ロシアの国営武器輸出会社が、中国との間で、最新鋭対空ミサイルシステムS-400を売却する契約を結んでいたことが明らかになった。この新鋭ミサイルシステムの取得によって、東シナ海での中国の「A2/AD戦略」がますます強化されることになる。
アメリカ軍を近づかせない中国のA2/AD戦略
中国人民解放軍の最大の仮想敵はアメリカ軍である。そしてアメリカ軍に対する中国人民解放軍の基本戦略は「接近阻止・領域拒否(A2/AD)戦略」と呼ばれている。すなわち、アメリカ軍ならびにアメリカの同盟軍が中国に接近してくるのを、中国沿岸海域からできるだけ遠くの海域でストップさせてしまおう、という構想である。
この戦略構想を具体的に図式化するために用いられている概念が「第1列島線」と「第2列島線」である(下の図の赤いラインが「第1列島線」、ピンクのラインが「第2列島線」である)。これら2本の防衛線のうち中国から見て外側の第2列島線にアメリカ軍戦力を近づかせずに撃退する、というのが接近阻止(A2)戦略である。そして中国から見て第1列島線の内側は中国が完全に支配すべき領域であり、アメリカ軍戦力を絶対に展開させない状態を維持する、というのが領域拒否(AD)戦略である。
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このような中国A2/AD戦略にとって、日本は第1列島線上に位置するとともに第2列島線の起点にもなっている。したがって、自衛隊の存在は“主敵”アメリカ軍の接近を阻むに当たって極めて目障りであり、まずもって沈黙させねばならない存在なのだ。
南シナ海に誕生した“不沈艦”空母
中国がA2/AD戦略を確実なものとするには、まずは第1列島線内でのAD戦略と第1列島線までのA2戦略を確実なものにしておかねばならない。そして台湾を境に東シナ海でのA2/AD戦略と南シナ海でのA2/AD戦略を平行して推し進める必要がある。
とはいっても、両海域でともに全力を投入するにはそれこそアメリカ海軍なみの戦力が必要となってしまう。そこで人民解放軍は状況に応じて優先的に各種資源を投入する海域を選択しつつ、A2/AD戦略を両海域で着実に達成しようとしている。
中国にとり御しやすかった日本の民主党政権の時期には、東シナ海での積極的行動が予想されたが、現在は南シナ海でのA2/AD戦略達成に優先権が与えられている状況である。
数年前までは、広大な南シナ海にアメリカ海軍やその同盟海軍を展開させないようにするために、人民解放軍海軍は航空母艦を中心とした機動部隊が必要になるであろうと考えられていた。しかし、中国が航空母艦を建造し、空母機動部隊を編成し、それを運用するまではかなりの時間を要する。そのため、南シナ海から完全に敵対勢力を締め出すのはいまだ遠い将来となるものと考えられていた。
ところが中国共産党政府は、かつての日本海軍やアメリカ海軍によって生み出された空母機動部隊を活用する戦略ではなく、意表をつく戦略に打って出た。それは、南シナ海のど真ん中に位置する南沙諸島の数個の環礁(あるものは暗礁)を埋め立てて人工島を造成し、軍事拠点(不沈空母)を誕生させてしまう、というものである。アメリカ太平洋艦隊司令官ハリス提督が指摘したように、中国伝統の「万里の長城」建設の海洋バージョンということができる。
本コラムでもしばしば取り上げているように、莫大な資金と最新埋め立て装備を投入して実施されている中国人工島の建設は驚くべき急ピッチで進められている。そして、ファイアリークロス礁(今や島)では3000メートル級滑走路の建設も開始され、他の人工島にも滑走路やヘリポートそれに軍港などが誕生する状況である。つまり、中国人民解放軍は南シナ海のど真ん中にいくつかの不沈空母や不沈海上基地を手にすることになるのだ。
それらの人工島には軍事施設だけでなく、海洋研究施設、気象観測施設、避難所、捜索救難施設それに漁業用設備などの非軍事的民間施設も建設されることが、中国政府によって明らかにされている。ということは、空母機動部隊と違って、それらの不沈空母や不沈海上基地には軍隊だけでなく民間人も常駐していることになる。
戦時において空母や護衛する駆逐艦などを攻撃する場合には、それら軍艦には民間人が存在していないことが原則であるため、何ら躊躇することなく軍艦にミサイルや魚雷を打ち込むことができる。しかしながらそれら人工島を攻撃目標とする場合には、民間人もろとも破壊せねばならなくなってしまうため、そのような攻撃は躊躇せざるを得なくなってしまう。このため、人工島軍事施設は空母のように機動力がないというデメリットを補って余りある軍事的メリットを有する“不沈艦”なのである。
完成域に近づいた東シナ海での中国のAD戦略
南シナ海周辺諸国と違って、自衛隊と、日本を本拠地にするアメリカ軍という強力な軍隊が存在する東シナ海では、中国A2/AD戦略達成のための方策は違わざるをえない。中国にとって幸いなことには、南シナ海ほど広大ではない東シナ海は中国から見て奥行きが短い。そのため、江蘇省や浙江省や福建省それに上海市などの沿岸地域から対艦ミサイルや対空ミサイルを発射して中国に近づこうとする敵勢力を撃退する、という方策が取れなくはない。また、それらのミサイルの防衛圏内ならば、解放軍航空機や艦艇も作戦行動の安全が比較的容易に確保できることになるため、接近する敵航空機や艦艇に対して優勢を維持することが期待できる。
いずれにせよ、できる限り射程距離の長いかつ強力な対艦ミサイルや対空ミサイルの開発が決め手となるわけである(もちろん、戦闘機や爆撃機、駆逐艦や潜水艦といった通常の海軍戦力と航空戦力の強化も必要であることは言うまでもないのだが)。実際、人民解放軍は、各種地対艦ミサイルおよび地対空ミサイルの開発や、それらの先進技術を有するロシアからの調達に励んできている。
また、中国得意の弾道ミサイル技術を結集して、比較的高速で航行するアメリカ海軍原子力空母を航行中に撃沈することを目的としたDF-21D対艦弾道ミサイルの開発にも邁進している。そしてアメリカ海軍情報局の最新報告書によると、DF-21Dは実戦配備が始まっており、その最大有効射程距離は1450キロメートルに達するという。とすると、東シナ海全海域と南シナ海の大半の海域を航行するアメリカ海軍原子力空母や大型軍艦(もちろん海上自衛隊の大型軍艦も)はDF-21Dにより撃沈される可能性があるということになる。
DF-21D以外にも、地上の発射装置やミサイル爆撃機それに駆逐艦や潜水艦から発射される各種対艦攻撃用巡航ミサイルが開発され、人民解放軍海軍を中心に大量に配備されている。
しかし、それら対艦ミサイル戦力に比べると、地上から航空機や各種ミサイルを撃破する地対空(防空)ミサイルの配備は若干後れを取っていた。
ところが、人民解放軍がロシアから高性能防空ミサイルS-400システムを手に入れたという情報が確認されたのだ。このS-400という地対空ミサイルはロシアが誇る“世界最強”の防空ミサイルシステムであり、短距離から超長距離までの目標を撃破するための多種多様のミサイルを発射するシステムである。また攻撃目標は航空機だけでなく、巡航ミサイルや戦術弾道ミサイルそれにヘリコプターや無人飛行機まで、全ての飛翔体を撃墜することができるという優れものである。
そして、S-400の最大有効射程距離は400キロメートルとされているため、東シナ海の中国側の半分以上の海域はS-400の射程圏内に収まってしまうことになる。ということは、自衛隊やアメリカ軍の航空機が自由に飛行できる東シナ海上空域は大きく制約されることになってしまうのである。
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さらに、S-400に守られた空域や海域から自衛隊やアメリカ軍の艦艇や地上施設に対するミサイル攻撃も可能になるため、東シナ海での中国のAD戦略はまた一歩完成域に近づいたと見なすことができる。
A2/AD戦略にはA2/AD戦略で
このように、南シナ海と東シナ海の両海域において着実に中国AD/A2戦略が達成されつつあり、このままでは人民解放軍はAD/AD戦略の作戦海域を第2列島線まで拡大することになりかねない。
それにもかかわらず、アメリカや日本は効果的な対抗策をぶつけてはいない。冷戦終結以降、アメリカ軍とりわけ海軍は「敵からの各種ミサイルを高性能防御ミサイルによって撃ち落とす」という防御能力を質的に強化することに努力を傾注し続けてきた。このような姿勢は、弾道ミサイル防衛システムの開発にも共通している。しかしながら、人民解放軍がA2/AD戦略実施のために取り揃えている多種多様のミサイルは、アメリカの戦略家たちが想定していた質と量、とりわけ量をはるかに上回るものとなってしまった。
このような状況に直面して、少なからぬアメリカ軍事戦略家たちの間では、中国のA2/AD戦略に対抗しその進展を阻止するには、日本とともに対中国A2/AD戦略(詳細は稿を改めたい)を可及的速やかに策定し実施する必要がある、との声が沸き上がっている。そしてこの対中戦略には日本の積極的な役割が不可欠となるのである。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43646
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