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※日経新聞連載
[時事解析]気候変動と安全保障
(1)多発する大災害 各国軍隊の任務増
2014年5月、オバマ米大統領は沿岸警備隊の式典で「気候変動は世界の安全にとって深刻な脅威であり、軍が米国をいかに守るかということに大きな影響を及ぼしている」と語った。近年、米軍関係者から同様の指摘が相次いでいたが、米大統領がここまで踏み込んだ発言をしたのは異例だった。
気候変動が安全保障に及ぼす影響の第1は「出動の増加」だ。フィリピンで6千人以上が死亡した13年11月の大型台風の際には、香港に寄港中の米空母ジョージ・ワシントンが急きょ支援に向かったほか、日本の自衛隊も医療部隊などを送った。14年9月、計600人以上が犠牲になったインド・パキスタン両国の北部豪雨では両国の軍が出動し、被災地域の住民約6万人を避難させた。
こうした活動を、各国の軍関係者は「人道支援・災害救助」(HA/DR)と呼び、軍隊の任務として重視する傾向にある。同活動は単なる支援にとどまらず、活動を通じて友好国を増やし、敵対国に自らの緊急展開能力を誇示する手段ともなるからだ。米軍は、将来海面上昇で水没する恐れの出てきたツバルやキリバスといった太平洋の島しょ国家などを水害時に支援する準備や訓練も進める。
14年に海洋政策研究財団の秋元一峰、犬塚勤、吉川祐子の3氏は共同論文で「気候変動・変化の衝撃は既に始まっており、今後、加速度的に顕在化することを予期すべきではないだろうか」と指摘。各国軍による共同演習に気候変動が及ぼす事態を想定したシナリオを取り込むことを提唱する。
(編集委員 高坂哲郎)
[日経新聞11月16日朝刊P.23]
(2) 深刻化する水不足問題 アジア地域に懸念
気候変動の影響で、世界各地で水不足や海面上昇が深刻になり、地域が不安定になることへの懸念が強まっている。
典型例がアフリカのナイル川流域地域だ。ナイル川の水利権をめぐっては、独立が早かった関係で下流域のエジプトが有利な立場にあるが、近年人口が激増しているタンザニアやウガンダなど上流国が水利権の見直しを要求している。
ヒマラヤ山脈の氷河は、インドのガンジス川、パキスタンのインダス川、中国の長江といった大河の水源地だが、世界自然保護基金は「一部で氷河が縮小している」と指摘。将来、これらの川の水量が減る事態になれば、食料生産や水力発電などに打撃となる。
英国の歴史家ポール・ケネディ氏は論文で「世界の水問題で最も深刻なのはアジア地域だ」と指摘。将来、水不足が現実になった場合、「インドや中国、ミャンマー、ベトナムなどは水の共有のための交渉よりも、戦う道を選ぶだろう」との厳しい予測を示している。
2014年の米国防総省「4年ごとの防衛態勢見直し」は「水不足や食料供給体制の崩壊は『脅威増幅装置』として働き、テロ活動やその他の暴力の温床となる」と分析。実際、過激派組織「イスラム国」(IS)が台頭した14年、イラクでは史上最高気温を更新する猛暑が続き、干ばつが深刻だった。
海面上昇への懸念も強い。将来、国土の多くが低地で台風などの被害を受けやすいバングラデシュを起点にした大規模な人口移動が始まれば、南アジア地域が不安定化する恐れもある。
(編集委員 高坂哲郎)
[日経新聞11月17日朝刊P.28]
(3) 温暖化で変わる北極圏 軍拡競争の舞台に
気候変動が北極圏を新たな軍拡競争の舞台に変えようとしている。
かつて北極圏は、世界の軍事関係者の間では「寒すぎて戦うには適さない場所」とみなされ、軍事面での利用は潜水艦や偵察機などごく一部に限られていた。ただ近年、夏季の海氷が減って海底資源の採掘が以前よりしやすくなったり、航路としての利用が増えたりするにつれて、北極海沿岸国の軍の動きが徐々に活発になってきた。
最も動きが顕著なのがロシア軍だ。冷戦後期に閉鎖された北極海沿岸10カ所余りの飛行場を再開する計画を進めるほか、沿岸地域の海軍、地上軍、空軍を統合運用する司令部や2個の自動車化狙撃旅団を新設。今年3月と5月には大規模な軍事演習も実施している。
これに対し、米国を盟主とする北大西洋条約機構(NATO)は中立国のスウェーデンも巻き込んで軍事演習を実施。ノルウェーは防衛費の増額に動くとともに、戦車や防空部隊の近代化に着手した。カナダは北極圏のパトロール用に無人偵察機を投入し始めた。
北極海は、沿岸各国の領海や優先的な地下資源開発権が認められる排他的経済水域(EEZ)などに細かく分けられる。ただ、北極点一帯など、どの国の領海やEEZにも含まれない地域もあり、沿岸国が関心を強めている。
防衛研究所の兵頭慎治・地域研究部長と防衛大学校の神田英宣准教授は今年2月の共同論文で「各国の軍事的活動が活性化していることは間違いなく、偶発的な衝突がないとは言い切れない」と指摘している。
(編集委員 高坂哲郎)
[日経新聞11月18日朝刊P.34]
(4)南極大陸、領有権争いも 非軍事原則揺らぐ
北極海と同様に南極大陸でも今後氷が減少し、地下資源の開発がしやすくなる可能性があり、地域紛争の舞台になる懸念も出てきた。
1961年に発効した「南極条約」は、国家による南極大陸での領有権争いを凍結している。ただ、今なお大陸の一部の領有権を主張する国は英仏など7カ国もあり、米ロ両国も将来主張する可能性を留保している。
地下資源の開発は南極条約の付属議定書で禁止されているが、議定書は締約国が延長で合意しない限り2048年に失効する。そうなれば、各国が一斉に激しい領有権争いに入る可能性がある。
近年、中国が4カ所目の観測基地を設けたり、インドが地下資源調査に適しているとされる場所に2カ所目の観測基地を設けたりする動きが続いている。背景には、議定書失効後の領有権主張の根拠となる実績づくりの思惑が透けて見える。
南極条約は、南極大陸での軍事活動を禁じている。ただ、観測基地を置く国々が物資補給に使う砕氷船の多くは軍艦で、アルゼンチンやチリは陸軍が基地を運営。米国は空軍の大型輸送機C17で南極点にある大型観測基地に物資を投下するなど、実際には軍が活動している。
シンクタンクのオーストラリア戦略政策研究所(ASPI)は報告書で、南極が軍用を含めた人工衛星のコントロールに適した場所であることを踏まえ、「近年、各国の南極基地は民生・軍事両方の目的に使われている」と指摘。南極大陸の非軍事利用の原則が形骸化しているとの見方を示している。
(編集委員 高坂哲郎)
[日経新聞11月19日朝刊P.29]
(5)軍隊にも様々な影響 施設・装備見直しへ
気候変動に伴う様々な変化をにらみ、各国の軍隊が施設や装備品の見直しに動いている。米国防総省は、世界各地にある米軍施設のうち7千カ所以上が気候変動で影響を受けると予測。海面上昇に対応して海軍基地の桟橋のかさ上げが必要になることなどを例示した。
2014年2月には神奈川県の厚木基地が豪雪に見舞われ、格納庫の屋根が雪の重みで倒壊。避難していた米軍の航空機が大きな被害を受けた。同年7月には大型の台風8号の接近前に、沖縄の米軍嘉手納基地の航空機約60機が日本本土やグアムなどに退避。極端な気象現象の頻発を受け、基地の強じん化も急務になっている。
北極圏では軍拡競争が始まっているが、米国やカナダでは大型砕氷船の配備をめぐる議論が活発になっている。現在、ロシアが原子力型を含む38隻もの砕氷船を配備しているのに対し、米国はわずかに2隻、カナダも6隻しかない。ロシアは、自国の北極海沿岸部を守るため、氷点下50度でも行動可能な無限軌道車に搭載する地対空ミサイルなども開発中とされる。
米国防総省は14年10月に「気候変動対応ロードマップ」を公表。その中で(1)海面上昇による(砂浜の減少など)海岸線の変化に伴い、海兵隊が上陸作戦をしにくくなる(2)米軍施設や訓練場が洪水などで被害を受ける恐れがある(3)干ばつの増加で砂ぼこりの被害が増え、装備品の整備コストが上昇する――などと指摘した。
今後、気候変動は軍隊の装備に様々な影響を及ぼしそうだ。
(編集委員 高坂哲郎)
=この項おわり
[日経新聞11月20日朝刊P.29]
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