1. 2015年10月02日 08:21:47
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シリア難民問題はヨーロッパの「原罪」 「人のグローバリゼーション」の時代がやってくる 2015.10.1(木) 池田 信夫 「優しくない」&難民が避ける国、フランス 仮設の難民キャンプと化した、仏パリ北部のポルト・ドゥ・サントゥアン(2015年9月24日撮影、資料写真)。(c)AFP/ JOEL SAGET〔AFPBB News〕 ニューヨークで開かれている国連総会の演説で安倍首相は、日本政府がシリア難民問題に協力し、8億1000万ドルの資金援助を行うことを約束したが、難民の受け入れについては「国際社会で連携して取り組まなければならない課題だ」と否定的だった。 内戦の続くシリアからは500万人が出国し、トルコには200万人が入国した。今後、ヨーロッパ各国への入国申請は100万人を超えると予想されている。「日本も難民を受け入れるべきだ」という声もあるが、これは単純なヒューマニズムで片づく問題ではない。 「アラブの春」で内戦と混乱が始まった EU(ヨーロッパ連合)の首脳会議は、イタリアとギリシャに滞在しているシリア難民12万人について、ハンガリーなど東欧4カ国の反対を押し切って、各国への割り当てを決めた。EUが多数決で決定を行なうのはきわめて異例だ。それぐらい、この問題は複雑な「歴史問題」を背負っているのだ。 シリア内戦の直接の原因は、2010年にチュニジアで始まった「アラブの春」と呼ばれる反政府運動がシリアにも波及したことだ。チュニジア、エジプト、リビアなどでは独裁政権が倒れたが、シリアのアサド政権は反政府勢力を弾圧し、これまでに17万人の死者が出たと推定されている。 アサド政権はロシアの支援を得ているため、内戦は容易に決着しない。これに対してアメリカのオバマ大統領は、国連総会の場で行われた米ロ首脳会談でアサド大統領の退陣を求めたが、ロシアのプーチン大統領は譲歩しなかった。 「アラブの春」の原因は、湾岸戦争以降、欧米諸国がアラブの紛争に介入し、特にイラク戦争でアメリカがイラクを武力で「民主化」したことだ。欧米的デモクラシーがアラブ社会に広がった結果、独裁政権に対する反乱や革命が続発した。 しかし結果的には、独裁政権を倒した後に生まれたのも独裁政権だった。特にイスラム原理主義が勢いを増し、アラブ民族主義(というより部族主義)が強まった。民主政治が機能するためには、さまざまな条件が必要だ。法治国家のインフラや議会制度、人々の文化的な同質性など、どれを取ってもアラブ諸国には備わっていない。 さまざまな宗教や言語をもつ部族を統治するには、よくも悪くも一定の独裁が必要だった。それをアメリカが破壊した結果、独裁が無政府状態になった。それでも内戦が終わった国はまだいいが、「シリアの春」は当分終わりそうにない。 アラブを破壊したヨーロッパの「歴史問題」 中東でこうした混乱が起こるのは、初めてではない。かつては多くの部族をオスマン帝国がイスラムという宗教=法律でゆるやかに統一していたが、第1次世界大戦でオスマン帝国が敗れ、ヨーロッパ諸国がこれを分断して支配した。 特に英仏が1917年のサイクス=ピコ協定と呼ばれる密約でアラブを南北に分断し、各地に傀儡政権をつくって「委任統治」という名の植民地支配を行なった。おまけにイギリスが「バルフォア宣言」でイスラエルの建国を約束したため、各国が独立すると昔よりひどい部族紛争が始まった。 特に第2次世界大戦の後は、ヨーロッパで迫害されたユダヤ人がイスラエルに国家をつくってパレスチナ人を追い出したため、何度にもわたる中東戦争が始まった。これに対して欧米、特にユダヤ人の政治力が強いアメリカがイスラエルを支援したため、混乱はますます拡大した。 これはヨーロッパの歴史でいうと、中世末期の宗教戦争に似ている。神聖ローマ帝国とカトリック教会によってゆるやかに統合されていたヨーロッパで宗教改革が起こると、各国の領主はプロテスタントとカトリックにわかれ、数百年にわたる内戦が始まった。 1648年のウェストファリア条約で両者が妥協して主権国家という制度をつくり、国内では戦争を禁止し、宗教も統一することになった。それでも国家と国家の戦争は合法化されたので戦争はなおも続き、第1次大戦でヨーロッパは破滅した。 この歴史をイスラム諸国は400年ぐらい遅れてたどっている。今はまだシーア派とスンニ派の宗教戦争も終わっていないので、「ウェストファリア前」の状況だ。このような内戦を調停したのが政教分離によって多様な宗教を認める自由主義だったが、イスラムは政教一致が原則なので、この戦争は当分終わりそうにない。 かつてアラブをまとめていたオスマン帝国を分割し、各国を植民地支配して部族紛争の「パンドラの箱」を開けてしまったのは、ヨーロッパの「原罪」だから、彼らは難民の受け入れを拒否できない。それは黒人奴隷のおかげで繁栄したアメリカが、その罪をいま償わなければならないのと同じだ。 日本は難民を受け入れるべきか イスラムは、ある意味では資本主義より徹底したグローバリズムである。資本主義は商品や資本の移動をグローバル化するだけだが、イスラム原理主義は国境を認めない。彼らは世界全体をイスラムで統一する人のグローバリゼーションを理想とするので、アラーの神と個人の間にいかなる国家も認めないのだ。 今までEU諸国は、イスラム系の労働者を低賃金で使うことによって利益も得てきたが、これから何百万人という難民が押し寄せると社会が混乱する。しかし原罪を背負うヨーロッパは、どんな苦難が待ち受けていようとも、難民を受け入れる義務がある。 歴史的にみると、国境という概念ができたのはウェストファリア条約以降であり、人々が国境を超えて移動できなくなったのは近代ヨーロッパの主権国家だけの現象だ。もし人々の移動が完全に自由になれば、国家主権は否定され、戦争もなくなる。もちろんそんなことは現実には不可能だが、国境や国家主権は自明の概念ではない。 「日本もシリア難民を受け入れろ」という議論があるが、日本のように同質性の高い社会で、イスラム系の移民を受け入れることは文化的に困難であり、無年金者や無保険者が大量に出現して社会保障が破綻する。ヨーロッパのような歴史的責任を負っていない日本が、シリア難民を受け入れる義務はない。 しかし日本も、いずれは難民を受け入れざるを得なくなるだろう。北朝鮮の政権が崩壊するのは時間の問題であり、軍事政権ができて内戦が始まると、シリアと同じぐらいの難民が韓国に押し寄せるかもしれない。朝鮮半島はかつて日本の領土だったので、日本が責任を逃れることはできない。 そのときに備えるためにも、日本の社会はもっと文化的・宗教的な多様性に寛容になる必要がある。20世紀が資本のグローバリゼーションの時代だったとすれば、21世紀は人のグローバリゼーションの時代になることを覚悟したほうがいい。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44902 |