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日本政府は、自衛隊員が戦闘によって死傷することを想定していないし、死傷者を減らす努力もほとんどしていない(写真:かとヤン/PIXTA)
自衛隊員の命は、ここまで軽視されている 海外派遣の前に考えるべきこと(上)
http://toyokeizai.net/articles/-/73492
2015年06月17日 清谷 信一 :軍事ジャーナリスト 東洋経済
国会では集団的安全保障をめぐる論戦が繰り広げられているが、空疎な言葉の応酬による神学論争に明け暮れているようにみえる。どれだけの政治家が自衛隊の現状を正確に把握しているだろうか。
安倍晋三首相も中谷元防衛相も、自衛隊は海外派遣のための準備ができていると主張している。だが、実戦を想定していない現状の装備と訓練で軍事作戦を行う場合、極めて多くの被害を出すことなる。
自衛隊は戦車やミサイルなどの武器こそそろえているが、実際の戦闘を想定していない組織である。そのため死傷者が出ることを想定していないし、死傷者を減らす努力をほとんどしていない。愕然とするくらいの平和ボケである。
ところがその現状をして、防衛省も自衛隊も「問題ありません」と政治家に説明している。このままでは政治家の誤った認識で自衛隊が海外に派遣され、多くの隊員が不要に命や手脚を失うことになるだろう。
■ 現実を無視した平和ボケの装備
筆者は3月、「自衛官の『命の値段』は、米軍用犬以下なのかhttp://toyokeizai.net/articles/-/63496」において、陸上自衛隊の個人用ファースト・エイド・キットを例に挙げ、自衛隊の衛生装備が、いかに現実を無視しているかを指摘した。 数年前まで、陸自の個人用ファースト・エイド・キットといえば、包帯が2本だけだった。これは第2次大戦と同じレベルであり、先の東日本震災後にその「戦訓」を取り入れて諸外国のような個人衛生キット、「個人携行救急品」を平成24年度予算から配備しはじめたばかりである。
だがこれには国内用と国外用があり、国内用は止血帯と包帯だけだ。充実している国外用ですら米軍のものから大きく遅れていることを報じた。筆者はこの件について防衛省が行った大臣会見で中谷防衛相に質した。
http://www.mod.go.jp/j/press/kisha/2015/03/31.html
中谷防衛相の認識は、陸自の「個人携行救急品」は目を保護するためのアイカップ以外は、ほとんど米軍の装備と同じ、というものだった。大臣は、陸幕や内局の衛生関係者から事実を歪められて説明されているのはないかと思い、筆者は突っ込んだ質問を行った。これに関しては、後日、陸幕広報室から以下のような回答があった。
会見で大臣がお答えしたことに間違いはない。会見において、(陸上自衛隊の『個人携行救急品』について)米軍の個人携帯と比較し、1点だけ、眼球の保護具が入っていないというだけで、そのほかの用具は、ほぼ米陸軍並みである。
国外に派遣される場合は、8項目が入ったものであるが、国内用は3種類でということだが、有事のときにはフル装備をする旨のお答えをしている。『個人携行救急品』の内容は、米軍等の装備も参考に定めており、米陸軍の同装備とおおむね同様の内容品であり、著しく劣っているとの指摘には当たらないと認識している。
また、改めて確認したところ、個人の救急処置に関する訓練は、陸上自衛官全隊員に対し、年間30時間から50時間程度の教育訓練を実施しており、この中で、有事の際に追加される5品目を含めた『個人携行救急品』の概要教育、実技訓練等を行っているとのことである。また、有事所要の具体的な備蓄数については、お答えを差し控える。
表1:米軍のIFAKUと陸自の個人傾向衛生品の構成品
陸幕広報室の説明は眼球の保護具(アイカップ)以外、ほぼ米陸軍並みというものだ。しかし、これは事実に反している。
米陸軍用のIFAKUの構成アイテム数はポーチも含めて18個であり、対して陸自(海外用)の「個人携行救急品」のアイテム数は8個に過ぎない。その差は10個だ。アイカップ以外でもIFAKUにしかないアイテム数は9個もある。逆にIFAKUにはなく、「個人携行救急品」のみのアイテムが1つあるので、差し引けば両者のアイテム数の違いは8個だ。つまり自衛隊の個人携行衛生品は約半分に過ぎない。この数の違いを見ても、「同等」と強弁するのは無理がある。
■ 米軍が携行しているアイテムの役割
「個人携行救急品」にはなく、「IFAKU」には含まれているアイテムの役割について、個別に見ていこう。
まず、「個人携行救急品」に1個しかなく、IFAKUの構成品に2個含まれている止血帯(ターニケット)だ。米軍がIFAKからIFAKUへと更新する際に、収納ポーチとセットで止血帯を1本追加したのは、最近の戦闘の様相の研究、1本の止血帯では不充分であったという戦闘外傷の統計分析に基づいている。
防弾ベストの性能向上と小銃の射撃精度向上により、アフガニスタンやイラクなどの武装勢力は防弾ベストによって保護されている上半身よりも、腰や大腿部を狙い撃つようになった。防護が難しい下半身は被弾した場合、歩けなくなる、すなわちただちに行動不能になるうえ、腰や大腿部は致死率が高いためである。
大腿部の銃創、および爆傷による大腿部の離断(爆風で切断されること)の症例に止血帯を適用した際、1本の止血帯では効果が不足したことが判明したため、米陸軍では2本並べてかける方法(Side by Side)が推奨されている。併せて、腰部の銃創について専用の止血器具の装備化や、止血剤と戦闘用包帯を「救命器具」として用いる方法の普及がなされている。
止血帯の適用法についても改善している。止血帯収納ポーチに入れた1本目の止血帯はLLE(Life、Limb、Eyesightのことで生命、手足、視力の維持を追求する米軍の衛生方針)の生命を守る器具であり、いかなる姿勢でも手が届く位置に装着するよう徹底されている。自衛隊のキットには、このような止血帯用ポーチは付属していない。
IFAKUに収納される2本目の止血帯は、LLEの中の“Limb”―「治療器具」であり、負傷した手足の長さをできるだけ多く残すためである。止血帯が手足の血流を止めて、止血帯から抹消側の組織に悪影響が出始めるのは2時間後とされているが、意識のある負傷者が止血帯の苦痛に耐えられるのは20分程度でしかない。それほど強く締め上げないと止血ができない。
■ 米軍の止血帯の先端が赤い理由
戦闘で手足を負傷した場合、最悪の損傷を想定して負傷した手脚の付け根に1本目の止血帯を服の上から掛け、出血による生命の危機を回避する。その後、痛みに耐えられなくなる20分の間に安全な場所へ移動して、戦闘服を裁断し創口を観察して、包帯による圧迫止血、止血剤による止血などを試み、これらで止血できない場合は最後の手段として2本目の止血帯をかける。この場合、最悪、腕や脚が切断されるにしても、より長い部分の温存が可能となるようにする。
負傷者が痛さに耐えかねて止血帯を外してしまうことのないよう、棒付きキャンディー状の軽易な経口式の麻酔薬によるペインコントロールも、早期に行われる。実際、米軍では痛みに耐えかねて、止血帯を外して出血多量で死亡したケースも多々見られるようだ。
阪神淡路大震災以来、知名度が上がったクラッシュ症候群(筋肉が圧迫されると、筋肉細胞が障害・壊死を起こす。それに伴ってミオグロビンやカリウムといった物質が血中に混じると毒性の高い物質が蓄積される)を回避するため、現在では一度締めた止血帯を緩めることはしなくなった。
止血帯はこのようなポーチに収納されて手の届くところに装着する。自衛隊のキットには含まれていない。これもまた固定バンドに端が赤くなって容易に認識できるようになっている
止血帯、CATの米軍仕様はその先端が赤く染められている。これは、暗い戦闘場面や負傷によるパニック状態であっても、止血帯先端の発見を容易にするためだ。当初、米軍採用時のCATは、先端まですべて黒いものだった。しかし、黒い帯の面ファスナー上に固定されている止血帯の先端が黒い状態では、先端を探している間に出血が増えて死亡しかねない。ゆえに、先端を赤く染める改良が加えられた。
ところが陸自仕様に同盟国の教訓が生かされることはなく、先端は黒いままである。先端は黒いままで、止血時間を記録する帯の部分を白色からタンカラーに変えている。
同盟国が血を流して得た研究成果を受け入れればいいものを、思いつきで仕様変更したのだろうか。米軍と同じものであれば多くの業者が入札に参加できる。一部仕様を変更することで、競争入札を回避し、特定の業者に利便を図ろうとしたと疑われかねない。
ちなみに諸外国では、止血帯のポーチやファースト・エイド・キットのポーチに、赤い標示を施していることが多い。兵士が携行するポーチ類は多いため、その中で素早く「救急品」と認識させるためだ。包帯などの内容品のリップ標示も同じ理由で赤くしてあることが多いが、暗視装置では赤は黒に見えるので、より視認しやすいよう「白色」で標示される傾向にある。
銃創を覆う包帯(絆創膏)にも、大きな差がある。銃創は射入口と射出口の2カ所の創口を伴うことが多い。現代のライフル弾は高速弾化し、身体を通過する弾丸が破壊する範囲は弾頭直径の約20倍(5.56ミリ弾ならば約110ミリ、7.62ミリ弾ならば約150ミリ)である。陸自の包帯(幅約100ミリ)×1では、たった1カ所の創傷にすら不足している。また、手榴弾やIEDのような爆発物は多くの破片を伴うが、これまた幅100ミリの包帯ひとつでは処置ができない。
胸腔減圧用脱気針を使って胸部の空気を抜き去れば、心臓圧迫による機能停止を防げる(提供:米陸軍)
ゆえに米陸軍のキットには4.5インチ×4ヤード(幅約10センチメートル×長さ約3.65メートル)の滅菌の絆創膏が入っており、これを用いて手足の切断面を覆ったり、広範囲の細かな破片創に圧迫止血を行ったりと、爆傷へ対処をしている。
また、この絆創膏を用いて、腸がはみ出た場合などの被覆や、骨折部位の固定を行うなど、多様な利用法がある。米陸軍では限られた個人携行救急品の最大活用に努めており、防弾チョッキをバストバンドの代用として用いて、肋骨骨折の固定法を教えるなど、医薬品にかぎらず使えるものは何でも使う救命のための教育を徹底している。
現代の戦闘ではヘルメットや防弾ベストを着用しているが、顔面は保護されていない。このため相対的に顔面の負傷は増えることなり、より深刻である場合が多い。顔面の負傷に際して、負傷者の気道を確保するには、鼻から管を挿入する経鼻エアウェイが必要だ。また治療を待つまでの間に、血圧低下や麻酔等で意識がなくなることで舌が落ちて、気管を塞ぎ、呼吸困難に陥るおそれもある。この対処のために、米軍では全将兵に「回復体位」と併せて経鼻エアウェイ使用法の定期実習を課している。
■ メカニカルショックを防ぐ胸腔減圧用脱気針
胸に開放創を負ったり肺まで貫通した損傷が起こると、大気圧は胸の中よりも気圧が高いため、胸に空いた創口から胸の中に空気が流入したり、息を吸うことで肺に空いた創から胸の中へ空気が流入する。一方で、息を吐く際にこの空気が排出されず、あたかも自転車のチューブに空気を入れるかのように空気が進行性に胸の中に貯留してゆく。こうなると、いずれこの高まった空気圧で心臓が圧迫されて機能が停止してしまう。この緊張性気胸によるメカニカルショックは、戦場では出血に次ぐ防ぎえた戦闘死の主原因(米軍では約3割)である。
胸腔減圧用脱気針があれば、胸の中の空気圧を心臓の機能が回復されるまでに減圧することができる。損傷した肺の機能は胸の中の空気をポンプで排出しなければ回復させることは困難であるが、肺は2つあるので、すぐには死ななない。肺の治療を待つまでの間、ひとつしかない心臓の機能を維持させ、生命をつなぐために有効なものが胸腔減圧用脱気針である。そのため、先進国の軍隊では個人装備化と教育が進められている。
見本市で展示されたメディック用品
消毒用アルコールパッド、駆血帯、静脈路確保用留置針、留置針固定用テープなどは、戦闘外傷で最も多い出血性ショックから離脱させるための必須品である。フランス軍では個人携行救急品の中に輸液ボトル1本が含まれる。米軍では衛生兵が行う静脈路の確保を戦闘職種が介助するために、全職種の将兵が基本訓練として輸液介助訓練を行っている。これまた陸自のキットには存在しない。
負傷者記録カードはどのような救急処置・応急処置を何時にしたかを記入するもので、米陸軍では2013年4月以降、負傷者記録カードをメディック(医療従事者)だけではなく、すべての将兵が記入すべきものと位置づけ、内容を一新し、記入の訓練を行っている。戦闘時は平時と違い、負傷者の数と治療能力に大きな不均衡が生じる。治療能力を超えた患者数の救命には適切なトリアージ(選別)との順序づけが非常に重要となり、このための判断材料と負傷者記録カードが重視されるようになった。
このように個別に見てみると、「IFAKU」と「個人携行救急品」がほぼ同じとは言えないのは歴然としている。「個人携行救急品」は米軍の以前のタイプであるIFAKと比べても見劣りしている。ちなみに、"防ぎえた戦闘死"を、IFAKでは2割まで減らせたが、IFAKIUでは精鋭のレンジャー部隊ならば3パーセントまで、平均的な部隊ならば10パーセントまで減らせるという。
「個人携行救急品」でIFAKIUと同等の救命ができるというのは、あまりにもひどい「大本営発表」なのである。
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