃げてきたスンニ派の若者や元警察官などの参加を得て拡大している。(Turkish soldiers training Iraqi troops near Mosul: sources)
ハシドワタニを率いているのは、モスル市があるイラクのニナワ県の元知事だったアシール・ヌジャイフィ(Atheel al-Nujaifi)だ。ヌジャイフィは、オスマン帝国時代からモスルを統治していた名門一族で、知事として統治するニナワ県を昨年6月にISISに奪われて逃走を余儀なくされ、クルド人自治区にかくまわれ、亡命先のクルドの首都アルビルで、ニナワ県を中心とする北イラクをISISから奪還してスンニ派アラブ人の自治区にする構想を提唱した。シーア派主導のイラク政府軍が戦わず敗走し、故郷のニナワ県をISISに奪われた以上、もうシーア派は信用できず、ニナワ県を奪還したらイラク政府と別の自治区を創設した方が良い、というのがスンニ自立構想の趣旨だった。(Mosul governor calls for fragmentation of Iraq)(Atheel al-Nujaifi - Wikipedia)
ヌジャイフィが自治区の構想を発した背後には、クルド自治政府がいた。クルド人は、自分たちと同様に、シーア派主導のイラク中央政府から冷遇されているスンニ派がISISを追い出して自治政府を構築することを支援し、クルド人とスンニ派が力を合わせてシーア派の中央政府に対抗し、イラクを従来の中央集権制から、名実ともに完全な連邦制へと移行させたいと考えている。それまで、スンニ派を代表できる勢力は、アルカイダかフセイン政権の残党しかおらず、いずれもクルド人が組みたい相手でなかった。
クルド自治政府は、イラク北部のアルビル、スライマニヤ、ダフークの3県を領域としているが、その西側のニナワ県の一部(シンジャル、バシカなど)や、もう少し南のキルクーク市にもクルド人が住んでいる。キルクークは昨年6月、ISISが攻略をしかけ、シーア派主導のイラク軍が遁走した直後、電撃的にクルド軍が市街地を占領し、それ以来クルド自治政府が統治している。キルクークには油田、バシカには未開発の石油鉱脈があり、自治政府は、クルド人が住んでいることを理由に、それらの地域も自分たちの版図に吸収したいと考えている。それらの地域を含めたクルド地域とスンニ地域の境界線(「トリガー線」 Trigger Line と呼ばれている)の向こうまでISISを追い出すのが、クルド自治政府の戦略だ。クルド軍は11月、トリガー線のクルド側にある町シンジャルを、ISISから奪還している。(Iraq's dangerous trigger line - Too late to keep the peace?)(Exxon Moving into Seriously Disputed Territory: The Case of Bashiqa)
従来の行政区分では、それらの地域がスンニ派の地域に入っている。従来の力関係では、クルドの拡張戦略は、スンニ派からもシーア派からも反対され、公式なものにならない。だが、状況は昨年のISISの登場で一変した。統治していたニナワ県をISISに奪われ、無力な状態でクルド地区に亡命してきたヌジャイフィは、クルド自治政府の拡張戦略にとって好都合な存在だった。ヌジャイフィがモスルやニナワ県をISISから奪還するには、クルドの軍隊(ペシュメガ)の力を借りざるを得ない。ペシュメガは、ISISに負けない力を持っている。
クルド自治政府は、ヌジャイフィに対し、もしシンジャル、バシカ、キルクークといった地域を、クルド地域に編入することを了承するなら、残りのニナワ県など北イラクをISISから奪還し、スンニ派の自治区にする軍事政治運動に協力すると持ちかけたのだろう。その結果として、ヌジャイフィのスンニ自治区構想が提唱され、ニナワ県を奪還するためのスンニ民兵団として、クルド軍(ペシュメガ)の傘下に、ハシドワタニが結成された。(Former consul Yilmaz: Does Turkey know its next move in Mosul?)
トルコにとってクルド人は、分離独立をめざす警戒すべき勢力であるが、トルコ政府は以前から、イラクのクルド人自治政府と良い関係を保っている。トルコのクルド人組織(PKK)と、イラクのクルド自治政府(KRG)との間は、完全な同盟関係でない。自治政府は、PKKが対トルコ国境に近い自治区内の山岳地帯に隠れ家を造り、そこを拠点にトルコを攻撃することを容認してきたが、同時にトルコ軍が自治区内に越境侵攻し、PKKの拠点を攻撃することも容認してきた。2013年には、自治政府がPKKとトルコ政府の交渉を仲裁し、PKKがトルコ国内の拠点を完全に引き払ってイラク側の自治区内に撤退し、二度とトルコに越境攻撃をしかけない代わりに、トルコ軍はイラク側に侵攻せず、トルコ国内のクルド人の自治拡大を実施する停戦合意が締結され、今年までそれが有効だった(トルコのエルドアン政権が今夏、選挙に勝つための宣伝策として、停戦を破ってPKKへの空爆を再開した)。(Kurdistan Workers' Party - From Wikipedia)(クルド独立機運の高まり)
イラクのクルド自治政府(KRG)は、イラク政府との協約を破り、自治区内やキルクークの石油を、イラク政府にわたさず、トルコ経由で独自に輸出して資金を得ている。これは法的に「違法な密輸」で、トルコとKRGの関係が良くないと継続しない。この密輸は、トルコとKRGの両方にとって儲かり、トルコ側ではエルドアン政権の政治資金になっているので、両者の関係は悪くならない。クルド自治区で最も活発に活動して儲けている外国勢はトルコ企業で、自治区はトルコとの経済関係がなければやっていない。自治区との関係はトルコ経済にとっても重要だ。KRGで独裁的な権力を握るマスード・バルザニ議長と、トルコで独裁的な権力を握るエルドアン大統領はここ数年、親密な関係を保っている。(What is the difference between the PKK, PYD, YPG, KRG, KDP, and the Peshmerga?)
バルザニは、昨年6月、亡命してきたヌジャイフィ知事を擁立し、ISISからモスルやニナワ県を奪還してスンニ派の自治区を作るとともに、クルド自治区の領土拡張を実現する策を開始した後、この計画をエルドアンに売り込んだと考えられる。トルコ軍が、クルドのペシュメガと、スンニのハシドワタニを軍事訓練し、クルド・スンニ連合軍がISISを打ち負かしモスルやニナワ県を奪還すれば、奪還した領域はトルコの影響下に入る。(Turkish troops go into Iraq to train forces fighting Isis)
エルドアンは、バルザニと親しかったが、同時に、最近の記事に書いたように、ISISもこっそり支援していた。トルコ政府は、ISISが強い状態である限り、バルザニのモスル奪還策に消極的だったが、欧米がISISへの敵視を強め、ISISが潰されることを見越したのか、今年3月から、バシカの基地にトルコ軍を派遣し、ペシュメガとハシドワタニに対する軍事訓練を開始した。これまでにペシュメガとハシドワタニの双方で千人ずつ、合計2千人がバシカでトルコ軍の訓練を受けている。(Why is Turkey stirring the Iraqi cauldron?)(露呈したトルコのテロ支援)
バシカは、従来の行政区分だとスンニ派地域のニナワ県に入るが、住民の多くはクルド人で、クルド自治政府が編入したいと考えている地域だ。バシカから南西に行き、チグリス川をわたった対岸にある人口200万人のモスルは、イラクで最大のスンニ派の都市なので、クルド人が統治するわけにいかず、スンニの領域にとどまる必要がある。モスルをISISから奪還する主体は、クルド軍でなく、スンニ派の軍勢でなければならない。クルド自治政府は、自分たちの傘下でヌジャイフィ知事にハシドワタニを結成させ、それを押し立ててクルド軍がモスルの奪還戦を展開し、トルコ軍がそれを支援するかたちにする必要があった。(Bashiqa - From Wikipedia)(Turkish military to have a base in Iraq's Mosul)
トルコ政府は昨年12月、外相がイラクを訪問した際、ISISを打ち負かしたいスンニ派勢力に、トルコ軍が軍事訓練を施すことについて、イラク政府から了承を受けたと主張している。クルド自治政府も、それが事実だと言っている。イラク政府は否定している。だがイラク政府は、今年3月にトルコ軍が最初にバシカに進駐した際、何も反対しなかった。軍事訓練に関する曖昧な合意が、昨年末にトルコとイラクの政府間で結ばれていたと考えられる。(President Barzani: Erbil will remain neutral in Iraq-Turkey row over troops)
イラク政府にとって、スンニ派がISISと戦うために軍事訓練を受けるのはかまわないが、スンニ派とクルド人が組み、トルコの本格支援を受けてモスルをISISから奪還し、イラク政府の命令に従わないスンニ派の自治政府が樹立され、スンニとクルドが力を合わせてシーアに楯突くようになってイラクの3分割が進み、北イラクがイラクからトルコの影響下に移動してしまうことは我慢できない。昨年末の段階で、イラク政府はそこまで読めなかったのだろう。今年3月、ヌジャイフィが率いるスンニ派軍勢ハシドワタニが、クルド軍と一緒にバシカ基地でトルコ軍の訓練を受け始めた後、事態の本質をようやく悟ったイラクのシーア派は、自分たちが多数派を握るイラク議会で、ヌジャイフィの知事職の剥奪を決議した。(Iraq: Nineveh governor sacked following ISIS advances)
トルコは従来、ISISがモスル周辺の油田から産出した石油を、トルコ国境までタンクローリーでISISに持ってこさせ、そこでクルド自治区から届いた石油と混ぜて外部にわからないようにして、トルコの港まで運んでタンカーで輸出している。もし今後、ハシドワタニがモスル周辺をISISから奪還しても、ハシドワタニは親トルコだから、産出された石油はISISの時代と同様、トルコに運ばれるだろう。ISISが潰れても、トルコの儲けは減らない。(露呈したトルコのテロ支援)
スンニ派軍(ハシドワタニ)がモスルを奪還し、ISISやアルカイダといったテロ組織を追い出してまともな政府ができると、イラクのスンニ派地域は安定しうる。シーア派主導のイラク政府は、スンニ派地域にまともな政府ができてまっとうな権利を主張することを嫌がっている。だが、イラク政府の背後にいるイランは、イラクが安定することの方を重視し、くちではイラク政府の味方をするだろうが、実際の動きとして、ハシドワタニのモスル奪還を支持するだろう。
ロシアも、すでに述べたようにイラクが安定化のシナリオを持つことを希求しており、モスル奪還を支援しそうだ。その前提として、ロシアとトルコが、11月24日に露軍機撃墜以来の対立を解くことが必要だ。イランは先日「トルコとロシアの仲が悪いままなのは良くない。イランが両国間を仲裁しますよ」とトルコに提案した。ロシアもイランも、モスル奪還計画について何もコメントしていないが、水面下ですでにいろいろな動きが起きているかもしれない。外部者であるクルド人がモスルを攻略するなら、国際支持が得られにくいが、クルド人がモスル市民であるスンニ派のハシドワタニを擁立してモスルを奪還するので、国際支持が得られやすい。(Iraqi Sunnis accelerate push to make their voices heard)(Like Kurds, Sunnis in Iraq Want Direct US Arms Shipments to Fight ISIS)(Iran ready to help resolve Turkey-Russia tensions: First VP)
トルコ軍のバシカへの越境増派に関して、米欧では「ISISへの支援策だ」という批判的な分析が多い。だが私は、増派について、トルコがISISとの関係に見切りをつけ、代わりにイラクを安定させるハシドワタニやクルド自治政府によるISIS掃討作戦を支援することにしたのだと分析している。クルドのバルザニ議長は、12月9日にトルコを訪問し、エルドアンを支持していると表明した。(Iraqi Kurd leader meets Erdogan as PM defends deployment)
その前日の12月8日には、ドイツのシュタインマイヤー外相がクルド自治区の首都アルビルを訪問し、クルド軍に武器支援を行うと発表した。中東からの難民の流入に苦しむEUの盟主であるドイツも、イラクの安定を強く望む勢力の一つだ。独外相はアルビルに行く前にバグダッドに行き、イラク政府を説得している。米国の議会も、イラク政府を経由せず、直接クルド自治政府に武器を支援できるようにする新法を検討しており、12月2日に下院外交委員会が法案を了承し、本会議に送った。これらの動きは、クルド軍がスンニ派軍(ハシドワタニ)を押し立ててモスル奪還に動き出す日が近いことを感じさせる。(Germany to provide more military support to Kurds in fight against IS)(House panel votes to directly arm Kurdish forces against ISIS)
11月12日に行われた、クルド軍がISISからシンジャルの町を奪還した作戦は、きたるべきモスル奪還の前哨戦であるとみられている。シンジャル奪還戦では、米軍機が数日前からシンジャルに立てこもるISISを激しく空爆し、クルドの地上軍がシンジャルに侵攻したときには、すでにISISの軍勢が逃げた後で、地上軍どうしの戦闘なしに無血開城された。ISISは、石油を買ってくれていたトルコの言うことを聞くだろうから、トルコがクルドに恩を売るために、ISISに対しシンジャルを放棄しろと勧めたのかもしれない。また、クルド軍やハシドワタニがいずれモスルを攻略するときには、シンジャルの時と同様、先に米軍が空爆を実施する可能性もある。(November 2015 Sinjar offensive From Wikipedia)(クルドとイスラム国のやらせ戦争)
ISISは間もなくシリアから追い出され、イラクだけが版図になるだろう。イラクでもいずれモスルが奪回され、ISISの占領地域は縮小する方向だ。モスルが奪還されると、残るはさらに南のスンニ派地域であるアンバル州(ラマディ、ファルージャ)だけになる。トルコがISISを見捨てる傾向が続くと、ISISが報復としてトルコで自爆テロを頻発するかもしれない。トルコは、これまでISISを支援していた関係で、国内にISISの要員が無数にいる。イラクが安定化するシナリオが見えてきたが、その具現化には、まだ多くの紆余曲折がありそうだ。
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