安倍総理の戦後70周年談話や、9月3日に北京で行われる反ファシズム戦争勝利記念日の軍事パレードに注目が集まっている。しかし、今年がヒロシマ・ナガサキ原爆被爆70周年でもあることは、あまり話題になっていない。全面核戦争の恐怖と隣り合わせだった米ソ冷戦が終わって四半世紀が過ぎ、世界は核戦争の恐怖から逃れた一方で、同時に核拡散防止や核軍備管理・軍縮への熱意も薄れてしまったような感がある。
冷戦後、インド、パキスタン、北朝鮮といった国々が核兵器保有国として名乗りを上げた。とはいえ、その保有する核戦力は小規模なものにとどまっている。核不拡散条約(NPT)で核兵器保有を公認されている米露英仏中の5カ国については、1996年の包括的核実験禁止条約(CTBT)署名によって核実験の実施が凍結されており、そのことが核兵器開発に一定の歯止めをかけていることは事実だろう。
核軍縮の機運が高まってほしくない中国
しかし、CTBT署名によって核軍拡競争が避けられ、米露の間で戦略兵器削減条約(START)等の進展があって核弾頭の大幅削減が実施されたとはいえ、いまだこの両国が世界の核兵器の約9割を保有する現実がある。そのことが、核兵器保有国全体を包括する核軍縮交渉を推進させようとする機運を削ぐことにつながっているようにも思われる。
そのことを如実に物語るのが、今年4月27日から5月22日にかけてニューヨークの国連本部で開催されたNPT再検討会議であった。5年ごとに開催されるこの会議は、核兵器保有国の核軍縮・不拡散努力を促すというのが本来の目的であったが、そのような機運がいかに乏しいかを示す会議になってしまった。
会議では、NPTに加盟していない事実上の核兵器保有国であるイスラエルに配慮したオバマ政権が、中東を非核兵器地帯とするための国際会議開催に難色を示した。そのため最終文書の採択に至らず、会議は成果を生むことなく閉幕した。
最終文書の素案審議の中で、興味深い議論があった。「朝日新聞」の報道によれば、5月8日付の最初の素案は、次世代への記憶の継承を扱う段落で、原爆投下から70年の節目に世界の指導者や軍縮の専門家、若者に「核兵器使用の壊滅的な人道上の結末を自分の目で確認し、生存者(被爆者)の証言に耳を傾ける」ために広島や長崎への訪問を提案していた。
これは、岸田外相が4月27日の開幕日の演説で提案した内容を反映したものであった。しかし、5月12日付の第2稿からこの被爆地訪問の提案が削除されてしまった。中国が異議を唱えたからである。
中国の傅聡軍縮大使が同日、記者団に対し「日本政府が、日本を第2次世界大戦の加害者でなく、被害者として描こうとしていることに私たちは同意できない」と述べ、削除を求めたことを明らかにした。
日中の歴史認識をめぐる鞘当てがこの会議でも噴出した格好だが、実際のところ中国としては、核軍縮の世界的機運の高まりは歓迎したくないのが本音のように思える。NPT再検討会議が成果を生むことなく閉幕したことを、中国はおそらく歓迎しているはずだ。
というのも、米露英仏中の5カ国のうち、最後発国である中国を除いては保有する核兵器を多少なりとも自主的に削減してきたが、中国だけが核軍拡路線を採っているからである。他の先進核兵器保有国と比べ、中国の核戦力の技術水準がいまだ低い事実を中国自身が自覚していることが、核戦力の近代化への動機付けとなっているのだろう。
ミサイル弾頭「MIRV」化の狙いは?
中国の核戦力を定点観測しているハンス・クリステンセンとロバート・ノリスによれば(Chinese nuclear forces, 2015)、中国の核戦力動向に見られる最近の注目点として、ミサイル弾頭の「MIRV」(マーヴ:Multiple Independently-targetable Reentry Vehicle)化がある。
MIRVとは、「複数個別目標再突入弾頭」のことだが、要するに1発の弾道ミサイルに複数の核弾頭を積み、その核弾頭がミサイルから分離し個別に設定された目標に向かって飛んで行くというものだ。1960年代後半には米国で実用化されていた。中国も1基の衛星運搬ロケットから複数の衛星を軌道に乗せる技術を持っていたから、ミサイル弾頭のMIRV化のための技術はすでに保有していると見られてきた。
中国がMIRV弾頭を積んだとされるのは、東風5号ICBMの一部(CSS-4mod3)とされているが、約20基配備されている東風5号A(CSS-4mod2)のうち半分、すなわち10基程度がMIRV化されたと見られている。
なぜ、この時期になって中国はミサイル弾頭のMIRV化に踏み切ったのか。その理由としては、米国の弾道ミサイル防衛への対抗策であろう。米国に届く射程を持つICBMの基数は、東風5号約20基、さらに新型の東風31号Aが約25基と絶対的に少ない。その中で、米国の弾道ミサイル防衛の網の目をくぐり抜けるためには、核弾頭の数を増やすのが手っ取り早い方法であることは確かだろう。
ただし、クリステンセンとノリスのレポートでも、MIRV化された東風5号に1基あたりいくつの核弾頭が搭載されているかについては触れていない。これについては、「ニューヨーク・タイムズ」の記事、さらに中国の核戦力・核戦略の専門家であるジェフリー・ルイスのコラムによれば、3〜4の核弾頭が積まれていると推測されている。
「ニューヨーク・タイムズ」の記事では、民間の複数の研究者の推定として3つの核弾頭が積まれ、20基ある東風5号の半分がそうだとすれば、米国に届く核弾頭は20から40に増えることになるとしている。また、ジェフリー・ルイスは、新型の固体燃料ミサイルである東風31号の核弾頭の重量が470キログラムで、旧式の液体燃料ミサイルである東風5号の投射重量(throw weight)が3000〜3200キログラムと巨大なことから、東風31号の弾頭なら東風5号に3〜4は積載できるとしている。
現状で評価するとすれば、中国の弾道ミサイルのMIRV化は極めて限定的であり、かつ新たな技術革新で生まれたものでもないことから、これを過度にクローズアップする必要はあるまい。付け加えて触れておくが、東風31号や開発中と見られる東風41号の弾頭がMIRV化される可能性については、弾頭の小型化が必須であり、その開発のためには核実験を行う必要がある。包括的核実験禁止条約(CTBT)署名国である中国は、核実験を再開するわけにはいかないから、その意味であまり懸念する必要はないだろう。
戦略ミサイル原潜と新型SLBMの動向
中国の核戦力をめぐるもう1つの注目点は、新型の戦略ミサイル原潜と巨浪2号(JL-2)新型SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)の動向である。
中国は対米抑止力を、もっぱら地上配備のICBMに依存してきた。これらは先制攻撃に脆弱であるが、巨浪2号SLBMを12基搭載する晋(Jin)級ミサイル原潜(現有3隻)が作戦配備に就くことによって、より確実な核報復手段を実現し、リライアブルな核抑止力を期待できることになる。
その巨浪2号が今年中にも初期作戦能力(Initial Operational Capability)を獲得すると見られている。事実上の実戦配備の開始である。
巨浪2号を搭載する晋級ミサイル原潜は、海南島の楡林を母港とし、主に南シナ海を遊弋(ゆうよく)することになる。中国が南シナ海の南沙諸島で人工島建設を急いだ背景に、ミサイル原潜の活動を援護するためのシーコントロールの強化という狙いがあったはずである。
ただし、ここで中国が直面することになる初歩的な問題がある。クリステンセンとノリスのレポートでも指摘されているように、「ミサイル原潜を戦略パトロール任務につけた経験が中国にはない」ということと、「原潜配備の巨浪2号に常時核弾頭を装填するかどうか」ということである。いずれも、中国の核兵器運用政策の基本的見直しにつながる話である。
中国は1980年代に夏(Xia)級ミサイル原潜(1隻)と巨浪1号SLBM(射程1700キロメートル)を配備したが、これまで戦略パトロールの任務についた形跡がない。また、中国は平時において核弾頭はミサイルから取り外して保管しており、この原則をミサイル原潜にも適用するとなれば、平時において核を積むことなく長期にわたる遠方へのパトロール任務はやりづらい。いざというときの報復手段として機能しないからである。いずれにしても、中国はミサイル原潜を運用するにあたり、指揮命令系統の見直し、核弾頭のミサイルへの常時装填の検討が必要となる。
また、たとえこうした問題が解決されても、巨浪2号SLBMが本当に対米抑止力として機能するかどうかという点については、まだ問題がある。それは、巨浪2号の射程距離に絡んでくる。7400キロメートル程度と推定されている巨浪2号の射程では、南シナ海から発射しても米国本土に届かない、ということである。
もし米国本土にミサイルを届かせようとするなら、ミサイル原潜は米国西海岸から7400キロメートルの距離にあたる北は宗谷海峡から南は硫黄島に至るラインの太平洋海域まで進出する必要がある。そうすれば、かろうじて西海岸の主要都市を狙うことができるからである。しかし、日本の海上自衛隊や米海軍の潜水艦や対潜哨戒機がパトロールする海域に、中国が貴重な抑止力であるミサイル原潜を進出させるとは考えにくい。
核戦力の進化のスピードは控えめ
以上のように、中国の核戦力は、新たにミサイル弾頭のMIRV化に乗り出し、またミサイル原潜による新たな抑止力の獲得といった進化を遂げている。しかし、その中身についての検討から導けることは、中国の核戦力の進化のスピードは控えめであり、しかもいまだ問題点を多く抱えているということである。
核を持たない日本にとって、中国の核戦力は明らかに脅威であるが、米国との堅固な同盟関係が継続される限りにおいて、いたずらに脅威を煽る必要はないだろう。