CNNの取材チームを搭乗させたアメリカ海軍対潜哨戒機P-8Aポセイドンが、先週、南シナ海南沙諸島のファイアリークロス礁上空に接近した。
中国海軍はP-8哨戒機に対して、「外国の軍用機に警告する。こちらは中国海軍。貴機は我が国の軍事警戒区域に接近しつつある。直ちに立ち去るように」と警告を繰り返し、やがて「とっとと立ち去れ!」といった高圧的な言葉を投げつけた。
本コラムでも幾度か取り上げたように、人工島へと変貌しつつあるファイアリークロス礁では、軍用滑走路を含む各種軍事施設だけでなく、各種観測施設や研究所などの“民間施設”の建設も急ピッチで進められている。
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すでに高まっていた米中間の緊張
すでに1カ月以上も前から、オバマ政権は「南シナ海において、中国が力によって弱小国の権利を侵害している」との非難を発していた。だが、中国は言葉だけの警告など完全に無視し続けている状況が続いている。
それに対してアメリカ当局、とりわけ国務省などは、「中国による人工島建設それ自体は国際法違反ではない。しかし、それは南シナ海の平穏を乱し、中国も明言している周辺諸国を力により脅かさないという原則にも反している」といった消極的態度に終始している。
しかしながら、人工島や軍用滑走路の建設がかなり進捗している状況が明らかにされるにつれ、マケイン上院議員をはじめとするアメリカ国内の対中強硬派が、オバマ政権の態度を厳しく突き上げるようになってきた。
哨戒飛行にCNNクルーを乗り込ませた米海軍
このようにアメリカ側の南シナ海方針がぐらついている中で、5月上旬にはアメリカ海軍沿岸戦闘艦(LCS:排水量3000トンクラスの軍艦で、比較的軽武装ながらも快速を誇る新型軍艦)「フォートワース」が南沙諸島海域(アメリカ側にとっては公海)を1週間にわたってパトロールした。その航海中、「フォートワース」は幾度か中国海軍艦艇に遭遇し、その都度、軽武装の「フォートワース」は重武装の中国軍艦に追いかけられて中国人工島周辺海域から追い払われてしまった。
艦艇と同様に、沖縄を発進した米海軍P-8対潜哨戒機も、南沙諸島上空へ進出して偵察活動を強化していた。アメリカ側にとっては公海の上空、すなわち国際空域を飛行中のP-8ポセイドンに対して、中国海軍側は執拗に「中国の警戒空域から立ち去れ」との警告を繰り返していた。
このような状況を受けて、アメリカ海軍は、通常はメディアを乗り込ませることのない機密の塊である対潜哨戒機P-8AポセイドンにCNN取材チームを乗り込ませただけでなく、そのP-8哨戒機を“焦点の1つである”ファイアリークロス礁周辺上空に接近させたのだ。
当然、冒頭のように中国海軍からは繰り返し警告が発せられ、その状況はCNNによって実況中継されるに至ったのである(下記サイト参照)。
Exclusive: China warns U.S. surveillance plane
中国は米軍が「他国の領空や領海に侵入」していると非難
アメリカ側の対中強硬意見に対して、中国共産党政府は「南沙諸島ならびに周辺海域は中国固有の領域である」と繰り返している。また、南沙諸島での人工島建設は「中国領内での国内的作業」であり、人工島建設の目的は「民間諸事業のためであり、多くの国々にとっても利益をもたらす」と強調した。
そして「中国は、自国の安全保障と、海洋での安全維持のために、関係する空域や海域を監視する権利を有している」「(アメリカだけでなく)諸外国は、(中国との領域紛争を)より複雑化させたり自分たちに都合の良いように誇張したりするような動きは即刻やめるべきである」との声明を発した。
さらに中国海軍当局は「中国も公海自由航行の原則は尊重する。しかしその原則は、外国軍艦や軍用機が他国の領空や領海内を勝手に通過することを意味しているわけではない」と述べるとともに、「アメリカ軍部は、いつでも『公海の自由航行原則』を振りかざして、他国の領空や領海に侵入する」とアメリカ軍を非難している。
米国で「人工島の12海里内に艦艇や航空機を派遣せよ」の声
南シナ海情勢をめぐる活発な動きを受けて、ペンタゴン内部では、「いずれかの人工島周辺12海里領域以内に米海軍艦艇や航空機を派遣して、公海航行自由原則を中国に突きつけ、アメリカは中国による人工島による領土領海拡大など認めないという態度を明示すべきである」という声が強まっている。
ただしペンタゴンの公式声明では「12海里領域内への米軍艦艇航空機の派遣はあくまで『次のステップ』であり、今のところそのような具体的計画があるわけではない」としている。
またアメリカ太平洋軍では、南シナ海での中国人工島に関連する非常事態対応計画を急遽策定した。しかしながら、この太平洋軍の計画はオバマ政権によっていまだに吟味されていない。というのは、「人工島は国際海域に建設されているわけであるから、その周辺海域は『公海』ということになる。当然のことながら、公海を米軍艦や米軍機が通過することが可能であるため、現在のところ何の非常事態にも立ち至っていない地域に対する軍の展開計画に対する判断をする時期ではない」という“逃げ”の理由からである。
もっとも、ペンタゴンやマケイン議員をはじめとする対中強硬派といえども、「アメリカ側が軍事的強硬策を実施することは、平穏な米中関係に大損害を与える可能性が極めて高い」という認識は、オバマ政権や国務省それに外交専門家の大多数(対中融和派)と共通している。
しかしながら対中強硬派としては「そのようなリスクを犯すことを百も承知の上で、中国に対しては強硬な態度が必要である、そうしなければアメリカ自身にも多くの同盟国友好国にとっても国益を左右する南シナ海の平和が維持できない」と考えているのである。
米国は海上自衛隊の支援に期待をかけている
これまでは一般のアメリカ国民のみならず多くの米軍関係者にとっても、南シナ海という極東の海域は“関心の中心”とはなりにくかった。だが、CNNでの報道によって、中国の“周辺弱小国に対する横暴”、それも大海原のど真ん中に多くの人工島を建設し、領海を拡張していくという前代未聞の行動に対する関心が急激に高まっている。したがって、対中強硬派の圧力が勢いを増す可能性は高い。
もし、アメリカ海軍艦艇や航空機が南沙諸島の中国人工島周辺12海里内領域に送り込まれる事態に立ち至った場合には、中国は2つの方針で対処するものと思われる。
(1)中国海警をはじめとする法執行機関の船舶や航空機を米海軍艦艇や航空機に立ち向かわせて、「アメリカこそが力で南シナ海の覇権をもぎ取ろうとしている」との宣伝(白々しいのは百も承知で)を国際社会に向けて発信しまくる。
(2)2001年の海南島衝突事件や2013年のカウペンス事件(参照:「米軍巡洋艦に中国揚陸艦が『突撃』、衝突も辞さない中国海軍の攻撃的方針」)はじめ数件の艦艇や航空機によるニアミス事件を起こしている人民解放軍は、再び人民解放軍海軍艦艇や戦闘機を米海軍艦艇や哨戒機に異常接近させるなどの危険な挑発的インターセプトを繰り返し実施する。
このように、軍事衝突の危険性を伴うことはアメリカの対中強硬派にとっては織り込み済みである。
そうした状況を想定するペンタゴンや米太平洋軍内部の対中強硬派にとって、安倍政権が打ち出している(そして安倍首相が米連邦議会で公約した)日本の防衛政策の抜本的転換は大きな助け舟になっている。
なぜならば、日本にとっても“存立を左右する”海域である南シナ海で米中軍事衝突が発生した場合、米海軍が信頼を寄せている海上自衛隊が支援のために駆けつけることになる(とアメリカ側は考えている)からである。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43871
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