6月23〜24日、ワシントンDCで第7回米中戦略経済対話が開かれた。この会合は定期的に開かれている米中間の交流の一環であるが、今年は9月に予定されている習近平国家主席のアメリカ訪問に関する具体的な準備作業といった意味合いも持っていた。
「人工島脅威論は米軍のプロパガンダ」という批判
その準備作業に関連して、中国側による、アメリカのメディアやシンクタンクなどに対する働きかけも強まっている。その結果かどうかは定かではないが、シンクタンクの研究者などから、米政府やメディアによる中国の南シナ海政策に対する強硬論を「冷静に再評価すべきである」といった論調が唱えられるようになってきた。
例えば、「アメリカ太平洋軍関係者たちのように、中国の人工島建設をはじめとする進出状況だけを取り上げて、南沙諸島領域紛争に関与している中国以外の関係諸国の行動を問題にすることなく一方的判断だけで中国脅威論を言い立てるのは、情報発信ではなくプロパガンダである」(グレッグ・オースティン博士)といった批判も飛び出してきている。
確かに南沙諸島で埋め立て作業をしたのは中国だけではないし、大規模な滑走路も中国が建設しているものが最初ではない。
ただし、中国の埋め立て作業規模は巨大であり、滑走路も長大であり、本格的な軍事施設が出現することは間違いない。そして、それらの事実を踏まえて太平洋軍関係者たちは、最悪の事態を想定するという軍隊の使命に則って、中国脅威論を展開しているわけである。
南沙諸島に基地を建設している台湾、フィリピン
中国は現在ファイアリークロスを大規模に埋め立てて、3000メートル級滑走路を伴う軍事施設を建設中である。
一方、現時点で南沙諸島最大の島である太平島には1150メートル滑走路があり、台湾軍が陣取っている(中国がファイアリークロス礁の人工島を完成させると、それが南沙諸島最大になると思われる)。
この太平島空港は2008年に完成し、台湾軍C-130輸送機の発着が可能である。ちなみに、太平島は1939年に日本軍により占領され長島と改名され、日本敗北まで日本が実効支配していた。第2次世界大戦中には日本海軍の潜水艦基地が設置されていた。現在は台湾軍が管理する滑走路のほかに、レーダー施設や気象観測施設それに駐屯施設があり、海軍フリゲートや沿岸警備隊巡視船が着岸可能な港湾施設も建設中である。
また、1971年からフィリピンが実効支配している南沙諸島で2番目に大きいラグアサ島(パラワン州に所属している)には、すでに1975年に1300メートルの滑走路を持つ飛行場が建設され、フィリピン軍の基地も建設された。現在もフィリピン海軍基地に部隊が駐屯しているだけでなく、100〜200名の民間人も居住している。フィリピン海軍は港湾施設を建設する計画を立てていると言われている。
自ら手を打たねばならないベトナム
ベトナムもいくつかの岩礁の一部を埋め立てたりして、軍事施設を設置したり、砲台を築いたりしている。南沙諸島におけるベトナム軍拠点には、台湾軍やフィリピン軍のような本格的滑走路のある航空施設は確認されていないが、ベトナムが占拠している岩礁の数は48カ所と圧倒的に多い。ちなみに中国が現在占拠している環礁は8カ所であり、フィリピンも8カ所、マレーシアが5カ所、台湾が1カ所となっている。
そのベトナムは、フィリピンや日本と違って、アメリカと同盟関係にないため、アメリカの軍事的支援を期待することはできない(もちろん、中比軍事衝突や日中軍事衝突が勃発した場合に、フィリピンや日本が期待しているアメリカの軍事的支援が実現するかどうかは100%保証されているわけではないのだが)。
ベトナムはロシアから戦闘機や軍艦など各種兵器を輸入しているものの、ベトナムとロシアが同盟関係にあるわけではない。それに、ロシアは中国にも様々な兵器類をベトナム以上に輸出している。要するに、ベトナムと中国の関係にとっては、ロシアは単なる「死の商人」に過ぎず、ロシアの軍事的支援など期待しようもない。
したがって、ベトナムは中国による南シナ海拡張政策から自らの領域や権益を守り抜くためには、自主防衛能力を強化するしかない。
しかしながら、中国とベトナムの海洋戦力(海上、海中、航空戦力)には天と地もの差があると言っても過言ではない状況である。
最小抑止力を手にしたベトナム
ベトナム軍は、圧倒的に戦力差がある中国海洋戦力に対抗するために、万一の際には中国海軍(ベトナムが関係するのは南海艦隊)の中枢に反撃を加えることができる攻撃力を構築しつつある。圧倒的戦力を誇る敵とはいえ、その中枢部に反撃を加える能力を手にすれば、充分とはいえないものの「とりあえずの抑止力」を手にすることとなるのだ。
ベトナム軍が配備を進めているのが、ロシア製の強力な長距離地対艦ミサイルである。ベトナム軍が運用を開始したのはK-300P Bastion-Pと呼ばれる地上移動式ミサイル発射システムであり、そこから発射されるP-800 Oniks超音速地対艦巡航ミサイルの射程は300キロメートルである。このミサイルシステムは、発射地点に移動してわずか5分で攻撃準備が完了するという極めて機動性に富んだシステムと言われている。
ベトナム軍が配備を開始したこの地対艦ミサイルシステムは、中国海軍の南沙諸島方面への本拠地である海南島の三亜海軍基地を射程圏内に収めているだけでなく、湛江の中国海軍南海艦隊司令部をも攻撃することが可能である(P-800は艦艇だけでなく、地上目標の攻撃もできる)。
ただし、ベトナム軍が現在手にしているK-300P発射管制システムはわずか2セットにとどまっているため、中国海軍の動きを封じ込めるほど決定的な抑止力にはなっていない。しかし、万が一にもベトナムと中国の間に軍事衝突が発生した場合には、ベトナム軍による中国南海艦隊の本拠地に対するミサイル攻撃が敢行される可能性があり、極めて限定的ながらも抑止効果を期待することが可能である。
自分の身は自分で守るベトナムの姿勢
以上のように、ベトナムは中国人民解放軍の圧倒的な軍事力に屈することなく、自国が領有権を主張している島嶼岩礁に軍事施設等を設置して、それらに対する実効支配を目に見える形で示すとともに、敵本拠地への反撃能力という最小限の抑止力を自力で身につける努力をしている。
このような自主防衛方針は、日本の防衛方針とは好対象である。日本は、尖閣諸島を実効支配しているとは主張しているものの、何ら目に見える形での施策は実施しようとせず、万一の際にも敵勢力の要所に対して反撃することによる「とりあえずの抑止力」を手にしようともしない。
現在、日本の国会で継続している安保法制論議からは、自主防衛力の構築など考えてもいないような政治家たちや、抑止力と日米同盟を同義と考えているような政治家たちの姿が誰の目にも明らかになっている。自国の領域は自分で守り抜くというベトナムの姿勢を少しでも見習ってほしい。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44110
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